科学技術
トップ  > コラム&リポート 科学技術 >  File No.24-07

【24-07】中国プラットフォーマーのテクノロジー戦略(第3回)

岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト) 2024年01月24日

テンセントは「産業のデジタル化」をいかに実現しているのか?:数値化とコネクティビティ

 消費者向け(2C)のプラットフォーム構築でつくってきたアセット(技術、顧客基盤、スケール化のナレッジ等)を活かし、いかに産業のデジタル化(2B)で価値を創出するか――。これは  『デジタルと実体経済の融合(数実融合)の現在地点』(本連載第2回 )で分析したアリババなど中国プラットフォーマーに共通する最重要の戦略課題である。テンセントはWeChatをスーパーアプリとして、消費者と多様なサービス・コンテンツを「つなぐ」エコシステムを形成することで中国のデジタル化をリードしてきたが、2010年代半ばより「消費インターネットから産業インターネットへ」の転換を掲げている。最新のインターネット戦略でも、その中核として  、① AI駆動 、② 全真互聯 (様々なデバイスを通じてリアル世界を感知しリアルタイムに接続する技術体系)と共に、③ 産業インターネットの深化 を位置づけている。

 本稿では、消費者サイド(2C)のスケール化を強みとしてきたテンセントが、製造業や金融業など産業のデジタル化に具体的にどのように取り組んでいるのか、経営・事業の視点で分析し、日本企業への示唆を提示する。

1.テンセントのビジネスモデルの進化と「産業インターネット」

 テンセントは自らのポジションを、「消費者と企業、政府とをつなぐ 万能コネクター 」と定義している。1998年の創業以来、技術志向と自前志向が強かったが、2010年代はじめに「 オープン化戦略 」を掲げて自ら手掛けてきた事業の多くを売却し、京東、美団、滴滴出行などパートナー企業に顧客を「開放」することで、多様で融合されたコンテンツやサービスに消費者がアクセスできる エコシステム を構築した。さらに、2010年代半ばに中国のネットユーザーの増加率が減少に転じると、馬化騰CEOは「消費インターネットから産業インターネットへ」、「産業バリューチェーンに入り込む」ことを旨とする戦略転換を打ち出した。産業インターネットについて、馬化騰氏は、企業が主な顧客で、生産・事業活動が対象となる、効率向上とリソース配分の最適化を中核テーマとした  インターネット・モデルの革新、と定義している。ネットが飽和するなかで、それまで取り組んできた消費者と企業とのコネクトに加えて、製造業など 伝統的企業の効率化 支援をも自らのミッションに位置づけたのである。

 プラットフォーム企業であるテンセントと伝統的企業との事業評価基準、意思決定、カルチャーの相違などから、協業は必ずしも順調でないとの話を聞くことも少なくないが、テンセントは 経営トップが語る世界観 に基づき、試行錯誤を通じて既存産業のデジタルトランスフォーメーション  (DX)を推進するナレッジを蓄積してきた。

2.「産業デジタル化」の基本戦略:改善事例をスケール化&深化するメカニズム

 産業のデジタル化(2B)に取り組むテンセントの最新の基本戦術は、(1)消費者から企業までの接続性(コネクティビティ)と、(2)数値化(中国語:度量)によるボトルネック解消との相乗効果にある。考え方としてシンプルであり、市場規模や構造など違いはあるものの、日本企業が参考にできるものだ。順番に見ていこう。

image

(1)消費者から企業までの接続性(コネクティビティ)

 馬化騰テンセントCEOは2023年の世界インターネット大会で、「テンセントで私と同僚は創業以来20年間、『つなぐ』という一つの事に取り組んできた」とスピーチしている。「万能コネクター」というテンセントの事業定義の背景には、需要サイドは供給サイドの進歩の原動力であり、両サイドの「つながり」が相乗的な価値を生み出し、さらに供給サイドのリソースの最適配分を促す、という基本思想がある。WeChatの顧客基盤を活かした消費者と企業とのコネクティビティと、オープンなエコシステム構築の実践を通じたナレッジ、および技術開発成果の多分野にわたるソリューション体系が、テンセントの中核的な競争力と言えるだろう。

 WeChatの進化は「つなげる機能」の進化であり、2012年に朋友圈と公式プログラム(中国語:公衆号)、2013年にWeChat Pay、2017年にミニプログラム(中国語:小程序  )を順次リリースして、コネクティビティを高めてきた。その中、テンセントが戦略的に位置づけるミニプログラムは、「 仲介機能の簡略化 」をその本質とする。中国では2000年代からのECプラットフォームの普及によって多くの企業が販売機会を得るようになったが、消費者との接触はプラットフォームを経由するため、消費者のブランドへの認知、ロイヤリティが高まらないという課題が生じた。さらに、高コストのプロモーションを通じてユーザーを奪い合うという悪循環に陥った。ミニプログラムはこのような仲介機能を経ずに消費サイドと供給サイドを結びつけることで、効率と収益性を向上させて、さらに「つながり」をうながす好循環をつくり出す役割を担うものである。

 消費インターネットを推進するために、テンセントは2016年にEnterprise WeChat(中国語:企業微信)をリリース。  消費財企業がWeChatユーザーと効率的につながり、消費者の潜在的な需要をタイムリーに理解し、市場変化により迅速に対応することによって、新たなチャンスを掴むことを支援している。テンセントが「産業インターネットの深化」と共に最新のインターネット戦略の柱とする「AI駆動」および「全真互聯」(本連載の別の回で取り上げたい )も、コネクティビティをさらに進化させる切り札として位置づけられる。これまでのインターネットは、人と人、人とサービス、人とコンテンツのつながりが中心で本質的に 人が牽引 するものであったが、 AIもつながりを牽引 する存在になるだろう。

