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【13-04】正念場の腐敗撲滅キャンペーン

2013年 4月18日

柯 隆

柯 隆:富士通総研経済研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員

プロフィール詳細

 昨年11月の就任当初から、習近平総書記は幹部の腐敗を撲滅しようと躍起になっている。その一つの取り組みは、共産党幹部による公金を使った高級レストランでの飲食を禁止したことである。近年、共産党幹部による公金を使ったぜいたく品の消費は国民の不満が募る原因になっている。それもそのはず、10人一卓の会食は数十万もすることは珍しくない。その結果、中国では、フカヒレやアワビ、茅台酒などの値段はうなぎ上りとなり、庶民にとって高嶺の花となった。

 そもそも共産党幹部は、人民の公僕のはずだった。中国の指導者が執務室と住居を構える北京の中南海の新華門の壁に「為人民服務」(人民のために奉仕する)と書かれている。しかし、現実的には、人民に奉仕する公僕は人民の財産を食い物にしている。このようなことが許されたら、共産党は共産党でなくなる。

1.襟を正す習近平政権の試練

 「指導者は地方を視察するとき、交通規制を敷くべきではない」、「会議のとき、テーブルに花を置くべきではない」、「幹部は公用で飛行機に乗るとき、ファーストクラスに乗るべきではない」、「仕事の会食のとき、酒を飲むべからず」などなど、これらの諸規定のいずれも習近平政権が進める腐敗撲滅措置の一環である。これらの規律に違反した幹部は、規律委員会によって処分される。

 野党が実質的に存在しない中国では、共産党自らが自分の襟を正すことはいいことである。しかし、自分の右手が左手を管理するようなこのような腐敗撲滅キャンペーンはほんとうに有効なのだろうか。答えはかなり懐疑的である。

 振り返れば、共産党が政権を掌握し社会主義中国が成立してから64年間経過した。幹部腐敗の現状からみれば、共産党幹部の多くはその樹立当初の所信をずいぶん忘れたようだ。共産党は幹部の腐敗を撲滅するために、幾度も内部統制機能を強化してきた。しかし、内部統制機能だけでは、幹部腐敗の撲滅には明らかに不十分である。

 本来ならば、労働者の政党であるはずの共産党は、人民からの監視・監督をなぜ拒んでいるのだろうか。初心を忘れた共産党員らはマルクス・レーニンと毛沢東の教えをとっくに忘れてしまったに違いない。共産党中央の発表によれば、現在、全国に8000万人以上の党員がいるといわれている。共産主義のイデオロギーを信じる党員が皆無とはいわないが、多くないはずである。それゆえ、共産党幹部の権限は経済の自由化とともに拡大している結果、収賄や公金着服などの不正行為は横行するようになった。10年前、共産党幹部の腐敗が数百万元(数千万円)なのは一般的だったが、今は、数千万元(数億円)に達している。

 こうしたなかで問題なのは、地方政府など末端の幹部が数百万元を収賄や着服した場合、死刑に処されるのに対して、中央の高級幹部は数千万元の不正を犯しても、死刑に処されないことが多い。このことも高級幹部の腐敗が後を絶たない原因の一つである。

2.イダチゴッコの腐敗撲滅キャンペーン

 中国には、「上に政策あり、下に対策あり」という表現がある。習近平政権の腐敗撲滅キャンペーンに対して下の対策がすでに表れているようだ。今年の2月の春節のとき、幹部による高級レストランでの飲食が禁止されているなか、一部の地方では、高級レストランに料理の出前を頼む現象が見られた。また、飲食すると、その経費の精算に問題が生ずる恐れがあるため、一部の幹部は公金を使ってヨーロッパのブランド品の購入に使ったといわれている。春節前に、多くの大都市でアルマーニなどのブランドショップでは、女性用のスカーフや男性用ベルトが品薄に陥った。こうした現象から共産党組織の内部統制がほとんど機能していないことがわかる。

 これまでの10年間、中国のGDPは年平均10%成長してきたが、政府の歳入はそれ以上の伸びで増えている。反対に、家計の所得、すなわち、労働分配率(所得の合計÷GDP)はわずか39%に止まる。共産党幹部が支配する富が多すぎることは幹部の腐敗を助長する温床になっている。そのうえ、共産党の政治が国民の監督・管理を受け入れていないのも問題である。

 ちなみに、2013年第1四半期の実質GDP伸び率は7.7%と発表された。8%以下の成長が続いていることはやや意外だったようだ。一部のマスコミでは、経済成長が思ったより低かった原因は共産党幹部による豪華な飲食が禁止されているからといわれている。本当にこの禁止措置によって経済成長率が少々減速するようになったとすれば、中国にとってこの上なく朗報といえる。しかし、上で述べたように、共産党幹部による公金の不正支出は依然として続いている。経済成長率が低かった真の原因は、胡錦濤・温家宝政権の負の遺産である経済構造転換の遅れによるところが大きい。

3.国家財政に匹敵する「灰色収入」の増加

 現在の制度では、共産党幹部の名目給料は決して高くない。首相の月給は1万元(約16万円)未満といわれている。それ以外の手当を加算しても、せいぜい1万5千元程度であり、日本の大学卒の初任給に相当するものである。しかし、一方において不思議な現象が多い。大都市を中心に1台100万元(約1600万円)もの高級車が多数走っている。それを運転しているのは共産党幹部およびその親族が少なくない。また、共産党幹部は一人当たり平均で3-4戸のマンションを保有しているといわれている。明らかに正規の給料を貯めて購入できる財産ではないはずである。

 実は、絶大な権限を持つ共産党幹部は正規の給料以外により多くの「灰色収入」を得ている。たとえば、地方幹部を中心に民間企業の社外取締役を兼務する場合が増えている。現役の幹部は非常勤の社外取締役への就任が原則として禁止されているが、会社の登記簿謄本では、本人ではなく親族の名前で登記されているケースが多い。これらの幹部は社外取締役を務める企業のために便宜を図る見返りに、多額の報酬を手に入れる。

  もう一つのケースは、許認可権や人事権を持つ幹部は所管の企業に対して便宜を図るが、直接、現金で賄賂を受け取る代わりに、その子供の留学費用を工面してもらうことが多い。なぜなら、贈収賄は国内で行わず、海外で行うほうが発覚しにくいからである。またその費用で家族メンバーを全員海外へ移民させる幹部も少なくない。これは中国では「裸官」と呼ばれ、すなわち、自分一人が国内で稼ぎ、家族全員を海外に移民させるということである。

 贈収賄や「灰色収入」などの不正行為にはさまざまな形態があり、枚挙にいとまがない。ある推計によると、毎年500億ドルもの不正な資金は海外へ逃避しているといわれている。また、別の推計では、現在、毎年の「灰色収入」はGDPの30%に上るといわれ、それは国家予算に匹敵する規模である。

 誕生したばかりの習近平政権にとって課題は山積みである。政治改革と経済改革はいずれも待ったなしの状況にある。胡錦濤・温家宝政権が残した遺産は決して輝かしいものではなく、名実ともに負の遺産である。これらの負の遺産を処理するのは習近平政権1期目の仕事である。