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【19-010】中国社会の構造改革と「扶貧」(その1)

2019年12月17日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

"売猪仔"と開拓者精神

 1840年~1911年にかけて数百万人の中国人が米国など海外に渡り鉱山で金採掘や鉄道建設、農業に従事し、都会では貿易や飲食などの仕事に就いた。

 米国の大陸横断鉄道も彼らの力で建設できた。大陸横断鉄道建設に携わった人達の多くは広東省の江門市から米国に渡った人達である。当時、彼らを"売猪仔"(子豚を売る)と呼んだ。海外で苦役に就く中国人の血と涙と汗を象徴する言葉である。

 広東省の珠江の西、江門市に県級市の開平がある。開平は"華僑の故郷"とも呼ばれ、開平出身の華僑(香港、マカオを含む)同胞は75万人いる。そこに「開平望楼」と呼ぶ華僑が故郷に帰り建てた建物群が残る。

「開平望楼」は1915年から1925年頃、中国と西洋のデザイン様式を取り入れて規模とデザインを競って建てられ、多くが4、5階建ての鉄筋コンクリート造りである。その数は1,000を超えると言われ、現存する華麗で重厚な建物群は世界文化遺産に登録されている。筆者は先日、その望楼に登った。そして100年、200年前の中国人の活力を感じた。中国人の開拓者精神はシルクロードの時代、"売猪仔"の時代、そして現代に脈々と受け継がれている。開拓者精神は変化を厭わず、変化に挑戦する中国社会の風土となっている。

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開平望楼

「感動中国100」(https://kando-chugoku.net/24th)より

 また筆者は最近、江西省の廬山に行った。廬山には租界時代にイギリス人が建てた華麗な西洋建築の建物が残る。100年以上前に建てられた建物が観光施設やホテルになり、たくさんの観光客が訪れる。また廬山は1946年に「国共談判」(国民党と共産党の協議)のために蒋介石と米特使マーシャルとの会談や新中国成立後の党の重要会議「廬山会議」が2度行われた中国では有名な場所でもある。

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廬山のイギリス租界時代の別荘(筆者撮影)

 中国では上海外灘、青島、厦門など帝国主義侵略時代の建物も取り壊すことなく歴史文物として保存し、観光資源として活用している。それには儒教文化も影響しているのか。物事に囚われず柔軟な思考の中国、中国人がそこに見える。

進む構造改革

 中米貿易戦争が続いているが、それは中国にとって問題ばかりでもない。中国の成長を支えた開拓者精神や柔軟な思考で様々なことに挑戦する社会風土を考えると、苦境をバネに活路を見出すと思われる。

 日本では中国の成長率低下ばかりが話題になる。低下だけを見れば先行きは暗いとなるが、子細に見れば逆の見方ができる。過去、日本メディアの中国報道は負の側面に囚われ過ぎで、「中国の終わり」「バブル崩壊」が叫ばれ続けた。それが日本人、日本企業の中国観に影響して拡大する市場でビジネスチャンスを逃す一因にもなった。今もその傾向は続く。

 中国は「新時代」に向かう構造改革の真只中にある。成長率低下の数字の後ろには構造改革が進む中国が読める。社会が成熟すれば貿易戦争が無くても成長率は低下する。成長率に拘るのでなく、中国社会がどう姿を変えているのか、冷静に読み取ることが大切である。

 貿易戦争の影響で中国貿易は停滞している。2019年1月~9月の貿易額(輸出入額)は前年比2.8%の低い増加率だった。

 貿易には、機械や電子部品などの一般製造品の貿易と海外から資材を調達し、加工して輸出する、主に加工労力を提供する加工貿易とがある。貿易が停滞する中でも一般貿易の輸出は8.7%増加している。「中国製造2025」で製造業の転換が進んでいるからである。

「中国製造2025」では「匠の精神」という言葉も使われるように意識革新と工程改善、自動化、新技術を導入して付加価値の高い製造を目指している。機械や電子関連製品の生産に比重が移り一般貿易が増加する。グラフは一般貿易と加工貿易の2010年と2016年の比較である。

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 さらに企業にも変化が見られる。ここ数年、以下のグラフのように中国では民営企業の増加が目立った。

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 国有企業の就業者数は年々減少し、2017年には全就業者の8%を切った。社会固定資産投資における国有企業の比重も2010年の42.3%から2017年に36.9%に降下した。

 貿易における国有企業の比重も低下し、民営企業が存在感を高めている。2019年1月~9月の民営企業の貿易額は10.4%増加している。その中でも機械や電子関連製品の輸出増加が顕著である。

 人件費が上昇し外資加工業は中国から撤退し、中国企業もベトナムなどに転出を進めた。サービス業の成長と大学進学者の増加で製造業の人材募集も難しくなっている。中国に残る企業は自動化を進め付加価値を追求しなければ存続は難しい。そんな構造変化が貿易の変化にも現れている。

「中欧班列」は「脱米国列車」

 中米貿易戦争で2019年1月~9月の対米貿易はマイナス10.3%、対日貿易もほぼゼロ成長である。だが「一帯一路」沿線国との貿易は9.5%増加した。地域別では欧州が8.6%、ASEANは11.5%増加した。

 中国は2019年3月までに一帯一路の関係国125ヵ国、29の国際組織と合作プロジェクトの調印をした。中国の各都市から新疆を通り欧州に向かう国際貨物列車「中欧班列」は2018年末まで欧州15カ国、49都市との間でのべ13,000本の列車が運行した。

