【23-47】より強靱で電気信号も送れる人工の「クモの糸」
陳 曦(科技日報記者) 2023年09月12日
(画像提供:視覚中国)
自然のクモの巣には2種類の糸がある。1つは高品質の合金鋼に匹敵する引張強度を持つ縦糸で、高い靱性を備える。もう1つは粘着性のある横糸で、獲物を捕らえる役割を果たす。
南開大学の劉遵峰教授、中国科学院院士(アカデミー会員)で東華大学教授の朱美芳氏、中国薬科大学の周湘副教授による共同研究チームは、表層に皮膚のようなひだ構造を持つ人工クモの糸を開発した。強度は1.61ギガパスカル(GPa)、靱性は466メガジュール/立方メートルに達し、自然界で最も強度が高いダーウィンズ・バーク・スパイダーの糸を上回った。研究チームはまた、バイオミメティクス(生物模倣)粘着性の人工クモの糸も開発し、強度や靱性が粘着性のある自然のクモの糸を上回った。この人工クモの糸は電気信号の伝送が可能で、ニューロンに似た働きをし、神経の修復、埋め込み型電極、ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)などへの利用が期待される。これら2つの成果はこのほど、国際学術誌「Advanced Materials」に掲載された。
最も強靱な人工クモの巣は世界記録を更新
人工クモの糸を製造する際には、一般的にクモの糸のタンパク質または組み換えタンパク質を使って糸を紡ぐ方法が使われてきたが、できあがった糸の力学的性能は自然のクモの糸にはるかに及ばなかった。劉氏は「これは自然のクモの糸が何億年もの進化を経て、精細で独特なマイクロナノマルチスケール構造を形成したからだ。これまで世界で報道された中で、強度が最も高い自然のクモの糸は、マダガスカル島で発見されたダーウィンズ・バーク・スパイダーの糸で、その強度は1.6GPa、靱性は350メガジュール/立方メートルに達する」と説明した。
劉氏のチームは、独自のゲル紡糸方法を採用した人工クモの糸の製造という画期的な方法を打ち出し、ここ数年、一連の進展を遂げ、人工クモの糸の性能を絶えず新たな高みに押し上げている。例えば、ゲル牽引紡糸法を使って、ねじ曲がったコアシェル構造を持つ人工クモの糸を製造した。その強度は0.9GPa、靱性は370メガジュール/立方メートルだった。
自然界の材料に向きがあることにヒントを得て、共同研究チームは表層に皮膚のようなひだ状の構造を持つ人工クモの糸を開発した。劉氏によると、木や皮膚、歯など多くの材料は向き(分子鎖やナノファイバーなどが一方向に平行に配列されている)が均一でなく、コア層と表層の向きが互いに垂直になっている。これにより、水平方向の強度を高め、垂直方向からの衝撃に耐えられるようになり、こうした構造を持つ材料を強靱にする上でプラスに働く。皮膚のようなひだ状の構造は、さまざまな方向からの衝撃に耐える力を高めるために、平行配列された構造をひだ状にしたものであり、強度は1.61GPa、靱性は466メガジュール/立方メートルに達した。
バイオミメティックス粘着性の人工クモの糸は生体の電気信号を伝送する
生体内でのニューロンの伝達に着想を得て、科学者は人工神経繊維や医療機器の開発、フレキシブルエレクトロニクス、スマートデバイス、ニューロコンピュータなどの分野への応用に取り組んでいる。
クモの横糸には高い強度・靱性・粘着性がある。粘着性のあるクモの糸の分子構造と紡糸プロセスを模倣することで、さまざまな優れた力学的性能を持つヒドロゲル繊維がすでに開発された。今後、ヒドロゲル繊維に粘着性とイオン導電性を組み込むことで、優れた粘着性、力学的強度、信号伝達機能を備えた人工神経繊維が開発される可能性がある。
朱氏は「しかし、機械的性質と電気的性質を良好に結びつける上で、連続紡糸に基づいて人工繊維の分子間相互作用と階層構造をどのように調節するかが主な課題になる」と説明した。
共同研究チームはプロトン供与体-受容体(PrDA)ヒドロゲル繊維をベースに、生体の電気信号伝送に利用する可紡・粘着性・導電性人工クモの糸材料を開発した。この糸が持つ両性イオンポリマー鎖間の静電相互作用は、優れた牽引紡糸能力、力学的性能、異なるタイプの表面に対する粘着性を確保している。また、この糸は良好なイオン導電性を示し、生体の電気信号をキャッチして検査機器に伝送する理想的な界面材料でもある。さらに、この糸は人工シナプティックトランジスタの構築に使うと、模倣神経信号の制御・調整が可能になる。将来的には、生体電気、ブレイン・マシン・インターフェース、ウェアラブルデバイス、ニューロコンピュータなどの分野に応用されるだろう。
※本稿は、科技日報「人造蛛丝完胜天然蛛丝」(2023年7月6日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。