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【25-30】人民元為替レートの位置づけと最近の動向

2025年12月23日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民元の為替レートの動きについては 2025年4月のコラム で述べたが、中国政府が人民元為替レートの動きを政策的にどのように位置づけているかを改めて整理したうえで、最近の同レート動きについて概観することとしたい。

人民元為替レートの政策的位置づけ

 まず、確認しておきたいのは、人民元為替レートは人民銀行にとって金融政策の手段の一つであるという点である。 2023年10月のコラム で述べた通り、中国人民銀行総裁は毎年1回、日本の国会に当たる全国人民代表大会の常務委員会に対して「金融業務状況報告」を行うこととなっている。その報告の最初の項目である「(1)金融政策執行状況」において、第1に預金準備率の引き下げ、第2に構造性金融政策手段の発動、第3に政策金利の引き下げについて説明した後、第4点として人民元為替レートが合理的均衡水準で基本的な安定を保持したことが説明されている。つまり、為替レートは預金準備率や構造性金融政策手段、政策金利と同様に人民銀行が直接的にコントロールできる金融政策手段と位置付けられている。人民元為替レートは2005年7月にそれまでの事実上の対米ドル固定相場制から「市場の需給を基礎に、バスケット通貨を参考に調節を行う管理された変動相場制」に移行し、現在に至るまでこの表現は維持されている。人民元為替レートの動きは人民銀行によって直接的に管理されているのである。

バスケット通貨に対する変動がコントロールされている

 それでは、何に対する人民元の為替レートがコントロールされているのだろうか。この点については、人民銀行はメディアなどでよく言及される対米ドル為替レートではなく、原則としてバスケット通貨に対する人民元の為替レートをコントロールしている。バスケット通貨とは、主要通貨について貿易比率などでウエイトをつけて主要通貨全体の為替レートの変動を示すものである。人民銀行の鄒瀾金融政策局長(当時)は、2023年9月23日に行った記者説明会で次のように述べている。

「人民元の対米ドル為替レートは非常に重要ではあるが、全体を表すものではない。総合的、全面的に見た場合、人民元の対バスケット通貨為替レートに、より注目しなければならない。対バスケット通貨為替レートとしては、主に中国外貨交易センター(CFETS)が公表している人民元為替レート指数(CFETS指数)に注目すればよい。」

どのようにコントロールを行っているのか

 中国では銀行間市場における為替売買取引は、原則として上海にある中国外貨交易センター(CFETS)において集中的に取引されることとなっている。従って、外貨交易センターが為替レートの変動ルールを含め取引のルールを定めている。CFETSは毎営業日の午前9時15分に、米ドル、ユーロ、円など主要通貨に対する人民元の基準レートを公表する。基準値に対して、一日の変動幅は対ドルで上下2%以内、その他の通貨に対しては上下3%以内に制限されている。そして基準値は「前日終値+対通貨バスケット変化率+カウンターシクリカル(逆周期)要因」によって定められ、為替レートの動きが行き過ぎた場合にはカウンターシクリカル要因によって調整が行われる。人民元為替レートのコントロールは、この基準為替レートの誘導が主であるが、必要に応じて資本移動を規制したり、外貨預金準備率を操作したりすることも行われている。中国では内外の間の資本移動がいまだに規制されている状況の下で、人民元の為替レートの形成は、基本的に人民銀行の監督管理が及ぶ金融機関において行われている。人民銀行の潘功勝総裁は、2024年3月6日の全国人民代表大会期間中に行った記者会見において、「一連のマクロプルーデンス管理措置を採用し、人民元為替レートの安定を維持した」と述べている。マクロプルーデンス管理措置とは、銀行が市場の安定や金融システムの安定に反する行為を行った際に、差別的預金準備率などで不利に扱うことを意味している。このような金融機関に対する直接的指導によって、人民銀行は人民元のバスケット通貨に対する為替レートをコントロールしている。

最近の動向

 以上のように、人民銀行は金融政策の手段として、人民元のバスケット通貨に対する為替レートを直接的にコントロールしている。人民元のバスケット通貨に対する為替レートの動きを示すものとして前出の2023年9月の鄒瀾金融政策局長の記者説明会で挙げられたCFETS指数の動きについて見ると(図)、2015年8月のいわゆる人民元ショック後の大幅な低下の後、おおよそ横ばいの動きを続けていたが、2021年春からその変動レンジを離れて2022年3月まで人民元高で推移し、その後2023年春ごろまで一転して人民元安となった。

 人民銀行の金融政策は国務院総理が最終的に決定するが、2021年8月の国務院常務会議では「重要原材料価格の上昇に対応する方策を整備実施する」としており、2022年3月までは輸入原材料の価格上昇に対応するため、人民元高方向にコントロールしていた。一方、2022年3月21日の同会議では「対外貿易を安定させるため、人民元為替レートの合理的均衡水準での基本的安定と国際収支の均衡を保持する」とされ、4月13日の会議では「対外貿易企業の困難を緩和し、(中略)対外貿易企業の営業環境を多方面から改善する」とされた。2022年の春以降は、経済成長の鈍化に対し、輸出を促進して、経済を下支えするため人民元安が求められたわけである。その後、2023年春からは緩やかな人民元高となったが、この点について前出の鄒瀾局長の記者説明会では「7月中旬以降、国内経済が緩やかに回復に向かったことを受けて、人民元の対バスケット通貨為替レートも穏やかに上昇した」と説明している。2025年4月には、この緩やかな上昇トレンドから逸脱して、CFETS指数は大きく低下した。これは、一時145%という高率となったトランプ米大統領による関税措置に対して、中国の輸出全体を維持しようとするものであり、4月25日に開催された、中国共産党の中央政治局会議において示された「対外貿易の安定を図る」という政策方針によるものである。

 そして、2025年7月以降、4月以前の緩やかな上昇トレンドの水準にはまだ戻り切っていないが再び人民元高方向で推移している。これは5月に入って米中がお互いに関税に引下げを行いアメリカの対中関税率が30%に引き下げられ、11月にはさらに引き下げられて20%になるなど関税率が大きく低下し、その輸出に対する影響が減少したことを反映したものと見られる。

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 今後も人民元の為替レートは、原則としてCFETS指数に示されるようなバスケット通貨に対する為替レートでみて、中国の政策意図を反映した金融政策手段として変動するものと考えるべきであろう。

(了)


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