「一帯一路」における中国からの投資には「債務漬け」「債務のわな」の批判もある。だがその批判は近視眼的である。被投資国はインフラ整備のための資金が絶対的に不足している。資金があってこそ開発が進むのであり、当然、当初は借金漬けにならざるを得ない。日本の戦後復興も世界銀行や米国などからの借款で道路や電力インフラができた。黒部ダムや東海道新幹線もその借款で建設されたのだ。

 資金の供給側から見れば、返済の保証は経済成長である。港湾を借金の担保にしたところで経済成長がなければ収益は生まず、資金回収もできない。

 中国の場合、公共施設の建設やインフラ整備では、BTO(Build Operate Transfer)方式で民間資金を導入し建設することが多い。BTO方式では投資者が建設完了後に施設の維持管理をして投資を回収する。なおさら施設利用拡大によって安定収益の確保が必要である。

 投資資金が回収出来ることは、すなわち投資先国の経済が成長していることでもある。だから初期の状況だけを指摘しての「借金漬け」の批判は近視眼的なのである。

「一帯一路」を走る「中欧班列」は、13,000本が運行されていることが示す通り、「脱米国列車」でもある。米国にとっては不愉快な列車である。米国発の中国批判の情報に引きずられると構造変化を見落とし、気が付けば中国は大きく変わっていたとなりかねない。

内陸が経済を支える時代

 この欄で何度も述べるように中国経済の強みは「分散経済」である。沿海企業の貿易が伸び悩んでも、西部や中部地域がそれをカバーする時代になってきた。

 2019年1月~9月の西部と中部地域の貿易額は10%以上増加した。

 内陸では「農村陶宝(農村Eコマース)」が成長し、農村社会が消費社会で重要な地位を占める。2019年上期の全国のインターネット小売額は4兆8,161億元、前年比18%の増加だった。その農村での売上額は7,771億元、前年比23%増加し、ネット販売の農村シェアは16.1%になった。

 内陸成長への取り組みは戦略的である。中国はこれまで「西部大開発」「中部掘起」などで息長く内陸振興を続けた。その成果が内陸都市の成長率、貿易、消費、所得の統計に現れている。

 筆者は先日、久しぶりに懇意にする内陸の職業学校を訪問した。50人ほどの来年卒業する生徒と面接したが、彼らの服装や髪形は10年前とは大きく違っていた。

 農家の男子生徒が大都会でも目を引く先端ファッションで着飾り面接を受けていたのには正直驚いた。10年前は「就職後、給料を故郷に仕送りするか」という質問にはほぼ全員が手を上げたが、今は手を上げない生徒も目立ち、貯金すると答えた生徒も多数いた。

 10年以上前も、内陸の政府は様々な手段で卒業生の地元引き留め策を実施していた。現在は、地元の電子関連企業の支援のため電子学科の生徒は省外企業に就職紹介をしないようにとの指示が学校に出されている。毎年、秋になると翌年5月卒業の生徒は沿海部の工場に実習に行く。しかし現在は地元企業からの要望が多く、沿海企業の実習生採用も難しくなった。

 その職業学校から多くの技能オリンピックでの金賞受賞者が出ている。受賞者が出ると政府から学校に多額の教育補助金が支給される。中国の科学技術振興や技術向上への取り組みは末端の中等職業学校にまで及んでいる。このことからも中国の科学技術力や技能が向上する理由がわかる。

深圳経済が香港を超えた

 沿海部も各都市の競争による分散が顕著である。

 胡潤(Hurun、英国人会計士)が毎年発表する中国の20億元以上の個人資産保有者は、2019年には1,819人だった。都市別では北京286人、深圳191人、上海167人、杭州121人、広州90人、香港53人の順で各地に分散している。広東省では佛山に36人、東莞28人、珠海11人、中山8人など同じエリアでも広範囲に分布する。

 胡潤の発表で意外と思うのは香港である。深圳、広州の富裕者が香港をはるかに上回る。珠江デルタのベイエリア都市圏「粤港澳大湾区(広東省9市と香港、マカオ)」の広東省各都市の経済規模の拡大で香港の地位が低下している。

 次のグラフから見られる通り、2018年に深圳の地区生産額が香港を抜いた。2019年には「香港デモ」(香港暴動)の影響もあり広州も香港を抜くかも知れない。

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「上海浦東」「深圳前海」「広州南沙」「珠海横琴」の自由貿易区が発展して人民元の国際化が進めば香港の地位はさらに低下し、金融貿易センターの機能は、香港から上海、深圳、広州に分散するだろう。中国は一国二制度を取りながらも香港の異変に対処できるよう着々と手を打っている。さらに中国は世界に先駆け「デジタル通貨」の推進を発表した。1997年のアジア通貨危機の際、中国とASEAN、東アジア諸国はドル依存の米国主導の金融体制に危機感をつのらせ、地域連携とアジア共通通貨の構想に向かった。当時米国は、危機感を持ち各国の結束を壊す動きを強めた。

 ドル依存からの脱却は中国の悲願である。中国は米国の妨害をかわしながら「一帯一路」沿線国との連帯を強め、デジタル通貨圏を拡大して「人民元国際化」に向かうだろう。

その2へつづく)