【22-33】人民元為替レートの安定の意味
2022年11月24日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
10月のコラム では、人民元為替レートの最近の動向について述べたが、11月16日に中国人民銀行が公表した2022年第3四半期金融政策執行報告において、人民元為替レートについてボックスを設けて述べられている。今回はその内容と、足元の為替レートの動きについてさらに考察してみたい。
人民元為替レート制度の現状
今回の人民銀行の報告には「人民元為替レートの基本的安定保持には堅実な基礎がある」と題するボックスが設けられている。そこではまず、米FRBの金融引き締めの加速や市場のリスク回避の動きなどの要因によって米ドルが上昇し、ユーロ、英ポンド、円など主要通貨の為替レートが低下したことが述べられている。そして、本年1~9月中に人民元は米ドルに対して10%減価したが、ユーロ、英ポンド、円はそれぞれ米ドルに対して13.8%、17.5%、20.5%とさらに減価した。このため、人民元はユーロ、英ポンド、円それぞれに対して3.3%、8.3%、12.5%増価し、韓国ウォンやタイバーツ、南アフリカランドなどその他の通貨に対しても増価したと述べられている。
次に、バスケット通貨に対しては、人民元為替レートは基本的に安定を保持したと述べられている。人民元のバスケット通貨に対する変動を示す中国外貨交易センター(CFETS)公表の人民元名目実効為替レートであるCTETS指数や、同じくCFETSが公表しているSDRやBISのウエイトを使った指数で見ると、本年1~9月中に人民元は小幅に人民元安方向に推移しており、おおむね安定を保持している。これらの指数は人民元の全主要通貨に対する為替レートの変動を加重平均して指数化したものである。人民銀行は、このようなバスケット通貨に対する人民元為替レートの変動は、2国通貨間の動きに比べ、より全面的、客観的に通貨価値の変化を示すものであるとしている。
そして、このボックスでは改めて現状の人民元為替レート制度は「市場の需給を基礎に、バスケット通貨を参考に調節を行う、管理された変動相場制」であることが強調されている。人民銀行は市場の動向を重視し、常態的な介入は行っていないとはしているが、市場と政府という2本の手の機能を発揮しているとも述べられており、10月のコラム でも述べたような様々なコントロール手法によって人民元為替レートの管理を行っている。中国内外の銀行など機関投資家は中国と海外との間の資本流出入について政府のモニターと厳しい監督を受けており、人民元為替レートは中国政府によって、充分にコントロールされていると見るべきである。
人民元為替レートの足元の動き
人民銀行が公表する人民元為替レートの基準値のごく最近の動きを見ると、対米ドルでは、今年春ごろから人民元安方向に推移して、11月10日に1米ドル=7.2422人民元となった後、11日に7.1907人民元と人民元高方向に転じ、21日には7.1256人民元の人民元高水準となっている(図1)。これについて、中国政府が11月11日にコロナ政策を緩和し、海外からの入国者に対する隔離期間を10日から8日に短縮すると発表したことから中国景気の回復が見込まれるなど、中国経済の改善見通しを理由に人民元が買われたという趣旨の説明がみられる。
(出所)中国貨幣網
しかし、対ドルでの人民元高の動きは、ユーロ、円など主要通貨が軒並み対ドルで通貨高方向に推移したことによって、バスケット通貨に連動する人民元の為替レートが機械的に対ドルで上昇したものと見るべきである。11月10日に発表されたアメリカの消費者物価指数の前年比上昇率が7.7%と市場予想の7.9%を下回ったことから、FRBの利上げペースが市場予想よりも減速し、欧州、日本などとの金利差も市場予想比拡大幅が縮小するとの見方が出た。これによって、ユーロや円などの為替レートが対ドルで急上昇した。バスケット通貨へ連動するということは、主要通貨の為替レートの変動を加重平均した動きに連動するということである。11月11日以降、人民元為替レートは対ドルでは、ユーロや円の対ドル為替レート上昇の影響を受けて上昇した。一方で対ユーロ、対円ではこれら通貨に対するドル安の影響を受けて人民元安方向に推移した。
中国外貨交易センターが公表する人民元の名目実効為替レートであるCFETS指数、SDR指数、BIS指数を見ると、11月11日と18日の値は、すべての指数で11月4日の値と比べてわずかに人民元安となっている(図2)。これは人民元が対ドルでは急速に人民元高となった時期である。
(出所)中国貨幣網
BISが公表している日次の指数(人民元名目実効為替レート)で見ても、11月11日の指数は前日の10日に比べてわずかに人民元安となっており、おおむね安定した推移を示している(図3)。
(出所)Bank for International Settlement.
人民銀行が述べている通り、人民元の全面的な価値をより良く表すのは対ドルレートではなくバスケット通貨に対する変動を示すこれらの指数の動きである。主要通貨に対する加重平均値で見ると、11月10日以降人民元の為替レートは上昇していない。中国経済改善という見方によって人民元が買われたわけではないことは明らかである。
今後の見通し
今回の報告のボックスでは、今後の方針として、「市場の需給を基礎にバスケット通貨を参考に調節する管理された変動相場制」を引き続き堅持すると述べられている。そして、為替レートの大変動を抑制し人民元為替レートの合理的均衡水準における基本的安定を保持する方針とされている。ここでいう基本的安定は、対ドル為替レートではなくバスケット通貨に対する安定を意味することを忘れてはならない。
(了)
露口洋介氏記事バックナンバー
2022年10月27日 人民元為替レートの最近の動向
2022年09月28日 人民元国際化報告とCIPS
2022年08月22日 銀行の貸出構造の変化
2022年07月25日 中国本土と香港の金融協力の進展
2022年06月28日 SDR通貨構成比の見直しと債券市場の対外開放進展
2022年05月26日 金融政策の枠組みと預金金利の引下げ
2022年04月27日 金融緩和政策と人民元為替レート