科学技術
トップ  > コラム&リポート 科学技術 >  File No.23-34

【23-34】中国プラットフォーマーのテクノロジー戦略(第1回)

岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト) 2023年07月25日

デジタル技術の進化の本質=「融合」を活かす連続的変革(全体俯瞰)

 本コラムでは、デジタル技術が進化していく中で、中国プラットフォーマーがいかにビジネスモデルを転換して顧客への提供価値を高めているのか、求められる企業経営はどのように変化していくのかについて、ケース分析を通じて明らかにすることを目的とする。

 技術進化に関する欧米の研究も参照し、また、中国のデジタル・イノベーションが東南アジアなどに応用されて新興国モデルとして発展していくプロセスも、分析のスコープとしたい。

 デジタル技術の進化の本質は、技術同士が「 融合 」して機能し、それまで独立して営まれてきた事業、業務が「融合」すること、そして、この「融合」領域で価値を発揮する主体が競争優位を獲得することだと考える。

連載第1回では、中国のデジタル化を牽引するプラットフォーマーが、技術の「融合」を活かして顧客体験(UX)を改善するためにビジネスモデルを進化させてきたプロセスを、俯瞰的にとらえる。

1.中国デジタル化の進化プロセス:「効率」から「融合」へ

 中国デジタル化の進化プロセスを俯瞰的にとらえると、技術の「 融合 」を活かして「 多様性 」を取り込みながら、消費者ニーズを基点に既存産業を再構築する営みが一貫して続けられていることがわかる。

 2000年台にはBAT(百度、アリババ、テンセント)を牽引役に、ペインポイント(困りごと)の解決を事業機会としてプラットフォームの構築が進められた。中国で普及しつつあったインターネット技術を基盤として、地域を超えて個人と企業がつながり、 効率化 による低コスト化と相まって、経済取引が活性化された。

2010年台にはスマートフォンの普及、4G通信、AIなど技術の発展を起爆剤に、アリペイ、WeChatなどの「スーパーアプリ」を入り口として、プラットフォームが「融合」して消費者に様々なサービスを提供する「 エコシステム 」の構築が進められた。位置情報アルゴリズムなど新技術を組み込んで、「食べる、移動する」などリアルに跨る消費者の生活シーンに溶け込む良好な 顧客体験 が競われた。

 2000年台からのプラットフォーマーの戦略の基本は、インターネットの普及と共に増加するネットユーザーを「集客」して、競合との間で スケールメリット を獲得することだった。

ネットの飽和による戦略転換:既存産業の再構築

 2010年台半ばにデジタル中国は大きな転換点を迎えた。インターネットユーザーの増加率が減少に転じ、マクロ的にも中国経済は成熟期に入り、ビジネスモデルの「規模」から「質」への転換が必要となった。プラットフォーマーの重点戦略は、商品・サービスを開発する企業(Bサイド)のエンパワーメント、消費者ニーズを基点とする既存産業の再構築へと変化し、「 ネットとリアル 」、「 ソフトウェアとハードウェア 」の 融合領域が価値創造の主戦場 となっている。

 以上見てきたように、中国のデジタル化は、プラットフォームによる「つながり」をつくり、AIなど技術を活かした経済取引の効率化、ペインポイントを解決することで社会に浸透した。そして、新たに開発されるさまざまな技術を組み合わせて実装することで、ネットからリアルへ、製造業、金融業など既存産業へとデジタル化の対象を拡大し、顧客ニーズ起点で事業や業務を「融合」させて価値を創出するモデルを生み出してきた。

 それでは、デジタル化による「融合」が進む中で、企業に求められるマネジメント、カルチャーにどのような変化が生じているのだろうか? 次章で概観したい。

図1

図表1 中国デジタル化の進化プロセス:技術の「融合」を活かした連続的変革
(クリックすると、ポップアップで拡大表示されます)

2.技術の「融合」を活かす経営:スピードと継続性・組織ナレッジの蓄積を「両立」

 中国デジタル化をプラットフォーマーの「 企業経営の進化 」の観点でとらえると、技術同士が交わって機能することが加速する中で、技術の「融合」を活かすための経営を模索してきたことがわかる。

 2000年台からのプラットフォーム、さらにエコシステムの構築ステージにおいては、先行投資型で顧客規模を確保し「 ネットワーク効果 」を働かせることが競争戦略のキモであり、市場機会にいち早く集中投資する スピード、アジャイル、実験的アプローチ、リスクテイクの受容 が組織能力として重要だった。トップダウンを特徴とする中国企業の組織構造は、プラットフォーム・モデルとの「相性」が良かったと言える。

 しかし、消費者がより高い「品質」を求めるようになり、「ネットとリアルの融合」、「ソフトウェアとハードウェアの融合」が進んで「安全性」がより重要になると、商品・サービスを開発して提供する事業現場の 改善力 メンバーのロイヤリティ、組織の継続性・ナレッジの蓄積、危機管理力 があわせて求められるようになっている。

 拙著(参考文献参照)でケース分析を行ったアリババ、テンセント、ファーウェイ、小米など中国先進企業は、本来の強みであるトップダウンを活かした「選択と集中」、スピードと柔軟性、実験的アプローチに加えて、現場力、ナレッジの蓄積と共有、継続性といったリアルビジネスで必要なマネジメントとの「 両立 」を試行錯誤していることが観察される。それでは、このような「矛盾のマネジメント」をどのように実現しているのか? 本連載のケース分析の中で見ていきたい。

3.中国デジタル化を分析する視点:本連載の問題意識

 中国のデジタル化について、企業のイノベーション・マネジメント、社会の制度・文化、深圳に代表される起業エコシステムなどさまざまな観点で有識者が論じてきた。しかし、新型コロナ感染、米中技術覇権競争が激化する中で、政治体制などに起因して中国を異質の国として位置づける見方が日本で広がっている。

 本連載では、デジタル技術の進化の本質に立ち返って中国のデジタル化を捉え直し、その優位性と課題から読者に示唆を提示したい。「技術の融合を活かした価値創造の実践」という点で、中国企業や政府の取組みをウォッチしていくことは日本にとって不可欠と考えるためである。

 例えば、中国政府と企業との関係性について、規制ポリシーが統制と放任との間で流動的であること、企業人が努力した成果の帰属に曖昧さが残ることなど、企業家のイノベーション創出を制約する要素が存在している。しかし一方で、自動運転、脱炭素など有望な領域、新技術の活用において、政府が必要な技術要素を担う企業を集めて、特別ルールも制定して「実験環境」をつくり、実用を通じて製品競争力を磨き、他国に先駆けて世界に展開していくアプローチは、「技術の融合」を本質とするデジタル化時代の競争に適応していると言える。

 大切なことは、技術の進化など「変化」と、企業経営や政策の原理との相関で、中国モデルの強さと弱さを構造的・動態的にとらえることであり、本連載で中国プラットフォーマーのテクノロジー戦略を切り口に試みていきたい。

[参考文献]

  • 岡野寿彦著『中国的経営イン・デジタル:中国企業の強さと弱さ』(日本経済新聞、2023年)

関連記事

中国プラットフォーマーのテクノロジー戦略(第2回)

中国プラットフォーマーのテクノロジー戦略(第3回)