田中修の中国経済分析
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【20-06】新時代の社会主義市場経済体制(その1)

2020年10月08日

田中修

田中 修(たなか おさむ)氏 :奈良県立大学特任教授
ジェトロ・アジア経済研究所 上席主任調査研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2009年10月~東京大学EMP講師。2 018年4月~奈良県立大学特任教授。2018年12月~ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。学術博士(東京大学)

主な著書

  • 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 新型コロナの感染対策に追われるなか、新華社北京電2020年5月18日は、「新時代の社会主義市場経済体制整備加速に関する党中央・国務院意見」(5月11日)を公表した。

 これは、本来党中央委員会にかけてもよい内容であり、1993年の14期3中全会の「社会主義市場経済体制確立の若干の問題に関する党中央の決定」、2003年の16期3中全会「社会主義市場経済体制整備の若干の問題に関する決定」に比べ、形式は「意見」とはなっているものの、実質的にこれらと並ぶ重要文書である。

 10月には党5中全会が開催され、「第14次5ヵ年計画党中央建議」が審議されるが、その中に、この「意見」の内容がどれだけ党「決定」として反映されるかが注目される。

 また、今回はこれが党中央単独ではなく、国務院との共同意見とされていることも、昨今の重要政策における党中央と国務院の力関係の変化を示すものとして興味深い。

 全文は膨大であるので、本稿では、「意見」のエッセンスを見ておきたい。

1.冒頭文章

「中国の特色ある社会主義は新時代に入り、社会主義の主要矛盾に変化が発生し、経済は既に高速段階から質の高い発展の段階に転換しているが、これらの新たな情勢・新たな要求に比べると、わが国の市場システムはなお不健全、市場の発育はなお不十分であり、政府と市場の関係は完全には調整されておらず、市場のインセンティブが不足し、(生産)要素の流動が円滑でなく、資源の配分効率が高くなく、ミクロ経済の活力が強くない等の問題がなお存在し、質の高い発展を推進するにはなお少なからぬ体制メカニズムの障碍がある」との問題意識を示し、「より高い起点・より高いレベル・より高い目標で、経済体制改革及びその他各方面の体制改革を推進し、よりシステムが完備し、より成熟し定型化されたハイレベルの社会主義市場経済体制を構築する」ことを目指し、この意見を提起する。

2.総体要求

(1)指導思想

 財産権制度と(生産)要素の市場による配分を重点とし、ハイレベルの市場システムを建設するとしているが、その具体的なイメージは、「財産権が有効なインセンティブを与え、(生産)要素が自由に流動し、価格の反応がフレキシブルで、競争が公平で秩序立った、企業の優勝劣敗」を実現することであり、これにより「より質が高く、より効率的、より公平で、より持続可能な」発展を促進することだとしている。

(2)基本原則

①習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想を導きとすることを堅持する

 社会主義市場経済体制とは、「市場メカニズムが有効で、ミクロ主体に活力があり、マクロ・コントロールに力がある」経済体制である。

②生産力の解放・発展を堅持する

「社会主義初級段階という基本的国情をしっかり把握し、経済建設という中心をしっかり把握」するとしており、鄧小平理論の基本的部分を引き継いでいる。

 また、経済体制改革の牽引作用を発揮させ、社会の生産力を一層解放・発展させ、人民の日増しに増大する素晴らしい生活への需要を不断に満足させる。

③社会主義の基本経済制度を堅持・整備する

 社会主義の基本経済制度とは、「公有性を主体とし、多様な所有制経済が共同発展」、「労働に応じた分配を主体として、多様な分配方式が併存」、「社会主義市場経済体制」であり、これが質の高い発展の推進・現代化された経済システムの建設のための、重要な制度保障である。

④政府と市場の関係を正確に処理することを堅持する

「社会主義市場経済の改革の方向を堅持し、市場経済の一般ルールを更に尊重し、市場の資源の直接配分とミクロ経済活動への政府の直接関与を最大限度減らし、資源配分における市場の決定的役割を十分発揮させ、政府の役割を更に好く発揮させ、市場の失敗を有効に補完する」としている。これが社会主義市場体制整備の具体的中身であり、2013年党18期3中全会の「資源配分における市場の決定的役割」という表現が再掲された。

