【20-02】新型コロナウイルスに対処する金融政策
2020年2月28日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国で猛威を振るう新型コロナウイルスが経済に与える影響に対処するため、中国人民銀行は矢継ぎ早に金融政策面の対応を発動し、情宣に努めている。これらの措置について概観してみたい。
金融政策面の措置
2月1日に、人民銀行、財政部、銀行保険監督管理委員会、証券監督管理委員会、国家外貨管理局は連名で「新型コロナウイルス感染肺炎の防止と制御に対する金融面の支持をさらに強化することに関する通知」(銀発[2020]29号)を公布した。全体で5章、30項目の措置が示されている。第1章は「流動性を合理的に充分余裕のある水準に保持し、通貨量、信用量の下支えを強化する」と題されており、流動性の供与、特定分野の企業に対する優遇貸付、地域的な優遇政策、防疫上影響を大きく受ける小売り、宿泊、飲食などの産業、小型零細企業などへの貸出を確保することなど8項目が定められている。第2章は「金融資源を合理的に調整し、大衆の日常金融サービスを保障する」と題され、金融機関が営業拠点ネットワークや営業時間を適切に配慮し、営業所を消毒することや、適切な現金管理、支払い決済システムの限度額や業務時間の制限緩和、感染関連業務を簡素化する「グリーンチャンネル」の設置、など8項目、第3章は「金融インフラの安全を保障し、金融市場の平穏で秩序ある蘊奥を維持する」と題され、支払い決済システムの安定運行のための人員配置や、金融市場関連業務の維持など6項目、第4章は「外国為替およびクロスボーダー人民元業務の執行効率を高めるため『グリーンチャンネル』を設立する」と題され、感染関連物資の輸入手続きの簡素化や関連の外為資金送金のスムーズ化など5項目、第5章は「金融システムに対する党の指導を強化し、感染阻止の戦いに打ち勝つための政治的保証を提供する」と題され、金融監督部門と金融機関の組織の強化、これら組織自身の防疫対策、地域による応急管理措置など3項目が定められている。
この通知を受けて、人民銀行は2月1日に発展改革委員会や工業情報化部との間で取り決めたリストにある業務分野の企業に対する再貸出3千億元(約4兆8千億円)の実施を公表した。再貸出とは、人民銀行が低利で銀行に貸出し、その資金で銀行が対象企業に低利で貸出を実施するものである。次に旧正月休暇明けの2月3日には、リバースレポによって、7日物9千億元、14日物3千億元、計1兆2千億元(約19兆円)という大規模な資金を銀行間市場に供給した。14日物の金利は2.55%と旧正月直前の2.65%から0.1%引下げられた。翌2月4日には同じ金利でさらに計5000億元が供給され、資金供給量は2日間で計1兆7千億元(約27兆円)に達した。
2月7日に、人民銀行、財政部、外貨管理局、国家税務総局は共同で記者会見を開催した。財政部からは防疫のための財政支出の拡大などが報告された。金融関係では、防疫関連の重点企業に対して、再貸出の制度において1年物3.15%という優遇金利が適用されるが、これに加えて財政部が金利の50%を補填し、重点企業は1.6%以下の金利で借入を行えることが公表された。
2月17日に人民銀行は、1年物の中期貸出ファシリティ(MLF)によって銀行に対して3000億元の資金を供給し、適用金利を従前の3.25%から3.15%に0.1%引き下げた。MLFの金利は銀行の貸出金利の基準となる貸出市場報告金利(LPR)のベースとなる金利である。人民銀行は2月20日に1年物LPR金利を4.15%から4.05%へ0.1%引き下げた。LPRは昨年8月に導入され、1年物金利は導入当初の4.25%から2019年11月にかけて4.15%まで低下していた。この間、銀行の新規貸出加重平均金利はLPRの低下に伴って0.2%程度低下している。今回のLPRの引下げも同様に銀行の貸出金利の低下をもたらすものと考えられる。
