中国の「双循環」戦略と産業・技術政策―アジアへの影響と対応
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【22-02】14・5計画、2035年長期目標の産業技術政策と双循環戦略(その2)

2022年03月18日 真家陽一(名古屋外国語大学外国語学部中国語学科 教授)

その1 よりつづき)

1.3 双循環戦略の方向性

 ここまで、14・5計画における産業技術政策と双循環戦略の政策的な位置付けおよび内容を検証してきた。それでは、中国政府は双循環戦略をどのような方向性で推進していこうとしているのであろうか。ここでは双循環戦略に関わる商務部の動向を確認する。

1.3.1 「第14次5ヵ年計画(2021~2025年)」商務発展計画

 商務部は2021年7月8日、「『第14次5ヵ年計画(2021~2025年)』商務発展計画」を公表[5]。2025年までの商務政策に関わる基本方針を打ち出した。同計画において、双循環戦略は「第2章 新たな発展構造の構築への貢献」に位置付けられている。同章の「第1節 国内大循環の円滑化」においては、強大な国内市場に依拠し、国民経済の好循環の形成を推進すべく、消費の促進、現代流通体系の整備、供給の質の改善、農村振興の支援などに取り組むとしている。

 他方、「第2節 国内・国際双循環の促進」においては、内需と外需、輸入と輸出、外資導入と対外投資の協調的発展を積極的に促進し、国際協力と競争に参与する新たな優位性の育成を加速するという方針の下、対外貿易・外資の基盤安定、双方向投資の水準の向上、産業チェーン・サプライチェーンの円滑な運営などを推進していく方向性が示されている。

1.3.2 「三つの重要」と「5+5」

 こうした基本方針の推進策として、注目されるのが、「全面的な小康社会の推進における商務の貢献」をテーマとして、国務院新聞弁公室の主催により、2021年8月23日に開催された記者会見における王文涛商務部長の発言だ[6]。王部長は「商務活動を①国内の大循環の重要な構成部分(国内取引)、②国内・国際双循環を連結する重要な中枢(対外貿易・外資・国内取引)、③新たな発展の枠組みの中で重要な役割を発揮という『三つの重要』に位置付けた上で、商務部は2021年の具体的な活動を『5+5』に分けた」と表明した。

 すなわち、具体的には「三つの重要」を「国内大循環の円滑化」における5つの重点活動(①伝統的消費の向上、②新型消費の育成、③消費プラットフォームの高度化、④流通ネットワークの最適化、⑤流通主体の拡大)および「国内・国際双循環の促進」における5つの重点活動(①外資・対外貿易の基本的基盤の安定、②「一帯一路」経済貿易協力の深化、③内外貿易一体化の促進、④ハイレベルの開放プラットフォームの建設、⑤多国間・二国間の経済貿易協力を強化)に分けて、商務活動の基本要点を構成したと指摘している(図1-2)。双循環戦略はこうした方向性で推進されていくものと見られる。

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図1-2 双循環戦略における「5+5」
出典:国務院新聞弁公室主催記者会見(2021年8月23日)における王文涛・商務部長の発言(筆者作成)

1.4 双循環戦略に対する有識者の見方

 双循環戦略について中国の有識者はどのように捉えているのであろうか。中国の著名な研究者である中国社会科学院の張薀嶺学部委員の見解を紹介しよう。張学部委員は2021年1月22日、「2021北東アジア経済発展国際会議(NICE)イン新潟」における基調講演「新たな文脈における北東アジア―地域協力が鍵―」において[7]、「最近、中国は『双循環』という新しい政策を発表した。この政策はすでに何年も前から議論されてきた。輸出に大きく依存する経済成長モデルを中国が続けることは不可能だということを理解する必要がある。中国は国外に依存するのではなく、国内経済資源と市場を動員し、より多くのイノベーションを実現しなければならない」と指摘した。

 その上で張学部委員は「とはいえ、これは内向きではなく、外向きの発展戦略である。『双循環』とは、これまでと異なるアプローチ中国と世界の関係を考えようとするものである。これまで中国は国外市場に大きく依存してきた。将来的には、中国は国内市場への依存を強めつつ、新しい形で外の世界と結ばれることになるだろう」と強調した。

 他方、張学部委員は「中国は、輸入大国であり対外投資大国でもある米国に近づいていく可能性がある。ただし、この経済移行にはおそらく長い時間が必要となる。少なくとも、20年はかかるだろう」との見解を示した[8]

おわりに

 14・5計画における産業技術政策と双循環戦略は13・5計画の5年間における内外の環境変化を踏まえつつ、今後の5年間を展望して中長期的な視点から策定されたことがみてとれる。外的な環境変化については、最大のファクターが米中対立の激化であることは言うまでもない。14・5計画で示された科学技術の自立自強による技術の国産化、製造業のウエートの基本的安定の保持による産業チェーン・サプライチェーンの再構築、双循環という新たな発展モデルによる内需拡大といった政策は、米中対立の教訓として、対米依存からの脱却を目指す方針から打ち出されたものであるといえよう。

 ただし、中国は決して内向きになっているわけではない。米中対立の長期化を見据えて、ハイレベルな対外開放を打ち出し、2022年1月からは「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」が発効した。2021年9月16日には「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP協定)」への加盟申請を行うなど、より多くの高基準の自由貿易協定の締結を推進する意向も示している。

 他方、内的な環境変化については、少子高齢化に伴う生産年齢人口減少への対応が大きな政策課題となる。労働投入量が減少する中、経済成長の低下を抑制する上で必要不可欠となるのが生産性の向上だ。このための取り組みとして、14・5計画に挙げられたのがイノベーションやデジタル化の促進であり、研究開発費の伸び率を年平均7%以上とし、デジタル経済の中核産業の付加価値がGDPに占める割合を2025年に10%に向上させるといった指標が設定されている。

 中国は産業技術政策と双循環戦略にプライオリティを置きつつ、14・5計画に掲げられた経済社会政策を推進し、2035年までの長期目標である「社会主義現代化の基本的実現」およびその証となる「1人当たりGDPの中等先進国レベルへの到達」に向けて、中長期的な観点から、着実に布石を打っていくものと見られる。

(おわり)

5.商務部「『第14次5ヵ年計画』商務発展計画に関する通知」2021年7月8日

6.「国務院新聞弁公室ウェブサイト」2021年8月23日

7.NICE実行委員会(新潟県、新潟市、公益財団法人環日本海経済研究所(ERINA))の主催により開催された。

8.ERINA「ERINA REPORT PLUS」No.160(2021年6月)