知財現場 躍進する中国、どうする日本
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【21-01】中国は第14次五カ年計画で知財強国路線を加速

2021年05月31日

荒井寿光氏

荒井 寿光:
知財評論家、元内閣官房知財推進事務局長

略歴

通商産業省入省、ハーバード大学大学院修了、特許庁長官、通商産業審議官、経済産業省顧問、独立行政法人日本貿易保険理事長、知的財産国家戦略フォーラム代表、内閣官房知的財産戦略推進事務局長、東京中小企業投資育成株式会社代表取締役社長、世界知的所有権機関(WIPO)政策委員、東京理科大学客員教授などを歴任。 現在、公益財団法人中曽根平和研究所副理事長、知財評論家。著書に「知的財産立国を目指して - 「2010年」へのアプローチ」、「知財立国への道」、「世界知財戦略―日本と世界の知財リーダーが描くロードマップ」(WIPO事務局長と共著)、「知財立国が危ない」(日本経済新聞出版社)など多数。

1 米中の知財摩擦は当分続く見込み

 米中の知財摩擦はバイデン政権になっても続いており、中国の知財戦略は米中経済戦争の行方に大きな影響を与えるものとして、世界から注目されている。

 バイデン大統領は4月28日の就任後初の議会演説で「米国の技術や知財を盗むなどの中国の不公正な貿易慣行に立ち向かう」と宣言した。

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ジョー・バイデン大統領

 4月30日、米通商代表部(USTR)は貿易相手国の知的財産権侵害に関する年次報告書を公表し、中国を17年連続で「優先監視国」に指定した。トランプ前政権下で2020年2月に発効した米中貿易協議「第1段階合意」に基づく中国の取り組みについて、中国は知財権保護のため法改正を行ったと指摘する一方、「効果的な履行が必要で、根本的な解決には至っていない」と批判した。また新型コロナウイルス流行に伴うデジタル化の影響も分析し、世界最大規模のオンライン市場を有する中国を「偽造品や海賊版の供給源」と非難し、米国で発生した知財侵害の8割以上に中国か香港が関与していると指摘した。

 中国は以下に述べるように、知財分野で米国を抜いて世界一になる「知財強国」路線を進めてきているが、米国の対中制裁を受け、知財強国路線を加速する構えを見せており、米中間の知財摩擦は当分続く見込みだ。

 本稿では、拙稿「知財強国に向かって着々と進む中国―中国の知財の最新動向(その1) (その2) 」(2020年8月24日)(JST サイエンス・ポータル・チャイナ)のその後の動向について、まとめてみた。

2 習国家主席は知財を重視

国家戦略としての知財強国路線

 2020年11月30日、習総書記は中国共産党中央政治局の会合において、知財に関する講話を行った。知財に特化した第14次五カ年計画「国家知的財産権保護及び運用計画」と2035年までの長期計画「知的財産権強国戦略要綱」の策定、ビッグデータ、人工知能、遺伝子技術等の新分野・新産業の知財保護ルールの確立、国家安全保障にかかわるコア技術の自主開発と保護の強化などを指示した。

 2021年2月1日、「知的財産権保護活動の全面的な強化によって、革新的な活力を引き出し、新たな発展パターンの構築を促進する」と題する習国家主席の重要文書が発表された。

 これは中国トップが知財をさらに重視する姿勢を明確に示すものだ。文書の要点は次の通り。

①革新は発展を牽引するが、知財を保護することは革新を保護することだ。社会主義現代国家を建設するには知財を保護しなければならない。知財の保護は国家の発展、対外開放、国家の安全に関係している。

②中国は知財の輸入国から創造の国に変わっている。量から質の向上に転換しつつある。知財の保護により新たな発展を推進すべきだ。

③知財保護をトップレベルで行う。法律の整備・運用を行う。国際協力と競争を推進する。各レベルでの党と政府が協力し、人材チームを作り、業務を提携する。

④各レベルの指導幹部は知財に関するマインドと能力を高め、知財保護活動を推し進めなければならない。

 なお、③で、「知財が国家の安全に関係している」と言うのは、機微技術やデータの保護・防衛を意味していると見られる。

3 第14次五カ年計画において知財強国戦略を加速

(1)2021年3月の第13期全国人民代表大会(全人代)で、第14次五カ年計画(2021年~25年)が採択された。

 中国は米国のハイテク物資や技術の輸出規制に対抗して「自立自強」即ち外国に技術を頼らないことを国家目標に掲げた。そのため、今後研究費を毎年7%増やす方針だ。

(2)同計画では、「イノベーションを駆使した発展」を目指しており、その一環として、「知的財産強国戦略の実施」を目標に掲げ、同戦略を加速する構えだ。(第2編 第7章 第2節「知財保護運用体制の充実」)

