【20-11】双循環と日本経済
2020年11月30日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
本年10月26日~29日に開催された共産党第19回中央委員会五中全会において、2021年から開始する第14次5か年規画の方針として「双循環」が強調された。今回は、中国の双循環が日本に与える影響について考えてみたい。
「双循環」とは何か
本年5月14日に開催された共産党中央政治局常務委員会では「供給側構造改革を深化し、我が国の超大規模市場の有利性と内需の潜在力を充分発揮し、国内と国際の双循環が相互に促進しあう新発展局面を構築する」という方針が示された。これを受けて5月22日から18日まで開催された全国人民代表大会における政府活動報告では、「内需拡大戦略を実施し、経済発展方式の転換を推し進める」と述べられた。そして、10月26日から29日まで開催された共産党第19回中央委員会五中全会においては、2035年までに一人当たりGDPが中等先進国水準に達することなどを内容とする社会主義現代化の長期目標とともに、2021年から2025年の第14次5か年規画の主な内容についても示され、その中で「国内大循環を主体として、国内・国際双循環が相互に促進する新たな発展局面の構築を加速する」と述べられている。
双循環の具体的内容については、必ずしも明確ではないが、従来の外需中心の成長モデルから、供給側構造改革も進めながら、内需、特に消費中心の成長モデルへの転換を図ることが主な目的と考えられる。経済成長の内需への依存を高めること自体は10年ほど前から言われ続けてきたことであるが、ここにきて、米中貿易摩擦の激化やコロナ禍などの環境変化を受けて、外需依存に対する不安定性が強く認識され、内需中心の成長モデルへの転換が急がれることになったと見ることができる。
一方で、国際大循環の方も軽視するわけではない。中国自身の対外開放を進めることや、RCEPなどの多国間協定あるいは二国間協定による貿易投資の自由化の促進などの努力は今後も進めていく方針である。一帯一路沿線国などを中心とした外需も重要で、外需が伸びることによって成長が得られるのであれば、もちろん取り込んでいこうとしている。ただ、外需については不確実性が大きくなってきているので、自助努力で促進できる内需について、より重点的に扱っていこうということであろう。中国自身の対外開放という面では、今年に入って1月に生命保険会社、4月には証券会社の外資出資比率を撤廃した。また5月には、適格海外機関投資家制度(QFII)や人民元適格海外機関投資家制度(RQFII)の個別機関投資家の投資限度額が撤廃された。資本流入をやりやすくする方向での対外開放が進んでいる。
中国経済に対する影響
中国の個人消費の対GDP比率は4割弱と、5割を超す日本や7割弱のアメリカと比べて低位にとどまっている。今後、習近平政権が強力に所得の再分配を推し進めることができれば、個人消費の対GDP比率引き上げの余地は充分存在し、個人消費を中心に内需主導型の成長を実現することは可能である。同時に供給側構造改革を進め供給能力を高めていくことも指摘されている。中国は2035年までの間に一人当たりGDPが中等先進国の水準に到達することを目的としている。習近平国家主席の発言によると、これは現在約1万ドルの一人当たりGDPを2035年までに2倍にすることを意味しているようである。これまでの、内需拡大の努力もあって、経常黒字の対GDP比率は2007年の約10%をピークに低下傾向を続け、2019年には1%程度となっている。今後、消費を中心とした内需主導型成長モデルへの転換が進められるとすれば、輸入の増加が見込まれ、経常収支が赤字となる可能性も高い。経常収支が赤字となると、ほぼ自動的に金融収支は流入超となる。中国経済にとって、今後安定的な資本流入の重要性が増してくることになるだろう。中国はすでに資本流入面の規制緩和を進めることによって、対応を図っている。
日本への影響
香港経由も含めると、中国は日本にとって最大の輸出先である。中国が、内需主導型の経済への移行を推し進める結果として輸入を増加させれば、日本の対中輸出がさらに増加することが期待できる。もちろん、自動車をはじめとして、中国の工場で生産して中国で販売する日本企業も多い。消費を中心とした中国の国内市場の更なる拡大によって、これら日系企業の利益の増加も見込める。このような中国市場向けの財・サービスの販売の増加によって、日本経済に好影響が及ぶことが考えられる。
もう一つ、中国の資本流入の増加に対する窓口として、日本の金融市場の機能を高めることが考えられる。前述の通り、今後中国にとって資本流入の重要性が増してくる可能性が高い。その際、世界最大の純債権国である日本の存在は無視できない。一方、日本としても、中国の資本流入の窓口としての機能を高めることによって、日本の金融市場の国際競争力強化を図ることができる。前回の本コラム では香港市場やシンガポール市場と競争して、日本の金融市場が国際金融センターとしての地位を高めるためには、税制上の優遇や行政文書の英語化など環境の整備を図るだけでは十分ではなく、日本市場には収益を上げられるビジネスが存在するということをアピールすることが必要ではないかと述べた。様々なビジネスが考えられようが、筆者は、中国への資本流入の窓口機能を果たすこともそうしたビジネスの一つとなりうると考える。例えば、中国で活動する日本の銀行や企業が日本市場において人民元建て債券を発行して調達した資金を中国に送金して利用することが考えられる。信用状況の良好な中国企業も日本市場で資金調達を行うことが可能だろう。
また、昨年 7月の本コラム でも述べたが、現在香港証券取引所と上海証券取引所の間では、香港証券取引所において上海証券取引所上場株式が売買でき、上海証券取引所において香港証券取引所上場株式が売買できるストックコネクトというシステムが存在する。東京証券取引所と上海証券取引所との間では昨年6月に投資信託であるETFの相互上場が始まったが、日本と中国の間でも個別銘柄の取引をより簡便に行うことができるストックコネクトを実現することが望まれよう。
人民元建て証券が日本市場においてスムーズに発行され流通したり、日中間のストックコネクトを実現するためには、日本市場に人民元建て証券と人民元資金の同時決済システム(DVP)が存在することが必要である。そのような金融インフラを整備することによって、日本市場が中国の資本流入の窓口機能を有することを内外にアピールすることができ、金融市場の国際競争力向上に資することになる。
中国の「双循環」という方針が内需の拡大と資本流入の加速をもたらすのであれば、日本にも財・サービスの取引面、金融取引面の両面において影響が及ぶ。今後の状況の変化を注視しながら、好機を逃さぬように対応を図るべきであろう。
(了)