中国の「双循環」戦略と産業・技術政策―アジアへの影響と対応
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【22-20】東アジアの通商秩序と中国の双循環戦略-ASEANへの影響(その3)

2022年05月10日 石川幸一(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

その2 よりつづき)

8.3  双循環とASEANへの影響

8.3.1 米中対立とASEAN

 米中対立が激化する中でのASEANおよび加盟国の基本的なスタンスは、米中のどちらかを選ぶことを避けるというものである。その理由は、ASEANおよび加盟国が米中両国と緊密な外交関係および経済関係を持っていることである。中国との関係では、ASEAN10か国すべてがアジアインフラ投資銀行(AIIB)と一帯一路構想に参加し、ASEANとして中国とFTA(ASEAN中国FTA: ACFTA)を締結しており、8か国で中国が最大の貿易相手国となっている。2021年11月のASEAN中国首脳会議では、戦略的パートナーシップから包括的戦略的パートナーシップ関係に外交関係が格上げされた。ただし、中国へのスタンスは国により異なっており、カンボジア、ラオスは親中国家と呼べるほど緊密だが、南シナ海の領域紛争で激しく対立するベトナムは中国と距離を置いている。5Gでファーウェイの設備機器を排除しているのはベトナムのみである。

 米国との関係では、ASEANと米国は戦略的パートナーシップと広範な分野の行動計画(安全保障を含む)を実施している。タイとフィリピンは米国の同盟国であり、シンガポールとは戦略的パートナーシップ、マレーシア、インドネシア、ベトナムとは包括的パートナーシップ関係にある。米国はASEANの第2位の貿易相手国(3080億ドル、2020年)、最大の投資国(347億ドル、2020年)である。

 日米が推進し、中国が「封じ込め」として反対している「自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)」に対して、ASEANは「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」を2019年に発表している[10]。AOIPは、①ASEAN中心性、包摂を原則として対話と協力を強調、②ASEAN主導の既存のメカニズムにより進める構想であり、経済協力に重点を置いている。中国を排除せず、対立でなく対話と協力を重視する構想である。AOIPの4協力分野(海洋協力、連結性、SDGs、その他)には日米が支援を発表している。

8.3.2 緊密化するASEANと中国の経済関係

 中国はASEANの最大の貿易相手国(5169億ドル、2020年)であり、加盟10か国中8か国で第1位となっている。ASEANの輸出で占める中国のシェアは、2005年の輸出7.3%、輸入11.4%から2020年には輸出16.1%、輸入22.3%に増大している。国別にみると、輸出ではラオスが4.3%から26.2%、ミャンマーが3.9%から26.2%、輸入ではカンボジアが16.6%から40.3%、ミャンマーが15.8%から35.4%に著増するなど、CLMの中国依存が顕著である。中国の貿易に占めるASEANのシェアも上昇しており、2005年の輸出7.3%、輸入11.4%から2020年には輸出14.8%、輸入14.6%となっている。

 投資では、中国がシェア7.6%で第5位のASEANへの投資国(2000年)となっている。人の移動では、ASEANへの旅行者数で中国はベトナムとタイで第1位、その他の国でも第2位(2017年)となっており、インバウンド観光でも重要である。このような経済関係の拡大から2021年版ASEAN有識者調査では、東南アジアで最も経済的な影響力のある国は、米国7.4%、日本4.4%に対し、中国が76.3%で圧倒的に多かった[11]

 中国はASEANとのFTA(ACFTA)を最初に締結した国である。日本はシンガポールとのFTAを皮切りに2国間ベースでASEANとのFTAに取り組んだが、中国はASEAN全体とFTAを交渉した。ACFTAは物品の貿易からサービス、投資へと拡大した(表8-4)。衛生植物検疫(SPS)、貿易に関する技術的障害(TBT)に関する覚書も締結され、ACFTAは当初の物品貿易に関する協定から広範な分野を対象とする協定になってきている。ACFTAはASEANに進出する日系企業にも使われており、ジェトロ調査によると、2020年の利用率は輸出が50.8%、輸入が45.8%となっており、中国とASEANの貿易の拡大に資していることが窺われる[12]

