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【23-60】中国のAI産業はいかにして「追い越し」を実現するのか?

崔 爽(科技日報記者) 2023年10月30日

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(画像提供:視覚中国)

 中国には他国より広大な産業基盤があり、そこでは現代的産業体制が急速に構築されている。AI(人工知能)技術の産業応用への融合に対し、より大きく、差し迫った、価値ある実際のニーズがあり、これがAI技術の革新に幅広いイノベーションの実践空間を提供している。大規模モデル時代の現在、これは中国国内産業にとってAI分野のチャンスが存在する場所にもなっている。

 中国の生成AIの急速な発展に伴い、関連する監督管理政策が次々と施行されている。8月15日には、国家インターネット情報弁公室など7部門が共同で発表した「生成AIサービス管理暫定弁法」(以下、「弁法」)が施行された。これは中国で初めて生成AIを対象とした規範的な監督管理文書として、「生成AIの健全な発展と規範的応用の促進」を目指すもので、国家の発展と安全の両方を重視し、イノベーションと法律に基づくガバナンスの融合促進を堅持するという原則を明記しており、生成AIサービスに対する包括的で慎重な監督管理と、分類・ランク分けした監督管理を実施する。

 監督管理チェーンの整備が進む中、中国のAI産業は、法令に順守しながら発展するという新たなステージに突入している。各専門家が指摘するように「発展しないことが最大のリスク」となっている。

監督管理テクノロジーを駆使してAI市場の活力を引き出す

 中国社会科学院法学研究所が主催したシンポジウムで、南方財経全媒体集団合規科技研究院の虞偉院長は「ChatGPTの登場により、新たなAI革命が起き、人間とロボット、技術と産業、バーチャルと現実の間で、大きく深刻な変化が起こっている。技術革新が人類社会・文明の秩序に大きな課題をもたらしてもいる」との見方を示した。

 世界では現在、インテリジェンスの発言権をめぐる競争が展開され、新たなAI監督管理ブームが巻き起こっている。虞氏によると、欧州は、AI監督管理分野の主導権を握ろうと躍起になっており、そのルール作りを早くからアジェンダに組み入れている。例えば、欧州委員会が2019年に発表した「AI倫理ガイドライン」は、AIの信頼度を評価する7つの基準を示している。欧州連合(EU)が2020年に打ち出した「AI白書」は、AIの監督管理のために複数の政策的選択肢を提供している。さらに、今年6月14日、欧州議会の本会議において、「AI規則案」の草案が圧倒的賛成多数で可決された。今後、最終協議を経て、正式に承認される見込みだ。

 南財合規科技研究院首席研究員の王俊氏は「中国は応用シーンに基づいた制度構築や政府の主導的役割の明確化、社会各方面のガバナンスとの連携、合理的な技術・ツールの応用といった面で、欧州の監督管理経験を参考にできる」と分析した。

 さらに「我々はリスクの全面的な定型化とシーン化の区分をまだ実現していない。リスクには複雑で単一的なガバナンス技術と多元化した管理シーンに矛盾が存在しているからだ。今後は、シーンに基づいて監督管理をさらに精密化し、異なるテクノロジー・ロードマップや応用モデル、責任主体に合わせ、異なるシーンにおいて、異なるリスクポイントを対象に、差別化した監督管理を実施することができる。また、ランク分けした管理モデルを採用し、中・低リスクの分野には試行錯誤や発展のスペースを残し、監督管理テクノロジーを積極的に駆使し、適合する監督管理テクノロジーモデルを総合的に選択して、AI市場の活力を引き出すことができる」と語った。

 ネットサービス大手、新浪集団法務部の谷海燕総経理は「一層差別化された監督管理措置が登場することを期待している。例えば、EUのAI法案の草案はリスクについて、許容できないリスク、ハイリスク、限定リスク、最小リスクの4つに分類するモデルを採用し、それぞれに応じた関連主体の法的義務を設定している」と指摘した。

 虞氏は「AIブームに伴うリスクに注目しなければならない。例えば、データ面を見ると、生成AIの膨大なデータニーズに直面し、いかにハイクオリティな言語コーパスを構築し、プロセス全体をカバーするデータのコンプライアンス管理を強化するかを検討しなければならない。法律面では、生成AIの結果が著作権法の定義する『作品』に該当するかどうかについて依然として議論が存在しており、著作権帰属をめぐる課題を整理して明確化しなければならない。このほか、差別、偏見、虚偽情報の伝播といったリスクが、大規模モデルの大量データを使ったトレーニングが登場したことで、さらに浮き彫りになっており、道徳論理原則をAIに『教え』、高精度で偏りを正し、公平と効率の両方に配慮するといった踏み込んだ研究が必要となっている」と指摘した。