⑤サプライサイド構造改革を主線とすることを堅持する

 改革の方法を更に多く採用し、市場化・法治化の手段を更に多く運用して、「過剰生産能力の削減、過剰住宅在庫の削減、リレバレッジ、企業コストの引下げ、脆弱部分の補強」の成果を強固にし、ミクロ主体の活力を増強し、産業チェーンの水準を向上させ、国民経済の循環を円滑にすることに努力し、更にハイレベルの需給の動態的バランスを促進する。

⑥ハイレベルの開放拡大と市場化改革の深化の相互促進を堅持する

「断固開放を拡大し、商品と(生産)要素の流動型開放から、ルール等の制度型開放への転換を推進し、国際的に成熟した市場経済制度の経験と人類文明の有益な成果を吸収し参考として、国内制度・ルールと国際(制度・ルール)のマッチングを加速し、ハイレベルの開放により、深層レベルの市場化改革を促進する」。

 開放については、「流動型開放」から「制度型開放」への転換という基本方向が示され、自国の発展に都合のいい新たな国際ルールを構築するのではなく、グローバルスタンダードへのリンクが明記された。また、「開放により改革を促す」という基本的な考え方が示されている。

3.公有制を主体とし、多様な所有制経済が共同発展することを堅持し、ミクロ主体の活力を増強する

「いささかも動揺することなく、公有制経済を強固にし発展させ、いささかも動揺することなく、非公有制経済の発展を奨励・支援・誘導する」という大原則が確認されるとともに、民営企業の改革・発展への支援が明記された。

(1)国有経済の配置の最適化と構造調整を推進する

「国有資本をより多く国の民生の重要分野と国家経済の命脈・科学技術・国防・安全等の分野に投下することを推進し、国家戦略目標に奉仕させ、国有経済の競争力・イノベーション力・コントロール力・影響力・リスク抵抗能力を増強し、国有資本を強く優れた大きいものにし、国有資産の流失を有効に防止する」とし、「国有企業」の強大化、という表現は避けている。

(2)国有企業の混合所有制改革を積極かつ穏当に推進する

「十分競争的な分野の国家出資企業と国有資本運営会社が出資する企業について、一部国有株の優先株への転換を模索し、国有資本の収益機能を強化する」。これは、民営企業や外資企業と競合する分野について、政府が国有企業の経営支配から撤退することを示唆している。

「混合所有制企業について、国有独資・資本100%保有の会社と区別したガバナンス制度と監督管理制度の確立を模索する。国有資本がもはや株を絶対支配していない混合所有制企業については、更に柔軟で効率の高い監督管理制度を模索する」。これは、混合所有で国有株の比率が高い企業であっても、政府の経営支配を見直す方向を示唆している。

(3)非公有制経済の質の高い発展を支援する制度環境を作り上げる

 民営経済・外資企業の発展を支援する健全な市場・政策・法治・社会環境を整備し、活力と創造力を奮い立たせる。

「(生産)要素の獲得・参入許可・経営運営・政府調達・公開入札等の方面で、各種所有制企業を平等に扱い、市場競争を制約する各種の障碍と隠れた障壁を打破し、各種所有制主体が法に基づき資源・要素を平等に使用し、公開・公平・公正に競争に参加し、法律の保護を同等に受ける市場環境を作り上げ」、サービス業分野への市場参入を大幅に緩和する。

 また、中小企業の発展を支援する健全な制度を整備するとし、「中小企業向け金融サービスの供給を増やし、民営銀行・コミュニティ銀行等の中小金融機関の発展を支援する。民営企業向け融資の信用強化の支援システムを整備する。民営企業への健全な直接金融の支援制度を整備する。民営企業・中小企業の代金未払いを整理・防止する健全で長期有効なメカニズムを整備し、民営企業間の債務問題を解消するのに有利な市場環境を作り上げる」としているが、これは新型コロナ感染症問題が深刻化して以降、特に重視されている政策である。

