知財現場 躍進する中国、どうする日本
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【20-03】知財強国に向かって着々と進む中国―中国の知財の最新動向(その2)

2020年8月24日

荒井寿光氏

荒井 寿光:
知財評論家、元内閣官房知財推進事務局長

略歴

通商産業省入省、ハーバード大学大学院修了、特許庁長官、通商産業審議官、経済産業省顧問、独立行政法人日本貿易保険理事長、知的財産国家戦略フォーラム代表、内閣官房知的財産戦略推進事務局長、東京中小企業投資育成株式会社代表取締役社長、世界知的所有権機関(WIPO)政策委員、東京理科大学客員教授などを歴任。 現在、公益財団法人中曽根平和研究所副理事長、知財評論家。著書に「知的財産立国を目指して - 「2010年」へのアプローチ」、「知財立国への道」、「世界知財戦略―日本と世界の知財リーダーが描くロードマップ」(WIPO事務局長と共著)、「知財立国が危ない」(日本経済新聞出版社)など多数。

その1 よりつづき)

6 コロナ対策に知財部局も動員

(1)国家知識産権局の施策

 中国ではコロナ対策で、国家機関が総動員されているが、知財部門もかなりの役割を果たしている。権利者の手続きの救済に加え、優先審査や知財担保融資など実体的な施策を講じている。

 2月には、国家市場監督管理総局、国家薬品監督管理局、国家知識産権局(CNIPA)が「生産再開支援の10施策」を共同で発表した。この中で、国家知識産権局は、①新型コロナウイルス肺炎に係る専利(特許、実用新案、意匠)出願、商標登録出願の優先審査 ②企業による知的財産権担保融資の支援と、知的財産権担保登録の「グリーン通路」制度の導入 ③生産再開企業の専利や商標、集積回路配置図設計などの手続き期限の延長などの施策を打ち出した。感染拡大防止に全力を上げるとともに、各業務の順調な展開を確保して企業の生産再開を支援することとしている。

 3月には、国家知識産権局は、「生産再開支援10施策」の実施を徹底するため、9つの具体策を発表した。この中には、知的財産権担保融資などの促進について、①感染症の予防・抑制と生産再開を支援するための金融商品の開発への支援、②1営業日でのオンライン登録の完成を目指す担保登記手続きの迅速化、③コロナの予防・抑制に適する担保融資の業務体制の整備、コロナの予防・抑制に係る知的財産権の実用化を促進することや、サービスを改善して企業の研究開発への支援を強化することなどが含まれている。

 なお、日本の特許庁のコロナ対策では、特許関連手続きの救済が中心であり(「新型コロナウイルス感染症により影響を受けた手続の取り扱いについて」)、優先審査や知財担保融資など実体面での支援はない。

(2)地方政府の知識産権局の施策

 地方の知識産権局もコロナ対策を進めている。

 中国では地方政府にある地方知識産権局の知識産権保護中心が専利出願の予備審査を行っており、この予備審査を通ると国家の知識産権局の優先審査を受けやすくなる。今回は以下に述べるように、この制度も活用している。なお日本では都道府県がこのような予備審査をすることはない。

 例えば2月には、上海市知識産権局が「新型コロナウイルス感染症の防止・抑制に注力し企業の安定的で健全な発展を促進するための知的財産権活動に関する若干措置」を発布した。これによると、生産を再開した企業が新型ウイルス感染症の防止・治療に関する特許、登録商標を出願した場合、市知識産権局は企業の請求に基づいて手続きを加速することができる。生産を再開した企業のその他の特許出願などについても市知識産権局は「優先審査グリーン通路」の設置などを通じて手続きの迅速化を図る。医療用品などの生産企業の知的財産権保護について、各種の権利侵害、違法行為を厳罰し、重大な違法事件を迅速で厳しく取り締まる。

 深センの市場監督管理局は、コロナの感染拡大により、生産再開が困難な中小企業を支援するために、知的財産権関連の審査手続きの円滑化、知的財産権担保融資の推進、コンサルティングサービスの実施などに関する8つの支援策を打ち出した。