 具体的には、①知財関連法令を整備し、新分野・新産業の知財立法を加速する、②司法による保護と行政による法執行を強化し、知財侵害の懲罰賠償制度を充実し、損害賠償を引上げる、③特許助成奨励政策を見直す、④価値の高い特許を奨励し、特許密集型産業を育成する、⑤科学研究機関と大学の知財の処分自主権を拡大する、⑥無形資産の評価制度を整備する、⑦知財の保護運用のための公共サービスプラットフォームを構築するなどを挙げている。

4 知財分野でも世界覇権をねらう

中国の世界シェアが上昇

(1)PCT国際出願で2年連続世界一位

 中国は国際ビジネスで主導権を握るため、国際出願を増やしており、2019年に米国を抜いて世界一になったが、2020年も世界一だった。

 1位中国は、前年比16%増の6.9万件で、2位米国(3%増の5.9万件)、3位日本(4%減の5.1万件)を引き離している。

 企業別でも、中国のファーウェイが1位で、2位サムスン(韓国)、3位三菱電機(日本)が続いている。

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ファーウェイは2020年、PCT国際出願で企業別1位となった。

(2)国際標準に力を入れている

 中国は中国技術をベースにした技術の国際ルール作り、国際標準作りに取り組んでいる。

 そのため、国際電気通信連合(ITU)、国際標準化機構(ISO)、国際電気標準会議(IEC)などで、委員会の設置提案数や、技術文書の提出件数は多くの分野で、トップになっている。また国際電気通信連合(ITU)のトップに中国人が就任し、一帯一路との連携強化を公言している。

 中国政府は1月29日、電子部品産業の「発展行動計画」を発表した。ハイテク分野での対中包囲網づくりを進める米国に対抗するため、中国は半導体の国産化を進めてきたが、さらに電子部品にも対象を広げ、自前のハイテク分野のサプライチェーン(供給網)を整備するものだ。2023年に電子部品市場を19年の約1.2倍の2兆1千億元(約34兆円)に引き上げる計画だ。

 政策手段としては、トップ企業の合併による規模拡大、工場新設に必要な許認可や金融支援、地方政府系ファンドによる資金投入に加え、技術の国際標準の獲得を進めるとしている。

 また中国は、知財マネジメント「企業知財管理規範」と言う企業経営の手法をISOの場で提案主導し、国際標準ISO56005 "Innovation management - Tools and methods for intellectual property management -Guidance"(2020年11月)にすることに成功した。

 さらに、中国の技術を国際標準に反映するための総合的な中期戦略「中国標準2035」を策定中と言われている。

(3)一帯一路国際ハイレベルフォーラムで仲間作り

 米国は中国経済との分離(デッカプリング)を進めている。一方、中国は独自の経済圏作りを目指す一帯一路を進めており、知財分野でも一帯一路の知財協力を進め、仲間作りに余念がない。2019年には第2回一帯一路国際ハイレベルフォーラムを開催し、「知的財産保護の国際協力の強化」が合意された。

 中国から、韓国、ベトナム、シンガポール、ロシア、南アフリカなどの地域に、デジタル通信、計算機技術、有機ファインケミストリーなどの特許出願が多くなされ、技術面での一体化が進んでいる。

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中国は一帯一路沿線国との知財協力を進める。

5 世界一の知財大国を確立

今や量から質へ

(1)世界一の出願件数

 2020年の特許出願件数は、中国が世界一の149.7万件で、第2位の米国の62.1万件、第3位の日本の28.8万件を大きく引き離している。(米国は2019年の数字)

 なお、日本の特許出願件数は、2005年までは世界最大であったが、2006年に米国、2010年に中国に抜かれ、現在は世界第3位だ。日本は五大特許庁(米・欧・中・韓・日)で唯一、出願件数が減少傾向にある。(日本の出願件数は前年比で2019年は△1.8%、2020年は△6.0%)

(2)量から質への転換―出願補助金の廃止

 中国では、従来、中央政府の指導の下、地方政府は競って補助金や減税により発明を奨励し、特許出願を増やしてきた。それは大きな成果をあげ、中国全土に知財マインドを普及することにも貢献し、またたく間に世界一の特許出願大国になった。

 2021年1月、特許に関し量から質に転換する方針に切替え、国家知識産権局(日本の特許庁に相当)は、「2021年6月末までに、各レベルの特許出願段階の資金援助を全面的に取り消さなければならない」との通知を出した。

