中国の「双循環」戦略と産業・技術政策―アジアへの影響と対応
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【22-15】中国における情報技術の社会実装とその影響(その2)

2022年04月14日 高口康太(ジャーナリスト)

その1 よりつづき)

6.2 中国のITサービス

 本節では2010年代半ばから中国で普及し、社会に大きな変化をもたらしたITサービスについて事例を取りあげていきたい。

6.2.1 モバイル決済

 QRコードをスマートフォンのカメラで読み込むことによって、決済や送金が可能となるモバイル決済は今や日本でもおなじみとなったが、その元祖となったのは中国である。その登場は2013年のこと、EC(電子商取引)最大手アリババグループ(以下、アリババ)はもともとネットショッピングの決済機能であったアリペイ(支付宝)のモバイル決済機能をリリースした。ライバルであるゲーム・メッセージアプリ大手テンセントも自社のメッセージアプリ「ウィーチャット」にモバイル決済機能を追加した。

 2013年7月の「銀行卡収単業務管理辧法」(キャッシュカード・アクワイアラー業務管理辦法)により、クレジットカードやデビットカードの加盟店を拡大するアクワイアラー事業が商業銀行以外にも開放された。この規制緩和が上述2社をはじめとする大手IT企業による実店舗での決済サービス、すなわちモバイル決済を可能とした。

 中国のキャッシュレス決済としてはクレジットカードやデビットカードがあったが、利用率は決して高くなかった。手数料の高さを嫌い導入している店舗が少ないこと、現金からキャッシュレス決済に移行するモチベーションが少ないことがネックとなってきたが、アリババやテンセントのモバイル決済は手数料がきわめて安い。さらに導入を推進するべく、各種サービスの割引クーポン配布といった特典もあり、一気に普及が進んだ。中国インターネット情報センターによると、2021年6月末時点で利用者数は8億7200万人に達している。

 モバイル決済が社会にもたらした影響は大きい。個人間送金がリアルタイムかつ手数料ゼロで可能になったことによってきわめて簡便に送金し、仕事を依頼できるようになった。日本の百貨店やドラッグストアの店頭で、スマートフォンを片手に売り場を周っている中国人の姿がよく見られるが、そのほとんどが「代購」(代理購入者)と呼ばれる仕事に従事している。海外店舗の店頭から今販売されている商品を写真や動画で中国国内の顧客に伝え、欲しいと言われた商品を購入して送るという、個人輸入代行の一種である。写真や動画を送れるというモバイル・インターネットの機能に加え、購入に必要な資金をその場で送ってもらえることで、不払いのリスクを回避しこのビジネスを拡大させる背景となった。

 メールを送るようにお金を送れることで広がる選択肢は大きい。私にも強烈な体験がある。自分が書いた記事が中国紙に無断で翻訳転載されていたため、メッセージアプリ「ウィーチャット」のチャット機能を通じて抗議したところ、そのチャット上ですぐに原稿代として50元が支払われたのである。

 本来ならば、法的には決済と送金は別物だが、利用者から見るとその境目は限りなく曖昧である。現在でも零細事業者は友人間の個人間送金機能を使って代金を受け取っていることが多い。現在は規制が強化されつつあり、こうした手法は禁止へと向かっているが、この融通無碍な使い勝手が利用者を増やした理由でもあるだろう。

 また、たんにお店での支払いができるだけではなく、スマートフォンと決済が一体化したことで多くの可能性が広がった。投資商品や保険の購入、あるいは映画館や観光地の予約、公共料金の支払い、近年では行政手続きなどの各種機能が一体化していくことでさらに利便性を増している。きわめて多機能化したモバイル決済アプリを筆者は「手のひらのコンビニ」と呼んでいる。実のところ、前述の機能はほぼすべて日本のコンビニも扱っているサービスである。各種のサービスを統合することによって利便性を高め、利用客の来店頻度を高めようとしたのが日本のコンビニだが、中国のモバイル決済アプリは同様の手段を使ってアプリの利用頻度を高めている。

