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【23-83】中国の不良債権処理

2023年12月22日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国では不動産市場の市況下落による不動産デベロッパーの経営不振が問題となる中、銀行の不良債権処理は早いテンポで進められている。今回は中国の不良債権の償却状況を検討したい。

不動産市況と商業銀行の経営指標

 中国の住宅価格の推移を国際決済銀行(BIS)の指数データ(2010年=100)で見ると、データを遡れる2005年6月以降 、多少の波はあったもののほぼ継続的に上昇を続けてきたが、2021年9月末の145.91をピークに以後低下傾向を示し、2023年6月末では138.42となっている。恒大集団のような不動産デベロッパーは、政府が2020年8月に公表した3つのレッドラインと呼ばれる資金調達規制 もあって資金繰りが困難となり、経営が悪化してきている。このような状況の下、中国の銀行の不良債権の状況が注目されている。

 中国の国家金融監督総局が公表している最新の商業銀行主要監督指標によると、2023年9月末の商業銀行の貸出残高は200兆元、不良貸出残高は3兆2246億元、不良貸出比率は1.61%となっている。また、不良貸出には分類されない要注意(中国語で「関注」)貸出が4兆3880億元あり、その比率は2.19%である。

 これに対して、商業銀行の自己資本が31兆6552億元、自己資本比率は14.77%、貸倒引当金は6兆7034億元、貸倒引当金カバー率は207.9%となっている。また1~9月中の当期純利益は1兆8616億元、前年同期比9.0%増である。仮に、今後不良貸出と要注意貸出を合計した約7兆6千億元がすべて回収不能となっていても、当期純利益と貸倒引当金を合計した約8兆5千6百億元によってその損失を吸収できる状況が確保されている。

不良債権の償却状況

 2023年10月のコラム で取り上げた中国人民銀行の中国金融業務状況報告において、2023年1~8月中に銀行業金融機関が1.5兆元の不良資産を処理したと述べられている。中国では、以前の銀行保険監督管理委員会(銀保監会)が本年5月に改組されて、国家金融監督総局となっているが、銀保監会が記者会見などで公表した数字を見ると、中国の商業銀行の不良債権処理額は、2019年が 2兆3千億元、2020年が3兆2百億元、2021年が3兆1千億元、2022年が3兆1千億元に上っている。2019年以降2023年8月までの間に13兆元の不良債権が処理されたことになる。円に換算すると約260兆円である。日本でバブル崩壊後に処理された不良債権の合計が約100兆円とされているので、中国は相当な速いペースで不良債権の処理を進めていることになる。

 2022年についてみると、商業銀行の年末の不良債権残高は2兆9千8百億元、不良貸出比率は1.63%である。また、2022年中の純利益は2兆3千億元となっている。2022年中の不良債権処理額が3兆1千億元であるから、もしこの処理がなければ、年末の不良債権額は6兆元を超え、不良債権比率も3%を超えていたことになる。

 そして、このような不良債権の処理を行った後で、商業銀行は合計で2兆3千億元の当期純利益を計上している。例えば、中国の4大銀行(中国工商銀行、中国農業銀行、中国建設銀行、中国銀行)それぞれの2022年の年報を見ると、4行合計で5166億元の不良貸出を処理しており、その額を損失として差し引いた後に、当期純利益が1兆1千8百億元計上されている。

厚い利鞘の確保

 中国の銀行がこのような巨額の不良債権償却を行っても、純利益が充分確保されている主な理由は、銀行の収益力の高さである。中国金融監督総局の統計によると2023年1~9月中の商業銀行の利鞘は1.73%と低下傾向ではあるが未だに高い水準を維持している。

 東京工商リサーチの調査によると日本の銀行106行の総資金利鞘の中央値は0.19%である。利鞘の定義が異なるので、単純に比較はできないが、同調査によると資金運用利回りの中央値が0.88%であり、調達側の支出を差し引く前にすでに中国の利鞘の半分に過ぎない。中国の商業銀行の利鞘の厚さが不良債権の積極的な処理を可能としているのである。

貸出金利・預金金利に対する規制

 このような利鞘の確保は銀行の貸出金利と預金金利が人民銀行によって管理されていることによって可能となっている。商業銀行の貸出金利の基準となるのは貸出市場報告金利(LPR)であるが、政策金利としてこの金利の水準は人民銀行が決定している。2023年の始めから11月までの間にLPR1年物は3.65%から3.45%へ、住宅ローン等の基準になるLPR5年以上ものは4.3%から4.2%へ低下した。銀行の貸出金利と預金金利の動きについて、2023年11月27日に公表された2023年第3四半期金融政策執行報告では以下のように記述されている。

「今年に入って、人民銀行は公開市場操作のリバースレポと中期貸出ファシリティ(MLF)の金利を誘導し、それぞれ0.20%ポイント、0.25%%ポイント引き下げた。これに伴って、LPR1年物とLPR5年以上物金利はそれぞれ0.2%ポイント、0.1%ポイント低下した。同時に預金金利市場化調整メカニズムの働きによって、主要銀行は1年以上の預金金利を0.1~0.25%ポイント引き下げた。」

 預金金利市場化調整メカニズムについては、2022年5月のコラム で説明した。人民銀行が2022年4月に銀行の業界団体である金利自律機構を指導して構築したシステムである。金利自律機構のメンバーである銀行は、10年物国債利回りを主とする債券市場金利と1年物LPRを主とするマネーマーケット金利を参考に預金金利を合理的に調整することとされた。人民銀行は、銀行の行った預金金利の調整が時宜にかない、有効性が高い場合、その銀行に対しインセンティブを与えるとされている。

中国の銀行システムの安定性

 以上のような金利コントロールは中国経済全体にとっては非効率を生み出し、成長を減速させる恐れがある。中国政府は高成長を最優先に追求するより、成長を多少犠牲にしても安定的な成長を継続させることを選択しているとみるべきである。

 利鞘の確保によってもたらされる高い収益に基づき、中国の銀行は不良債権の償却を急速に進めている。すでに不動産デベロッパーに対する貸出について償却が進んでいる可能性もある。日本では、1990年代初のバブル崩壊によって生じた不良債権の処理が銀行の財務状況の悪化により遅々として進まず、1998年になってようやく銀行に対する公的資本注入が開始され、不良債権処理に目途がついたのは2000年代半ばに至ってからである。この間、日本の銀行は、貸渋り、貸剥がしと呼ばれる行動を示し、日本経済の成長に必要な信用供与を充分に行えなかった。中国で不動産デベロッパーの破綻が生じた場合、それ自体が経済に与える影響は無視できないが、銀行は充分な償却原資を確保して、不良債権の処理を着々と進めている。中国の銀行が日本のバブル崩壊後のような状況に陥る可能性は低いと考えられる。

(了)


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