【25-09】「新質人材」をめぐる政策動向と「新質生産力」との関連
Science Portal China編集部 2025年08月05日
「新質人材」について
近年、中国では「新質生産力(New Quality Productive Forces)」という新たな発展概念が政策の柱の一つとして打ち出されている。
新質生産力は、2023年9月に、習近平総書記・国家主席が表明し、同年12月の党中央・国務院共催による「中国経済工作会議」で重点政策とされた製造業強化策である。その後、2024年3月の全国人民代表大会(全人代)での討議を経て、同年7月の中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議(三中全会)で、今後進める経済構造改革の中心となる政策に位置付けられた i。新質生産力は、ハイテク、高効率、高品質の特徴を持ち、イノベーションを軸とした先進的な生産力を指す。具体的には、技術の革命的ブレイクスルーや、生産要素の革新的配置、産業の深いレベルのトランスフォーメーション・高度化により生み出された現代の先進的な生産力であり、労働者、労働手段、労働対象及びその最適化された組み合わせの質的変化を基本的な内容とし、生産性の向上を核心指標としている ii。
そして、新質生産力の政策展開に呼応する形で、一部の地方政府の政策や報告書において、「新質人材(New Quality Talent)」という概念が使われ始めている。新質人材は、人工知能や量子技術といった新興産業が急速に台頭する中で、分野横断的な能力、イノベーティブな思考、グローバルな視野を備え、新質生産力の推進をけん引する中核的な存在として、新質生産力の発展ニーズに応える高度な複合型イノベーション人材と位置付けられており、新質生産力の重要なリソースの一部として、新質生産力と相互に力を与え合いながら共に発展するとされている iii。
このように、新質人材は、中央政府の人材戦略とも一定の整合性を持ちながら概念形成が進んでいる模様である。こうした動向は、中国における現在の人材戦略の一端を示しており、具体的な政策を実施する各地方政府における状況を理解するうえでも有益である。本稿では、その一環として北京市における新質人材育成に関する政策の概要を紹介する。
北京市における新質人材育成政策について
2025年3月に北京市で開催された国家級の国際イノベーションフォーラムである「中関村フォーラム iv」では、サブフォーラムの一つとして、北京市の国際人材戦略に係る実施機関である「北京海外学人中心」および「北京大学地域・国別研究院」主催の「北京青年イノベーション発展フォーラム」が開催された。
中国で開催されるフォーラムでは、発表・討論に先立ち、プロジェクトの合意やイニシアティブの発表、新たな組織の設立等が発表されることが多い。本フォーラムでも新質人材が提唱されるとともに、「北京市における海外留学からの帰国人材のイノベーション・起業支援に関する若干の措置 v」が発表された(下記参照)。同措置では、新質人材を構成する海外留学からの帰国人材の招致および育成・定着に係る政策の方向性が示されており、都市政策、教育・研究制度、さらには国際人材交流を含む総合的な施策体系の構築が進められている。特に優秀な若手研究者や留学経験者に対しては、就業・起業支援、住環境の整備、研究資金の提供といった多層的な支援策が講じられている。新質人材と新質生産力の相互作用については、単に産業競争力の強化にとどまらず、国際連携を前提とした持続可能な発展モデルの確立にも寄与するものとされている。
技術の進化が加速する現代において、人材こそが生産力の源泉であるという視点は、日本における若手人材の育成政策を検討する上でも共通するものが多い。また米国の科学技術政策や留学生政策、査証発給等の入国政策の変更を受けたアジア・太平洋地域における高度人材確保の動向把握という観点においても、北京市におけるイノベーションの現場を支える環境整備と制度設計、そして人材政策の戦略的統合は、日本にとっても示唆を与えるものと言える。