 2017年からは小程序(ミニプログラム)と呼ばれる、簡易的なアプリがアリペイ、ウィーチャット上で動作するようになった。簡易的といいながらも、ゲームやネットショッピング、動画配信にいたるまできわめて多くのアプリが存在する。ユーザーがスマートフォンに新たなアプリをインストールするには心理的なハードルが高いが、ミニプログラムならば利用するたびに簡単に呼び出せるのでそのハードルがない。そのため多くの企業は独自のアプリを展開することを断念する、または独自のアプリを展開しつつも同時にミニプログラムで簡易アプリを展開するという方式を採るようになった。一例をあげると、日本の日用品ブランドである無印良品は日本では会員管理アプリ「MUJI passport」を展開しているが、中国ではこれを断念し、ウィーチャット上で動作するミニプログラムという形式で提供している。

 決済、送金にくわえてきわめて多様な機能を擁するモバイル決済アプリは、その豊富な機能からスーパーアプリと呼ばれるようになっている。消費者にとって利便性が高いだけではなく、アプリ提供者から見ると新たに利用させたいサービスや機能にユーザーを誘導しやすいという特徴もある。中国で次々と新たなITサービスが誕生し普及する背景として、スーパーアプリの存在が大きいとの指摘もある。このスーパーアプリも他国企業に模倣される中国発イノベーションとして広がりつつある。

6.2.2 シェアリングエコノミー、ギグエコノミー

 2014年の中国で一大トピックとなったのが「配車アプリ戦争」であった。スマートフォンからタクシーを呼び出せる配車アプリを提供している滴滴打車、快的打車、そして米ウーバーの3社が猛烈な競争をくり広げた。競争の手段となったのは割引クーポンである。配車アプリを登録すると、割引クーポンが次から次へと送られてくる。既存のタクシーより割安になるどころか、バスや地下鉄よりも安くなるほどの大判ぶるまいが話題となった。モバイル決済アプリを提供するアリババ、テンセントが配車アプリ企業の株主となり、自社の決済アプリを普及させるためのとっかかりとして割引競争を煽ったという側面もあった。

 タクシー業界は世界的に見て規制業種であることが多い。中国も例外ではない。その利権を侵すものとして配車アプリに対する反発は強く、タクシー運転手によるストライキや打ち壊しといった事件にまで発展したが、中国政府と国民はこの新たなビジネスを支援した。

 もともと認可事業であるタクシーは、大都市の多くで需要に満たない台数しかタクシーが存在していなかった。朝晩の交通ピークにはタクシーを捕まえるのは困難だったうえ、日本のような配車サービスもない。汚い車両や横柄な態度、あるいは改造によってメーターの回りが早いタクシーなども多かった。それが配車アプリを使えば簡単に車両を予約できるほか、ユーザーがそのタクシーに対して行う評価機能があるためサービス品質も向上したのだから、国民の支持も理解できるところである。2015年に滴滴打車と快的打車は合併し、滴滴出行が誕生する。同社は翌年、ウーバーの中国事業を買収し、配車アプリ戦争は終わりを告げる。

 この配車アプリは世界的にはシェアリングエコノミーの代表格とされている。日本では法規制によって実現できていないが、世界的には一般市民がマイカーを使ってタクシー・サービスを提供する、いわゆるライドシェアと呼ばれる形式が一般的だからだ。中国では一部にライドシェア事業はあるものの、主流となっているのは専用の車を用意する、タクシーと同様の形態が多い。

 そもそも、シェアリングエコノミーとはなんだろうか?

