【19-007】中国の自信とこれからの中国経済(その1)
2019年8月22日
和中 清: ㈱インフォーム代表取締役
昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む
主な著書・監修
- 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
- 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
- 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
- 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)
中国経済限界説の違和感
今年の4月~6月の中国の成長率は実質で6.2%になった。
6.2%は四半期では1992年以降最低の成長率で、日本では多くのメディアが28年ぶりの低水準を強調した。さらに成長率低下と自動車販売の低迷、輸出と工業生産の低下などで投資主導経済の限界、人口ボーナスの終焉と中国経済の限界を説く識者もいた。
昨年の中国の自動車販売は前年比-2.76%で、今年になっても1月~5月の販売台数は1,026.6万台、前年比-13.0%、16カ月連続のマイナス成長だった。
しかし、中米貿易摩擦の下でも中国経済はまだ6.2%の成長をしている、何をもって限界と言うのだろうか。成長の限界を語るどんな悪い材料があるのか。筆者には理解不能である。
社会が成熟し、成長率の計算分母が大きくなれば自ずと成長率は下がる。中国はそれを意識して新常態と言っている。成長率低下は経済の宿命で限界を語る論に違和感を覚える。
中米貿易摩擦で2019年1月~6月の輸出は前年比6.1%の増加、工業生産も6.0%の増加と低調だったが、それは中国経済を限界に導くものではない。中米貿易摩擦では中国も火傷を負うがその傷もすぐに癒える。
前回の日中論壇 で、貿易交渉で中国が強い態度を崩さなければ、米国はどこかで手を打たざるを得ないが、トランプ大統領が賢明なビジネスマンであるならであっての話で、、いささか難しいかも知れないと述べたが、やはり難しそうである。だが、トランプ大統領が目先だけを考え米国第一主義に走ろうとも、世界経済はグローバルな環境から抜け出せない。
米国政府がファーウエイ潰しで通信機器の発注先を米国企業に替えても、結局は代わった米国企業から部品発注が中国にきて中国企業の受注が増える。落語の花見酒のようなことも筆者の身近なところで起きている。不動産業界で生きてきたトランプ大統領が思うより実業の世界の現実は複雑である。
中米貿易摩擦の根っこには米国の中国叩き、体制潰しがあるので中国も決して譲歩しない。だが、交渉が進展せず摩擦が硬直化しても、既に中国は脱米国の対策をとっている。
摩擦をバネで成長する見込みが高く、むしろ摩擦による影響は米国や日本に強くなる。
折しも7月末にファーウエイ(華為技術)の今年上期の業績が発表された。売上は4,013億元(約6兆3千億円)で前年比23.2%増、純利益率は8.7%だった。売上のうち電気通信事業関連は1,465億元で光伝送、データ通信などでも安定した業績を上げている。またスマートフォンやタブレット、PCなど消費者向けの売上は2,208億元だった。栄耀(HONOR)などのブランドのスマホの出荷台数は1.18億台だった。殊に第2四半期のスマホの出荷台数は前年比31%増で、中国のスマホ市場の38.2%を占め、2位のOPPOの18.3%を大きく引き離している。米国の同社への圧力の影響も出てくるだろうが、今後は世界のトップを行く5G技術を武器にスマートテレビなどスマート家電分野に力を入れ摩擦をバネにさらに成長を果たそうとしている。ファーウエイは昨年1,050億元を研究開発に投入し、今年はさらに1,200億元を投入の予定である。厳しい環境にありながらも積極的な経営姿勢は衰えていない。
労働者の質の向上に注目すべき
中国は投資主導経済から消費主導経済に移っている。リーマンショック直後はGDPの消費と資本形成(投資)はほぼ拮抗し、GDP増加貢献率も投資が消費を大きく上回ったが、昨年の貢献率は消費が76.2%、投資は32.4%になっている。
今年の上半期の固定資産投資の増加率は5.8%だが、環境や教育、ハイテク分野の投資、技術革新のための投資などは活発な動きを見せ固定資産投資の中身も変化も見られる。
また次のグラフのように投資の伸び率は2009年より低下を続け、2017年には経済成長率を下回っている。2017年の投資の伸び率は5.7%、その年の一人平均消費額の伸び率は7.1%で消費伸び率が投資伸び率を上回るようになった。
人口ボーナス問題も他国と様相が違い単純に問題視できない。単純加工産業が海外に移転し、産業構造の転換で中国の工場は自動化投資に躍起になっている。昨年は就業者数が54万人減少したが、16歳~59歳の労働年齢人口は8億9,729万人、昨年末の就業者は7億7,586万人もいる。
産業構造の転換で、人口ボーナスにより中国経済が成長する時代は終わっている。
