高橋五郎の先端アグリ解剖学
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【22-01】第21回 中国における人工肉の普及・背景・見通し・課題②人工肉が中国で注目される背景

2022年01月28日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

 人工肉は生産者を先頭にやや距離を空けて流通業者、そしてまたやや遅れて消費者という序列や距離感の中ではあるが、世界的に注目を集める新しい食品である。前回 触れたが、これには植物由来と家畜の細胞培養という全く異なる二つの製法があり、出来上がった人工肉も同じ名称で呼んでいいのか疑問があるほど異質だ。

 このうち現在、中国で商品化されているのは植物由来人工肉であり、細胞培養による人工肉の商品化には時間を要するし、家庭の主婦がスーパーで夕食のおかずとして気軽に買えるようになるまでには、価格面などの解決が必要で、さらに時間がかかる見込みである。

 したがって今回取り上げるのは植物由来の人工肉である。よく「代替肉」とか「肉もどき」とか称されるように食品分類上の肉すなわち本当の肉ではなく、「肉に似た植物加工食品」、「肉のように見せかけた新食材」といった方が実態に合っていると思う。

 中国でも二つの人工肉の商品化の研究が勢いを増しているが、この点は後回しにし、今回は人工肉に関する国家的位置づけを概観し、中国で注目される背景をまとめてみたい。世界的な注目を集める中、人工肉のブランド化も進み、中国では2020年のマイクロイノベーショントップ50の32番目に百草味制の人工肉が選ばれたが(「インターネット週刊」2020. 7. 20)、これも人工肉をめぐる中国の世相を反映していよう。

1. 国家的認証

 人工肉について、まだ、中国政府はGB(国家規格)を完成させる段階に至っていない。上述の理由のほか、人工肉の技術的・商品的な終着点がまだ見えないからであり、政府としてはまだきちっとした対応ができない、つまり政策的決定ができる成熟した段階にはないとみているからである。実際に市場の拡大は見られているが、食品行政の頂点であり監督官庁である国家衛生健康委員会(省クラス)直属の食品安全標準監視評価局として、何らかの規制や指導ができる段階にはないのが現状である。

 ただし国家認証認可監督管理委員会による「植物由来食品認証実施細則」(2021年5月)が最初の準公的な指針を示したことは注目される。これにより下図のマークが創られ、実施細則を満たすものに植物由来人工肉としての認定がなされる仕組みが発足したのだ。

 これも植物由来食品を対象とするもので、人工肉にかぎらず植物乳、植物由来ヨーグルト、植物由来タンパク飲料などを念頭においたものである。

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植物由来食品認定証

 その後、中国食品科学技術協会が科学技術団体としての規格化に向けた「植物由来食品通則」(T/CIFST 002-2021:2021年8月)を定めた。カッコ内のT/CIFSTとは、Tが「団体」(中国語ピンイン表記TuanTi)の頭文字Tで、CIFSTはThe Chinese Institute of Food Science and Technology(中国食品科学技術協会)の略記であり、国家標準が定める規格序列を示す。前述のBG は、その序列の最も高い国家規格を指している。T/・・・は規格序列としては比較的低い、団体が定めたものに属する。

 中国食品科学技術協会は中国農業大学、農業科学院農産品加工研究所、清涼飲料メーカーとして名高い農夫山泉、牛乳などのメーカーの伊利実業などによる、研究・現業双方が加わった団体で、「通則」は、植物由来食品の分類・認証指定の要求などを主任務とする旨を謳ったものである。その性質上、法的な強制力はない。

 なお日本でもこの方面の制度的整備はほとんど進んでなく、民間ベースで、関係企業等の組織化が着手された段階である。他方、人工肉先進国のアメリカでは民間の植物由来食品協会(PBFA: Plant Based Foods Association)が中心となって、植物由来人工肉の規格研究とその普及の先陣を切っている。しかし、植物由来食品を単独で対象とした国家的規格化はそれほどには進んでいない。

 以上のように、中国でも植物由来人工肉についての国家行政的な掌握が完成されていない段階にあるが、人工肉の推進という点では積極的な意向が認められる。それは、国家そのものではないが国家認証認可監督管理委員会による「植物由来食品認証実施細則」や認証マークの制定に示されている。いわば、植物由来人工肉については、準国家規定的な承認を与えたと受け止めていいものと考えられる。