4.市場経済の基礎的制度を打ち固め、市場の公平な競争を保障する

(1)財産権制度を全面的に整備する

「『帰属が明白、権利・責任が明確、保護が厳格、流転が円滑』である健全な現代財産権制度を整備し、財産権のインセンティブを強化する」。この財産権制度の整備は、市場経済の柱である。

 また、「資本管理を主とした経営性国有資産財産権管理制度を整備」するとしており、国有企業について、経営管理ではなく、資本管理であることを明らかにしている。

 民営企業については、「全面的に法に基づき民営経済の財産権を平等に保護し、法に基づき民営企業の合法権益を侵害する各種の行為を厳格に調査処分する」。この民営企業の財産権保護が、財産権制度の最重要部分である。

 農村については、農村の第二巡目の土地請負の期限が到来した後、さらに30年延長する政策を実施するとともに、経営性資産を株数に換算して集団経済組織の構成員に交付するとしている。これにより、農地の集約化が可能となる。

 さらに、「知的財産権の創造・運用・取引・保護制度の規則をきめ細かく整備し、知的財産権の権利侵害に対する懲罰的賠償制度を早急に確立し、企業のビジネス上の秘密保護を強化し、新分野・新業態の知的財産権保護制度を整備する」。これは、米中経済貿易交渉の重要な内容をなす部分である。

(2)市場参入のネガティブリスト制度を全面実施する

「『全国一つのリスト』による管理モデルを推進し、リストの統一性・権威性を擁護する。

 市場参入ネガティブリストの動態的調整メカニズムと第三者評価メカニズムを確立し、サービス業を重点テストとして参入規制を一層緩和する」としており、、サービス業の参入規制緩和が今回の目玉であることが分かる。

(3)公平な競争の審査制度を全面実施する

「反独占・反不当競争法の執行を強化・改善し、法執行に力を入れて、違法のコストを引き上げる」。以前より、反独占・反不当競争法の実効性が問題とされてきた。

5.更に完備された(生産)要素の市場による配分体制メカニズムを構築し、全社会の創造力と市場の活力を一層奮い立たせる

「要素価格の市場による決定、流動が自主的で秩序立ち、配分の効率が高く公平」を実現する。

(1)統一・開放された健全な要素市場を確立する

「戸籍制度改革を深化させ、超大都市を除く都市の戸籍登録規制を開放・緩和」する。

 また、「データ要素市場の育成・発展を加速し、データ資源のリスト管理メカニズムを確立し、データの権利所属の画定、開放・シェア、取引・流通等の基準・措置を整備し、社会のデータ資源の価値を発揮させる。デジタル政府の建設を推進し、データの秩序立ったシェアを強化し、法に基づいて個人情報を保護する」。これは、最近のデジタル化に対応した、新しい内容である。

(2)要素価格の市場化改革を推進する

「主として市場により価格が決定される健全なメカニズムを整備し、価格形成に対する政府の不当な関与を最大限度減らす」。

 また、「金利の市場化改革を深化させ、基準金利と市場化された金利の健全な体系を整備する」とあり、現在進行中の、既存の貸出基準金利を貸出プライムレートに切り換えていく改革が引き続き推進されることになる。

 さらに「人民元レートの市場化された形成メカニズムを整備し、双方向への変動の弾力性を増強する」とあるが、これは、米国に配慮した記述でもある。

(3)要素の市場による配分方式を刷新する

「土地収用の範囲を縮小し、公共利益用地の範囲を厳格に画定し、土地収用目録と公共利益用地の認定メカニズムを確立する」。これは、地方政府が農民から農地を強制収用して、商業・住宅用地の用途転換し、ディベロッパーに高値で転売して収入を得る「土地財政」を防止する意味があろう。

(4)商品・サービス市場の質・効率向上を推進する

「偽物・粗悪な商品を取り締まる長期有効なメカニズムを確立する」。これは、欧米・日本に配慮した記述でもある。

その2 へつづく)