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【19-011】中国社会の構造改革と「扶貧」(その2)

2019年12月17日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

その1よりつづき)

ネットとモバイルで変わる社会構造

 さらにインターネットとモバイルが中国社会を変えている。

 東方航空では、預け荷物は乗客が自分で機械を操作し、航空会社の社員は対応しなくなった。飲食業では、注文や支払い、テーブルへの料理の提供もロボットが行う店も現れた。店員が行うのは徹底した顧客サービスだけである。無人コンビニも営業している。

 筆者は先日、広西壮族自治区のヤオ族の村に行ったが、そこで買う10元の民芸品すら微信や支付宝で支払いできる。"滴滴"と呼ぶ自家用車を使う"網約車"(インターネット配車サービス)が普及し、今や市民生活に欠かせないものになっている。2016年6月の"網約車"利用人口は1.2億人だったが、2019年6月には3.4億人に拡大し、市場規模は371億元から2,225億元(約3兆6,000億円)に成長した。仕事の終業後、自由な時間を活用し"網約車"を運転する人が増え車両契約者は2018年に3,000万人になった。タクシーも無い辺鄙な田舎では"滴滴"が欠かせない。

 レストランの"外売(出前)"市場も急速に成長した。「中国即時配送行業発展報告」によると、2015年の"外売"市場規模は1,348億元だったが、2018年は3,611億元で、2.7倍の成長である。2019年6月現在、4.2億人が"外売"を利用している。

 日本の飲食店の"出前"サービスが中国では一大産業"外売"に成長した。そのサービスを運営する「美団」に登録する料理配達員は"美団騎手"と言われ、全国に270万人いる。「美団」の"外売"はスーパー商品の生鮮食品や生花にも拡がる。

 ケンタッキー(KFC)は進出時から中国に合わせた経営システムを研究し市場を拡大した。しかしマクドナルドはそれに乗り遅れ、2017年に中国2,500店、香港240店の経営権、全株式の52%を中信集団に20億米ドルで譲渡した。経営が変わり、マクドナルドも"外売"を取り入れ売上を拡大している。インターネットとモバイルの利用拡大により、多数の就業者も生み出す。

 さらにEC(ネット小売販売)関連ビジネスは内陸に住む人にも等しくビジネスチャンスをもたらす。「農村陶宝」の出店者を「陶宝鎮」「陶宝村」と言うが、その出店者には貴州、西蔵、寧夏、青海、内蒙古などの内陸の若者、女性が多い。

 ネットとモバイルが沿海と内陸の格差を縮めて社会構造も変えている。中国では「5G」への対応が進む。これから5Gがさらに激しく社会を変える。

「成果主義」「実践主義」で進む扶貧

 筆者の近著「奇跡 発展背後的中国経験」が中国で出版され「国家シルクロード書香工程」の「外国人が書く中国」プロジェクトで傑出創作賞を受賞した。間もなく日本版が出版される。

 その本で筆者は、このままいけば日本は「失われた40年」に向かい、まじめで安い人件費を求めて中国企業が日本に投資する時代になり、世界の工場は中国から日本に移る。皮肉な結果だが、それが日本経済の浮上につながる。その時に中国メディアは「日本は大変な格差社会」と報道するだろう、と書いた。それほど中国は激しい社会の構造変化が進む。

 以前、この欄で習近平政権が目指す「新時代」について述べた。

「新時代」は

  • 特色ある社会主義の偉大な勝利
  • 社会主義現代化強国の全面完成
  • 共同富裕の段階的実現
  • 中華民族の偉大は復興
  • 中国の夢の実現
  • 世界の舞台での中心的役割

の時代である。

「新時代」における社会主義現代化の目標は「共同富裕」である。中国は「先富」から「共同富裕」に向かい、社会改革が進んで格差が縮小しており、既に統計でもそれが現れ始めている。農村の所得の伸び率、消費の伸び率は都市を上回る。

「共同富裕」に向けた実践の一つが「扶貧」(貧困対策)である。

 権力闘争や格差ばかりを報道してきた日本のメディアはほとんど取り上げないが、習近平政権の目玉政策は「扶貧」と言っても過言ではない。習近平主席の思想や過去の地方経験からもその思想の主要部分に「扶貧」がある。

