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【23-17】資本制農業へ舵を切った中国(第1回)

2023年03月08日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

はじめに

 本報告は、伝統的な農村を基盤としてきた中国農業体制に、いま画期的な変化が起きようとしている点に焦点を当てたものである。ここではその制度上の変化を時系列的に紹介し、その背景及び今後の動向や影響に言及したいと思う。

 最初に起きていることを簡単に言うと、これまで小農民的農業が根幹を占めていた中国の農業体制の流れに、資本制農業(利潤動機で動く農業、資本主義的農業と言い換えることができる)という新しい川が合流、しかもこの川が本流となり、中国農業を根本から変える可能性を示唆する大きな変化を予感させるものである。

 この制度変更は1978年の改革開放政策と相俟って実施されてきた、小農民に農地経営を請け負わせる制度に、新しく資本的企業等を加えるもので随所にほころびが出始めた感がある中国農業の生き返り策として期待が寄せられている。

1.中国農業の概況と問題点

(1)概況

 本論に入る前に、釈迦に説法を承知の上でポイントとなる中国農業の現在を概観していただきたい(特に断らない限り、データは最新の2021年、ソースは中国国家統計局)。

 農村人口:4億9,835万人(全人口の35.3%.1994年ピーク時8億5,681万人・同71.5%)、第一次産業従事者数[1]:1億7,072万人(全体の22.9%.2002年ピーク時3億6,640万人・同50.0%)、 都会に住んで働く農村戸籍を持つ者(農民工)が2億9,250万人(過去最高)、総作付面積:1億6,900万ヘクタール、穀物生産量;小麦1億3,695万トン、コメ2億1,284万トン、トウモロコシ2億7,255万トン、大豆1,640万トン、畜産飼養頭羽数;豚4億4,922万頭、牛9,817万頭、羊3億1,969万頭、家禽出荷羽数156億羽、第一次産業GDP:8兆3,086億元(全体の7.3%)、農民所得(年1人当たり);18,931元(約36万円)、うち給与性所得7,958元(42.0%)・経営性所得(実質は農業所得)6,566元(34.7%、都市住民所得;47,412元(約90万円))、うち給与性所得28,481元(60.1%)、農産物輸入:小麦977万トン(2010年123万トン)、コメ496万トン(同38万トン)、トウモロコシ1,131万トン(159万トン)、大豆9,647万トン(5,480万トン)、食用油1,038万トン(687万トン)、主要畜産物(2020年)1,123万トン(2010年109万トン)、第一次産業向け固定資産投資(除農家):1億4,275億元(約27億円)・全産業体の2.6%。

 国土面積は日本の約26倍、人口が約11倍ではあるが、農業面に関してはこの比例と無関係に巨大な規模の生産・輸入を誇っている。またこの約10年間に、ほとんどの項目が大きく増加している。

(2)問題点

 ただし、以上のうち農村人口と一次産業従事者数の減少は、農村の都市化・当該産業の労働生産性の向上を伴っているのでけっして否定的な現象というわけではないが、その中身は問題を抱えている。日本でも同様の問題がより深刻化しているが、規模こそ違え、中国は日本の後を追っている気がしてならない。

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 さて特に注目していただきたく作ったのが表1だが、農業従事者の年齢構成と学歴に焦点を当てている。年齢構成については区分の取り方が異なるため比較しにくいが、2006年と2016年の10年間で30歳以下が06年では20.2%もいたのに、16年になると35歳以下と年齢を5歳高く上げても19.2%しかいなくなっているし、06年には51歳以上が32.5%だったのが16年になると55歳以上と5歳年齢を上げて対象を絞っても33.6%と広がっており、若干の平均寿命の長期化を考慮してもなお、農業従事者の高齢化が進んでいることがうかがわれる。

 同表下段は農業従事者の学歴構成の推移を示すが、中卒以下が06年で95.7%、うち未就学9.5%、小学卒40.1%を占める。しかし10年後の16年は中卒以下91.7%、未就学6.4%、小学卒37.0%。10年を経ても、目立った変化は見られない。二次・三次産業部門と比較すると、一次産業に属する農業は低学歴者が担う産業であることが明白である。

 また、穀物生産・畜産物飼養出荷量は着実に伸び、農民所得も上昇しているが、穀物も畜産物も輸入量は増加傾向にある。それはなぜか、検討が必要である。

 そして農外からの一次産業固定資産投資は、二・三次産業投資に比べ依然として小さい現実にも注目する必要がある。すなわち、一次産業のGDP比は7.3%(2022年)にもかかわらず総固定資産投資額に対しては上述の2.6%に止まる。二次産業は30.7%・三次産業は66.6%に対する投資に比べ、小さいのが現状である。

 これらは、今後の一次産業、特にその大部分を占める農業の動向を左右し、世界食料争奪市場の頂点で日中が激しく渡り合う情勢に対しても、直接的な影響を及ぼす可能性があろう。

 実は以上のいくつかの問題はいまに始まったことではなく、長年かけて生まれあるいは蓄積され続けてきた問題である。食料自給を党是とする中国共産党にとって、これらが今後も無解決のまま残り続けることが問題だと判断しているとしても不思議ではない[2]

