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【24-03】中国で再びオープンソース・ライセンス訴訟。勝手な独占・商用化認めず、帰属は認める

2024年03月21日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

20年の歴史を持つオープンソースのCMSが招いた混乱

 今回紹介する 「DedeCMS(织梦 CMS)」を巡る事件は、中国で20年以上にわたって何度もバージョンアップを繰り返して使われてきたCMS(コンテンツ管理システム)の権利に関する混迷だ。

 開発者はソフトウェアを 公開した当初、ライセンスについて十分な規定ができておらず、「オープンでフリー」(明確な定義はできていない)として公開した。そのプロジェクトが有名になって鳴り物入りで開発会社に迎えられ、ライセンスを改めてGPL(General Public License)v2 と定義し、その企業の社員として、商用版も含めてソフトウェアを開発し続けることになった。

 ところが、権利がどこにあるのか曖昧なまま、ソフトが有名になり、ビジネスで使うユーザも出てきた頃に、開発者本人 は退社してしまい、プロジェクトは別の人間に引き継がれ、アップデートが停滞し始めるようになった。

 そして、その企業が突然、さまざまなユーザに対してライセンス料の支払いを一方的に請求し始め、払わないユーザに対して訴訟を起こした。

 中国の法廷は、GPLの有効性を認め、ライセンス料の請求は無効に。ただし、利用者である被告 が開発元のリンクを張って帰属(Attribution)を示すのを怠ったことに対して、少額(800元)の賠償をせよという一審判決を下した......。

 今回の混迷を簡単にまとめると上記のようになる。

GPLとして公開したソフトが、開発者の権利譲渡とともに混乱を招く

 中国のオープンソースメディアでは、開源中国「DedeCMS、混沌の20年」として、「当時の事情通」の声を含めたさまざまな経緯が語られている( リンク )。

 20年前の2004年、DedeCMSの最初のバージョンが公開された。オリジナルの開発者「林学 氏(ハンドルネーム:IT柏拉图)」はドメインのdedecms.comを取得してソースコードを無料公開し(特にライセンス定義はせず)、サイト内のオンライン掲示板で共同開発を呼びかけ、多くの開発者がDedeCMSの開発に参加した。

 2006年、DedeCMS V3.1がGPLライセンスで公開され、翌2007年にはライセンスとして過去のバージョンを含めてGPLであることを公式発表した。当時のユーザ数は8万人と言われる。同時に林学氏は、DedeCMS Biz 1.0のソフトウェア特許を政府に登録した。当時、林学氏は上海で出資を受け、出資者の弟であるXX臻氏(姓は非公開)と共に起業する意思を示していたが、実際は起業せず、林学氏は上海卓卓網絡 科技有限公司(以後、卓卓公司とする)にソフトウェアの権利を譲渡することに同意した。実際は正式な譲渡の手続きを行わないまま、卓卓公司に就職し、引き続きDedeCMSの開発をリードしていくことになる。権利についてのこの鷹揚さが、その後の混迷を招いた一因だ。

 2008年にDedeCMS V5.1が配布され、「非商用利用は無料、商用は有料」と発表された。この頃から、サイト内のソフトウェア著作権クレジットが、林学氏が起業予定で頓挫した存在しない会社の名前になっている、現在の権利者のはずの卓卓公司または林学氏について書かれていないなど、いくつもの矛盾が生じる状態になっていた。

発起人のプロジェクト離脱と開発スピードの鈍化

 2009年、創始者の林学氏がDedeCMS開発チームを離脱したという報道があった。翌2010年には開発コミュニティの一員であるエンジニア天涯 氏が開発したDedeCMS V5.6が公開。以後、天涯氏のリーダーシップと開発コミュニティをもとにソフトの開発が継続する。

 しかし、2011~2018年は7年連続でメジャーアップデートがなく、2018年以降も2021年まで3年間メジャーアップデートがないなど、開発速度は鈍化した。

大手ITテンセントの興味から混乱が加速

 2019年末ごろ、IT大手テンセントがDedeCMSに興味を持ったところ、以前に出資候補者だったXX臻氏が「自分がすべての権利を持っている」としてエンジニアmycalf 氏と新会社を設立し、テンセントと交渉を開始。

 翌2020年には現在の開発リーダー天涯氏がDedeCMSの権利を守るために新企業「穆雲 公司」を設立し、オリジナル開発者の林学氏と交渉してDedeCMS Biz1.0とDedeCMS v6を共に穆雲公司のもと、GPLライセンスで公開。今後もGPLv2を採用して開発を続けると発表した。

