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【24-28】中央銀行デジタル通貨クロスボーダー決済システムの拡大

2024年06月25日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 国際決済銀行(BIS)は2024年6月5日、中国人民銀行が参加する中央銀行デジタル通貨によるクロスボーダー決済ステムのプラットフォームであるmBridgeの実証実験に、より多くの国・地域の中央銀行と民間金融機関の参加を歓迎すると述べた。中国人民銀行も6月6日に同様の内容の公表を行った。今回は、mBridgeの最近の動向について概観することとしたい。

mBridgeの概要

 mBridgeは、すでに2024年3月のコラム で説明したとおり、BISと中国人民銀行、タイ中央銀行、UAE中央銀行、香港金融管理局が共同で研究開発する中央銀行デジタル通貨(CBDC)を用いたクロスボーダー決済のプラットフォームを構築するプロジェクトである。BISの説明資料によると、同プロジェクトの目的として、①クロスボーダー決済の課題である高コスト、決済リスク、低速度などの問題を解決すること、②中央銀行マネーによるクロスボーダー決済を促進すること、③(米ドルなど第三国通貨ではなく)取引当事国通貨の利用を促進すること、④新しく革新的な支払い決済サービスの機会を創出することが挙げられている。

 mBridgeを利用することによって、資金を支払う銀行は従来のクロスボーダー決済の一般的な手法であるコルレス銀行経由の支払いではなく、中央銀行が発行するCBDCを直接使用して資金の受け取り銀行に支払うことが可能となり、コストを削減し、決済時間を短縮することができる。また、決済リスクを削減するため、参加通貨同士の同時決済(PvP)をシステムに組み込むことによって、従来のような米ドルを利用したクロスボーダーの支払いを現地通貨で代替し、さらに、為替売買取引では、現地通貨同士の交換において従来媒介通貨として介在した米ドルの利用を回避して現地通貨同士で直接交換することができるようにしている。

MVP段階への到達と対外開放

 6月5日に、BISはウェブサイトにおいて、mBridgeプロジェクトがMinimum Viable Product(MVP)の段階に到達したと公表した。最小限の機能が実行可能な段階に達したという意味であり、通貨の実際の価値のクロスボーダーの移動を可能とするシステムや法制度・ルールなどが整備されたことになる。

 mBridgeプロジェクトには2024年6月時点で26の機関がオブザーバーとして参加している。中央銀行としてはイタリア、チリ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、イスラエル、韓国、ナミビア、フランス、バーレーン、エジプト、ヨルダン、ジョージア、欧州中央銀行(ECB)、カザフスタン、ネパール、ニューヨーク連邦準備銀行、ノルウェー、オーストラリア、サウジアラビア、南アフリカ、ハンガリー、トルコの各中央銀行、そして国際機関としてIMF、世銀、アジアインフラ投資銀行(AIIB)である。

 今回BISはmBridgeの現在のフルメンバーである4つの中央銀行・通貨管理当局やすでにプロジェクトに参加している民間金融機関に加えて、新たな中央銀行と民間金融機関の参加が可能であると述べ、オブザーバーとの協力を拡大してく方針が示されている。サウジアラビア中央銀行はフルメンバーとして参加する予定とされている。また、プロジェクトへの民間企業の参加を募ることが公表され、BISのウェブサイトには企業の参加申請フォームが掲載されている。

人民元の国際化との関係

 2023年11月のコラム で述べた通り、中国はリスク回避の観点から、中国の対外受払と為替市場取引について米ドルへの過度の依存から脱却を図ることを人民元国際化の最優先の目的としてきた。mBridgeでは、参加国間の取引の受払は米ドルではなくそれぞれの現地通貨のCBDCで行うこととされ、為替市場における現地通貨間の交換も米ドルを介在させることなく現地通貨間の直接交換で行うことが指向されている。これらは、中国の目指す人民元の国際化と一致する内容であり、mBridgeの稼働と参加国、参加機関の拡大は人民元の国際化を一層促進する効果を持つと考えられる。

日本の動向

 日本銀行は2024年4月4日にBISの実験プロジェクトであるアゴラ(Agorá)に参加することを公表した。公表文では「本プロジェクトは、分散型台帳技術を使ったプラットフォーム上に、商業銀行預金と中央銀行預金の両方を乗せ、それらを使って安全かつ効率的なクロスボーダー決済を行う、新しいタイプの決済インフラの可能性について検討するもの」とされている。同プロジェクトでは7つの中央銀行(フランス銀行<ユーロシステム代表>、日本銀行、韓国銀行、メキシコ銀行、スイス国立銀行、イングランド銀行、ニューヨーク連邦準備銀行)とそれらの法域の民間金融機関が協力して検討作業を行うこととなっている。

 本件について2024年4月3日付でBISが公表した文章では、(通貨の)トークン化(tokenisation)という表現が使われており、中央銀行デジタル通貨を使ったクロスボーダー決済が検討されていることが示されている。そして、検討の主な目的は国際的な支払いにおいて、速度と正確性を上昇させ、コストを低下させることであるとされている。mBridgeと類似した検討が行われることになる。

 また、2024年4月17日に財務省が公表した「CBDC関係府省庁・日本銀行連絡会議中間整理」では、「クロスボーダー決済」という項目が設けられており、「迅速・低コスト・透明性のあるものに改善することが国際的課題」と指摘されており、「CBDC間の相互運用性の観点から技術標準化を通じた国際連携を進めておくことが重要」であるとされている。そして「クロスボーダー決済に関する国際的スタンダードの議論にも積極的に貢献していく必要」があるとしている。

 同中間報告では、「我が国においてCBDCを導入することを予断するものではない」と、現時点では日本においてCBDCを発行することが決定されているわけではないとしている。そして、2020年10月に日本銀行が公表した「CBDCに関する日本銀行の取り組み方針」でも示されているように、導入することとなった場合に備えて十分な検討を進めていくという方針が挙げられている。

 mBridgeでは、すでにクロスボーダーの支払い決済が実際に試されており、参加国、参加金融機関の拡大が進められようとしている。そしてこれは中国が目指している人民元の国際化にも貢献するものと見られる。

 日本としても人民元の国際化のテンポに遅れることなく、国際通貨としての円の機能を維持、増進していくことが必要である。そのためには円のデジタル中央銀行通貨をクロスボーダーの支払いと為替市場における通貨交換に利用することについて、さらなる検討と実証実験を早急に進めていくことが求められよう。

(了)


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