知財現場 躍進する中国、どうする日本
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【20-02】知財強国に向かって着々と進む中国―中国の知財の最新動向(その1)

2020年8月24日

荒井寿光氏

荒井 寿光:
知財評論家、元内閣官房知財推進事務局長

略歴

通商産業省入省、ハーバード大学大学院修了、特許庁長官、通商産業審議官、経済産業省顧問、独立行政法人日本貿易保険理事長、知的財産国家戦略フォーラム代表、内閣官房知的財産戦略推進事務局長、東京中小企業投資育成株式会社代表取締役社長、世界知的所有権機関(WIPO)政策委員、東京理科大学客員教授などを歴任。 現在、公益財団法人中曽根平和研究所副理事長、知財評論家。著書に「知的財産立国を目指して - 「2010年」へのアプローチ」、「知財立国への道」、「世界知財戦略―日本と世界の知財リーダーが描くロードマップ」(WIPO事務局長と共著)、「知財立国が危ない」(日本経済新聞出版社)など多数。

1 強化された知財の国際競争力

(1)国際特許出願(PCT)件数が米国を抜いて世界一に

 2019年の特許協力条約(PCT)に基づく国際出願件数で、中国が米国を上回り、世界1位となった。中国は5万9,004件で、米国の5万7,740件を抜き初めて世界首位に立った。日本は第3位の5万2,666件だ。企業別では、中国通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)が4,411件となり、3年連続で首位を維持。2位は日本の三菱電機(2,661件)、3位は韓国サムスン電子(2,334件)、4位は米国のクアルコム(2,127件)、5位は中国スマートフォン大手のOPPO(オッポ)(1,927件)で、上位10社のうち、中国企業が4社含まれている。大学ランキングでは、米カリフォルニア大学が470件で1位となり、2位は中国の清華大学(265件)、3位は深セン大学(247件)と続くが、日本の大学は上位に入っていない。

(2)第5世代通信システム5Gの特許を巡る争い

米国政府は中国のファーウェイを排除しようとしているが、ファーウェイの知財戦略が優れていて、主要な特許を国際的に押さえているため、なかなか容易ではない。ドイツの市場調査会社IPlyticsのデータによると、5G関連特許の企業別保有数(2019年4月時点)は中国のファーウェイが1,554件でトップであり、以下、ノキア(フィンランド)、サムスン電子(韓国)、LGエレクトロニクス(韓国)、ZTE(中国)、クアルコム(米国)、エリクソン(スウェーデン)と続くが、日本企業は見当たらない。フィンランドのノキアや、スウェーデンのエリクソンも名を連ねているが、ファーウェイにはかなわない。

 米国政府のファーウェイ封じ込めの動きに対抗し、中国の国家工業・情報化部は、3月6日に「5G 発展加速会議」を開催し、第5世代移動通信システム「5G」技術の開発を加速させる意向を表明した。中国移動(チャイナモバイル、China Mobile)、中国電信(チャイナテレコム、China Telecom)、中国聯通(チャイナユニコム、China Unicom)など、中国の電気通信事業者大手3社のトップらが参加した。これは中国政府の5Gにかける意気込みを示すものであり、米中間の5Gを巡る争いは続く見込みだ。

(3)中国の科学技術論文数が世界一に

 文科省科学技術・学術政策研究所の発表(8月7日)によれば、中国の2017年(16〜18年の平均)の科学技術論文数は30万5,927本で、米国の28万1,487本を上回り1位となった。3位はドイツで6万7,041本。日本は6万4,874本で4位だった。論⽂の世界シェアをみると中国は19.9%、米国18.3%。ドイツ・日本は4.4%にすぎない。残念ながら、日本は中国の5分の1に過ぎず、中米に大きく引き離されている。

 中国は論文の質でも米国に迫る。優れた論文は引用数の多さで評価される。被引用数が上位10%の注目論文のシェアをみると、17年の1位は米国の24.7%、中国は2位で22.0%。さらに注目度が高い上位1%の論⽂では米国は29.3%、中国は21.9%となり、中国が米国に迫っている。