 そして今、目に見えて「扶貧」の実績が上がっている。習近平主席の「扶貧」の理念は「両不愁三保障」である。二つの愁い(食に困ること、着るものに困ること)を無くし、三つの保障(義務教育、基本医療、住宅安全)を行う。習近平主席はそれが中国特色社会主義と考える。

 最低生活保障の困窮者救済、保障住宅、棚戸(スラム)改造、農村教育、就業援助、医療救済、衛生水準の向上など、農村トイレの改造などの細かい施策にも取り組み、「貧困村」が減っている。

 その取り組みの特徴は貧困からの「自力脱出」である。資金援助だけでは「扶貧」にならないと考えている。そして「自力脱出」が「成果主義」「実践主義」で進む。

 貧困者が貧困から「自力脱出」するために、中央、地方政府幹部が自ら「貧困村」に出かけて貧困者への助成、相談や教育を進めて手を携えながら自立支援を行っている。貧困者の多くは農民である。自立には農産物の栽培指導や販路開拓が重要なテーマになる。幹部は農村に出向き適宜、専門家を派遣するなどの対応もしなければならない。

 貧困村に出向く幹部は政府職員だけでない。国有企業、地方政府系企業の幹部も対象である。ある国有企業幹部に聞けば、毎月3日は、自身が受け持つ山奥の貧困村に出向くと言う。幹部には実績、成果が求められる。推進過程では進行状況の詳細レポート、推進を証明する写真の添付も義務付けられる。お茶を濁した対応ができないしくみが導入されている。

 一人の幹部が一人の貧困者を担当する。また、幹部は、部下の協力を得てでも、実績が出るまで必ず一人が貧困者の身近に駐在しなければならない。

2020年には貧困者ゼロ

「貧困者」が自ら稼ぎ、継続した金銭的収入を得てこそ自立であり、それがあって初めて実績、成果として認められる。

 その取り組みには多くの困難が伴う。貧困からの「自力脱出」に一番大切なのは貧困者自身の意欲で、幹部は意欲も育てなければならないし、住居も課題になる。貧困からの「自力脱出」の意思は人それぞれ異なるし、人里離れた山奥で「自力脱出」を進めるのは並大抵のことではない。農産物の栽培環境の悪い土地に住んでいる人には、移住の理解が得られれば移住してもらい、そのための住居も準備する。着るものに困れば幹部自身のネットワークで衣服の寄付を募り、貧困村に運ぶ。

 多くの困難と課題も抱えながらも「扶貧」への取り組みが進んでいる。

 習近平主席は2020年に貧困者ゼロの目標を掲げており、その取り組みの結果、農村貧困人口と貧困率は次のグラフのように減少している。

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 2012年の貧困人口は9,899万人、2018年は1,660万人、2019年は600万人に減少見込みである。2012年から2018年末まで8,293万人の貧困が減少し、貧困発生率は2012年の10.2%から1.7%に下降した。また、中央財政の扶貧予算も2010年の223億元から2019年には1,261億元と5.7倍になった。

 筆者はよく四川省の茶馬古道を旅行する。昔、四川のお茶を馬に積みチベットに運んだ道である。四川省はチベットに隣接し、昔はチベットの一地方で、今もチベット族が多く暮らす。茶馬古道を通るたびに思うのは住宅が立派なことである。御殿のような住宅も多い。白い壁をチベット特有の装飾で飾っており、いくつもの部屋がある。住宅を建てるための補助や農業補助も支給されている。

 さらに内陸開発や観光旅行の増加で仕事の場が増えていることも大きな原因である。新疆ではウイグル族やカザフ族、チベットや四川ではチベット族など多くの少数民族が観光関連の仕事に従事している。

「共同富裕」への第一歩が「扶貧」でもある。「扶貧」「格差解消」は中国共産党の使命でもあるだろう。だから何を置いても取り組まねばならない目標である。そして「扶貧」が「実践主義」で進んでいる。

 十年ほど前は日本の多くのメディアが「中国は大変な格差社会」と語ったが、「日本は大変な格差社会」と中国メディアが語る日が来ないことを祈る。

(おわり)