【22-46】中国の金融政策の決定プロセス
2022年12月26日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
2022年12月13日付で、中国人民銀行のホームページに易綱行長(総裁)名で中央銀行制度に関する文章が掲載された。今回は、この文章を通して、中国の金融政策の決定プロセスについて考えてみたい。
中央銀行は党が集中統一して指導する
今回公表された文章は、「易綱:現代中央銀行制度の建設-共産党第20期党大会の精神を真摯に学習、情宣し、貫徹しよう」と題されている。日本の感覚では、異様な題であり、日本に引き直すと、日本銀行総裁が、「自由民主党大会における決定内容を真摯に実行しよう」と題した文章をホームページで公表するようなものである。日本や欧米諸国の大部分では、中央銀行の金融政策は(実態はともかくとして)政府から独立していることが一般的であり、このような題名の文章を中央銀行が公表することはまずありえないであろう。中国の金融市場を考察する際には、このような中国の特殊性を充分考慮しなければならない。
今回、易綱行長が公表した文章では、「我が国の現代中央銀行とは、共産党中央が集中統一的に指導する中央銀行である。」と述べられている。そして「党中央の集中統一的な指導を堅持すること、党が管理する金融体制メカニズムを完備することによってのみ、金融に関連する事項が政治の方向と発展の動向に正確に従うことを確保できる。中国人民銀行は党中央の路線、方針、政策を欠けることなく十全に実行し、党中央による政策の配置を着実に実施し、党の執政、興国の堅強な支柱とならなければならない」と続けられている。ここで述べられているのは、金融政策であれ、金融監督政策であれ、人民銀行の政策は完全に中国共産党の方針に従ったものであるということである。
金融政策の決定プロセス
金融政策について、実際の政策変更がどのように決められているか見てみよう。まず、預金準備率について、2022年4月25日に0.25%引下げ(4月15日発表)、12月5日にも0.25%引下げて(11月25日発表)、引き下げ後の加重平均準備率は7.8%となった。それぞれの発表の直前に開催された国務院常務会議の内容を見ると、4月13日開催の会議では、「準備率引き下げなどの金融政策手段を適時に運用し、銀行の貸出実行能力増強を促進し、(中略)企業の総合的な資金調達コストを引き下げる」と決定されている。また11月23日開催の会議では「準備率引き下げなどの金融政策手段を適時、適度に運用し、流動性の合理的な充足を保持する」と決定されている。それぞれの国務院常務会議の決定の直後に人民銀行がその決定に従って預金準備率の引下げを行っていることが分かる。
人民銀行が政策金利と位置付けている貸出市場報告金利(LPR)についてみると、2022年は1月20日に1年物を0.1%、5年物を0.05%、5月20日には5年物のみ0.05%、8月20日には1年物を0.05%、5年物を0.15%それぞれ引下げ、現在1年物が3.65%、5年物が4.3%となっている。それぞれの引下げ以前に行われた国務院常務会議を見ると、1月10日の会議では「内需拡大戦略を確実に実施し、(中略)最終消費と投資を拡大する」、5月11日の会議では「金融政策は、就業優先を方向性とし(中略)、資金調達コストの引下げなどの措置を実施する」、8月18日の会議では「貸出市場報告金利の指導作用を発揮させ、貸出が需要の回復をサポートし、企業の資金調達コストと個人消費ローンのコストの低減を推し進める」と決定されている。政策金利の引下げについても国務院常務会議の決定を受けて実施されている。
国務院常務会議は、国務院総理、副総理(4名)、国務委員(5名)からなる会議であり、国務院総理が主催する。議題に合わせて関係部門の責任者も出席する。週1回開催されるのが一般的であり、会議では、国務院が実施する重要な政策について決定される。中国人民銀行は国務院の一部門であり、中国人民銀行法第2条では、「中国人民銀行は国務院の指導の下、金融政策を制定、執行し、金融リスクの防止と解決を行い、金融の安定を維持する」とされており、また第5条では「通貨供給量、利率、為替レート、その他国務院が規定する重要事項について決定し、国務院の承認を得た後に執行する」と規定されている。また、国務院工作規則17条では「国民経済と社会発展計画及び国家予算、マクロ調節と改革開放の重大政策措置については(中略)、国務院全体会議あるいは国務院常務会議で討論し決定する」とされている。
国務院は中国の政府であり、行政機関である。そして国務院は中国共産党の指導の下にある。中国人民銀行は国務院に所属する政府機関として、国務院総理の主催する国務院常務会議の決定に従って金融政策などを執行している。これは日米欧などの中央銀行とは全く異なる政策決定プロセスである。
金融・為替市場は政府の意図に従って管理されている
今回の易綱行長の文章では、「現代中央銀行制度を建設する主要施策」の一つとして、「金融政策体系を整備し、貨幣価値の安定と経済成長を維持する」ことが挙げられている。そして、その中身として、「正常な金融政策の実施」と「金融政策コントロールメカニズムの健全化」が示されている。「正常な金融政策の実施」の具体的な内容としては、ゼロ金利やマイナス金利ではなく、金利が正の領域にある状態で金利の調整を行えること、そして、正常な状態の右上がりのイールドカーブを保持することが挙げられている。ここでは、イールドカーブ全体にわたって、金利をコントロールする意図が示されている。
「金融政策のコントロールメカニズムの健全化」については、「市場の需給を基礎に、バスケット通貨を参考に調整を行う、管理された変動相場制」のメカニズムの改善を進め、市場の期待を有効に管理し誘導することが挙げられている。
中国では、金利や為替レートは共産党、そして国務院の政策意図に従って、人民銀行が管理している。日米欧などの金融市場や為替市場とは全く異なるメカニズムでコントロールされており、それらの変動は共産党と政府の意図に基づくものなのである。
(了)
露口洋介氏記事バックナンバー
2022年11月24日 人民元為替レートの安定の意味
2022年10月27日 人民元為替レートの最近の動向
2022年09月28日 人民元国際化報告とCIPS
2022年08月22日 銀行の貸出構造の変化
2022年07月25日 中国本土と香港の金融協力の進展
2022年06月28日 SDR通貨構成比の見直しと債券市場の対外開放進展
2022年05月26日 金融政策の枠組みと預金金利の引下げ
2022年04月27日 金融緩和政策と人民元為替レート