 これらの優れた論文は数年後には基本特許になるものが多い。従って、中国が米国と並んで世界の基本特許を支配する時代が到来する可能性が高い。

(4)国際特許をベースに国際標準を狙う

 国際標準を取ると国際ビジネスは有利になる。この国際標準の基盤は特許だ。強い特許を持っていると、国際標準作りに圧倒的に有利だ。

 中国は「中国標準2035」と名付けた中期戦略を策定中であるが、国際標準のための提案数を増やしている。国際電気通信連合(ITU)での有線通信の規格にまつわる技術文書の19年の提出件数は、中国が830と全体の33%にのぼりトップを占めた。2位から4位までの韓国、米国、日本の合計提出件数よりも多い。

 中国は国際的な特許取得と国際標準作りをリンクさせているから、手ごわい。

2 米中知財紛争がエスカレート

(1)米中が第1段階の経済貿易協定に調印

 中国が米国の知財を盗んでいるなどの理由で、米国は対中経済制裁をかけてきたが、本年1月、米中間で第1段階の合意に達した。合意内容には、双方が農産物、既成品、エネルギー、サービスなどの貿易規模を拡大し、市場参入条件をさらに緩和するとともに、知的財産権の保護を強化し、二国間評価及び紛争解決メカニズムを構築することが含まれている。

(2)コロナ紛争で米中関係悪化

 第1段階の米中合意で米中関係は改善に向かうことが期待されていた。しかし、1月にコロナ問題が発生すると、米国は中国がコロナ情報を隠していたため、コロナが世界に蔓延したと強く非難し、米中関係は極めて悪化した。

(3)米国はWIPO事務局長選挙で中国人候補を阻止

 3月にWIPO(世界知的所有権機関)事務局長選挙が行われたが、米国トランプ政権は中国からの候補者である王彬穎(ワン・ビンイン)WIPO事務次長の就任を阻止するため、シンガポールのダレン・タン氏を支援し、欧米の多数派工作が奏功し、シンガポール人が選出された。近年、中国は国際機関でのプレゼンスを強めており、国際電気通信連合(ITU)、国連食糧農業機関(FAO)など4つの国連機関に事務局長を送り込んでおり、WIPOの事務局長も狙ったが、米国に阻止された。

(4)米国は中国の在ヒューストン総領事館を閉鎖

 7月22日、米国はヒューストンの中国総領事館に対して、「米国の知的財産と米国民の個人情報を守るため」閉鎖を命じた。同総領事館は中国が米国の知財を盗む拠点になっていると言われている。これに対抗し、中国は武漢の米国総領事館の閉鎖を命じた。

 今や、米中の知財覇権を巡る争いは、経済制裁から外交制裁にエスカレートしている。

3 中国は引き続き世界一の知財大国

(1)特許出願件数は日本の約5倍

 2019年の特許出願件数は、中国が世界一の140.1万件で、第2位の米国の62.1万件、第3位の日本の30.8万件を大きく引き離している。(第1図参照)

第1図 五庁における特許出願件数の推移

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 特許の審査体制強化にも力を入れており、中国の特許審査官数は12,000人と世界一だ。なお米国は8,125人、日本は1,682人だ。

(2)中国の総知財件数は日本の約20倍

 2019年の申請件数を見ると、中国は実用新案226.0万件、意匠71.1万件、商標737.0万件で、特許を含めた知財の合計は1,174.2万件であり、米国の113万件、日本の52.8万件に比べて飛び抜けて多く、日本の約20倍にも達する。(第1表参照)

第1表 2019年の知財出願件数 (単位、万件)
出典:特許庁「特許行政年次報告書2020年版」
  中国 米国 日本
特許 140.1 62.1 30.8
実用新案 226.0 0.5
意匠 71.1 4.4 3.1
商標 737.0 46.5 18.4
合計 1,174.2 113.0 52.8

 実用新案、意匠、商標の申請件数が多いのは、これらの知財に質権を設定し融資を受けられるなど全国の中小企業や個人に知財利用のメリットがあるためであり、知財利用者の裾野が広く、知財マインドが全国に普及している。いずれにせよ、数は力であり、質の高い知財が増えて行くと思われる。

 日本では知財は大企業の技術や商品名に関する利用が多く、中小企業や個人の利用が少ない。日本でも知財に質権を設定することは法律的には可能であるが、実際には使われていない。

