第32号:食糧の持続的生産に関する研究
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食料の持続的生産のための日中農業研究協力

2009年5月13日

小山 修(こやまおさむ):
(独)国際農林水産業研究センター研究戦略調査室長

1954年7月 生まれ。
1979年 東京大学教養学部卒業。農林水産省勤務後、国連食糧農業機関(FAO)で農産物需給予測を担当、その後も継続して世界の食料・農業問題と資源・環境との関連を中心とした計量経済分析研究に従事。東京大学講師、名古屋大学客員教授等歴任。

1. はじめに

 中国は、世界最大の食料生産・消費大国であり、2001年の中国のWTO加盟に伴い、食料の貿易も増大し、中国国内の食料需給の変化が国際市場の変動の大きな要素となりつつある。わが国は食料の過半を海外市場に依存し、野菜や加工食品等を直接中国から輸入していることから、中国の食料需給の安定は、わが国にとって重要な関心事となっている。

 また、中国の農業は、アジアモンスーンの影響下という類似の気候条件を有し、わが国農業と作目等の共通性が高く、経営規模も総じて小さいことから、わが国との間で農業・食品技術、農業政策における広範な協力分野が存在する。以下、これまで国際農林水産業研究センター(JIRCAS)が実施してきた協力の成果を簡単にまとめ、今後の研究協力の方向についての私見を示す。

図1 主要穀類の播種面積と単収の推移

2. 「中国食料資源」プロジェクト(1997~2003年度)

 中国における農業分野の共同研究は、1980年の日中科学技術協力協定を受けて設立された日中農業科学技術交流グループ第1回会議(1982年)によって第一歩が踏み出された。当時の農林水産省熱帯農業研究センターと雲南省農業科学院との間で行われた水稲耐冷、耐病、多収品種の育成に関する研究は、1991年まで3期にわたって続けられ大きな成果をあげた。この他、野菜、乾燥限界地、水稲害虫等の研究が行われ、広範な分野で協力が進展していた。

 こうした中、1997年の第16回日中農業科学技術交流グループ会議の場で合意された「中国における主要食料資源の持続的生産及び高度利用技術の開発」プロジェクトは、当時大きくクローズアップされていた中国の食糧供給に対する懸念を正面から捉え、広範な分野の研究者を動員し、学際的連携の強化によって問題解決を目指す「総合型プロジェクト」として位置づけられた。中国側においても急速な経済成長のもとで自国の食糧供給能力に対する様々な問題が顕在化しつつある時期であり、強い関心と熱意をもって迎えられた。

 プロジェクトは、中国農業の持続性の確保と主要食料需給の安定を図ろうとするものであり、大きく3つの柱から構成された。第一は、社会科学の研究であり、需給構造の変化の把握と効率的生産流通システムの設計を目指した。第二は、持続的高位安定生産技術の開発であり、新品種の育成、環境保全型技術がその中心となった。第三は、従来行われていなかったポストハーベスト分野の研究であり、様々な加工、流通、貯蔵技術が対象とされた。参画研究機関は、研究期間中に日中双方で組織の変更があったが、日本側はJIRCASの他、農業・食品産業技術総合研究機構、農業環境技術研究所、水産総合研究センター、農林水産省農林水産政策研究所、大学等であり、中国側は、中国農業科学院傘下の4つの研究機関、中国科学院南京土壌研究所、中国農業大学、上海海洋大学、吉林省農業科学院及び農業部農村経済研究センターであった(いずれも、現在の名称)。プロジェクトは、中国農業部と農林水産省技術会議事務局をも含めた合意により政府間の共同研究事業として実施された。

 本プロジェクトは、特許、新品種、著作、科学論文などの多くの研究成果を生み出したが、特筆すべきことは、共同研究の課題で多くの研究管理者、共同研究者に来日の機会が与えられ、また、現地でも日本側研究者との共同作業の中で中国の若手研究者が研究方法などの経験を積むことができたという人的交流面の成果であり、中国側研究機関からも研究水準の向上という面で高い評価がなされている。以下、実施分野ごとに主要な成果を紹介したい。

(1) 食料需給分析、地理情報システム、技術普及制度の研究

 東部沿海の比較的経済が発展した山東省と内陸部貧困地帯の貴州省を対象に食料需給予測モデルを構築し、主要穀物と食肉の中短期需給予測を行った。飼料需給の変化や国際価格の動向が地域ごとに異なる影響を及ぼし、将来の需給ギャップの発生とそれに伴う問題点を明示した。

 土地利用の経年変化解析のための衛星データを用いた解析を進め、作付面積の変動把握の他、生育状況モニタリングの可能性を示した。山東省の冬小麦地帯を対象に作付面積の広域分布を推定する手法を示すとともに、北京市郊外の土地利用変化の激しい地域を対象として、時系列変化の差異による地域分類を行った。また、観測条件のよい冬小麦の開花期直後の衛星データを用いる手法を検討し、生育状況推定精度を向上させた。

 東北地方等の水稲の新興産地を対象に、改革開放政策などの制度変化による増産効果と技術進歩の効果とを比較考量し、技術進歩の効果が持続的であること、技術が労働集約型に特化していること等を示した。また、普及組織や生産者組織の実態を調査し、新技術の受容力や普及制度の効率性が一般に考えられるより高いことなどを明らかにした。

(2) 持続的高位安定生産技術の開発

 中国及び日本の有用イネ遺伝資源を利用して、交配、選抜、栽培試験を行い、早生、多収、良食味の有望系統を育成した。紋枯病抵抗性に関しては、新たな注射接種法の有効性を確認するなど検査方法を確立した。

