【24-40】不動産・株式市場対策の金融政策とその決定過程
2024年10月28日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国人民銀行の潘功勝総裁は9月24日に行った記者説明会において、数日後に実施される金融政策の具体的内容を公表した。その内容と背後にある金融政策決定過程の変容について考えてみたい。
9月24日に公表された金融政策の内容
9月24日午前、国務院新聞弁公室の主催で中国人民銀行の潘功勝総裁、国家金融監督管理総局の李雲沢局長、中国証券監督管理委員会の呉清主席が出席した記者説明会が行われた。席上、潘総裁は、5項目の不動産市場対策の金融政策を挙げた。第一に、銀行の既存の住宅ローン金利引き下げを指導し、平均0.5%程度の引き下げを実現する。第二に2軒目の住宅ローンの頭金比率を1軒目と統一して25%から15%に引き下げる。第三に2024年末までとなっていた「経営性物業貸出」と「金融16条」を2026年末まで延長する。「経営性物業貸出」は、商業用不動産向けに当該不動産を担保に行う貸出について、その他の不動産関連貸出などの返済に利用することを認める措置であり、2024年1月に導入された。「金融16条」は不動産関連の融資について、金融機関の積極的な対応を促す様々な措置を定めたものであり、2022年11月に公表された。第四として、格安の保障性住宅向けに完成済みで未売却の不動産を購入する場合の資金を銀行が融資した場合、その融資額の60%を人民銀行が低利で銀行に対して再貸出するとしていたが、その比率を100%に引き上げる。第五として、不動産開発企業の土地在庫について、条件を満たす企業が購入する場合に対する銀行融資に人民銀行が再貸出で資金を供給する方法を検討する。
以上のほか、潘総裁は、マクロ的な金融政策として、預金準備率を近く0.5%引き下げ、さらに状況を見て年末までに預金準備率を0.25%~0.5%引き下げる可能性があること、政策金利である7日物リバースレポ金利を現在の1.7%から1.5%に引き下げること、そして中期貸出しファシリティ(MLF)については0.3%、貸出市場報告金利(LPR)と預金金利もこれらに従って0.2~0.25%引き下げることを公表した。
同総裁は、さらに株式市場の安定を図るために新たな金融政策手段として証券、ファンド、保険会社スワップファシリティ(SFISF)を創設し、これらの企業が債券や株を担保にして、それらと交換に人民銀行から国債や中央銀行手形など流動性が高い資産を借り入れられるようにするとした。また、自己株式の取得や消却に対して低利の再貸出を創設すると述べた。
マクロ的金融政策の実施状況
潘総裁の9月24日の発言の後、人民銀行は矢継ぎ早に政策を実施した。まず翌25日にMLFの金利を従来の2.3%から2.0%に0.3%引き下げて実施したことが発表された。MLFについては、2024年8月のコラム で政策金利としての重要性が低下したことを紹介した。従来は原則として毎月15日に7日物リバースレポレートとMLFの金利が変更され、それを受けて20日にLPRが公表されていた。7月には7日物リバースレポ金利とLPRの引き下げが22日に先行し、その後、25日にMLFの引き下げが行われた。8月にもLPRの水準の維持が20日に公表された後の26日にMLFが従来と同水準と公表された。そして、9月にはLPRの水準維持が20日に公表された後、24日の総裁発言を受けて25日にMLFが引き下げられた。
次いで人民銀行は9月27日に、総裁発言通り預金準備率の0.5%引き下げを公表、即日実施した。また、7日物リバースレポについては27日には取引を実施せずその金利の0.2%引き下げについてのみ公表し、7日物リバースレポ金利に0.15%上乗せする14日物リバースレポの金利を前日の1.85%から1.65%に引き下げて実施した。そして29日になって7日物リバースレポを引き下げ後の1.5%で実施した。MLFはLPRなどの基準となる政策金利としての機能を失い、7日物リバースレポが他の金利の基準となる代表的な政策金利と位置付けられるようになった。
LPRについては9月24日の総裁発言の次の変更機会である10月21日に1年物、5年以上物とも0.25%引き下げられ、それぞれ3.10%、3.60%となった。また、預金金利についても大手銀行が10月18日に一斉に0.25%引き下げ、1年物定期預金金利は1.10%となった。銀行の利鞘は維持された形となっている。
不動産市場、株式市場対策の金融政策
9月29日には、不動産対策の金融政策のパッケージが公表された。まず、2軒目の住宅ローンの頭金比率を25%から引き下げ、1軒目、2軒目とも15%に統一する通知が公表された。また、先述した2件の不動産対策措置を2026年末まで延長する通知も公表された。以上の2つの通知に付された日付は9月24日となっている。さらに保障性住宅の買い取り資金へ銀行貸出に対する人民銀行の再貸出の比率の引き上げの通知が公表された。この通知の日付は9月27日である。最後に、既存の住宅ローン金利引き下げについて銀行と借り手の間の交渉方法について定めた公告が公表された。公告の日付は9月29日である。
10月10日には「証券、ファンド、保険会社スワップファシリティ(SFISF)」を創設する正式の公告が公表された。10月18日に同業務に関する通知を公表し、人民銀行は即日同業務を開始した。証券、ファンド20社が2000億元超の申請を行ったと公表された。
金融政策決定過程の変容
以上の様々な金融政策の効果については今後の状況をまたなければならないが、注目したいのは、公表から実施に至る金融政策決定プロセスの変容である。人民銀行総裁が金融政策の変更が行われる数日前に預金準備率の引き下げ幅や金利の引き下げ幅などを具体的に公表するのは極めて異例である。
中国では中国人民銀行は政府(国務院)の一部門であり、中国人民銀行法で重要な政策変更は国務院の了承を経て実施することと定められている。2023年3月までは李克強前総理主催の国務院常務会議が金融政策の変更について議論を行い、「預金準備率の引き下げを行う」など議論の内容も含めて大まかに公表した数日後に、人民銀行がそれに従って具体的な政策変更を行っていた(2022年12月のコラム 参照)。今回は9月26日に、共産党中央政治局会議が習近平総書記主催で開かれ、同会議の内容として預金準備率の引き下げ、金利の引き下げ、既存の住宅ローン金利の引き下げなどが公表された。
2023年3月に李克強総理から李強総理に交代した後、共産党中央に中央金融委員会が設立され、金融政策の決定権限が国務院(政府)から実質的に共産党に移管され、金融政策について国務院常務会議では扱われなくなった。また、以前は国務院のウェブサイトに国務院常務会議のコーナーがあったが、現在はニュース欄に開催が掲載されるだけで、特別なコーナーはなくなってしまった。今回は24日以前に党の中央金融委員会で金融政策の変更内容が具体的に決定され、それが26日の党中央政治局会議で追認されたとみられる。
潘総裁は党の中央金融委員会で決定した金融政策の内容を、党中央政治局会議の公表を待たずにできるだけ早く公表する必要があったのであろう。国務院常務会議と異なり党の中央金融委員会の会議の内容は公表されていないので、今回は総裁が政策実施前に唐突にその具体的内容を公表したように見えてしまった。国務院から党への金融政策決定権限の事実上の移管により、金融政策の決定過程が複雑化し、その透明性が低下して政策変更の理由や狙いなどがわかりにくくなったように思われる。
(了)