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国家知識産権局

(3)知財もフローからストックへ

 中国では発明を奨励し、特許の出願を増やす段階は過ぎたとして、最近は特許として登録され、実際に有効な「保有件数」(日本の「残存特許件数」)と言うストックベースの数字に焦点を当てている。特許は出願から20年間、有効なので、保有件数が中国の知財力を示すと言う考えだ。

 2020年の特許の保有件数は221.2万件で日本の205.3万件(2019年)を上回った。

 商標の有効登録件数は3017.3万件で、日本の191.8万件(2019年)の約16倍だ。

(4)高価値の特許を増やす

 第14次五カ年計画では、2025年までに人口1万人当たりの高価値特許保有量を12件にするという目標を掲げた。中国の人口は14億人なので、168万件になる。日本の残存特許件数は外国人保有分を含め205万件なので、この数字が極めて大きいことが分かる。

 高価値の特許として、人工知能、量子情報、集積回路、基礎ソフトウェア、生命健康などの核心技術分野で中国独自の知財を持つことが必要との考えのもと、①戦略的な新興産業の発明、②海外においてファミリー特許を有するもの、③維持年数が10年を超える特許、④高い質権の融資額を実現した特許、⑤国家科学技術賞・中国専利賞を獲得した特許が、定義されおり、特許の質を重視する政策に転換していることが分かる。

6 今や米国を上回る知財の司法保護制度

(1)懲罰賠償額を5倍に引き上げ

 中国は知財を保護しないと国際的な非難を浴びて来たが、近年は知財の保護に力を入れ、知財侵害の損害賠償額の引上げを進めている。

 米国では知財を故意に侵害した場合には、通常の賠償額の3倍の懲罰賠償が課されることがある。

 中国では米国を参考に、故意に商標を侵害した場合には通常の賠償額を上回る5倍の懲罰賠償制度を導入していたが、2021年6月から特許や著作権侵害の場合にも5倍の懲罰賠償制度が導入されることになった。米国は中国が知財を十分保護していないと批判していることを受け、米国の3倍賠償を上乗る5倍にしたと見られている。

 最高人民法院は3月に懲罰賠償制度が適用された商標などの典型案件を公表し、懲罰賠償を適用するためのガイドラインを示し、実際の裁判で利用が進むように指導している。

 中国共産党中央委員会が公表した「法治中国の建設計画2021~2025」には、「知財侵害の懲罰賠償制度を実行し、科学イノベーションを奨励し、保護する」と書かれており、党の指導のもと懲罰賠償制度を推進しようとしている。(Dragon IP Newsletter,2021.2.10号)

 また、中国では、知財の侵害に関し、厳密な証拠集めや損害賠償額の積算根拠を示すことが難しい場合には、裁判官が妥当と思う金額で判決する「法定賠償制度」がある。従来、100万元を上限としていたが、今回、上限額が500万元に引き上げられた。

 なお、日本には懲罰賠償制度も法定賠償制度もない。

(2)知財裁判所を体系的に整備

 中国では知財裁判所の整備がなされてきた

 2014年に、北京、上海、広州に知財専門裁判所が、2019年に最高裁判所に知財専門法廷が設置され、その他各地の裁判所に知財専門法廷を設置して、知財事件の専門的な裁判に努めている。

 中国では、海南島の自由貿易港の開発が進められているが、その海南島に2021年1月に知財裁判所が設置された。新しい自由貿易港の活動には知財が必須であり、最初から社会インフラとして知財専門の裁判所を設置するもので、ビックリした人が多い。

 これにより中国の知財裁判所制度は、"1+4+21"になる。

1 ⇒1つの最高裁判所の知財専門法廷

4 ⇒4つの知財専門裁判所(北京、上海、広州、海南島自由貿易港)

21 ⇒21の知財法廷(南京、蘇州、武漢など21カ所)と言う体制だ。

 中国の知財裁判の特色は、知財は専門的で難しいため、裁判所ごとの違いを少なくするため、「最高人民法院の意見」と言う形で、判決の指導を行っている。

 またIT技術を活用しており、インターネット裁判所を世界に先駆けて設置し、オンライン裁判も行っている。国際的な知財紛争案件にも活用しようとしている。

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オンライン裁判の様子

(3)権利を主張する風土が強い

 中国では、とにかく訴訟件数が多い。これを処理する裁判所の能力には感心する。

 2019年の知財民事訴訟件数は、特許、商標、意匠、著作権などの合計で39.9万件に達し、前年28.3万件に比べ40.7%増加している。(中国専利商標代理有限責任公司 Newsletter 2020.5.27号)

