『縁遇恩師 ―藤嶋研から飛び立った中国の英才たち―』まえがき 中国からの留学生の方々と共に
藤嶋 昭
学歴
1966年、横浜国立大学工学部電気化学科 卒業。その後1968年、東京大学大学院工学系研究科 修士課程修了。1971年、東京大学大学院工学系研究科 博士課程修了(工学博士)。
職歴
1971年、神奈川大学工学部応用化学科 専任講師。1975年、東京大学工学部 講師。1976年〜1977年、テキサス大学オースチン校 博士研究員。1978年、東京大学工学部 助教授。1 986年、東京大学工学部 教授。1995年、東京大学大学院工学系研究科 教授。2003年、(財)神奈川科学技術アカデミー 理事長。2003年、JR東海機能材料研究所 所長。2003年、東京大学 名誉教授。2005年、東京大学 特別栄誉教授。2008年、独立行政法人 科学技術振興機構 中国総合研究センター センター長。2010年、東京理科大学 学長。
私が東大に在籍していた頃から、私たちの研究室に中国からの留学生の方々を沢山迎えてきました。皆さんと共同研究を続けさせていただき、40年以上にもなります。まず最初は、中 国科学院感光化学研究所の黎甜楷さんに2年間、東京大学工学部に来ていただきました。中国政府派遣の最初の7人のうちのおひとりでした。
黎さんが帰国された次の年に、私が北京の感光化学研究所に招かれ、3週間の共同研究をしました。その当時の北京は馬車と自転車が中心で、今の北京の現状からは想像ができません。も ちろん私にとっては素晴らしい経験でした。この共同研究をきっかけにして、以後中国からの留学生の方々をお迎えすることができたわけです。
私のところに来ていただいた主な留学生の方々8人の経験談を読ませていただきました。どの方もすばらしい才能を持っておられ、その力を花開かせて、今や世界を相手に大活躍をされておられます。こ れらの方々と今も共同研究を続けさせていただいていることに感謝しております。皆さんがさらに発展されることを祈念するばかりです。
さて、私の好きな中国の言葉は「物華天宝、人傑地霊」。これは中国初唐の詩人王勃の詩の一節で、やはり留学生の方から教えてもらいました。
中国ではおめでたい句として春節に門柱に貼られたりするそうですが、私は自分なりに、次のように解釈しています。科学技術(物)の成果(華)は天に隠された宝であり、それはすぐれた雰囲気(地霊)を 持つ人(研究グループ)によって見出される。そのグループに所属していると、自然に各人が高められてしまうようになれば、すばらしいことではないでしょうか。
やはり中国古典の魅力は、簡潔な表現でありながら、ずばり人間や人生の真実に迫っていく名言の数々にあると思います。
「以心伝心」、「温故知新」、「大器晩成」、「四面楚歌」を始め、中国古典に由来する四字句を良く使いますが、どの言葉もそれぞれ深い意味をもっていて、その由来を知ると感動することが多いものです。か つて日本の先人たちは、中国古典に学び、それらの名言を心に刻むことによって、人間を理解し、人生を生きる指針としてきたわけです。
社会は激しく変化していても、その底には、変化しない部分が厳として存在していることがわかります。人間のもつ本質的な性格や行動を示す人間学は、変化しない部分の代表的なものと言えます。2 500年前に書かれた「論語」を始めとする中国古典の人間学は、もっぱら原理原則を説いています。原理原則なるがゆえに、時代の変化にほとんど影響されていないので、現在の我々が読んでも、新 鮮な魅力に富んでいるし、うなずける面が多いものです。変化の激しい時代だからこそ、なおさら原理原則に立ち返ってみる必要があると言えます。
私自身は光触媒を中心に科学に関する研究をしてきた研究者のひとりですが、以上でお話ししましたように折に触れて中国の古典を読み、様々な場面でその深い意味に影響されてきました。
私は最近中国古典に関連する次の3冊を出版しました。
- 理系のための中国古典名言集(朝日学生新聞社、2016年6月、藤嶋昭 著)
- 科学者と中国古典名言集(朝日学生新聞社、2016年12月、藤嶋昭・守屋洋 著)
- やさしい科学者のことばと論語(朝日学生新聞社、2017年6月、藤嶋昭 著、守屋洋 監修)
中国が生んだ偉大な方々によってすばらしい言葉が残されていて、しかも科学の世界の偉人の残してくれた言葉との同一性におどろいています。
中国古典に親しみ、社会の底の変わらない本質の部分に思いをいたす、そうして常に自らを高める努力をする。研究開発チームの中にそのような人がひとりでも多くいたらどうでしょうか。中 国からの留学生の方々はどの人もこれに当てはまる方々でした。
私自身「論語」の中の次の言葉に感動したこともありました。
「己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す」
この言葉を中国からの皆さんはチームで共有して、目標達成へ前進していくことで、彼らのまわりには物の華の咲く日が訪れているわけです。