(2)数値化:「つながり」を基礎とするオープンなエコシステム

「つながり」が持続するためには、そのボトルネックの解消が伴わなければならない。テンセントは、企業(Bサイド)のパートナーとして、

・業務プロセスを 数値化 してペインポイントを見つけ、測定・評価して改善につなげる

・改善成果を 標準化 してSaaSとしてクラウドから提供するという営みを地道に続けている。ネットワークとデジタル技術によりプロセスを追跡し、数値化することによって最適化を図る取り組みであるが、その基本思想は日本企業の改善活動と変わらないと言える。

 画像認識や音声認識などのAI、IoT技術は、これまで測定不可能だった多くの物理的シーンを測定可能なデータに変え、測定基準をより正確にすることができるようになった。 例えば、IoTを通じて、生産工場の設備の状態を監視し、設備の構成パラメーターを相関させて工程の品質をチェックしたり、ラインの効率を分析して生産工程を最適化することができるようになった。

 テンセントは、9000社近い独立系ソフトウェア企業(ISV)と共に400以上の業種別ソリューションを開発し、医療、教育、モビリティ、金融、工業、小売など30以上の業種の企業にクラウドからサービスを提供している。このように 開発エコシステム を形成し、パートナー企業に、ビッグデータやAIなど研究開発成果を開放すると共に、細分化された企業向け(2B)サービス市場でパートナー企業が自社のポジションを見つけることをサポートしている。エコシステム運営におけるテンセントの基本思想には、局所的なペインポイントの改善成果を、体系化かつグローバルに広げていくことがある。

3.マネジメントの変革:産業のデジタル化を支える組織能力

 産業インターネットへの取り組みにおいて、テンセント経営幹部は、「各業界に入り込んで既存企業と融合し、市場の法則を理解することで最適な指標や手法を一緒に見つけていく」ことの重要性を繰り返し強調している。テンセントは創業以来、消費者のコミュニケーションを起点とするプラットフォーマーとして、プラットフォームの両サイドの規模を確保して「ネットワーク効果」を創出してきた。そこで求められたスピード、アジャイル、一流人材による最新テクノロジーの応用力を組織能力の特徴とするテンセントが、伝統的企業の業務プロセスのボトルネックと向き合い、様々なパートナー企業と協業してその改善に取り組むことは、求められる組織能力やカルチャーが異なるため必ずしも容易ではない。そこで、テンセント経営幹部が重視しているのが、長期的な競争優位を生み出す可能性 がある技術や業務ナレッジへの投資を継続する「 長期志向 」である。

 本連載の第1回 「デジタル技術の進化の本質=『融合』を活かす連続的変革(全体俯瞰)」で、デジタル技術の進化の本質である「 融合 」を活かすために、拙著(参考文献参照)でケース分析を行ったアリババ、テンセント、ファーウェイ、小米など中国先進企業は、本来の強みであるトップダウンを活かした「選択と集中」、スピードと柔軟性、実験的アプローチに加えて、現場力、ナレッジの蓄積と共有、継続性といったリアルビジネスで必要なマネジメントとの「 両立 」にチャレンジしている旨を紹介した。テンセントも、経営スピードと長期志向を「両立」する経営方針を打ち出しているが、その背景には、「テクノロジーの趨勢と顧客の需要を起点とすれば、将来の重要領域をある程度予測することができる」「長期的価値を生み出す可能性がある技術に投資し、最後までその分野にこだわれる企業になる必要がある」、との基本的な考え方がある。

4.日本企業への示唆:「結びつける」ことによる価値創出

 本稿で述べてきたように、テンセントの産業デジタル化の基本的コンセプトは、消費者から企業までのコネクティビティと、数値化によるボトルネックの解消との相乗効果という、シンプルなものだ。その中で、

・数値化による改善事案を 標準化 してクラウドから提供する

・個別業務に強みを持つ企業をパートナーとして 開発エコシステム を形成することによる スケール化のメカニズム は、日本企業が参考にするべき点だと考える。

 同時に、テンセントの取り組みからは、日本企業が優位性をつくれるポイントも見えてくる。テンセント高級執行副総裁の湯道生氏は、数値化による改善に関して、「重要なのは何を指標として選択して測定し、どのような問題を解決するかである。このためにはその業務について最もわかっている人・企業をパートナーとする必要がある」旨を発言している[1]。日本企業の業務ナレッジや改善力は、産業のデジタル化がさらに進んでボトルネック解消が争点になる中で、スケール化のために適切な提携戦略を策定・実行することにより差別性を持ち得るだろう。

 テンセントなど中国プラットフォーマーは、消費者向け(2C)インターネットの技術と実装を通じたナレッジをベースとして、消費者の需要と企業、政府のリソースとを結びつけることで価値創出をしようとしている。これに対し日本では異なる企業がそれぞれ2C、2Bを担う傾向があり、データを結びつけて首尾一貫したサービス体験を提供することには引き続き課題がある。日本企業が得意とする業務プロセスの品質を活かすためにも、企業間連携で「結びつける」ことによる価値創出について、テンセントなど中国プラットフォーマーのモデルをベンチマークする意義はあると考える。


[1] 钛媒体「騰訊湯道生再談産業互聯網価値:数字化的連接、度量与産業激」(2022年)

[参考文献]

  • 岡野寿彦著『中国的経営イン・デジタル:中国企業の強さと弱さ』(日本経済新聞、2023年)
  • 騰訊研究院「産業互聯網」(2022年)

関連記事

中国プラットフォーマーのテクノロジー戦略(第1回)

中国プラットフォーマーのテクノロジー戦略(第2回)