 2019年1月に最高裁判所の知財法廷が発足したが、2020年までの2年間で5,121件受理し、42,900件を審決した。

 最高裁判所の知財法廷は、知財裁判の基準の統一、裁判の品質向上、国際影響力の向上に力を入れている。

7 ニセモノの取り締まりに本腰

(1)中国は依然ニセモノ大国でもある

 2001年のWTO加盟とともに、ニセモノの取り締まりに取り組んできた。

 中国の税関は、知財侵害品の輸出の取り締まりに力を入れているが、2020年には、アパレル、バッグ、電子・電気製品などで、5,618万点を差し押さえ、45ヶ国・地域の1,000以上の権利者の知財が保護された。前年より20%増加しており、依然として中国からニセモノの輸出が続いていることを示している。(JETRO CHINA IP Newsletter、2021.2.1号)

(2)刑法も改正

 2020年12月刑法が改正され、知財侵害の場合の刑事罰の最高懲役が10年に引き上げられた。

 また刑法に「商業秘密罪」(商業スパイ罪)が新設され、商業秘密侵害が刑事罰の対象になった。日本の不正競争防止法より対象が広いものと思われる。

(3)行政摘発の強化

 地方の知財管理当局に侵害事業者への立ち入り権限が与えられた。中国には被害者からの侵害行為の取り締まり請求を受けて当局が紛争解決をする行政摘発の制度があり、摘発体制が強化される。

 なお日本には行政摘発の制度はない。

(4)最高人民検察院に専門の知財検察弁公室を設置

 2021年1月、最高人民検察院は、知財に関する司法検察の保護を強化するため、最高人民検察院の中に、知財業務を専門的に担当する「知財検察弁公室」を設置すると発表した。多くの知財事件は刑事訴追、民事責任、行政法執行などの問題が同時に絡み合うもので、刑事、民事、行政における検察機能を統合した「綜合的司法」を強化する狙いだ。

 近年、知財に関する政策、方針、法律が集中的に公布され、検察当局は前例のない課題に直面している。この弁公室は、知財に関する検察業務に関しトップダウンで戦略を策定するとともに、公安、司法、行政部門とのコミュニケーションを行う異例のものだ。

 日本では、知財に関し、行政当局により侵害問題の処理はなく、刑事と民事は独立しており、権利者は証拠集めなどで苦労している。知財の実態に鑑みれば、中国の方が合理的ともみられる。

8 知財の活用と実用化がさらに進んだ

(1)知財担保融資が増加

 中国は「大衆創業、万衆創新」の考えで、知財は取得するだけでなく、活用し実用化することに力を入れている。

 中国では、不動産などの物的担保が不足している技術系中小企業を支援し、イノベーション型企業を育成するため、中国銀行保険監督管理委員会と知識産権局、国家版権局が共同して、知財担保融資を進めている。2020年の知財担保融資総額は2180億元(3.3兆円)に達した。前年に比べ43.9%の大幅な増加だ。

 第13次五カ年計画(2016年~2020年)における知財の担保融資総額は、7,095億人民元(約11.4兆円)に達し、第12次五カ年計画期間より倍増した。(Dragon IP Newsletter 2021.2.10号)

 第14次五カ年計画期間も、知財の実用化により、質の高い経済発展を支える方針だ。

 日本では知財価値評価報告書作成支援事業があるが、実際に融資が実行された金額は少ない。

(2)知財関連サービス業の振興

 知財関連サービス業務の振興に力を入れており、2019年の事務所等の数は6.6万件、就職者数は82万人、営業収入は2,100億元(約3.3兆円)に上る。(Dragon IP Newsletter 2021.1.10号)

9 中国の知財強国路線は、米中対立により加速している

 以上、見てきたように中国の知財はどんどん進歩している。
 その特色をまとめると次のようになる。

① 国家主席の号令のもと、知財強国路線を進めている。
 知財は国家発展、対外開放、安全保障に必要なものと位置付けている。

② 科学技術は進歩し、特許の質は向上している。

③ 知財保護の法律は世界トップ水準となっている。

④ 行政・検察・裁判所が一致協力し、知財保護を進めている。

⑤ 知財裁判にIT技術を世界でもっとも活用している。

⑥ 知財覇権のため国際特許と国際標準の獲得、一帯一路協力を進めている。

 日本は知財の国際競争に負けないためには、中国はニセモノ大国に過ぎないという古い観念を捨てて、中国の知財強国路線の最新状況と戦略を研究し、対応する必要がある。