(3)中国の専利集約型産業の付加価値は対GDP比11.6%と高い

 中国は、知財がマクロ経済・GDP(国内総生産)の発展に寄与すると考えている。

 国家知識産権局と国家統計局が3月13日に共同で発表したデータによると、2018年、全国の専利(特許、実用新案、意匠)集約型産業の付加価値が10兆7,090億元に達し、国内総生産(GDP)の11.6%を占めた。全国の専利集約型産業の付加価値に関する統計データの発表は初めてだ。産業別に見れば、新装備製造業の付加価値が3兆2,833億元で、全体の30.7%を占める。続いて情報通信技術製造業が2兆1,551億元、新材料製造業が1兆4,130億元、医薬医療産業が9,465億元、研究開発・設計・技術サービス業が7,215億元、環境保護産業が2,424億元の順となっている。専利集約型産業が中国の経済成長を支える重要な力であることを示している。

 なお、米国でも同様な推計があるが、日本では知財を巡る議論は個別の技術や産業戦略にとどまっており、マクロ経済への影響を分析したものはない。

4 知財強国路線を着々と推進

(1)李克強総理が知財保護の強化を強調

 5月22日の第13期全国人民代表大会で李克強総理が行った「政府活動報告」で「知的財産権の保護を強化する」旨を引き続き表明した。これは国家のリーダーが知財を重視していることを示している。

 なお、日本ではここ最近、総理が国会演説などで知財を言及することはない。

(2)2020年版知財強国推進計画

 国務院知財戦略の担当弁公室は5月18日、知財強国づくりに関する「2020年版推進計画」を公布し、全国での知財戦略の実施に向けて、各方面の具体的な任務を明確にした。

 中国の推進計画は第13次5カ年計画を実現するための年次計画と明確に位置付けられている。日本でも毎年、知財推進計画を策定しているが位置づけがややあいまいだ。

(3)知財の信用監視プログラムの整備へ

 中国では、知財の保護の手段が4つある。民事責任、刑事罰、行政制裁の他、信用制裁が用いられている。中国の信用スコアと言う制度だ。信用制裁を体系化するため、6月、国家知識産権局は、信用に基づく監視・管理試行プログラムについて、導入を希望する地方政府に対して申請の受付を開始した。試行プログラムを実施する地方では、知的財産権分野の信用情報の収集リストと管理規範の作成、信用情報記録体制の整備を行う。また、知的財産権分野の信用に基づいて等級・分類を与える監視管理体制と信用促進承諾制度の外、深刻な信用喪失の認定、共同懲罰、信用喪失者リストの作成、信用報告書の管理・使用の規範化、活動推進体制の整備、調査・研究の強化などが求めらる。

 このような知財保護のために信用監視をすることは世界でも珍しい。

 また中国では、同一事案に関し、民事裁判、刑事裁判、行政制裁(警察・税関)を一体的に適用・運用するが(三合一)、日本ではそれぞれが独立しており、証拠集め・立証も独立してなされるため、権利者が苦労している。

5 知財関連法律の制定・改正が進む

(1)中国初の民法典成立、知的財産権について概括的に規定

 5月の第13期全国人民代表大会(全人代)第3回会議で、民法典が成立し、2021年1月から施行される。革新型国家建設のため、「民法典」は知的財産権に関わるそれぞれの単独な法律を統括するよう、知的財産権に対して概括的な規定が書かれた。知的財産権の保護を強化し、侵害の違法コストを高めるために、「民法典」では、他人の知的財産権を故意に侵害し、情状が重大である場合、被侵害人は相応の懲罰的賠償を請求する権利があるという規定を導入した。

(2)外商投資法の施行

 2020年1月から、「外商投資法」「外商投資法実施条例」が施行された。外資系企業の懸念を踏まえて技術移転強制の禁止、知的財産権の保護などが実施される。

(3)専利法改正案の審議

「専利法」の第4次改正の第2次草案が6月、第13期全国人民代表大会常務委員会の第20回会議で審議されたが、まだ成立に至っていない。第2次草案は専利(特許・実用新案・意匠)に関し、職務発明の明確化、専利開放許諾制度の導入、部分意匠への保護、特許侵害法定賠償額、特許権の濫用などが含まれている。

その2 へつづく)