2. 国家的要請

 中国で、人工肉についての国家的要請は積極的であるが、その背景には新型コロナとアフリカ豚コレラの蔓延による、主には豚肉不足・価格高騰、穀物を大量に消費する畜産物生産のコントロール、肥満や動物性脂肪過剰摂取不安に対する対策、畜産汚染からの脱却などがある。

(1)新型コロナ

 中国の新型コロナ感染者数は公表約10万人(2022年1月時点)だが、感染者が世界で最初に出たことから2019年春から夏にかけ、全土がロックアウト状態に陥った。そのとき農村では多くの村むらの入り口に土嚢が高く積まれ、人流・物流はほぼ完全にシャットアウトされた。

 村で家畜を飼う農家は飼料の搬入と成長した家畜や鶏卵の搬出がストップ、営農は停止状態、街の市場やスーパーは自前の在庫を切り崩し、さらには卸業者の在庫や緊急輸入に頼らざるを得ない苦い経験をした。

 しかしパンデミックに襲われたのはいずこの国も同じだったので、畜産物の輸出業者は荷集めが十分にできず、輸出もままならなかった。モノはなく、屠場は閉鎖、加工場からもまた人が消え、サプライチェーンの分断やねじれ現象が各地で発生、その傷は今なお完全に癒えてはいない。

 そこで求められたのが、文字通りの代替肉である人工肉だった。中国人の食生活にとって、特に豚肉はなくてはならない食材であり、豚肉不足や価格高騰は庶民にとっては大きな痛手だ。業者はこぞって人工肉の製造と販売をはじめ、いまではネット販売が大繁盛というヒット食品となった。その市場規模が2020年、約100億元市場に急成長したことは前回紹介した通りである。

(2)アフリカ豚コレラ

 中国でアフリカ豚コレラが猛威を振るい出したのは2018年夏ころであった。ちょうどその頃、筆者は豚肉の産地で、アメリカからの大豆輸入減から豚飼料に不可欠の大豆粕不足に関する実態をあちこちの農家で聴き廻っていた。

 その時、本来の狙いとは別の問題、まさにアフリカ豚コレラが流行したことと重なったのでよく覚えているが、生きた豚の輸送を遮断するために、主要な道路には検問所が設けられていた。生きた豚は大きなトラックの荷台に豚ながらギュウギュウ詰めにされ、消費地の屠場に運ばれる。アフリカ豚コレラの感染力は極めて強く、筆者のような外部の者が豚舎に入るには、帽子に白衣、ゴム長を履かされ、クレゾールが浸み込んだ敷物を歩いてからでないと許されない。

 それでも感染力は強く、またたくまに感染した豚の頭数が増えていた。スーパーの豚肉売り場へ行くと、品薄と価格高騰が収まらず、当局に対する消費者の目は日増しに厳しさを増した(写真1)。

 アフリカ豚コレラが流行した理由は、当局は霧の中に収めようとしたが、ロシアから輸入した豚から感染したとのうわさがまことしやかに駆け巡っていた。

 こうした豚肉危機を和らげるために、人工肉は有効だと、官民ともに考え、推奨に動くとしても何の不思議もない。

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写真1 品薄の大手スーパーの豚肉売り場(2018年中国河南省にて、筆者撮影)

(3)穀物不足懸念

 中国政府が懸念する穀物不足問題も、人工肉の普及を後押しする背景の一つである。特に2021年は、「食品浪費法」や「穀物節約ガイドライン案」が発布された点などから窺われるように、国民に対して、穀物を貴重な食材として取り扱うよう、力を込めて促す姿勢が鮮明になった年であった。畜産物を作るには、重量にして、その5倍以上の穀物を必要とするので、穀物を工夫でただちに畜産物に代替できるなら、穀物の節約ができるということだろう。

 実際に試算してみると、仮に中国で消費されている畜産物エネルギーをトウモロコシに置き換えると約8億トンになり、かりにこれを大豆に置き換えると約5億5千万トンとなる。結果として、消費畜産物全部を植物由来に切り替えることは非現実的だとなるが、全部ではなく、ある量を切り替えることには合理性が生まれる。

 さて穀物、特に大豆不足が深刻な状況が改善される見通しがないと、国産の豚肉の安定確保に響くことは養豚農家ならばだれでも知っている。中国の養豚農家はアメリカからの大豆輸入が減った時、豚の飼料として不可欠な大豆粕不足に泣かされた。筆者がある養豚農家を訪れ、その様子を聞いた際、当該農家はほとんど在庫が底をついた倉庫を案内した。そこで掴んだ大豆粕(写真2)は発酵中であり、ほのかなアルコール臭のような香りがした。