 日本のシェアリングエコノミー協会は、「シェアリングエコノミーとは、インターネットを介して個人と個人・企業等の間でモノ・場所・技能などを売買・貸し借りする等の経済モデル」と定義づけている。世界的に代表格として知られるのは民泊とライドシェアであろう。民泊とは個人が保有する住宅をインターネット経由で宿泊施設として貸し出すサービスであり、ライドシェアとは個人が自家用車を使ってタクシー業務を行うサービスである。もともとのコンセプトとしては個人の所有物や時間、技能を貸し出すことで対価を得る仕組みを指していた。

 しかし、中国では個人の所有物を貸し出すという意識は希薄化し、モノやサービスを販売するのではなく一定時間貸し出すという意味合いが強い。シェアリングエコノミーの一つに「共享洗衣机」(シェア洗濯機)なるサービスがあるが、日本でいうところのコインランドリーであり、シェアリングエコノミーとは異なるもののように思われる。

 中国におけるシェアリングエコノミーは「所有ではなくレンタル」「一定時間労働者の力を借りる」ことと理解したほうがわかりやすい。後者の意味ではむしろギグエコノミー(ジャズでの1回限りのセッションを意味するギグという言葉から、短期間で技能や労働力を借りる形態のサービスを指す)に近い。

 2010年代半ばに花開いた、中国のITサービスの多くはこのシェアリングエコノミー、ギグエコノミーに属している。国家信息中心(2021)は交通、民泊、デリバリー、動画配信、技能・知識、コンテンツを主要分野とし、2019年には合計2兆6160億元もの付加価値が創出されたと指摘している(表6-1)。

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出典:「中国共享经济发展报告」

 また、李克強首相は2021年の全人代(全国人民代表大会)終了後の記者会見で、「我々のギグエコノミーは2億人の雇用を生み出している」とその重要性を強調している。

 このシェアリングエコノミーには日本でも想像もつかないような、突拍子もないサービスが多く含まれている。張孝栄他(2020)は中国で生まれたシェアリングエコノミーを多数紹介している。一つ紹介すると、「回家吃飯」(帰宅してご飯を)というサービスは、日々自宅で料理を作っているお母さんが余った料理を販売するシェアリングエコノミー・サービスとして構想された。特別な技能を持たない人でも、いつもの夕飯を一人分多く作れれば収入ができるというのは夢がある話である。また、利用者もお金を払えばおうちのご飯が食べられるというのは喜ばしいことのように思える。夢が詰まったサービスだったが、最終的には出品者は衛生許可を持たないもぐりの料理店ばかりとなり、あえなく事業中止となった。このような奇想天外なサービスにも、前述したベンチャー投資が集まり、サービスが展開できることから、意外性のある事業が次々と登場したわけだ。

 潰れてしまった事業が多いが、今や社会を支える重要な産業になっているものも少なくない。トラックで荷物を運ぶ運送はシェアリングエコノミーが存在感を高めている分野であり、ソフトバンク・ビジョンファンドの投資先でもある運満集団(トラック・アライアンス)はIPOを果たした。同社は主に企業を顧客に都市間を移動する長距離トラックを手配するシェアリングエコノミー・プラットフォームだが、引っ越しや大型荷物の都市内配送を手がける貨拉拉、51同城なども生活には欠かせないプラットフォームとなった。ビジネス向けには遊休工場とクライアントをインターネットでマッチングする工場シェアリングと呼ばれるマッチングサービスが拡大している。

6.2.3 EC、新消費

 経済産業省商務情報政策局情報経済課(2021)によると、2020年の中国EC市場は11兆7600億元、EC化率(小売売上高に占めるECの比率)は31.6%。いずれも世界一である。ECの発達を支えているのは多様なサービスだ。

 一般的なネットショッピングモールのほかに、ライブコマースと呼ばれる動画配信とネットショッピングを融合したサービスもあれば、ソーシャルメディア経由で複数人が同一商品を買うと値引きされる団体購入サービス、注文すると翌日に自宅近くの配送拠点まで運んでくれる生鮮食品共同購入、注文から最短30分で運んでくれる即時配送など多くの形態が入り乱れている。EC事業シェアの約50%は最大手のアリババが握っているが、2番手のJDドットコム、3番手のピンドゥオドゥオなど強力な事業者が激しい競争をくり広げることでサービスが磨かれてきた。

