経済・社会
トップ  > コラム&リポート 経済・社会 >  File No.23-47

【23-47】資本制農業へ舵を切った中国(第3回)

2023年07月14日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

現地農村が語る資本制農業の成長

 中国において資本制農業の片鱗もしくは傾向を示唆するか明示する現象のうち、制度的な変化の側面については 前回 述べたとおりである。筆者は以前、「現代中国の農地制度改革論―農村土地私有化のレジリエンス」という小論(李春利編著『不確実性の世界と現代中国』所収 pp.241-256、日本評論社、2022年)で、筆者と同じ見解を持つ中国人研究者の識見を参照しながら、その動きの揺るぎない点を論じたことがある。残念ながら、日本の中国学研究者の中には「社会主義の中国で、資本制農業など生まれるはずがない」と根拠なしに決めつける向きがないではないが、溝口雄三氏はこうした姿勢を戒めたものである(『方法としての中国』東大出版会、1989年)。そもそも現代中国の実態が「社会主義」国なのかどうかさえ、自信をもって主張できる専門家がどれだけいるだろうか?

 さて本稿では過去に述べた法制度上の動向を踏まえ、実態面では、それがどのように現れているのか、という点に焦点を当てることにしたい。実態の変化が法制度的な改正の動きに先行する現象は中国においても見られ、農業部門においては、それは主に畜産や施設園芸が先行するかたちで現れていたことが分かる。

image

表 投資家経営の農業事例

1.採卵鶏経営投資家の事例(河南省、概要は表の1を参照)

 2018年、筆者は河南省のある採卵鶏農場を訪ねた。数万羽を飼う40代と思しき女性採卵鶏経営者は元々農業や農村に縁もゆかりなく、自宅はその農場から離れた都市部にあるのだという。養鶏施設はやや古びていたが、ケージ飼いの赤玉系(茶色の羽を持つ)の鶏は小太りで元気がよかった。女性は、採卵鶏農場を手に入れた農業経営投資家の一人にすぎない。別に鶏が好きなわけでも、採卵鶏農場に特別の思い入れがあるわけでもない。ただ投資による利益を求めてのことである。

 氏は「私には採卵鶏経営の経験もノウハウもなく、給餌や採卵その他の作業は雇った農民に任せている。私は時間のあるとき、こうして現場の様子を見に来るだけで十分、ほかにも仕事を持っているので」という。みずから農作業に手を染める様子は皆目みえない。なぜ採卵鶏農場に投資したのかという筆者の問いかけには、「専門家がいうには、品質のいい鶏卵の需要はこれからさらに伸びるから」と、こちらの寓問にも真正面から答えてくれたものである(写真Aは氏が投資した養鶏場内の一部)。

image

写真A(2018年筆者撮影)

 投資金額は、聞いても答えてくれるはずはなかった。また、いつまで続けるかも決めていないらしく、安定的な利益を確保できる限りは続けたいような気配があった。

 さて気になるのは、このような事例は法制度的に問題がないのだろうか、という点である。現在の法制度上、採卵鶏農場そのものは農民に限らずだれでも経営できる。ただし、その施設のための敷地は農地であり、法制度上は集体の所有地である。したがって2018年の「農村土地請負法」の改正( 前回 紹介した、「土地経営権」を工商企業等社会資本と呼ばれる企業農に貸す[土地経営権移転]を許可したこと)は時期的にみて微妙なことながら、なお改正法が施行されていなかった当時は、農村戸籍を持つ者つまり農民以外には、その農地の「請負土地経営権」を持つことは禁じられていたと考えられる。

 ではこの投資家は、違法行為を行ったといえるだろうか? 答えは、行ったともいえるし行っていないともいえる。もし、採卵鶏農場の敷地部分である農地の経営権を事実上の我がものとしていた場合(法制度上はできないが、例えば地元の農民集体関係者との間で、何らかの合意を経て経営権の移転登記をしていたような場合)は、明らかな違反といえる。