 これまでもいわゆる「三農問題の解決」として取り組み、品種改良・農業機械化・灌漑率の向上・農業専業合作社経営の多角化や農業生産に参入し始めた供銷合作社[3]の改善・拡充等、さまざまな手を打ってきたことも事実である。

 これらの上に、さらなる政策強化を図ろうとする新しい動きの契機になったことこそが、上に述べた問題の数々ではないのかと思われる。

2.農業の新しい体制が生まれた経緯

 中国農業の現状を俯瞰的に言うと、農業を支えてきた体制に、いま大きな変化が起きているように思われる。

 では何を指して「体制」というのかと言うと、農民が「農民集体」[4]から借りた農地で、農業収益の自由な処分権を保証された農業を行う農民的農地請負制度のことである。農地「請負制度」というのは中国語の農地「承包制度」の日本語の直訳であり、日本の民法的に意訳すれば農地「賃借制度」に他ならない。

 ともあれこの農地制度はかつての中国人民公社等、集団農業を解体、鄧小平の改革開放の波に乗って農民個々に営農主体を移し、農民の創意工夫を尊重することで国全体の農業生産力を上げ、農民経済の向上に貢献した制度である。食料生産の向上と安定が進み、約40年もの長きに渡る中国経済の高度成長の土台ともなった制度である。この点は、肯定的に評価されてよいと思う。

 ところが中国指導者当局は、上述の諸問題が簡単には解決できないと思うようになったらしく、これまで堅牢と見ていた農民的農地請負制度が揺るぎ始めたと思い始めたようなのである。

 中国的な社会主義農業の下で、もともと農民的農地請負制度は過渡的な形態としてしか存在しえないものであった。発足後、約40年が過ぎ農村も都会の食料事情も大きく変わった。

 そしてついに、これらが背景になったものと思われるが、政府は、2018年に農村土地請負法の改正を行い、農地を請負って農業経営ができる者として、「工商企業等社会資本」を新たに追加する大改正を行ったのである。

 これには村民会議で3分の2以上の賛同を得ることが条件とされたが、それらが参画しようとする案件は村民委員会あるいはその指導行政機関である県政府が背後にいなければそもそも持ち上がらないことなので、実質的な反対に遭うことはまずないと見てよかろう。

 次は、「工商企業等社会資本」の語義について触れておきたいのだが「社会資本」という言葉に引きずられてしまうと、日本語の「社会資本」のような公共的な性格を帯びたニュアンスになってしまうが、原義はそうではなくここで言う社会資本とは、社会に広い範囲で存在する独立資本もしくは個別資本と訳した方が実態に近いように思う。

 こう捉えると、「工商企業等社会資本」はまずは何らかの利潤動機を基本とするビジネス組織またはビジネスマンが持つ資本、または資本制組織または資本的個人業者の意味だと捉えてよいと思われる。

 この改正は突如生まれたものではなく、最初、その兆候が現れたのは2014年、中共中央及び国務院が発した「農村土地経営権の秩序ある流動化が農業の適正な経営規模の発展に資するためのガイドについて」においてであった。

 そこではしかし「工商企業等社会資本」という現在の表現には至っていなく、単に「工商資本」となっていたが、各種の「農業の混合所有制経済」の発展を支援するものだとの見方が示されていた。

 この状態は遅くとも翌年までには継続していたと思われる点は、2015年の重慶市農業委員会・同市資源と住宅管理局・同市工商行政管理局が共同で発した文書「工商資本の農地リースについての監督・リスク防止の指導意見の強化について」が示している。

 ところが2019年になると事態が急速に動いたと思われ、「工商企業等社会資本による土地経営権の流動化の進展に関する農業農村部の規定の起草について」という文書が生まるに至った。表題の示す通り、それまでの「工商資本」は、現在に通じる「工商企業等社会資本」として固まったのがこの時であろう。

 なおこの文書は「農村土地経営権流動化の管理方法」についてのパブリックコメントの募集を行うとの趣旨のものだが、その背景として工商企業等社会資本の土地経営権取得が増加していることを挙げたのである。

 共産党中央による毎年の重要施策を示す中央一号文件(文書)をたどると、類似した表現が現れだすのは最近のことであるが、2018年の法令上に「工商企業等社会資本」という文字が明記される後押しをしてきた経緯を見ることもできる。(以下次号)


1.中国の一次産業の中心的存在は耕種農家・畜産業である。

2.筆者の推計では、2021年の中国カロリーベース食料自給率は75%程度に落ち込んでいる。

3.本来、供銷合作社は生活店舗営業が本業だったが、徐々に、農家から農作業を受託する農業生産合作社としての機能を担うように指導され始めている。

4.「農民集体」は「土地管理法」、「農村土地請負法」、「村民委員会組織法」等の基幹法が規定する農地所有者団体。その実体と具体名は明らかにされていない。農民の「自治組織」とされる村民委員会を指すとする見方は誤り。同委員会には所有権を主張できる権能たる法人格もなければ、同委員会が農地所有者であることを既述した条文はいかなる法律・実施細則・通知等にも確認されていない。

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