 ASEANと中国の経済協力の枠組みは、FTAだけでなく、ICT、観光、交通、科学技術など極めて広範である(表8-4)。ASEANは域内の交通インフラの整備のためにASEAN連結性マスタープラン(MPAC)を実施しており、2017年11月にASEAN連結性マスタープラン(MPAC)2025と一帯一路 (BRI)の相乗効果に関するASEAN中国共同声明を採択した。加盟国ベースでは、BRIを自国のインフラ整備計画に組み込んで整備を進めている国も多い。

表8-4 ASEANと中国の経済連携と協力の制度的枠組み

ASEANと中国の経済連携の枠組み

①2002年11月:ACFTA設立のための包括的経済協力枠組み協定

②2004年11月:ACFTAの物品貿易協定調印、2005年7月発効

③2007年1月:ACFTAのサービス貿易協定調印、2007年7月発効

④2009年8月:ACFTAの投資協定調印、2010年1月発効

⑤2015年11月:ACFTAアップグレード(昇級)議定書調印

その他の経済連携・協力枠組みの例

①2004年11月:中国ASEAN博覧会開催(南寧)、その後定例化

②2013年11月:ICT協力に関する覚書

③2016年11月:交通協力に関する覚書調印

④2017年11月:観光協力に関する中国ASEAN共同声明

⑤2017年11月:ASEAN連結性マスタープラン(MPAC)2025と一帯一路 (BRI)の相乗効果に関するASEAN中国共同声明採択

⑥2018年11月:科学技術イノベーション協力に関する中国ASEAN共同声明

⑦2019年11月:スマートシティ協力イニシアティブに関する中国ASEAN首脳声明

出典:助川成也「交渉から20年を経た ASEAN 中国FTA~対話関係樹立30年で経済的存在感が高まる中国~」(筆者作成)

8.3.3 双循環のASEANへの影響

(1)内循環の影響

 内循環の政策のうち産業高度化政策(イノベーション、核心的技術の国産化、サプライチェーンの強靭化など)は新興技術の対米依存からの脱却を目的としている。米国と中国は経済的に相互依存関係にあり、企業は米中を含むサプライチェーンを構築している。サプライチェーンの強靭化を中心とする経済安全保障のための政策は、半導体など新興技術を対象としており、部分的なデカップリングが進みつつある。

 内循環のための具体的な政策としては、半導体への補助金などがあるが、輸入代替のための関税引上げや輸入規制は行われておらず、ASEANとの貿易や投資に影響を与える通商政策はとられていないと考えられる[13]。消費と投資による内需主導型による成長に転換していけば、国内からの供給の増加だけでなく輸入も拡大する可能性があり、ASEANからの輸出が拡大することが期待できる。なお、内循環による国産化(輸入代替)政策は、比較優位による国際分業と逆行するものであり、コスト増を招く恐れがあるなど経済合理性の点で問題があることに留意が必要である。

(2)外循環の影響

 中国はASEANを含め18の2国間FTAを締結しており、RCEPは2022年1月1日に発効、CPTPPには2021年9月に加入申請を行っており、日中韓FTAは交渉中である。中国はRCEPに参加しており、CPTPP加入が認められれば中国の物品貿易、サービス貿易の自由化、政府調達開放、投資自由化と保護、累積原産地規則の採用、貿易円滑化などがさらに進められる。こうした中国の貿易・投資の自由化と円滑化、ルール整備により、ASEANなど他のアジア各国との貿易投資など経済の結びつきは拡大し、サプライチェーンの緊密化が進むと考えられる。