 しかし、その農地の経営権を動かすことなく農民の支配下に置いたままで、当該農民の行う採卵鶏経営に資金的な投資を行う、という形式を保持するかぎりは、違法行為には当たらないようである。

 投資家が仮に農地の経営権者である農民を雇用し、自らは経営者として上下関係の上位にあるにしても、当事者間の私的な合意の域を出ず、そうすることが第三者に損害を与えたり農村土地請負法の制度的秩序を乱したりしないかぎり、これを禁止する法令や行政等の指導はどこにもないことは事実である。

 そこでこの投資家は合法的な方法でこの養鶏場の経営権を買収し、採卵鶏投資家となったという形式をとったようである。経営権の買収は元の養鶏業者である農民を作業員として雇うことを意味することでもあったが、土地経営権を採卵鶏経営から引き剝がして買収したのではなく、採卵鶏経営権を口頭約束で買収すなわち投資したのだという。

 こうして農作業に指一本汚すことなく、都会のこの投資家は農業経営に参加し始めたのである。そしてこの方法は、農村土地請負法が実態を追認する2018年まで、一般的な投資家にとっての、農村ビジネス入り口の一つとなっていたように思える。

2.ビニールハウス経営投資家の事例(寧夏回族自治区、概要は表の2を参照)

 また2010年には、寧夏回族自治区のとある地方で、農業経営投資家となったスーパーを営む者に巡り合った。こうした事例は、この頃からすでに、中国ではかなり広汎に見られるようになっていた可能性がある。

 氏は地域の村民委員会が造成した数十棟の中国式ビニールハウスのうち、5棟(総面積50アール)に投資、自らメロン・ナス・キュウリ・トマトなどの青果物の栽培を手掛け、収穫したメロンやナスなどは、自ら営むスーパーの店頭に並べるといっていた。氏は農民ではなく、都市戸籍を持つ都市住民である。投資金額は不明である。

 氏もまた青果物を実際に栽培する農民を雇い、本人はまったく農作業はしない。たとえばこれが日本人ならば、長靴を履いて畝と畝の間に足を踏み入れるだけでなく栽培中の野菜や茎に触ったり採ったりはすると思うのだが、農民がやるようなことには一切手を触れないことが一般的のようである。そもそも、農業に関心があるわけではなく、ただ儲けることに関心があるにすぎないからであろう。

 この投資家の場合、先の採卵鶏投資家の事例からは受けなかったことだが、氏の態度にはややためらいのような雰囲気があったことは否めない。これは、氏からこの話を聞いたのが今から10年ほど前の2010年のことであり、農民以外の者が農業に直接手を出すことなど、制度的改正自体が日程に上っていない時期だったことと関連しているかもしれない。

 当時は農業竜頭企業といわれる農外企業が、農産物加工を主業として農業分野に参入する例が全国的な広がりを見せつつあったのだが、「農業産業化」として括られ、制度的には、資本の資の字も見られなかった時代である。農業に無縁の投資家が周りを気にせず農業経営にタッチすることには、まだ世間が慣れていない時代でもあった。ビニールハウスの農地権利を都市住民が持つことなどは、まさに当該土地が位置する村域に住む農民以外には許されないという、当時の農村土地請負法の請負者資格の規定に抵触する行為であった。

 では氏の投資とはどのような形式だったのかというと、やはり農業経営権を手に入れるものであった。具体的には、土地経営権の法的な意味を持った上での移動には触れず、農産物の専売契約のような形式にもとづく栽培品目指定、大まかな買い取り数量、買い取り価格水準、決済方法などを定めて実質的な経営に参加するというものである。このような形式は、農民が土地経営権と実際の農業経営を保持した上で他者に農作業や経営を依頼するものとは異なり、農作業を除く経営全体を投資家に丸投げするものといえる。

