【25-21】供給サイドに働きかける金融政策
2025年08月25日

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
2025年8月15日に、中国人民銀行は「中国金融政策執行報告2025年第2四半期」を公表した。今回の報告には4つのボックスが設けられているが、4つ全てが経済の供給サイドに働きかける金融政策についての説明となっている。それらの内容について概観することとしたい。
小企業・零細企業向け融資
まずボックス1では、小企業・零細企業に対する金融サービスについて述べられている。2013年の中国共産党18回三中全会において、零細企業まで金融サービスが行きわたるよう金融包摂を進めることが正式に決定された。中国人民銀行は第1に、2014年に小企業向け再貸出制度を導入した。これは銀行が対象の小企業、零細企業、民営企業などに貸出を行った後、人民銀行が銀行に対して同額を低利で供与することによって、これらの企業に対する銀行の貸出を促進するものである。導入以来、再貸出金額の上限の拡大や再貸出金利の引き下げを行ってきており、2024年9月末の再貸出残高は1兆6957億元(約34兆円)に達した。第2に、2019年8月に貸出市場報告金利(LPR)の改革を行い(2019年9月のコラム 参照)、銀行の貸出金利と預金金利の調整を行ってきた。その結果、小企業・零細企業向け新規貸出金利は、LPR改革前と比べて2%ポイント以上低下した。第3に、銀行に対して小企業・零細企業向け部門の設置を促し、内部の金利設定や業績評価において小企業・零細企業を重視するよう求めてきた。第4に、小企業・零細企業の資金調達チャンネルの多様化のため、2018年10月に、これらの企業の債券発行を促し、債券を引き受ける金融機関に対し低利の再貸出を提供する手法を開始した。これらの結果、小企業・零細企業向け貸出残高は、2015年末の17.4兆元から2025年6月末の65兆元(約1300兆円)に増加し、企業貸出に占める比率は2014年末の30.4%から38.2%に増加し、貸出構造が改善された。
科学技術イノベーション分野
ボックス2では、科学技術イノベーション分野が取り上げられている。2024年7月の中国共産党20回三中全会において、科学技術イノベーションに適切に対応する金融体制の構築が必要とされた。中国人民銀行は2024年4月に5千億元の「科学技術イノベーションと科学技術改造再貸出制度」を設立した。2025年5月には上限を8千億元に引き上げた。科学技術貸出残高は2025年6月末で44.1兆元(約882兆円)に達し、前年同期比12.5%増加と全貸出の伸び率5.8%を上回っている。また、2025年6月の新規科学技術貸出加重平均金利は2.90%であり、同時期の新規企業貸出全体の金利より0.36%ポイント低い。また、2025年5月に中国人民銀行は証券監督管理委員会と共同で、債券市場において「科学技術取引ボード」を創設し、金融機関、科学技術企業、プライベートエクイティファンド・ベンチャーキャピタルの3種類の主体が科学技術イノベーション債券を発行することを支援し始めた。同時に、中国人民銀行は科学技術イノベーション債券リスク分担手段を創設し、同債券を購入する金融機関に再貸出で資金を供給したり、地方政府などとも協力し、共同担保などの多様化措置を通じて同債券のリスクの分担を図った。2025年6月末時点で、288機関が約6000億元の同債券を発行している。
資金調達構造の改善
ボックス3では、銀行の貸出構造の改善について述べられている。2023年の中央金融工作会議において、科学技術、グリーン、金融包摂、養老、デジタルの5分野の金融サービスを強化することが打ち出された。2016年には新規貸出増加額の62%が不動産、インフラ建設向けであったが2025年1~6月期には、これら5分野に対する貸出の比率が70%に達した。2025年6月末の貸出残高の前年同期比増加率を見ると、全貸出の6.8%の増加に対して、養老向け43.0%、グリーン向け25.5%、科学技術向け12.5%、金融包摂向け11.5%、デジタル経済向け11.5%の増加で5分野ともに全体の伸びを大きく上回った。また、過去10年で中長期貸出の全体に対する比率が56%から67%に上昇し、実体経済に対して安定した資金をより多く供給している。さらに、資金調達全体に占める直接金融の比率も上昇している。非金融部門の調達全体を示す社会融資総額に占める企業債券、政府債券、非金融企業国内エクイティファイナンスなど直接金融の比率は、2018年末の26.7%から2025年6月末の31.1%へ4.4%ポイント上昇した。
サービス消費の促進
ボックス4では消費、特にサービス消費を供給サイドから促進することについて取り上げている。2025年3月の全国人民代表大会で採択された政府活動報告で、消費の促進が示されている。消費の中では商品消費に比べてサービス消費がより大きな成長余地を有している。サービス消費は飲食宿泊、家庭サービス、養老託児、娯楽観光、教育体育、居住サービス、健康サービスなどを含む。アメリカや日本などの先進国ではそれぞれ1970年代、1990年代にサービス消費額が商品消費額を凌駕するにいたったが、最近中国でもサービス消費の発展段階に入った。2025年1~6月期のサービス消費額は前年同期比5.3%増加し、商品消費額の伸びを上回った。2024年、中国の一人当たり消費支出に占めるサービス消費の比率は46.1%となったが、未だに成長の余地が大きい。課題の第1はサービス消費に対する需要が大きい分野において供給総量が不足していることである。例えば、中国の3歳以下の子供の託児所利用率は10%に達せず、OECD諸国の平均36%より低い。第2はサービスの質が低いことである。家事サービス企業は多いが、基礎的なハウスクリーニングに集中しており、食事の栄養管理や健康管理、家庭教育など専門的な家事サービスの需要に応じられていない。第3に、サービス消費分野の企業収益が充分でない。中国人民銀行は2025年6月に6部門共同で「金融が消費を支援・振興し、拡大することに関する指導意見」を公布した(内容の詳細は 2025年7月のコラム 参照)。今後、金融政策は供給サイドに重点を置き、その他の政策と協力して質の高いサービス消費の供給を促し、高品質の供給によって需要を創出して消費の成長潜在力を解放する方針である。そのため、第1に金融政策の総量と構造の2つの機能を発揮させる。十分な流動性を保持し、社会全体の資金調達コストを引き下げ、消費拡大に有利な金融環境を整備すると同時に、構造性金融政策手段のインセンティブメカニズムを強化し、新設したサービス消費と養老再貸出を活用する。第2に、消費向け資金調達チャンネルを拡充する。銀行の貸出を強化し、債券、株式など調達チャンネルの多様化を図る。第3に、政策間の協調を進める。財政、就業、社会保障などの政策との協調効果を発揮し、中長期の消費発展戦略の作成を加速させる。低収入層に対する保障を強化し、養老、保育、医療などのサービスシステムを改善し、大衆の消費能力と消費意欲を引き上げていく。
中国は供給サイドの改革を非常に重視
金融政策は、通常は短期金利を操作することによって、経済の需要サイドに働きかける需要管理政策と位置付けられるが、今回の金融政策執行報告では、4つのボックス全てが経済の供給サイドに働きかける金融政策を説明したものとなっている。日本でも、日本銀行が「気候変動対応を支援するための資金供給オペ」など特定の分野に対する資金供給を支援する金融政策手段を部分的に実施しているが、残念ながら成長戦略としての日本全体の構造改革はなかなか進んでいない。今回の報告を見ると、中国政府が供給サイドの構造改革を非常に重視しており、金融政策手段を利用して構造改革を着々と実行していることが窺われる。
(了)