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【10-05】待つ日本人と待たない中国人

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2010年 5月20日

 上海万博は現在開かれている最中である。史上最大規模の上海万博だが、中国人参観者のモラルとマナーが注目されている。万博のような大規模な国際イベントはパビリオン見学について待つのがつきものである。ディズニーランドなどの遊園地でもアトラクションに乗るのに2、3時間待たされるのは常識になっている。こうした国際イベントは主催国の国民のマナーが試される試練となる。

 振り返れば、2年前に北京でオリンピックが開かれたとき、男が上半身裸で街中を歩かないように、繰り返して教育活動が展開されていた。これまでの30年間、毎年平均して10%の経済成長が達成されたが、国民の基本的なマナーやモラルのレベルはそれに比例して向上していない。

 今年、中国経済は日本を追い抜いて世界二位になるとみられている。しかし、中国人は国際社会で尊敬されるために、これまで以上にマナーやモラルレベルの向上が求められている。

1.予期せぬハップニングと強まる被害者意識

 今年の2月25日、地方で講演するために、朝に羽田空港に向かったが、珍しく羽田空港の周辺は濃霧に包まれ、午後1時ごろまでの飛行機のほとんどがキャンセルされた。空港のロビーは数千人の乗客が状況を見守っていたが、航空会社の係りの者にフライト情報を訪ねる乗客がいたが、喧嘩する者は見た限りいなかった。

 5月はじめに、中国出張で広東省の深センから北京に向かうために、深セン空港で午後15:00の北京行きの中国国際航空の飛行機に搭乗する予定だったが、チェックインするときに地上係に「少し遅延するかもしれない」といわれ、そのままチェックインした。少し遅延するという事前の通告があって、多少なりとも心の準備ができていた。

 しかし、いくら待っても搭乗開始のアナウンスが流れてこない。ビジネスクラスのラウンジでゆっくりくつろいで待機していたが、係りの者に尋ねても確かな情報はないといわれた。さすがに夕方7時過ぎると、乗客の一部は怒り出した。エコノミークラスの乗客の様子はみていないので分からないが、ビジネスクラスの乗客の一部は相当暴れ、騒動になる寸前だった。結局、搭乗できたのは夜の10時すぎで北京に着陸したのは早朝2:30だった。

 実は、ビジネスクラスの乗客の4分の1は日本人だった。日本人乗客の内心も不安と疲れでいらいらしていたはずだったが、表向きは落ち着いて搭乗を待ち続けた。そのほか、2、3人の欧米人がいたが、最後は全員立ち上がり、怒りを航空会社の係員にぶつけた。

 当時、なぜ飛行機が遅れたかについて確かな説明はなかったが、日本に戻ってからインターネットで調べたら、当時広東省で豪雨があってそれが原因で飛行機の到着が遅れたようだ。ただ、深セン空港近くは小雨だったため、乗客には確かな情報が知らされなかった。同様に、近くにある広州空港の乗客も航空会社の対応に怒って騒動になりビジネスクラスのラウンジの一部が破壊されてしまった。

2.権利と義務

 かつて計画経済の時代、モノやサービスの供給不足により消費者の利益は担保されることはなかった。当時、売店でもっともよく言われる言葉は「没有」(ない)ということだった。当時の売店のすべては国営のものだったため、態度が悪かったということもあった。

 市場経済になってから消費者は自らの権利を守る意識が日増しに高まっている。現在、20社近くの航空会社は激しい競争を繰り広げている。乗客に怒鳴られても、計画経済の時代のように、乗客と喧嘩して乗客の権利を無視するようなことはできなくなった。

 羽田空港の事例はすべての乗客は濃霧により自分が乗る予定の飛行機がキャンセルされたのを知っていた。深セン空港と広州空港で起きた騒動は、乗客はなぜ足止めされたかについて十分な説明を受けていなかったことに怒ったのだろう。ただし、航空会社の説明は不十分とはいえ、乗客の行動は明らかに行き過ぎである。

 議論を整理すれば、まず、航空会社は航空機が遅延する理由について十分に説明を行う義務があり、乗客の合理的な要求に応える義務もある。今回の騒動をみると、航空会社の対応は明らかに瑕疵があった。一方、乗客側が自らの権利を守ることについて云々することはできないが、航空機の遅延は不可抗力によるものだから、航空会社に無理なことを要求すべきではない。

 現状において、乗客が行き過ぎた行動を取る背景に、強まる被害者意識があるようだ。何か問題が起きたとき、航空会社およびその上層にある監督部門に陳情しても満足の行く解決は得られないだろうと考え、ついに過激な行動をとってしまうことが少なくない。普通なら、市場経済において航空会社は乗客の要求にいいかげんに対応すれば、乗客離れにより経営はますます苦しくなる。この点はサービス産業全般についていえることである。

 結論的に、航空会社の対応と乗客の態度のいずれにも問題があったため、ことが大きくなってしまったのである。

3.問われるモラルとマナー

 マスメディアを通じて日々伝わってくる万博会場の混乱や観客のモラルとマナーの悪さは実は意外なことではない。

 万博会場のような公共の場において混乱が生ずる背景に、公共の利益より観客それぞれが自らの利益を最大化しようとすることがある。パビリオンの前で2、3時間も待たされることは決して気持ちのいいものではない。だからといって割り込んだりすることは許されない。

 ここで一つ否定できない事実がある。我々中国人はマナーよく待つことに慣れていない。国民の大多数は気が短い。短気であることは国民性というべきものだろうか。

 また、観客のモラルとマナーの悪さを助長するもう一つの要因がある。それは管理システムの不備である。観客を効率よくリードするのは管理システムの果すべき役割である。万博会場のパビリオン入場券の事前予約機が故障したりしたため、混乱が生じたのも確かだった。

 さらに、個別のマナーの悪い観客に厳しく対処すべきことも必要である。ずるいことをする者が得するという状況を許してはならない。

 繰り返しになるが、これまでの経済高成長とは裏腹に、国民のモラルとマナーのレベルは比例して向上していない。中国は真の大国と強国を目指すならば、世界で尊敬される国にならなければならない。小中学校の教科書には、「5000年の歴史がある文明古国」と書かれている。「文明古国」であることは間違いが、現在の中国も文明的な国かどうか改めて問われている。

 4月に故郷の南京から上海までの高速鉄道の新幹線「和諧号」に乗ったとき、快適な一等車(グルーン車)だったはずだが、20数人の南京市政府の幹部が乗り込んできて、終始大声でトランプに興じていた。音楽を聴きながら美しい江南の景色を楽しみにしていた筆者の旅は台無しになった。国民のモラルとマナーの向上には、まず政府から始めなければならないことに気がついた。