【13-11】共産党三中全会決議の評価
2013年11月22日
柯 隆:富士通総研経済研究所 主席研究員
略歴
1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
さる11月12日から14日にかけて共産党第18回中央委員会三中全会が北京で開かれ、これからの経済改革の中身とやり方について議論され、その大まかな方向性について決議して閉幕した。振り返れば、34年前に、最高実力者だった鄧小平は第11回中央委員会三中全会を招集し、「改革・開放」の基本方針を決議した。このことから、共産党中央の三中全会は経済改革の方向性を決める重要な会議として位置づけされている。今回の三中全会も習近平政権の改革に取り組む意思表示として内外で注目を集めていた。しかし、実際に公表された三中全会の決議をみるかぎり、やや期待外れの感が否めない。
1.現状認識示されず
今回の三中全会の決議は、今後10年間の経済改革の方向性と基本方針を定める指令書である。しかし、なぜ改革を深化する必要があるのかについてほとんど同決議では言及されていない。導入部では、これまでの35年間の「改革・開放」政策の総括として指導部がどれだけ決心したのか、どれぐらい素晴らしい成果、すなわち、経済高成長を成し遂げたのかに関する自慢話が羅列されているが、中国社会と中国経済の問題点についてほとんど指摘されていない。いかなる改革も現状を部分的に否定することから始まるものである。仮に現状についてさほど問題がなければ、改革など行う必要はないはずである。習近平政権はその現状認識を示すべきである。
中国国内のメディア報道によれば、毎年18万件ものデモや抗議活動など集団暴動事件が起きているといわれている。その背景に、所得格差の拡大のほかに、強権的な土地収用に対する不満がある。最近起きたウィグル族の者が運転した車が天安門に突っ込んだ過激な殺傷事件は、中国社会の矛盾が看過できないほど深刻化していることを物語っている。なぜならば、このような過激な抗議行動は頻発しているからである。昨年、北京空港のロビーで爆発を起こす事件が起きている。天安門突っ込み事件の一週間後に山西省太原市で共産党委員会の建物の前で連続爆発事件が起きた。
また、共産党幹部の腐敗も信じられないほど深刻化している。無期懲役の刑が確定した重慶市元党書記・中央委員の薄煕来氏は2600万元(約3億5000万円)を収賄したといわれている。そして、国家発展改革委員会の元副主任の劉鉄男が拘束され、共産党中央規律委員会が調べたところ、25の銀行口座に1600万オーストラリアドルの預金、自宅に9キログラムの金塊とダイヤモンド・翡翠25個に加え、計10億7000万元の金品が見つかったと新華社が報じている。
中国国内の知識人は幹部の腐敗を抑止するため、その財産の公開を求めている。それについて中国人若者のネットユーザーは、「幹部の財産は庶民の賃金に比べすでに天文学的な数字になっている。それを公開するのは人民の健康を害する」と皮肉る。
繰り返しになるが、今回の三中全会の決議はまず中国社会のこうした現状に直面し、それを総括すべきである。それがなければ、改革の必要性が論証できない。無論、習近平政権が「改革・開放」の陰の部分をみてみないふりをするのは、その前任者に対する批判を避けようとしているからであろう。具体的に、江沢民元国家主席と胡錦濤前国家主席の改革が不十分であったことを批判すれば、習近平国家主席が進めようとする改革が反対される可能性が高い。しかし、現実に相対することができなければ、国民の支持が得られず改革は中途半端に終わってしまう可能性が高い。
2.Whatよりもhow
今回の三中全会の決議では、今後、どのような改革を行うかについて比較的に明確にリストアップされている。たとえば、市場メカニズムを機能させる、民営企業の市場参入を支援する、といった中身の議論が行われているが、これらの改革をどのように実現するか、すなわち、その具体的な措置に関する記述はほとんどなされていない。
今の中国経済は部分的な調整だけでは、改革がほとんど前進しない。なぜならば、これまでの30余年間、簡単に実現できそうな改革はほぼすべて行われてきた。今となってはいかなる改革も、改革者が相当な本気度を示さなければその目標は実現しない。たとえば、格差を縮小するために、都市部と農村の一体化改革について具体的な施策が示されていない。現状では、戸籍管理制度によって都市と農村が隔離されている。それによって農村戸籍保持者が十分な社会保障サービスを享受できず、いろいろな意味で差別を受けている。戸籍管理制度を抜本的に見直す必要があることは明々白々である。問題なのはここで戸籍管理制度を大幅に緩和し、農民の都市部への移住を完全に自由化することができないことにある。要するに、都市と農村の一体化改革を行う必要があるが、安易に改革を進めると、そのショックが大きすぎるのである。
そして、所得格差が拡大する背景はたいへん複雑である。低所得層のボトムアップが大幅に遅れていると同時に、富が共産党幹部や国有企業経営などの勝ち組を軸に集約されてしまっている。そのうえ、税務署による所得調査と資産調査が共産党幹部の権力に阻まれ、富裕層に対する課税が十分に行われていない。具体的にいえば、所得の累進課税は賃金所得に限定され、その他の所得、すなわち、資産所得と移転所得に対しては低い固定税率しか課税されない。何よりも、資産相続と資産贈与に対してまったく課税されていない。このままいけば、富がいっそう集中し所得格差が縮小するどころか、ますます拡大してしまうと思われる。
要するに、今回の三中全会の決議から推察すると、中国の指導部は現状において問題がどこにあるか十分に知っているはずであり、また、現行の制度を改革しなければならないことも分かっているのである。問題は、目の前の邪魔者である共産党幹部の既得権益に立ち向かう勇気と決心が十分に示されていない点である。
3.専制政治こそすべての悪の根源
信じられないことだが、今回の決議では、「改革を全面的に深化させるためには、必ず中国特色のある社会主義の旗を掲げ、マルクスレーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、三つの代表の重要思想および科学的発展観の指導のもとで社会主義市場経済の方向性を堅持し、(中略)中国の特色のある社会主義事業の未来を切り開かなければならない」と唱えている。冷戦の終結でマルクスレーニン主義の非がとっくに実証されており、文化大革命の悲劇でも毛沢東思想の罪が明らかになった今日において、このような間違ったイデオロギーを頼りに改革を推し進めようとするならば、改革は失敗に終わるだろう。
仮に最高実力者だった鄧小平が定めた「改革・開放」政策路線が成果を上げたとすれば、それはマルクスレーニン主義や毛沢東思想の功績ではなく、ひとえに経済の自由化を進めた結果である。中国にとり歩むべき正しい道と方向性は民主主義、人権の尊重、法による統治である。具体的に、大きな政府から小さな政府への転換、国有セクターの民営化、段階的な民主主義選挙制度の導入、司法の独立性を担保するための三権分立の確立といった大枠の改革を着実に推し進めることである。中国にとっては、これらの改革こそ最重要課題である。そのうえで一人っ子政策の緩和や環境対策、戸籍管理制度の改善などを実施することにより、はじめて効果をあげることができるのである。
結論的にいえば、今回の三中全会の決議は痛みを恐れる処方箋のようなものである。それは誰にとっての痛みかといえば、共産党特権階級にとっての痛みである。このような処方箋では、改革は前進する可能性がほとんどないと思われる。