(3)裁判、執行活動の円滑化

 2月には、最高人民法院がコロナの流行時期における裁判、執行活動の円滑化を図る旨の「通達」を出した。刑事、民事、行政、執行、訴訟手続などの面で、司法によるサービス、保障を強化する方針を示した。

 中国では、オンライン裁判が世界で一番進んでいるが、コロナ対策を機に、裁判所のオンライン裁判が一層進んだ。

 例えば、北京知識産権法院は、コロナの影響を避け、権利を保護し、訴訟費用を節約し、企業活動の再開を支援するため、オンライン裁判を積極的に進め、本年の1月から7月までの間で6,281件のオンライン裁判を行った。またコロナの抑制対策の一つとして、訴状提出の「ノータッチ受け取り」を進め、2月のオンラインによる訴状提出の件数が前年同期比15%増加した。

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北京知識産権法院

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オンライン裁判の様子

 広州知識産権法院は、感染対策と裁判活動を両立するためオンラインでの審理を積極的に活用している。同法院のインターネット法廷でそれぞれ北京、広州にいる当事者の参加するオンラインでの審理が行われた。2件の意匠権に関わる権利侵害紛争事件で、4被告による権利侵害商品の製造・販売・販売許諾を原告が主張する一方、被告側は現有設計の抗弁を主張した。インターネット法廷において、高解像度カメラによる証拠の展示、訴訟サービスシステムによる当事者の発言の転送、文字転換などが行われ、安定的なデータ転送、はっきりとした画面、円滑な双方向的コミュニケーションが実現し、審理は順調に進められていた。

 安徽省淮南市中級人民法院は、コロナの予防対策の一つとして、オンライン裁判の活用に取り組んでいる。これまでに所轄の下部法院を含めて、25回のオンライン裁判を実施し、良い評価を得ている。2月には市中級法院はオンライン裁判システムを使用して商標権侵害に係る紛争事件の審理を行った。原告の訴訟代理人は上海にある自宅で、被告の法定代理人は法廷でそれぞれ裁判に参加した。審理において原告はオンラインで証拠品を提示し、被告の法定代理人は権利侵害の事実を認めた。双方が紛争を調停に付することに同意したのを受け、裁判は休廷した。

 なお、日本では裁判のオンライン化は遅れており、最近、口頭弁論や弁論準備ではなく、民事訴訟法上の書面による準備手続のみ、オンライン会議方式で試行されているに過ぎない。政府は3月、民事司法制度改革の方針として民事裁判手続きの全面的なオンライン化などを盛り込んだ最終案を決めたが、それによれば、まず訴訟の代理人弁護士に裁判関係書類のオンラインでの提出を義務付け、最終的には口頭弁論や記録閲覧などのIT(情報技術)化を実現する方針で、2022年の民事訴訟法改正をめざす。従って、法律改正の後、オンラインシステムの整備、研修を行うので、少なくとも数年はかかり、中国より大幅に遅れているのが、残念ながら実情だ。

7 知財裁判の強化

(1)知的財産権の司法保護の強化

 最高人民法院は4月、「知的財産権の司法保護の全面的強化に関する意見」を発表した。各裁判所に対して、知的財産権の司法保護を全面的に強化することの重要な意義を十分認識し、イノベーション型国家の建設に十分な司法サービスを提供するよう求めた。司法保護の実効を高めるため、権利者の訴訟コストの低減、訴訟期間の短縮、損害賠償の強化、挙証の円滑化などに取り組むこととし、挙証責任制度の改善、裁判方式の刷新、第三者データの活用、不誠実な訴訟行為の抑止、体制整備の強化、関連部門との意思疎通の強化などが盛り込まれている。