 投資家が農業経営に投資した、以上2つの事例が生まれた背景を考えるに、①資本所有者には、農業経営がやりようによっては儲かるものだという見方があったこと、②農民によっては時代が要請する質的・量的な農産物生産に対応できない守旧的経営に止まり営農自体が行き詰まり状態にあったこと、③後継者不足がはっきりし家としての営農継続の見通しが立たなくなっていたこと、④これは③とも関係するが農民に「脱農志向」が広がっていたこと(投資家の出現は「渡りに船」)、⑤村の上層部から聞こえてくる農業近代化策が個別経営単位にとっては営農コスト上昇を避けにくいものであること、⑥投資家が提供するまとまった資金(農民にとっては臨時収入、投資家にとっては資本)は魅力であること、などを挙げることができよう。

3.農業経営への資本家集団による、より発展した投資形態の事例

(1)農場の概要

 さて次に紹介する事例は、以上2つの事例が持つ資本の農業経営への浸透をさらに発展させ、非農民による農業経営と投資集団による資本の実装、農民の完全な被雇用労働化という形態をとった新しい事例である。この農場は農民の手から完全に離れた存在である。もっとも、以前のこの農場が誰によって建設され、経営されていたのかについては、現在の経営者は詳しくは話してくれない。

 まずこの事例の概要を紹介しよう。農場は河北省にあり、農場面積は10ヘクタール、筆者が2019年暮れに訪れた際は、前身の農場を丸ごと入手した経営者が首都圏在住の投資家集団からの投資を受け入れ、農場の全面的リニューアルに着手したばかりの頃であった。

 農作業は雇った近在の農民に依頼している。雇用した農民の人数は不明である、というよりも経営内容への深入りは神経を使うことである。というのも、近在の農民とこの経営者の関係には、微妙なすれ違いのようなものを感じる機会があったことにもよる。それは、筆者らが経営者と投資家集団の一行とともにこの農場外部の村のトウモロコシ収穫後の農地を案内された際、数名の村びとが集まって、我々の行く手をうかがいながら、我々の行動を観察する気配に遭遇することがあったからである。その確かな背景や理由は不明であるが、経営者が「必要ならば、農地はいくらでも、どこからでも調達できるから、この農場以外にも新しい農場建設計画を立てるはいくらでも可能だ」と話したことに関係があるのかもしれない。

 さて事例3の農場には経営者が居住する管理棟・我々が宿泊する来客用施設、予冷庫及び作業場、4棟のビニールハウス(1棟7.2アール)、温度制御装置付きガラス温室(13アール)、7区画に分かれた農地(47アール、1ヘクタール、80アール、1.5ヘクタール、1.1ヘクタール、4ヘクタール、)、放鳥型採卵鶏場、リンゴ菜園(67アール)、回廊型観光池がある(図1参照)。

image

図1 事例3リニューアル農業の現状

 ビニールハウスではアロエ(写真B)、葉物野菜、ニンジンなどを、露地では主に野菜、豆類、トウモロコシ、小麦を栽培、休耕地が4区画3.87ヘクタールある。このように休耕地が農地の約半分にも及んでいるのは、この農場がリニューアルの最中で全体の土地利用や栽培品目が定まっていないためであろう。

image

写真B(2019年筆者撮影)

(2)リニューアル計画

 経営者の意向を聞くと、リニューアル後の農場とは、都市部から観光客を呼び込み、収益性の高い多品種の農産物を栽培することである。そのための土地利用計画、具体的な栽培品目の選択、農業技術習得、市場動向への配慮など、従来はあまり目配りしなかった課題が浮き彫りとなったという。

 また宿舎に滞在しながら筆者が調べてみると、事例の農場が立地する辺りは用水のための河川から距離があり、地下水脈が深いこと、土壌と水のアルカリ性が8程度と高く、これらを与件とする品目選択を行うか、水質と土壌の改良を行うかという課題があることも分かった。

 これらをひっくるめて、農場のリニューアルへの取り組みが始まったのである。計画として、水と土壌問題をクリアーするため、ビニールハウスの一部を周年栽培可能な植物工場に置き換える、漢方薬原材料の栽培、ガラス温室に日本製の環境制御装置を導入し、ミニトマトや高級メロン、もぎ取りイチゴなどの品目を植える、露地では中国で不足する高品質の軟質小麦栽培を中心とし、飼料用のトウモロコシをスイートコーンなどに変えるなどが想定された。