また、このような金利の引き下げを受けて、上海銀行間金利(SHIBOR)7日物は、変動を伴いながらも1月中旬の2.6%程度から2月中旬には2.3%程度に低下している。
金融業務、金融監督面の措置
人民銀行の範一飛副総裁は2月15日の記者会見で、金融機関に対し、回収した現金を消毒してから再流通させることを要求し、汚染の可能性の高い機関から回収した現金については14日間とどめおいてから流通させるという方針を示した。
金融監督面では、旅館業や飲食業など小型零細企業に対する貸出の増加は、銀行の不良債権の増加をもたらす恐れがある。銀行保険監督管理委員会の周亮副主席は2月7日の共同記者会見において、不良債権の増加を予測していることを認める一方で、従来の不良債権圧縮の努力の結果、銀行の不良債権比率は充分低く(商業銀行の2019年第4四半期の数値は1.86%)、引当金カバー率は180%を超えているなど、不良債権が若干増加してもその影響は小さいとして、不良債権の増加を容認する姿勢を示した。
今後の見通し
人民銀行の陳雨露副総裁は、2月21日付で英Financial Times紙に「中国の新型コロナウイルスが経済に与える影響は一時的」と題する文章を寄稿した。そこでは、消費の拡大という長期的な傾向は続いており、消費の落ち込みは一時的なものにとどまる。さらに、中国では十分なマクロ経済政策発動の余地がまだ存在する。人民銀行は、新型コロナウイルスが経済に与える影響は一時的であり、収束後、経済は速やかに回復するとみている、などと述べられている。
このような情宣活動を含めて、中国は財政政策面でも金融政策面でも矢継ぎ早に政策を打ち出している。昨年12月に開催された中央経済工作会議では、非金融部門の急激な債務の拡大によるバブル発生やその崩壊という経済の急変動を回避するため、2020年は減税を中心とした財政政策とマイルドな金融政策によって、安定した経済成長を目指す方針が示されていた(昨年12月の本コラム参照 )。本年2月以降、新型コロナウイルス対策として、より拡張的な財政政策と、緩和的な金融政策が実施されている。12月の本コラムで拡張的な経済政策の提案者を引用した中国社会科学院の余永定研究員も、2月13日付の文章で、債務やインフレ、バブルなどの可能性はいまや二次的なものにすぎず、中国当局は同研究員が提案していたものよりさらに拡張的な政策を採用すべきと主張している。
また、2月7日の共同記者会見において、人民銀行の潘功勝副総裁は、今回の措置による民間非金融部門債務の拡大(レバレッジ比率の上昇)の可能性について問われ、金融政策を実施する際には、経済成長、レバレッジ比率、インフレ期待、為替レートなど多くの要素を考慮するが、現状、経済は下押し圧力に直面しており、経済成長を確保することがより重要であると答えている。
一方で、陳雨露副総裁のFinancial Times紙の寄稿文でも述べられている通り、マクロ経済政策をさらに発動する余地がいまだに存在する。中国当局はカードをすべて使いきっていない。今後、経済情勢がさらに悪化した場合に備えて政策対応の余地を温存しているものと見ることができる。現時点までの政策効果がどの程度のものか、新型コロナウイルスの経済に対する影響が一時的なものにとどまるかどうかは、現状では不明であり、新型コロナウイルスによる感染の広がりがいつ収束に向かうかにかかっている。IMFは1月の時点で中国の2020年の成長率を6.0%と予測していたが、2月22日のG20財務相・中央銀行総裁会議において、5.6%に引き下げた。これに伴い世界経済全体の成長率予測も3.3%から3.2%に引き下げている。この予測見直しは、現状のマクロ経済政策を受けて中国経済が第2四半期から正常に戻ることを前提としている。今後、新型コロナウイルスの影響が長引くようであれば、中国はさらに拡張的な金融・財政政策を実施することとなろう。
(了)