 小売の主流がネットに移ったことで、新興中国ブランドの台頭を支援することにもつながっている。ネットショッピングで消費者に直接販売する新興メーカーは世界的にD2C(Direct to Consumer)と呼ばれるビジネス形態だが、中国では「新消費」と呼ばれ、そうした新興メーカーが次々と生まれている。化粧品ブランドのパーフェクトダイヤリーなどネット販売中心でスタートし、その後、オフラインでの小売にも進出、わずか数年で大手メーカーへとのしあがった事例は少なくない。

 インターネットがたんに新興メーカーに販路を提供しただけではなく、消費者の反応や嗜好を分析するリサーチツールとして機能している側面は強い。今やその実力は中国国内にとどまらず、世界にまで視野を広げている。中国アパレルブランド「SHEIN」は激安アパレルを世界各地に汎パイする越境EC事業を展開しているが、非上場ながらも2022年中にはカジュアルアパレル売上世界一のインディテックスを追い抜く可能性があるともささやかれている。同社は中国の生産能力を最大限活用することで激安製品を1日に1000種類以上もリリースするという生産能力に加え、インターネットを通じて各国のニーズを把握、またフェイスブックやインスタグラムのインフルエンサーを活用したマーケティングを大々的に展開している点に強みがあるとされる。

6.2.4 デジタルインフラ

 前述した、直接消費者にサービスを提供するコンシューマー・サービスが発達したが、それを背後で支えるデジタルインフラの整備も進んでいる。代表例として、アリババ傘下の物流支援企業・菜鳥網絡があげられる。同社は物流企業にサービスを提供する黒子という役柄だが、複数の物流企業間でデータを共有できる電子宛名の開発、住所データの標準化といった事業を手がけている。宅配便の末端は中小零細のフランチャイズ加盟店によって担われているが、標準化された宛名状と住所データベースによって、新規参入の事業者でも荷物を届けやすくなった。

 また、一時は世界的なヒットとなった米国発の音声ソーシャルメディア「Clubhouse」だが、その背景を支えるデータ・インフラは、中国のアゴラによって担われている。アゴラは世界各国の企業に音声や動画の配信技術を提供するデジタルインフラ企業である。中国では田舎を中心にインターネット回線品質が低い地域があるため、そうした状況でも安定した通信が可能な技術を磨いてきた。その能力が認められ、米国や日本など世界のさまざまな企業で採用が続いている。

おわりに

 モバイル・インターネット、ベンチャーマネー、政策という3つの転換の交差点に、中国ITの華々しい発展があった。その特徴を読み解くと、新興企業や中小零細企業、そして個人が活躍しやすい土台作りがあげられるのではないか。

 しかし、この状況は今、大きく転換しようとしている。2014年を画期としたITサービスは2017年をピークに停滞ムードがただようようになり、モバイル決済や配車アプリに匹敵するような大ヒット事業は登場していない。また、2021年にはアリババに対する独占禁止法違反での行政制裁金や配車アプリ・滴滴出行に対するサイバーセキュリティ違反容疑での調査など、いわゆるIT企業規制と呼ばれる動きが目立つようになった。

 中国ベンチャーキャピタル業界の関係者は「コンシューマー向けのITサービスよりも、半導体やバイオなどより技術的水準の高いイノベーションを政府が求めているためではないか」と指摘する。その言葉を裏付けるかのように、第13期5カ年計画には大きく取りあげられた双創は第14期5カ年計画では姿を消している。イノベーションの主体は大企業と大学など研究機関にあり、中小企業は産学連携などの取り組みによって技術を供与される存在と位置づけられている。

 奇想天外なものも含め、無数のプレイヤーが実験的なチャレンジを繰り返すことで、世界を驚かすイノベーションを成し遂げてきた中国のITだが、再び転換期を迎えている。

(おわり)

【参考資料・文献】