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写真2 養豚農家の倉庫でわずかに残った大豆粕(2018年中国河南省にて筆者撮影)

 その足で、中国大手の大豆油ブランドメーカーの大きな工場を訪れたが、普段は大豆粕で埋まるという建物内部は空っぽだった。

 大豆に限らず穀物不足懸念には人口の増加、異常気候の常態化、農民の中に耕作離れを起こす例の増加、農地条件の悪化等から、穀物の不足が真剣に迫る問題として認識され始めたことがある。

 表1は最近の穀物(大部分がトウモロコシ、コメ、小麦、大麦、高粱の5種穀物)輸入状況を示すが、毎年1億トン以上が輸入され、「中米貿易戦争」の影響を受けて大豆輸入が減った2019年を除き、急増傾向が明白な状況である。2020・2021年(1~10月実績に、その間の伸び率平均を乗じて得た推定値)は特に増え方が大きい。大豆に限らず、ほとんどの穀物が増加している。

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 政府が穀物の安定確保が国産だけでは無理であることを裏付けているのが、表2の穀物在庫積み増しの激増である(筆者がコメントした日経新聞2021年12月19日も参照されたい)。

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 同表によると、2015年~2019年までの、5種穀物の在庫積み増し(フロー)は5年間合計で小麦7億3,223万トン、大麦8,427万トン、トウモロコシ2億7,671万トン、コメ6億1,480万トン、大豆1億7,259万トン、総計18億8,060万トンに達する。世界計は34億3,777万トン、中国は実に世界計の約55%を単独で在庫の積み増しをしたことになる。穀物別の比率は同表に記載したので参照されたい。

 誤解のないように付記するが、このデータは期末在庫ではなく当該年の新規積み増し量である。実際の在庫は期首在庫から在庫減(期中国内消費+輸出)、新規積み増し(新規国産+期中輸入)という期中変動を経たストックである。しかし、実際の期末在庫を中国政府(国家糧食・備蓄局)は公表しないので不明である。中国では年産の18%程度を適正在庫とみなす習慣が一部にあり、これを準用すると、適正在庫は約1億2,000万トンくらいなのだが。

 新規積み増しの最大の理由が備蓄補強あるいは追加にあり、その背景に、自給の自信減退があることは言を俟たない。ただし、一般的には、国家レベルの穀物備蓄は、その他の理由、たとえば天変地変や戦争などに対する備えである場合もある。まったく個人的な見方に過ぎないが、筆者はこの一般的次元もまったく無視してよいとは思っていなく、台湾問題や領土・領海問題に関連する備蓄的な国家的意志が重なる部分を否定できないでいる。

3. 健康対策(消費者のニーズ)

 所得の向上とともに一般市民の食生活は改善され、中間層(世帯年収12万元~36万元クラス)をさかいに食の安全意識が向上、残留農薬や抗生物質、添加物には非常に高い意識を持つようになった。日本人は売られているモノは安心、という意識があるが中国では警戒心がなお強く、安心にはおカネがかかると受け止める風潮が強い。

 また人々に肥満傾向が強まる一方の中で、動物性食材偏重への警戒感から起きている野菜食への嗜好変化がある。しかもほとんどの人工肉はすでに半調理済品であるため、食べやすく、ごみも出にくい。食べ残しが出ても、処分しやすい。

4. 畜産汚染対策

 植物由来の畜産物には人工肉や人工乳はあるが、まだ人工卵は商品化されていない。人工肉の場合も牛肉に重点があり、豚肉や羊肉、鶏肉など、需要の大きな分野の商品化は十分ではない。これらは、作ろうと思えば簡単にできる。

 したがって、大きな問題になっている畜産物、特に養豚業の衛生問題の改善や環境改善にはつながっていないどころか、その兆しさえ見つけることができていない段階にある。つまり現在の畜産業に代替できるところに辿り着くには、なお時間がかかるということである。

 特に畜産物の糞尿処理には莫大なコストと浄化時間がかかり、これらの処理施設を持たない一頭飼いや庭先飼い農家がなお存在し、河川・湖沼・農業用水や地下水の汚染源となっている多数の例がある。政府の一部には、特に汚染源となりやすい養豚農家を減らし、養豚業を工場のような養豚団地に集約する案もある。しかし、これにも立地等の問題があり、机上の構想通りにはいかない障害がある。

 そのためにも、人工肉の普及には大きな期待がかけられている。