(2)全人代での活動報告

 5月の第13期全人代・第3回会議で、最高人民法院の周強院長が活動報告を行った。

 その中で、知的財産権の司法保護を強化し、懲罰的賠償制度を積極的に適用し、権利侵害の違法コストを引き上げたこと、中国は知的財産権事件の審理期間が最も短い国家の一つになっていること、農業資材の模倣品に関する犯罪の厳罰、データセキュリティやプライバシーの一層の保護を図るためのデジタル著作権やデジタルコンテンツに対する保護の強化に取り組み、 成果を上げたことを報告した。

 日本では最高裁長官が知財裁判について言及することはほとんどない。

8 地方政府は知財行政で重要な役割を果たす

(1)出願奨励で大きな成果

 中国では地方政府にも知財担当部局が設置されていて、知財行政を行っている。中央政府の知財振興の方針に沿って、地方政府は知財奨励策の競争を行っているので、成果が上がっている。従来は、補助金や減税制度を使った知財の出願奨励を中心に、中国の知財大国化に大きく貢献した。

(2)質権設定融資の活用

 最近は知財の活用のため、質権設定による融資が盛んに行われている。いくつかの事例を紹介する。

 湖南省市場監督管理局は企業の知的財産権担保融資を積極的に促進している。2月には企業による知的財産権担保融資の活用、融資チャネルの拡大を奨励し、特に薬品や医療機器、消毒用品などを生産する企業の知的財産権担保融資を優先して支援する方針を明らかにし、長沙、衡陽、岳陽などの7市にある18社の企業が総額1億6,000万元の担保融資を獲得した。

 また、山東省財政庁は、知的財産権発展資金として7,151万元を支出し、特許取得者への報奨金や知的財産権担保融資の利子補助金に用いることを決定した。これによって、知的財産権の創造・運用・保護を促進し、山東省企業のイメージアップや競争力増強を図る。この中で、専利(特許、実用新案、意匠)保有件数が10〜20件の権利者に5万元、21〜50件の権利者に10万元、51件以上の権利者に20万元の報奨金をそれぞれ交付する。中国専利金賞と銀賞の受賞者への報奨金はそれぞれ50万元と20万元である。山東省専利賞の報奨基準は特別賞が50万元、一等賞が10万元、二等賞が5万元、三等賞が3万元となっている。知的財産権担保融資については、中国人民銀行(中央銀行)が定めた基準金利の60%にあたる、最高50万元の利子補助金を交付する。

 3月、貴州省知識産権局と貴州銀行保険監督管理局は、「知的財産権担保融資を推進する実施方案」を発表した。知的財産権の運用を強化し、知的財産権担保融資を拡大し、知的財産権と金融との融合を促進し、イノベーション環境を改善することとしている。知的財産権の価値評価活動の強化、知的財産権担保融資に対するサービスの刷新、知的財産権担保融資のリスク管理の改善、知的財産権担保融資への保障の強化により、貴州省の知的財産権担保融資を推し進める方針だ。

 日本の都道府県では知財を専門に担当する部局はなく、都道府県での知財関連業務は知財制度の普及啓発や発明奨励にとどまっており、一部を除き出願補助金、減税、融資制度はない。また中国と異なり、都道府県が知財振興に関し、競争することはない。

9 大学は知財の実用化推進へ

(1)知財は量から質へ、そして実用化推進へ

 中国では従来、大学の特許出願が奨励され、大きな成果を上げてきた。また大学発のベンチャー企業も多い。今や大学の特許出願戦略も量から質に移り、特許の実用化がさらに重視される段階に入った。

 2月、教育部、国家知識産権局、科技部が「大学の特許の品質向上、実用化の促進に関する若干意見」を共同で発布した。特許関連の資金援助に関する政策の合理化について、大学に対して、特許出願への報奨を停止し、特許登録への報奨金を大幅に減少し且つ段階的に廃止して、実用化に伴う収益の配分の増加によって発明者に報奨を与えるよう求めた。