計算能力エコシステムを構築しAI産業の発展をサポート

 統計によると、今年上半期、中国で発表された各種大規模モデルの数は100を超えた。現時点で、中国にはパラメータが10億以上の大規模モデルが約80ある。「弁法」は、「生成AIインフラの整備とパブリックトレーニングデータリソースプラットフォームの構築を推進する。計算能力リソースの統合的共有を促進し、計算能力リソースの利用効果を高める。パブリックデータを分類、ランク分けし、秩序に基づいて開放し、ハイクオリティのパブリックトレーニングデータリソースを拡大する。安全で信頼できる半導体、ソフトウェア、ツール、計算能力、データリソースを採用するよう奨励する」としている。

 計算能力はデジタル時代の基盤で、AI発展の牽引力でもある。中国工業・情報部(省)の最新情報によると、今年6月末の時点で、中国全土で稼働中のデータセンターにある標準ラック(19インチ)の数は合計760万以上で、計算能力の総規模は1秒当たり197エクサフロップス(EFLOPS)となっている。計算能力の総規模はここ5年ほど、毎年平均30%近くのペースで増加しており、ストレージの総規模は1080エクサバイト(EB)以上となっている。

 中国工程院院士(アカデミー会員)の劉韻潔氏は「中国の計算能力産業の発展の見通しは非常に明るい。なぜなら、中国は製造大国で、実体経済の計算能力に対するニーズは非常に大きく、ゲームや拡張現実(AR)、バーチャルリアリティ(VR)といった消費分野の計算能力に対するニーズも非常に大きいからだ。政策的支援があり、技術が発展すれば、計算能力を水や電気のように気軽に使える時代が来る可能性があり、その見通しに対する期待は高い」と説明した。

 ただ「中国の計算能力ネットワークが大規模モデルのニーズを満たすためには、さまざまな面で連携しながら発展する必要がある。例えば、汎用大規模モデルや業界の大規模モデルを構築するためにはトレーニングデータが必要だ。それには業界のデータをきちんと保護、利用、管理することが必要になる」と強調した。

技術動向を把握し業界の大規模モデル実践を推進

 生成AIの機能は、情報コンテンツサービスの提供にとどまることはなく、それを「技術的基盤」として、金融や医療、自動運転といった複数の業界・分野を活性化させ、将来的には社会の「技術インフラ」になる可能性がある。「弁法」は、生成AI技術の各業界・分野における革新的応用や、積極的かつ健全、ポジティブで社会的利益となる優良コンテンツの生成、応用シーン最適化の模索、応用エコシステムの構築などを明確に奨励している。

 劉氏は「2023中国計算能力大会」で、「ChatGPTをはじめとする汎用大規模モデルの前に、中国の短所が比較的明らかになった。中国は業界の大規模モデルにチャンスを見出すことができる」との見解を述べた。

 汎用大規模モデルとは通常、複数の分野で幅広く応用されている大型ディープラーニングモデルを指す。それに対し、業界大規模モデルは、ある特定の垂直業界のために設計された大型ディープラーニングモデルを指し、そのようなモデルは通常、特定の業界において使用されているデータ集によってトレーニングして、その業界における運用制度と効率を高める。典型的な業界大規模モデルには、金融業界のリスクマネジメントモデルなどがある。

 劉氏によると、汎用大規模モデルをベースにした基礎能力は、業界の垂直分野の知識と業務シーンのニーズを対象にしており、業界大規模モデルの発展が技術発展の必然的な流れとなっている。業界の特定知識の蓄積と経験をモデルに応用し、モデルのクオリティと精度を高めることができる。その一方で、業界大規模モデルは学習を通じて、イテレーションし続けることができ、企業がよりよい形で業界の動向を把握し、より正確な商業的意思決定を下すようサポートすることができる。

 中国では現在、理論・方法、ソフトウェア・ハードウェア技術をカバーした体系化された研究開発能力が次第に構築され、業界内で影響力を持つ複数のプレトレーニング大規模モデルが急速に発展し、世界の最先端にしっかりとついていくテクノロジークラスターが形成されている。華為雲(ファーウェイクラウド)の商用AI大規模モデル「盤古」を例に挙げると、同モデルは鉱山や薬物分子、電力、気象、波などの大規模モデルを相次いで打ち出し、各業界で革新的プロジェクトを1000件以上実施している。そして、先進的アルゴリズムとソリューションを提供することで、大規模モデルにおけるフルスタックの独自イノベーションを進め、計算能力の国産化を急速に推進させていると報道されている。


※本稿は、科技日報「我国人工智能产业如何实现"弯道超车"」(2023年8月28日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。