 投資家集団はそのために必要な資金を提供し、その結果としての収益からのリターンを期待する計画になったのである。ただし筆者がこの事例農場を訪問した際には、まだその具体的な金額面は耳にする機会はなかった。

(3)経営者の属性と役割

 実際に面と向かって話をしているこの経営者とはいったい何者なのか、という点に筆者の関心があったが、もちろんその詳細は分からない。ただ経営者自身や共同経営者だろうと思われるその妻の話から、経営者はおそらくは当該地域を管轄する村民委員会の上席者(理事・副主任)あるいは主任(村長)そのもの、はたまた党委員会書記のいずれかである可能性があった。村民委員会の上席者や主任ならばその身分は農民であるが、党の書記は農民である必要はない。主任と書記が同一人物である場合もあるが、党から派遣された書記の場合もあるが、身分が農民である必要はない。

 もし序列トップの書記の職位にあるとすれば、村の農地の差配は一存で何とかなるほど、中国の農村土地の扱い方は農民の手から離れやすく、村の指導者の自由裁量が広がっている背景を利用する動機は十分に働こう。この経営者は、このような時代の変化を巧みに利用して、この農場のリニューアルに取り組んだ可能性が否定できない。もちろん、投資次第で農業は儲かる、と思っているからである。

 なお共同経営者としての妻は漢方薬の原材料や製薬に精通しており、自身、高価な漢方薬の販売に取り組んでおり、案内された漢方薬及びその原材料を扱う大きな卸売市場にも顔が利く様子であった。リニューアル後の栽培品目には、品薄のため市場価格が上昇傾向にある漢方薬原材料の栽培も一部として念頭に置かれていた。

(4)投資家集団の属性と役割

 この農場に投資するために集まった投資家集団は北京市にK科技公司という株式企業組織を組織しており、その役員全員が農業投資家である。そのうち、この農場リニューアルに投資しているのは7人と聞いたが、筆者はその企業の責任者(創設者)と副責任者格の人物とは、農場の宿舎で「寝食を共にした」関係からかなり親しくなった。彼ら以外に、ある時、数人と円卓で招待された食事を共にしたが、彼らはこの投資家集団のトップを務める責任者の下に集まる農業投資集団であり、投資家(中国には、ミニジョージ・ソロス氏やミニウォーレン・バフェットのような人は五万といる)、元省・県レベルの地方政府上席役人、地区有力党員、ビジネス経営者、一部に高級サラリーマンなどであった。

 彼らはこの事例農場以外にも多方面に投資の関心が及び、北京市郊外の農場への投資、国が進める緑化事業への投資(植栽事業・造園事業・緑化物の売買仲介など)など、多彩な方面に目を向けている様子だった。

4.抑えきれぬ資本制農業の脈動

 中国では、農業は農民がやるものという紋切り型の見方は崩れつつあり、農民に限らず第三者が経営の主体となり、そこに投資家が一定の資金投入をするのは何ら悪いことではなく、より巨額の資本装備を整えるための別の外部投資家の存在が意義を持つ時代になっているといえよう。その背景に、本稿の 第1回第2回 で述べた政府による農業・農村への資本の積極的な導入・移転を進める政策的な後押しという変化があったことはいうまでもなかろう。

 筆者の見たところでは、ここには農業経営者、農業労働者(農民集体から土地を請けた元々の「請負土地経営権」が転化したもの)、農業資本家、土地所有者(農民集体)という四者並立の構造ができつつある。この構造を率い、時代を動かしている中核的な役割を担っているのが、中国の資本制農業を牽引する農業資本家だといえる(図2参照)。今後、農業資本家の動きは、中国農業・食料生産の行方を見る上でも、非常に重要だと考える。

image

図2 事例3農場の四者並立関係図(筆者作成)


高橋五郎氏記事バックナンバー