露口洋介の金融から見る中国経済
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【21-03】第14次五カ年計画と双循環

2021年03月31日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 2021年3月5日から11日まで開催された全国人民代表大会において、「国民経済第14次五カ年計画と2035年長期目標綱要」(以下「綱要」)が決定された。その中の五カ年計画の主要指標と「双循環」について概観したい。

20項目の主要指標

 今回の綱要は全19編、65章からなる。第1編第3章主要目標では、まず2035年の長期目標として一人当たりGDPが中等先進国の水準に達することなどを挙げたのち、14次五カ年計画時期(2021年~25年)の経済社会発展主要目標として以下の5つのテーマ、20項目を挙げている。

(経済発展)

① GDP成長目標は、合理的な区間を保持し、毎年状況をみて提出する。

② 労働生産性増加率は、GDP成長率より高いこと。

③ 常住人口都市化率は2025年に65%。2019年は60.6%であった。

(イノベーション駆動)

④ 全社会研究開発経費伸び率は毎年7%以上。

⑤ 高付加価値特許件数を2025年に一万人当たり12件。2020年は6.3件であった。

⑥ デジタル経済のコア産業の対GDP比率は2025年に10%。2020年は7.8%。

(民生福祉)

⑦ 居住者可処分所得増加率はGDP成長率と同水準。

⑧ 都市調査失業率は毎年5.5%未満。

⑨ 労働年齢人口の平均教育年数は2025年に11.3年。2020年は10.8年。

⑩ 千人当たり医師数は2025年に3.2人。2020年は2.9人。

⑪ 基本養老保険加入率は2025年に95%。2020年は91%。

⑫ 千人当たり3歳以下幼児の託児数は25年に4.5人。2020年は1.8人。

⑬ 平均寿命は期間中1歳増加。2019年は77.3歳。

(環境)

⑭ GDP一単位当たりエネルギー消費量は期間中13.5%減少。

⑮ GDP一単位当たり二酸化炭素排出量は期間中18%減少。

⑯ 都市の空気有料日数比率は2025年に87.5%。2020年は87%。

⑰ Ⅲ類以上の水質比率は2025年に85%。2020年は83.4%。

⑱ 森林比率は2025年に24.1%。2019年は23.2%。

(安全保障)

⑲ 糧食総合生産能力は2025年に6.5億トン以上。

⑳ エネルギー総合生産能力は標準炭換算で2025年に46億トン以上。

双循環

 綱要の第4編は「強大な国内市場の形成と新発展モデルの構築」と題されている。第12章「滞りのない国内大循環」では、需要が供給を牽引し、同時に供給が需要を創出する好循環を実現する供給側構造改革などが求められている。第13章「国内国際双循環の促進」では、国内大循環に立脚し、強大な国内市場と貿易強国の建設を合わせて促進する「双循環」が掲げられている。そして、輸出入双方を同時に発展させること、対内直接投資と対外直接投資の水準を双方向で引き上げることが挙げられている。第14章「内需体系の育成・完成の加速」では、内需拡大戦略を実施し、消費と投資需要が旺盛な強大な国内市場を建設することとされている。具体的な消費促進策としては、住宅関連消費の促進やインターネット販売の農村への拡大、中等収入層の拡大、消費者権益保護の強化などが挙げられている。投資については、供給側の構造を改善するように行うこととされており、インフラや農業関係、環境保護、防災減災、民生方面などへの投資と、戦略的新興産業投資などが挙げられている。

内需中心の成長モデルへ

 今回の綱要については、昨年10月に開催された共産党五中全会においてその内容について「建議」が行われ、11月3日に新華社が習近平総書記による説明を報じている。経済成長については、2035年にGDP総量や一人当たり収入を現在の2倍にすることは十分可能だとしながら、海外の経済状況など将来の外部環境の不確実性が大きいので、経済構造の優良化など定性的目標を主として定量的目標は避けるという方針が示されていた。これを受けて、今回の綱要では第14次五カ年計画期間中のGDP成長目標の数値を明示しなかった。なお、13次五カ年計画では年平均6.5%以上とされていた。2021年については、今回の全人代で決定された「政府活動報告」において6%以上とされている。

 双循環とは、このような将来の外需の不確実性に直面して、外需についても注力するが、消費を中心とした内需を自力で拡大し、内需によって牽引される経済成長を確実にしていこうということである。消費拡大の方策の一つとしては、常住人口都市化率を2025年に65%に引き上げることによって、都市の住宅関連消費を増やし、家電製品をはじめとする消費需要を増加させることが挙げられる。

 昨年11月の本コラム で指摘したとおり、内需中心の経済成長モデルになると、中国の経常収支が赤字化する可能性が高い。中国の経常収支の対GDP比率は、社会保障の整備に伴う家計貯蓄率の低下や、財政赤字の拡大、成長率鈍化に伴う企業貯蓄率の低下などの構造的要因により、2007年の約10%から2018年には0.22%まで低下していた。その後、米中貿易摩擦による輸入の減少やコロナ禍以後いち早く生産が回復した中国の輸出の増大によって貿易収支の黒字が拡大し同比率は2019年1%、2020年約2%と増大に転じている。しかし、今後も前述の構造的問題が続く中で、内需中心の経済成長モデルを確立していくとすると、貿易・サービス収支は赤字化する可能性が高い。日本の場合、2011年の東日本大震災以降、原発の稼働停止により原油の輸入が増加し、貿易・サービス収支が2011年から2015年まで赤字となったが、経常収支の中で対外金融債権・債務から生じる利子・配当金等の収支状況を示す第1次所得収支が大幅な黒字であったため、暦年で見て経常収支は黒字を維持し続けた。中国も日本と同様対外純債権国であり対外債権の方が対外債務より大きいが、対外債務は直接投資が多く配当の支払いが多い一方、対外債権は米国債など金利の低い債券投資が多いため、第1次所得収支は大部分の年で赤字となっている。従って、貿易・サービス収支が赤字になったり、黒字がある程度縮小すると経常収支は赤字になりやすい。

 経常収支が赤字になるとほぼ自動的に金融収支が流入超となる。従って、中国にとって、資本流入の質が重要となってくる。海外からの対内直接投資は引き続き重要であるが、それとともに比較的資金調達コストが低い国債など債券への投資を増加させる必要がある。そのための施策も打ち出している。2018年11月には香港において人民銀行が人民元建て売出手形を発行した。人民銀行によると、これは人民元国際化を推進する施策と位置付けられているが、比較的低利の海外資金を調達する手段の拡充でもある。

 2020年5月には適格海外機関投資家制度(QFII)と人民元建て適格海外機関投資家制度(RQFII)の個別機関の投資限度枠が撤廃された。QFIIとは、適格と認められた海外の機関投資家が外貨で中国国内に送金し、国内で人民元に交換したうえで人民元建ての債券や株式などの証券に投資することが認められる制度である。RQFIIは、QFIIの海外からの送金が人民元建てで行われる制度である。QFII、RQFIIには個別機関ごとに投資限度枠が設定されていたが、これが撤廃され、海外からの証券投資の増加が期待される。

 将来中国が資本流入についてどのような政策をとるかは、日本の対中投資にも影響を与える。今後の動向を注視していきたい。

(了)