露口洋介の金融から見る中国経済
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【21-01】香港金融市場に関する人民銀行首脳の発言

2021年01月29日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 1月18日に開催されたアジア金融フォーラムにおいて、中国人民銀行の副総裁でもある銀行保険監督管理委員会の郭樹清主席がキイノートスピーチを行い、オフショア人民元センターとしての機能を中心に香港は国際金融センターとしてさらに繁栄すると述べた。今回はこのスピーチの内容について考察してみたい。

アジア金融フォーラム

 1月18日から19日まで、第14回アジア金融フォーラム(Asian Financial Forum)がオンラインで開催された。同フォーラムは、香港特別行政区政府と香港貿易発展局(HKTDC)が共催して、毎年香港で開催されており、様々な討論や投資マッチングセッションなどが行われている。今回はコロナ禍の影響でオンライン開催となった。プログラムを見ると世界各国の金融界、学界、行政などから多数の参加者があり、ノーベル経済学賞受賞者であるニューヨーク大学のポール・ローマー教授や、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の金立群総裁などがスピーチを行っている。日本からも金融庁の氷見野良三長官がスピーカーとして参加している。

 1月18日のプログラム冒頭、香港特別行政区政府の林鄭月娥行政長官の開会スピーチに続いて、郭樹清主席の基調講演が行われた。郭主席は中国人民銀行の副総裁であると同時に同行の共産党委員会の書記を兼ねており、人民銀行の事実上のトップである。さらに銀行保険監督管理委員会の主席兼共産党委員会書記であるため、中国の金融政策、銀行保険行政全体のトップの地位にあるといえる。

中国経済の新段階

 郭主席の講演は、中国人民銀行や銀行保険監督管理委員会ウエブサイトに内容が公表されており、「中国経済の新段階と香港特別行政区の新たなチャンス」と題されている。講演の前半は中国経済についてのもので、その中からいくつかの論点を要約すると、まず持続可能な発展の必要性を指摘し、資本、労働、土地等の要素投入が減速する中、イノベーションを成長エンジンとするという方針を示している。また、公有経済と非公有経済を同等に重視すべきで、独占と不公正競争を廃し、金融安定の監督の下、金融イノベーションを進めていく。市場が要素報酬を定めるという前提の下で分配の改革を進め、分配構造の改善を進めると述べられている。

 そして、中国が「国家資本主義」であり、強大な国有経済部門を有し、国家の産業政策が市場をゆがめているという国際社会で見られる一部の批判に対し、大きな誤解だとして、5点を指摘している。①民営経済は中国のGDPの6割を占める。②中国の産業政策は総体として市場の動向と一致している。③国有企業は民営企業の2倍の税を負担しており、広範な社会的責任を負うなど、政府からの補助金はマイナスである。④銀行と国有企業の財務は完全に独立している。⑤過去10年で労働者の収入は急速に増大しており、特に農民校の収入は2倍近く増加しており、中国産品の競争力の高さは労働者の権利の侵害によって得られたものではない。

香港の新たなチャンス

 スピーチの後半では、香港の今後について概略以下のように述べている。

 香港は中国経済の「双循環」という新局面で重要な機能を発揮することができる。香港は中国経済の国内循環と国際循環が交わる結節点である。

 香港は広東・香港・マカオグレーターベイエリアの構築において重要な機能を果たす。中国本土における香港資本に対する開放レベルを引き上げていく。

 香港は、国際科学イノベーションセンターの建設において重要な役割を有する。香港は国際決済銀行(BIS)がイノベーションハブを設置した3か所のうちの一つに選定された(筆者注:他の二か所はBIS本部が所在するスイスとシンガポール)。香港と深圳が、デジタル経済、バイオテクノロジー、人工知能等の分野で協力を進めていく。

 香港はオフショア人民元業務のプロセスで重要な機能を発揮する。香港は世界最大のオフショア人民元市場として、より多くの種類の、より大規模な人民元金融業務を開発することができる。世界各地の顧客を引き寄せ、より巨額の人民元資金を受け入れることができる。香港は、オフショア金融センターとしての地位に依拠して、中国がより高いレベルの双方向の対外開放を実施することに寄与できる。また、人民元の国際化を着実に進め、上海―香港、深圳―香港のストックコネクト、ボンドコネクトなどのシステムを改善し、本土と香港双方の金融の強化に貢献できる。

 香港は、国際金融センターとして新しい世紀のチャンスに直面している。改革開放と「一国二制度」の2つの基本国策は変化していない。国家安全維持法の施行は香港の社会を安定させ強力な保証を提供した。現在国際的、国内的に発生している大きな変化は、香港国際金融センターの成長にとってより有利な条件をもたらしている。香港は国際金融センターとして一層繁栄し一層堅固なものとなるであろう。

香港国際金融センターの今後の展望

 今回の郭主席のスピーチには、いろいろと異論があり得るが、中国政府の中国経済に対する見方や香港金融市場に対する方針を示しているという点で、興味深い。

 昨年10月の 本コラム でも述べた通り、日本では、2019年の夏からの香港の民主化デモの状況や、2020年6月末の国家安全維持法施行による一国二制度の動揺を受けて、高度金融人材を誘致するなどして、日本の金融市場の国際金融センターとしての機能を向上させようとしている。筆者も、現在は日本の金融市場の活性化にとって大きなチャンスであると考えている。

 しかし、当然ながら、中国政府や香港特別行政区政府も香港金融市場からの人材の流出を抑え、さらに新たな人材の流入を図るべく、対応策を打ち出している。今回のスピーチの前半では、イノベーションが中国経済の成長エンジンであると指摘し、金融イノベーションを進めるという方針が示された。そして、後半において、香港はイノベーションセンターとして、そして国際金融センターとして今後繁栄していくと述べられている。具体的な事例としてオフショア人民元市場としての香港の機能を高め、ストックコネクトやボンドコネクトの機能を改善することなどが挙げられている。

 日本は、現在のチャンスを逃さないために、日本市場においてどのような新しい収益機会が提供できるのか、内外に示すことが必要である。日本は1900兆円の家計金融資産があり、400兆円近い対外純債権を保有する世界最大の純債権国である。このような利点を活用して新しいビジネスを展開できるように、金融インフラの整備、規制緩和など、相応のコストを覚悟した、腰の据わった提案を示すことが求められよう。

(了)