(参考)北京市における海外留学からの帰国人材のイノベーション・起業支援に関する若干の措置(北京市支持留学回国人才创新创业若干措施)
北京を国際科学技術イノベーションセンターとハイレベル人材基地とする建設を加速させ、「帰国留学生向けサービスのさらなる改善に関する意見」を実行し、帰国留学生による北京でのイノベーションと起業を支援し、首都の高品質な発展とハイレベルな科学技術の自立に貢献するため、以下の措置を策定する。
13か条の具体的措置
1. 帰国人材向け発展プラットフォームの構築強化
・「留学人材インターンシップ基地」の試行的設置
・起業・就職支援プラットフォームの構築
・インターンシップ機会の提供および、就労・居住証や戸籍登録に関する手続支援
・優秀留学人材起業パークの建設支援(資金・居住証明枠の提供)
2. 帰国人材の育成支援強化
・AI、医療・医薬・ヘルスケア、集積回路等の新興産業への重点支援
・起業研修や成長支援プログラムの開催、カリキュラム・講師・指導体制の充実
3. 帰国人材の導入強化
・世界上位大学を卒業した理工医系修士以上の人材を優先的に誘致(初回帰国後3年以内・海外で1年以上学習。北京市重点産業分野の人材は大学ランキング要件を緩和可能)
・中国国内で博士取得後に海外で理工医系のポスドク研究等を1年以上行った人材も対象
・配偶者・未成年子女の同行支援
4. 北京での就業支援
・北京市の統一的な雇用促進政策を適用
・求人情報プラットフォームの構築、専用就職フェアの開催
・「海外英才北京行」等の交流イベントの拡大
5. イノベーション支援
・高度人材への資金支援<
・企業を通じた「若手科学技術リーダー育成プロジェクト」による人材集積・育成支援(資金+サービスの統合)
6. 起業支援
・優秀な起業家への資金支援
・「HICOOLグローバル起業家サミット(※)」への参加奨励および受賞者への支援
(※)「HICOOLグローバル起業家サミット」とは、北京市政府及び関連機関の主催による国際的な起業家イベントで、優秀な起業家には表彰や資金支援が提供される。
7. 融資支援
・知的財産担保融資に対する利子補助
・評価費・保証費などの補助
・起業保証融資の申請支援
8. 職業発展の支援
・北京市の認定対象となる国際職業資格拡大と職位に応じた待遇保障
9. イノベーション空間の提供
・外国籍帰国人材のポスドク受け入れ促進、「国際ポスドク」計画への申請および資金支援
・起業拠点・インキュベーター・大学サイエンスパーク等を活用した無料オフィススペース、管理費減免等の低コスト・高品質なイノベーションスペースの提供
10. 住居支援
・一定期間の無料仮住まいの提供
・賃貸・購入補助や研究者・専門人材向けの公的住宅等の提供
11. 集団戸籍登録と人事ファイル管理
・持ち家のない帰国人材は、勤務先所在地の公共集団戸籍(※)に登録可能
(※)「公共集団戸籍」とは、住居のない帰国人材等が一時的に登録可能な行政管理上の集団戸籍
・人事ファイル(※)は雇用先または委託機関に保管が可能
(※)「人事ファイル」とは、個人の学歴・職歴・資格・賞罰・思想評価などを記録した中国独自の人材管理資料であり、個人の生涯を通じて公的に管理される人事記録
12. 出入国サービスの最適化
外国籍を取得した帰国人材に対するマルチビザの発給支援
13. 表彰と奨励の強化
以上
ⅰ Science Portal China 2024年9月26日 「「新しい質の生産力」に大きな壁 習主席先導の製造業強化策」
ⅱ JSTアジア・太平洋総合研究センター 調査報告書「中国の科学技術イノベーション政策」(2025年3月)
ⅲ 中国日报网(ChinaDaily.com) 2025年3月31日 「《2025全球青年科技创新发展报告》发布: 新质人才与新质生产力相互赋能共同发展」(中国語),"Beijing set to nurture more tech talent"(英語)
ⅳ Science Portal China 北京便り 2025年4月10日「《中関村フォーラム》2025年の年次総会を開催」
ⅴ 中国日报网(ChinaDaily.com) 2025年3月30日 「北京市支持留学回国人才 创新创业若干措施」(中国語)