【22-28】人民元為替レートの最近の動向
2022年10月27日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
このところ、人民元の対米ドル為替レートが急速に人民元安となっている。これに関し、中国人民銀行の元調査統計局長、盛松成氏が、「人民銀行は人民元為替レートに対する期待をコントロールする多くの手段を持っている」と述べたと10月18日付で報じられている。
人民元為替レートの変動ルール
盛松成・元局長は「必要であれば、カウンターシクリカル要素を再開したり、香港市場で人民元建て手形を発行して流動性を吸収したりすることができる」として、「人民元為替レートの急落は続かない」と述べた。
人民元為替レートは、2005年7月21日から「市場の需給を基礎に、バスケット通貨を参考に調整される管理された変動相場制」に移行し、現在に至っている。本年5月のコラム「金融政策の枠組みと預金金利の引下げ」 でも述べたように、人民元の為替レートは金融政策の手段の一つとして、銀行の預金・貸出金利と同様に人民銀行がコントロールしている。その具体的なコントロール方法としては、2017年5月以降、従来の「前日終値+バスケット通貨の変動」に加え、カウンターシクリカル要素を導入した。これは、人民元為替レートの一方向への急激な動きを緩和するために導入されたものである。ただし、2020年10月27日にカウンターシクリカル要素は使用を停止するとされている。
人民元の為替レートは盛松成氏が述べた通り、人民銀行によってコントロールされていると見るべきである。
人民元為替レートの動向
昨年からの人民元為替レートの動きについてみてみよう。
(出所)中国貨幣網
まず、対米ドル為替レートで見ると(図1)、昨年初から2022年の春まで緩やかに人民元高方向で推移した後、2022年の4月以降急速に人民元安方向への動きに転じている。一方、主要通貨に対する人民元為替レートの変動をウエイト付けして指数化した名目実効為替レートの一つであるCFETS指数で見ると、昨年春から大きく人民元高方向に推移した後、2022年春から6月にかけて急速に人民元安に転じ、その後はおおむね横ばい圏内で推移している。
(出所)中国貨幣網
以上のような動きについて、昨年から本年春までの人民元高局面では、人民元が安全通貨として買われるようになり人民元高となったという説明がされ、今年春以降になると、米中の逆方向の金利の動きによって対米ドルで人民元安となっているとの説明がみられる。このような要因が部分的に影響していることは否定できないが、アメリカの政策金利の利上げは2022年3月から開始されており、一方中国は2021年12月から政策金利を引き下げている。2022年春までの人民元高は金利差の動きでは説明できない。人民元為替レートの主な変動要因は中国政府のコントロール方針とみるべきである。また、人民銀行が人民元為替レートをコントロールする際には、対米ドル為替レートではなく、バスケット通貨への連動を示す名目実効為替レートの動きを見てコントロールしている。
本年5月のコラム で述べた通り、2021年8月の国務院常務委員会では、「重要原材料価格の上昇に対応する方策を整備実施する」としており、2021年から2022年春までは輸入原材料の価格上昇に対応するため、人民元の名目実効為替レートを人民元高方向にコントロールしていた。一方、2022年3月21日の会議では「対外貿易を安定させるため、人民元為替レートの合理的均衡水準での基本的安定と国際収支の均衡を保持する」とされ、4月13日の会議では「対外貿易企業の困難を緩和し、(中略)対外貿易企業の営業環境を多方面から改善する」とされた。2022年の春以降は、経済成長の鈍化に対し、輸出を促進して、経済を下支えするため人民元安が求められるようになった。これを受けてCFETS指数は5月まで急速に低下し、その後、横ばい圏内で推移している。最近の人民元対米ドル為替レートの急落は、ユーロの対ドル為替レートの下落を反映したものであり、CFETS指数は比較的落ち着いた動きを示している点には注意が必要である。そしてこの水準は中国政府が意図したものであることを忘れてはならない。
人民元為替レートのコントロール手法
盛松成氏が指摘した、カウンターシクリカル要素を付加した人民元為替レートの基準値
の設定方式が再開されれば、人民銀行は、国内の為替市場における人民元為替レートを裁量的にコントロールすることができる。盛松成氏はさらに、香港を主とする人民元のオフショア市場で人民元が過剰であるということになれば、人民銀行は香港において人民元建て手形を発行することによって人民元の流動性を吸収することができると述べている。
その他、人民銀行は本年9月26日に人民元為替フォワード業務に関する「外国為替リスク準備金」の積み立て比率を0%から20%に引き上げた。フォワード市場において外貨を購入するコストを引き上げ、人民元安を抑制するための措置である。
一方、人民銀行は「外貨預金準備金率」を本年5月15日に9%から8%に、9月15日には6%に引き下げた。外貨を市場に開放し、人民元安を抑制しようとする措置である。
以上に加えて、海外機関投資家など中国と海外の間の資本取引の主な担い手は、中国の法規によってマクロプルーデンス管理の対象として監督されている。大規模な資本の流出入はこのような監督によっても抑制することが可能である。
人民元の為替レートの変動については、未だに中国政府のコントロールが十分行われているということを前提に見ていかなければならない。
(了)
露口洋介氏記事バックナンバー
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2022年08月22日 銀行の貸出構造の変化
2022年07月25日 中国本土と香港の金融協力の進展
2022年06月28日 SDR通貨構成比の見直しと債券市場の対外開放進展
2022年05月26日 金融政策の枠組みと預金金利の引下げ
2022年04月27日 金融緩和政策と人民元為替レート