 米中貿易戦争では中国からベトナムなどASEANへの生産移管(中国の拠点は維持する、チャイナ+1)が起きた。ASEANは米中対立の舞台と位置付けられており、米国、中国そして日本はASEANへの協力を強化している。例えば、インフラ整備で日米両国は自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)により協力を進め、中国は一帯一路構想によりインフラ整備に協力している。ASEAN各国はASEAN連結性マスタープランおよび各国のインフラ整備計画を一帯一路構想と連動させている。コロナ禍により一帯一路構想は調整を余儀なくされているが、ASEANで中国が一帯一路構想を進める方針には変更がない。また、ASEANが重点を置いているスマートシティ構想に中国は協力を行っている。ほかにも多様な分野でASEANへの協力を進めており、双循環によりこれらの協力がネガティブな影響を受けることはないと考えられる。

 ASEAN各国は、タイランド4.0、Making Indonesia 4.0、繁栄共有ビジョン(マレーシア)、産業変革マップ(シンガポール)などデジタル化を進め、製造業などの生産性向上と新たな産業の育成を目指す開発計画を実施している[14]。たとえば、マレーシアの繁栄共有ビジョンでは、イスラム金融ハブ、デジタルエコノミー、第4次産業革命(4IR)、ハラルフード・ハブ、グリーン成長などを目指しており、双循環の影響は考えにくい。ただし、企業ベースでは、中国と米国の輸出管理改革法の対象となる新興技術を使う製品の再輸出規制などへの対応が必要となる。

(おわり)


10. ASEAN (2019)。

11. Seah, S. et al.(2021)。

12. ACFTAについては、助川(2021)が詳細に分析している。

13. WTOの「補助金および相殺措置に関する協定」で禁止されている補助金は輸出補助金と国産品の利用を奨励する補助金であり、他国の国内産業に損害や他国の利益に著しい害を与える補助金は相殺措置の対象になる。研究開発補助金は特定性がある場合相殺措置の対象になる。

14. 福地(2021)。

【参考資料・文献】

  • 石川幸一(2021)「米国のインド太平洋構想とASEAN支援」、亜細亜大学アジア研究所紀要48号。
  • 馬田啓一(2021)「米中対立の新たな構図と日本の役割」、石川幸一・馬田啓一・清水一史編『岐路に立つアジア経済-米中対立とコロナ禍への対応』文眞堂、所収。
  • 太田泰彦(2021)『2020半導体の地政学』日本経済新聞出版。
  • 大橋英夫(2020)『チャイナ・ショックの経済学』勁草書房。
  • 清水一史(2021)「保護主義とコロナ拡大下の東アジア経済統合」、石川・馬田・清水編前掲書所収。
  • 助川成也(2021)「交渉から20 年を経た ASEAN 中国FTA ~ 対話関係樹立30年で経済的存在感が高まる中国 ~」、『通商政策の新たな地平-畠山襄追悼論争』ITI調査研究シリーズ、No.121. 国際貿易投資研究所。
  • 鈴木一人(2021)「米中新冷戦下の安全保障貿易管理」、『世界経済評論』2021年5・6月号、Vol.65 No.3。
  • 福地亜希(2021)「コロナ後を見据えた ASEAN の成長戦略 ~戦略的投資により産業高度化と持続的成長の実現を目指す~」国際通貨研究所ニュースレター、2021年13号。
  • 松下満雄(2021)「WTO/GATTにおける安全保障例外の法的検討」、『世界経済評論』2021年5・6月号、Vol.65 No.3。
  • ASEAN(2019), ' ASEAN Outlook on the Indo-Pacific.'
  • Seah, S. et al.(2021), "The State of Southeast Asia: 2021", ASEAN Studies Centre, ISEA-Yusuf Ishak Institute, Singapore. 16 February 2021.
  • The White House (2021), 'Building Resilient Supply Chains, Revitalizing American Manufacturing, and Fostering Broad Based- Growth.' June 2021.