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【23-45】金融面の農業分野振興策

2023年06月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は6月16日、関連部門と連名で農業分野に対する金融面の支援策を強化することを公表した。中国では、特定分野に対する金融面での支援によって経済構造を変化させようとする政策が多用されている。

農業分野の発展に対する金融支援

 今回公表されたのは、中国人民銀行、金融監督管理総局、証券監督管理委員会、財政部、農業農村部の連名による「金融が郷村振興の全面的促進と農業強国建設の強化を支援することについての指導意見」と題された文章である。

 文章は9節に分かれ、まず第1節では銀行をはじめとする各金融機関は、穀類など重要農産物の生産主体が生産能力を拡大し、設備の改造、技術向上など図る際の資金需要に主体的に対応して、生産の安定した増加を促進すべきであるとされる。

 以下、第2節は、農業科学技術の装備に対する金融支援、グリーンファイナンスの強化、第3節は、農村産業の質の高い発展に対する金融資源投入の拡大、第4節は、美しい郷村の建設と都市と郷村の融合発展に対する金融サービスの改善、第5節は、脱貧困の成果を強固にしていくための金融支援の強化と、ここまで金融機関が取り組むべき課題が挙げられている。

 第6節以降は以上の金融機関の取り組みを進めるための政府サイドの対応が挙げられている。第6節は、「農業強国の金融供給を強化する」と題され、政策性銀行、国有商業銀行、株式制銀行、農村中小金融機関などの役割の明確化、証券分野での社債、農村振興手形などの証券発行の奨励、関連企業の株式上場に対する積極的支援、農業分野の保険範囲の拡大など、行政上の施策が挙げられている。

 第7節は、「農村の基礎的金融サービス水準の向上」と題され、デジタル金融サービスの普及、農業関連金融データや信用評価データの整備、金融教育、金融分野の消費者保護などの政策が提示されている。

 第8節は「農業強国建設政策の確保についての金融面の支援を強化する」と題され、金融政策手段による支援の強化、財政政策と金融政策の協調、農業関係の資金調達に関連する諸権利の整備など市場改革の促進、農業分野の金融監督管理の整備などの政策対応が挙げられている。

 最後の第9節は、「業務メカニズムの整備」と題され、地方に金融サービス農村振興業務主導チームと呼ばれる組織を創設すること、政府の金融監督管理部門が金融機関の農村振興への対応について検査・評価を強化することなどの体制整備を行うことが挙げられている。

構造性金融政策手段の活用

 第8節で挙げられている金融政策手段による支援の強化についてみると、中国人民銀行による再貸出、再割引および差別的準備預金制度を利用することによって、金融機関に対してピンポイントで資金を供給するインセンティブを与え、農村振興などの重点領域に対する貸出を増強するよう誘導することが示されている。これらは、2023年5月の 前回のコラム でも取り上げた構造性金融政策手段と呼ばれるものである。人民銀行によると、人民銀行が低金利などの優遇措置を通じて銀行部門の貸出全体の量と貸出分野別の量の両者に働きかける手段であり、金融サービスの普及やグリーン金融、イノベーションなど経済の重点分野、弱点分野に資金を供給する手段と説明されている。

 差別的準備預金制度については 2020年8月のコラム で説明したが、預金準備率についての「3つの段階と2つの優遇(三档两优)」の枠組みを意味する。3つの段階とは、銀行の規模を大中小の3段階に分けてそれぞれ異なる預金準備率を適用することである。2つの優遇のうち一つは金融サービスの普及に役立つ融資、すなわち農村貸出や貧困層に対する消費者ローン、学費ローンなどの実行額が一定の条件を満たす銀行については0.5%、1%などの預金準備率の優遇的な引下げが行われるものである。もう一つは、地方性の銀行について新規融資額の一定比率が地元融資という条件を満たす場合に同様の優遇が行われるものである。ちなみに現時点ですべての銀行に対する預金準備率の加重平均値は7.6%である。

 再貸出とは、銀行が対象となる分野の企業に貸出を行った後、人民銀行がその資金を低利で銀行に貸出す制度である。農業支援再貸出制度は、1999年に導入され、条件を満たした金融機関の貸出についてはその全額を1年2%の優遇金利で人民銀行が金融機関に対して資金供給を行っている。貸出金利の基準となるLPR1年物は2023年5月時点で4.30%である。

 また、再割引は銀行などが、対象企業が発行した手形を割引き、それを人民銀行が再び低利で割引いて銀行に資金を供給する手段である。再割引の制度自体は1986年から実施されているが、2008年から構造性金融政策手段としての性格を与えられ、農業分野や小型・零細企業、民営企業に対する金融機関の貸出が対象となっている。人民銀行による再割引に適用される金利は6か月で年率2%となっている。

 今回公表された文章では、経営状況が優良な地方金融機関に対して、差別的預金準備率、再貸出・再割引などの分野において、更に優遇を与える金融政策によって支援を行うとされており、今後、対象金融機機関の預金準備率の引き下げや、対象の再貸出・再割引の拡充などが想定される。

財政政策と金融政策の協調

 さらに、第8節においては再貸出などの金融政策に加えて、財政部門からのリスク補填、金利補填、融資保証などの政策を組み合わせて、農業分野への貸出の増加を支援することが打ち出されている。財政による金利補填は、コロナ禍への対応として、2000年1月31日に実施した3000億元の再貸出について行われた例がある。同年3月13日時点で人民銀行からの優遇金利の再貸出を利用した金融機関から対象分野への貸出金利が加重平均で2.56%となり、これに財政が50%の補填を行い、企業の実際の金利負担は1.28%となった。当時すべての貸出の加重平均金利は5.08%だった。今後、農業分野についてもこのような財政による金利の補填が行われるものと予想される。また、対象分野に対する銀行貸出について政府系保証機関による保証の提供も強化されることが示されている。

特定分野への資金誘導という手法

 2023年5月の前回のコラムでは不動産市場に対するテコ入れ策として構造性金融政策手段が活用されている点を紹介したが、今回は、農業分野が対象となっている。このように中国では、金融政策の一環として特定分野への貸出増加を誘導し、経済の構造を変化させようとする手段が多用されている。

 今回の公表文では、農業分野の銀行貸出が2023年4月末で53.16兆元、前年同月末比16.4%増と述べられており、経済分野別の貸出の増加状況が政策評価の対象となっていることが示されている。中国では、今後も、貸出総量だけでなく、特定分野への貸出量をコントロールすることによって経済構造の変化もたらす金融政策を活用していくことが見込まれる。

 なお、人民銀行は6月20日に貸出の基準金利であるLPRの1年物、5年物を0.1%引下げ、それぞれ3.55%、4.2%とした。それに先んじて6月15日には人民銀行が銀行に資金供給を行う手段である7日物リバースレポと1年物中期貸出しファシリティ(MLF)の金利を0.1%引き下げ、それぞれ1.9%と2.65%としていた。今回は2022年8月以来10か月ぶりの利下げとされるが、その間にも、2022年9月には設備更新改造専用再貸出が1年物1.75%で、同12月には不動産引き渡し保証貸出支援プロジェクトが無利息で、2023年1月には不動産開発会社の不良プロジェクト購入資金についての専用再貸出と賃貸住宅購入貸出支援プログラムがそれぞれ1年物1.75%で導入された。これら構造性金融政策手段によって人民銀行から銀行への低利の資金供給が拡大され、銀行貸出総量に影響が及んでおり、金融緩和政策が進められていた点に注意する必要がある。

(了)


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