【19-09】貸出金利と預金準備率の引き下げ
2019年9月30日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
8月から9月にかけて、中国人民銀行は貸出金利の引き下げと預金準備率の引き下げを行った。今回はこれらの措置の内容について考えてみたい。
貸出市場報告金利(LPR)の見直し
中国人民銀行は2019年8月17日に、従来の「貸出基礎金利」(Loan Prime Rate:LPR)を見直し、英文名称は変えずに中国語の名称を「貸出市場報告金利」に変更した。従来のLPRは、2013年10月25日に導入されたもので、報告銀行10行から報告された1年物の貸出金利を貸出残高で加重平均して計算されていた。中国では、人民銀行が銀行の預金と貸出の基準金利を定め公表してきたが、2015年10月以来、基準金利に対する上限と下限が撤廃されたため、形の上では、預金金利も貸出金利も自由となっていた。しかし、預金と貸出の基準金利の水準が2015年10月以来変化しないままで人民銀行はこれらを公表し続けており、廃止していない。そうした中で従来のLPRは貸出基準金利(1年物で4.35%)をわずかに下回るレベルで事実上固定されていた(今回の制度変更前の時点で4.31%)。本年1月の本コラム でも述べたように、中国人民銀行は昨年来金融緩和措置を数次にわたって打ち出してきた。しかし、LPRが事実上固定されている下で、貸出金利が充分低下しないという問題が生じていた。
今回の見直しでは、人民銀行が銀行部門に資金を供給する手段である「中期貸出ファシリティ(MLF)」の金利水準を基準として各行ごとの資金調達コストなどの事情を加味してLPRの報告金利を決定することとされ、人民銀行の貸出基準金利から離れることとした。また報告基準行を18行に増やし、都市商業銀行や農村商業銀行、外資銀行、民営銀行をそれぞれ2行ずつ加えたうえで、加重平均ではなく算術平均で算出することとした。小型零細企業などへの貸出の多い銀行の影響を高めたこととなる。さらにLPRの期間についても従来1年物のみであったが、5年物を加え、2種類を公表することとした。
今回の人民銀行の公表文では、従来銀行界では貸出金利を貸出基準金利の0.9倍より低くしないというインプリシットな下限の申し合わせが存在したため、貸出基準金利で決まる金利と市場金利の間に「二重金利」の問題が生じていたが、このインプリシットな下限を廃止し、「金利の統一」を実現する、と述べられている。
貸出基準金利の0.9倍というインプリシットな下限は、2016年6月に各地方の市場金利設定自律機構と呼ばれる銀行団体が人民銀行の監督の下で行った貸出金利の規制を指す。この件については2016年7月の本コラム で取り上げた。今回、人民銀行の指示に従ってこの金利規制を撤廃することとなった。
また、貸出基準金利に影響されて銀行の貸出金利が高止まりし、市場金利との間で乖離が生じ「二重金利」の状態となっていることは、本年5月の本コラム で取り上げた人民銀行の2019年第一四半期中国金融政策執行報告において指摘されていた。そこでは「二重金利の統一」の実現が現在の大きな課題であることが述べられていた。今回、そこで予告されていた措置が実施に移されたこととなる。
従来、LPRは毎日計算して公表されていたが、新LPRでは、毎月20日に月一回の頻度で公表を行う方式に変更された。新制度移行後初となる8月20日の値は1年物で4.25%とそれ以前の4.31%の水準から引き下げられた。5年物は4.85%だった。9月20日には1年物は4.20%とわずかながら引き続き引き下げられ、5年物は4.85%に維持された。
この間、MLF1年物は8月15日、26日、9月17日に実施されたが金利は3.3%に維持されている。
人民銀行の公表文では、今後人民銀行は市場金利設定自律機構が新LPRに対する監督管理を強化するように指導するとしている。また、各銀行の新LPRの運用状況を、懲罰的な預金準備率の賦課などについて判断するマクロプルーデンス評価基準(MPA)に取り入れることとしている。8月26日には人民銀行において金融機関貸出市場報告金利(LPR)工作会議が開催された。同会議で人民銀行の易綱行長は、各金融機関はLPRの運用を推し進めなければならないとし、新規貸出は迅速にLPRを参考に金利を決定する方式に移行すべきであるし、貸出金利のインプリシットな下限は打破しなければならず、貸出実効金利の一層の低下を実現しなければならないと発言した。本年5月のコラム で指摘しておいた通り、人民銀行は市場金利設定自立機構を活用しながら、貸出金利と預金金利を実質的にコントロールする状態を維持している。預金金利の上昇は抑制しつつ、貸出金利については急激に低下して銀行の利鞘が急減することを防ぎながら徐々に引き下げていくものとみられる。これによって、小型零細企業や民営企業も含めた企業の資金調達コストを低下させ、金融緩和効果を浸透させていく方針であろう。本来の金利自由化への道はまだまだ遠いものと見なければならない。
預金準備率の引下げ
中国人民銀行は2019年9月6日に、金融機関全体に対する預金準備率を9月16日から0.5%引き下げることを公表した。金融機関の範囲に特に制限を付けない準備金率の引き下げは本年1月以来である。大型商業銀行で何ら優遇措置の対象にならない場合の準備率は13%となった。この間、5月には県レベルの地域で活動する農村商業銀行について農村信用社と同じ8%の水準に引き下げることが公表され、5月15日、6月17日、7月15日の3回に分けて実施された。預金準備率は、銀行を大型銀行、株式制銀行などの中レベルの銀行、県レベルの小レベルの銀行の3クラスに分けて、大型銀行が高く、小レベルの銀行は低い水準を適用するという形になっている。これは小型零細企業の資金調達コストを下げるためとされている。9月6日の預金準備率引き下げの公表に際しても、中レベルにあたる省クラスで活動している都市商業銀行について10月15日と11月15日にさらに0.5%ずつ、合計1%預金準備率を引き下げることが明らかにされている。
今回の措置で、全体に対する準備率の引き下げによって8000億元、省クラスの都市商業銀行に対する追加的な準備率引き下げによってさらに1000億元の資金が解放される。一方で、人民銀行は銀行全体の8000億元は税による資金の引き上げを中和するものであり、銀行システムの流動性総量は安定しているし、都市商業銀行に対する1000億元は2回に分けて徐々に実施されるので、穏健な金融政策の方向を変更するものではないとコメントしている。
人民銀行としては、経済全体に緩やかな金融緩和措置を及ぼしながら、急激な緩和による、バブルの発生、債務の増大を防ごうとしている。また、その中で、資金調達難に直面している、小型企業、民営企業に対する資金供給状況を改善しようとしている。
なお、8月16日に李克強総理主催で開催された国務院常務会議においては「LPRを改革して貸出実効金利を低下させること」が、また9月4日の同会議では「穏健な金融政策を堅持しつつ、合わせて適時に早めな微調整を行うこと」が指示されている。8月から9月にかけての人民銀行による貸出金利の引き下げと預金準備率の引き下げの措置は、これらの指示を受けたものである。
(了)