 ①2022年までに、特許のナビゲーションやポートフォリオ、出願、権利維持、実用化などをカバーした大学の知的財産権に関する全プロセス管理体制の整備を実現し、②2025年までに、大学の特許の品質が向上し、特許運営能力が増強され、一部の大学で特許の登録率と実施率が世界一流大学の水準に達するとの目標を明確にした。このほか、知的財産権に関する協調体制の整備、重大なプロジェクトの管理体制の確立・整備、職務発明成果の開示制度の構築などが盛り込まれている。

(2)科学技術部、知財と研究成果の財産権取引センターを整備

 7月、中国科学技術部は、「国家科学技術成果移転実用化モデルエリアの整備、発展のさらなる推進に関する通達」を出し、知的財産権証券化の検討、知的財産権と科学技術成果の財産権取引センターの整備、科学技術成果の実用化に関する公開取引体制と監視管理体制の整備などの方針を明確にした。条件が整っているモデルエリアでの職務研究成果の所有権などの改革推進を奨励 し、研究成果の評価メカニズムを改善するとともに、知的財産権証券化のあり方を模索し、知的財産権と科学技術成果の財産権取引センターの秩序立った整備を推進し、科学技術成果の実用化に関する公開取引体制と監視管理体制を整備することとしている。このほか、成果の実用化の全過程に向けたサービスの強化や、主要産業における重大な成果の応用加速などを求めている。

 日本では、特許庁や文科省、科学技術振興機構などが、アドバイザーを派遣したり、出願の助成を行っているが、中国のような大学教員に対する出願報酬はない。また特許の実用化に関する収益配分も限られており、大学教員に対する知財関連の報酬は全体として日本より中国の方が手厚い。

10 中国の第14次5カ年計画と日本の対応

(1)2020年上半期の出願がコロナ禍でも増加

 コロナ禍でも、2020年上半期(1~6月)の中国の特許出願件数は68.3万件で、前年同期比+5.2%と順調に伸びている。

 一方、日本の2020年上半期(1~6月)の特許出願件数は14.8万件で、前年同期比△5.3%と、減少している。

(2)オンライン化が加速

 コロナ対策として中国の企業、事務所などは政府から在宅勤務・テレワークが指示されたが、弁護士・弁理士事務所も知識産権局も裁判所も能率を下げることなく、業務を遂行したと言われている。

 日本でもコロナ対策として在宅勤務やテレワーク、オンライン会議が進んだが、特許庁や裁判所は中国の方がさらに進んだ模様だ。

(3)米中摩擦の激化予想と中国の対抗

 11月の米国の大統領選挙の結果にかかわらず、米国の対中強硬姿勢は続くと予想されている。これに対抗し中国は、米国に頼らない独自の技術開発と国際的な知財戦略を進める方針と見られている。

 日本は米国から対中制裁に協力を求められていると伝えられていて、米中との関係で難しいかじ取りが必要になっている。

(4)第14次5カ年計画への準備

 中国では第13次5カ年計画(2016~2020年)で知財強国が国家目標になったが、第14次5カ年計画(2021~2025年)でも、知財強国路線を進める方針だ。国家知識産権局は、第14次5カ年計画(十四五)期における「知的財産権強国戦略」の準備を始めており6月10日から社会各界に、知的財産権活動の方針、目標、具体的な取組などについて、提言するよう呼びかけた。(締め切りは7月31日。)

 米中摩擦もあり、第14次5カ年計画では、さらに強力な知財強国路線を打ち出す可能性がある。(対外的な発表は米国を刺激しないためトーンダウンするかも知れないが。)

(5)求められる日本の対応

 現在、世界で知財戦略を最も強力に進めているのは中国だ。これは日本企業にも大きな影響を与えるため、中国の最新の知財状況について制度のみならず、企業・大学・地方を含め、その運用実態を的確に把握して対応策を考える必要がある。

 日本はもう一度、日本人や日本企業の創造的能力を発揮し、国際競争力を高め、文明の進歩に貢献するため、科学技術振興戦略や知財戦略を作り直す必要がある。

(おわり)