 しかし、オリジナル開発者の林学氏は、2020年になって卓卓公司にコンピュータソフトウェア著作権譲渡の契約を正式に結ぶ(譲渡料は10万元)。天涯氏が去った後の卓卓公司がmycalf氏のもとGitHubにDedeCMSレポジトリを公開( リンク )。Github上でも「2004年からGPLv2」と記載されているが、ライセンスを記載するlicense.txtでは中国語のみで権利の独占に触れた独自のライセンスが書かれている。一方、卓卓公司が公開しているdedecms.comにおいては、「ユーザへのソースコードへの無償アクセス」という文言が見えるなど、複数の公開元がDedeCMSの名前とオープンという言葉のもとにソフトを公開している混乱した様相を呈している。

突然卓卓公司がユーザに支払いを求め、さらに未払者への訴訟を行ったが、中国法廷がGPLのもとに権利を認めず

 2021年9月26日、卓卓公司が各ユーザに「商用ユーザからは5800元のライセンス料を徴収する」と告知し、2023年下半期に不払いユーザに対して次々に告訴を始めた。

 そのうち、2023年9月11日に始まった原告:卓卓公司、被告:A病院(名称非公開)とされた訴訟で、江蘇省人民法院は2024年2月19日に一審判決を下した。

 判決は「A病院はサイトの下部に卓卓公司へのリンクを張り、ソフトウェアの帰属Attributionを示す必要があるが、GPLライセンスの伝染性を認め、ライセンス料を支払う必要はなく、卓卓公司も請求する権利はない。A病院の賠償金は800元とする」と、ほぼ原告である卓卓公司の訴えを退けた。

 今回の事件はGPLやオープンソース云々以前に、ソフトウェアの権利化や商用化、権利譲渡などが大雑把に行われた結果、さまざまな人間が「自分が権利者だ」と言いだす、うんざりするような状態となった。原告、被告とも判決に対し控訴する意思を見せており、泥試合はまだ続きそうだ。

GPLの名のもとに訴訟が乱発されるなか、法廷は見識を示す

 中国政府は2021年からスタートした第14次五ヶ年計画で、法整備含めたオープンソース推進を明確に宣言し、中国の法的機関でオープンソースに伴う紛争が解決できるような法整備を行っている。

中国政府、14次五カ年計画に「オープンソースの知財戦略」を組み込む

 実際にオープンソース・ライセンスに伴う訴訟が行われており、2022年に結審したGPLをテーマにした判例は、日本でも多くの話題を呼んだ。

中国初のオープンソース・ライセンス訴訟、法廷がGPLライセンスの意義を認める

 こうした見事な事例がある一方で、単なる盗用や盗み出しに対して容疑者が苦し紛れにGPLと言い出す事例も増えてきており、法廷は対応に追われている。

 GPLが要求しているのはソースコードの入手を確保することで、商用かどうかという区分はない。GPLのソフトウェアをビジネスの題材にして、ダウンロードのサーバ代や何らかのサービス代を請求することはGPLが定義するオープンやフリーとは別次元の話で、むしろ推奨されている。ただし、GPLのライセンスによりすでに利用許諾済みのものに対して「ライセンス代を請求する」という卓卓公司の主張は間違っていて、根拠がない。判決はそこを正確に指摘している。

 また、GPLはソフトウェアがより広まるために、「そのソースコードはどこで入手できるかの明示」、つまり帰属について定義している。A病院はそれを怠ったので、(800元という賠償金額はともかく)それについて注意するという解釈も正しい。

 細部は紛争中のため公開されていないが、今回の判決は裁判所がGPLの内容を理解し、きちんと守らせるという視点に立って下されていることが感じられ、中国のオープンソース界は好意的に評価している。

 今回のような混乱を避けるために、GPLほか多くの検証されたオープンソース・ライセンスが存在する。

 しかし、利用者が増えた段階で初めて「権利とはなにか」が問題化することは多い。終わってから岡目八目すれば、なんと考えの足りない人々かと思えるかもしれない。しかし、多くの人に使われる価値のあるソフトウェアを作ることは、誰でもできることではなく、スタート時に未来を予測することは難しい。また、目先の大金は多くの意思決定を歪ませる。

 中国社会にオープンソースが根付いていく中で、こうした官民一体の努力はまだまだ続くだろう。


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