それを織り込み中国製造2025が進んでいる。中国にとっては賃金が上昇し、工場が自動化する中で8億人の雇用を維持することの方が重要な課題である。人口ボーナスより産業構造の高度化に向かい労働者の質が向上しているプラス面にも目を向けるべきである。
中国の就業者の2億人は大学や専門職業教育を受けた人材で、さらに毎年800万人ほどの大学生や大学院生が社会に送り出されている。今年も834万人が卒業した。
広東省の職業学校生の卒業後の動向を調査した新聞のデータがある。最近は職業学校より普通中学(高校)に行く若者が増えたが、職業学校卒業後に大学をめざす若者も増え、調査した14校のうち4校で5%を超え、最も高い学校は9%の学生が上級学校に進学した。
その一方で職業学校卒業後、自ら起業する若者が4%近くいる。卒業生の年齢は17~18歳である。18歳の若者が夢を追い社会の荒波に身を投じる。そんなところにも中国の活力が感じられる。
自動車市場は9月から動き出す
限界説に何よりも違和感を覚えるのは現実の経済との乖離である。
自動車販売の低調などを持ち出す限界説に反し、筆者の周りでは自動車関連の設備投資が活発になっている。工場設備の増設が増え、その物流が活発に動いている。また5G関連の設備投資や部品生産にも勢いが見られる。
6月の工業増加額は前年比6.3%の増加、社会消費品小売総額も9.8%の増加、7月には製造業のPMI指数(購買担当者景気指数)も小幅ながら上昇を見せるなど明るい兆しも現れている。
自動車市場には定期的に在庫調整期がある。2018年からの長い低迷は、排出規制の早期実施が在庫調整に拍車をかけたこと。新エネルギー車への地方補助金が取り消され、国の補助金も引き下げられ、補助金の行方や自動車購入税の政策の様子を見て購入を控える人が増えたこと。そこに貿易摩擦の心理要因が重なったことが大きい。新エネルギー車の補助金には国と地方があり、合計で4~6万元にもなり、その見直しが市場に与える影響は大きい。
だが在庫圧縮が一段落し、国家発展改革委員会も自動車、家電の消費促進策を掲げ、新エネルギー車の購入促進や規制緩和、"汽車下郷"という農村への自動車販売促進策も動き出す。
2020年の新エネルギー車の生産台数は200万台、2023年は364万台と年平均26%の成長が見込まれ、夏場の市場低迷時期が終わる9月から自動車市場は動き出すだろう。
その前兆で6月の乗用車販売台数は176.6万台、前年比4.9%の増加、前月比では11.9%の増加になった。特にSUV車、高級車、外資系の車の伸びが大きくSUV車は前年比10.8%増、高級車は24.9%増加した。SUV車の販売は旅行ブームと共に増える。後に述べるように中国には旺盛な旅行需要があり、それが中間層に拡大している。
内陸を旅行するとSUV車の好調が実感できる。普通車では走りにくい道路も多く、SUV車でないと雄大な風景にもマッチしない。
中国の車の販売は規制や補助金に影響される。規制を緩め、補助を復活すればすぐに潜在需要に火がつく。最近、深圳市は購入規制を緩め、2万台分のナンバープレートを放出したが、すぐに完売になった。
中間層が消費の牽引役になっている
次のグラフは中国の人口千人当たりの個人自動車保有台数である。
米国だけでなく欧州諸国、日本や韓国と比べてもまだまだ低い。
中国経済の限界を唱える人は「これから豊かになる人」の存在が見えていない。
中国は大きな格差社会と右派メディアや右派知識人が煽った幻想を今も引きずり、中間層が消費の牽引役になることが理解できないのだろうと思う。
中国は14億もの人口である。改革を進めても皆が同時に豊かになるのは不可能で、自ずと格差は生まれる。だが成長を続ければ格差は解消される。格差がなければ皆が貧しいままである。それを考えずに格差を強調するのは批判のための批判で、つまり幻想である。
また中国は今も6%以上の成長を続けて社会が動いている。それが消費者心理にも良い影響を与えている。多くの中国人は28年ぶりの低成長を強調する日本のメディアに対し、それならあなたの国はどうなのかと冷めた目で見ているだろう。
1年ほど前、筆者の中国のアパートの真向かいに巨大ショッピングモールがオープンした。屋上に観覧車が設置され、大きな吹き抜けの空間がある斬新なモールである。
その街は珠海市の中心から車で1時間ほどかかる、言わば田舎の街で、不動産価格も中心と比べはるかに安く、中間層が多く暮らす街である。30年以上前の古い住宅も多い。
そんな街に周辺環境と異質な現代的モールがオープンし、開業当初は大変な賑わいだった。レストランは入店待ちの人であふれた。その街では初めてスタバも出店した。開業後1年弱、オープン時の人出は落ち着いたものの、依然、かなりの来店客で賑わっている。
筆者がいつも不思議に思うのは、その街の100席ほどの客席を持つ日本食レストランが平日も常にいっぱいで食事時間帯に入れないことがたびたびある。こんな街でと思うことがずっと続いている。モールの開業を機に周辺の店で改装する店が増え、街の雰囲気も変わってきた。モールや日本食レストランを見ながら中間層の時代を実感している。
(その2へつづく)