 華中、華南に広く普及した高収量ハイブリッド水稲に特異的に被害をもたらすウンカの移動シミュレーション等の成果を土台に、ウンカの多発化の機構解析、ウンカ被害に抵抗性を示す品種の抵抗機作の解明等を行い、さらに抵抗遺伝子の分布、特定を行った。これらの研究成果をもとに、セジロウンカが多発する四川省の農家水田を用いた環境保全型水稲害虫管理技術の実証試験を実施し、農家収益を向上させつつ農薬使用量を顕著に低減できることを証明した。

 豊富な遺伝資源と先端技術を活用して安価な輸入大豆に対抗できる低価格で高品質の大豆素材開発を進めた。約3,000点の遺伝資源の一次特性評価を行い、さらに近赤外分光分析計等により、約1,500点のタンパク質・脂肪含量についてのデータベースを作成した。共同研究の成果として、6つの新品種を育成した。

 窒素を中心とする主要元素の動態を解明し、施肥条件の違いによる環境負荷を測定した。山東省の畑作地域において、県域の窒素フローを計算するとともに、施肥深度や肥効調節型肥料の利用の違いによるアンモニア揮散、作物収量への影響を測定し、トウモロコシ・小麦への尿素深層施肥等の有効性を確認した。また、江蘇省においては、集落レベルの窒素、リンの年間流出パターンを明らかにするとともに、さらに大きな集水域レベル流出を推計し、水管理の重要性を明らかにした。

(3) ポストハーベスト分野の研究

 伝統的技術の底上げ、改善を目的とし、常湿広域流通に適した数多くの高付加価値化食材開発を進めた。大豆では、二段階加熱法等による豆腐加工法の改善、豆乳アイスクリームの製造の他、各種大豆製品の中の機能性成分を測定評価した。米では非発酵型ビーフンの加工条件の最適化、インディカ米の菓子類への適正試験等を行った。

 中国の淡水魚は、4,000万トンを超える漁業生産の約4割を占め、動物性タンパク質の主要な供給源でありながら、加工流通体制が遅れていたため、すり身特性の分析を行い、加熱条件、冷凍による変性条件、魚種別の製品歩留まりを検討し、実際に練り製品を製造した場合の食味評価も実施した。貯蔵流通技術については、貯蔵中の脂質の分解、酸化の進行について、そのメカニズム、魚種別の違いを明らかにした。

 トウモロコシ茎葉部分をサイレージ調整し、牛等の反芻家畜への飼料として有効利用する方法を検討した。サイレージの品質改善のための乳酸菌、酵素等の添加の効果や調整時期等による発酵条件の違いを明らかにし、改善方等を提示した。この他、吉林省内で収集した牛、緬羊への給与飼料120種類について成分分析を行い、飼料成分表を作成した。

2. 「中国食料変動」プロジェクト(2004~2008年度)

 中国では、東部沿海都市部の急速な近代化とは対照的に、内陸中・西部や東北部農村の発展が遅滞し、様々な政策によって農村経済の活性化が図られている。しかし、これら地域は、自然環境の強い影響下にあり、気象変動に伴う冷害や干害等の農業気象災害の多発が、市場経済化に伴う政策の急激な変革とも相まって、食料生産と農家経済の活性化において大きな制約要因となっている。

 2004年に開始された「中国食料の生産と市場の変動に対応する安定供給システムの開発」プロジェクトは、内陸部・東北部を中心に多発する農業気象災害を事前に予測し、リスクを回避・軽減するための研究開発に取り組むとともに、生産と自然災害、経済及び環境変化との相互関係を科学的に分析することによって、中国国内の食料需給の安定化に寄与することを目的にした。また、農業気象災害のリスク評価技術の高度化を図り、食料生産の動向把握や農民の組織化方策等を比較検討しながら、内陸部・東北部を中心とした農家経済の向上策を提示した。

 プロジェクトは、「農業資源評価技術の高度化と農業気象災害の早期警戒システムの構築」と「農業生産変動下におけるリスク評価と農村経済安定化システムの構築」という2つの大きな課題から構成され、相互に関連して「農家経営・農村の安定」を探る研究内容となっている。

 参画研究機関は、中国側が、中国農業科学院傘下の農業資源和農業区劃研究所、農業環境与可持続発展研究所及び農業経済与発展研究所のほか、黒龍江省農業科学院、国務院発展研究センター農村経済研究部であり、日本側は、JIRCASが中心となり、農業・食品産業技術総合研究機構、農業環境技術研究所、農林水産省農林水産政策研究所が協力した。以下、主要な成果を示す。

図2 日別気象メッシュデータから計算した有効積算温度の分布

(1) 農業資源評価技術と農業気象災害早期警戒システム

 気象災害の予測・被害程度の推定の迅速化を図るため、衛星データを用いた作物モニタリング技術を開発した。毎年の水田分布を迅速に算定する手法を開発し、黒龍江省における水田分布の変動解析を行い、近年の大規模な土地利用の変化を明らかにした。これらは、早期警戒システムにおいて水田マスクデータとして使用されている。

 黒龍江省等において、気象等のデータのリアルタイムでの収集・利用を可能にするフィールドサーバー技術を改良するとともに、気温、降水量、日射量に関して中国全土0.1°メッシュ気象値(日値)を作成した。作成したメッシュ気候値の検証と応用として、遅延型と障害型の水稲冷害の発生年を事例に分析した。さらに、黒龍江省の水稲栽培9地点の生育モデルにより、日温度の変化などを用いて、出穂期の変化、冷却量の推計、高温障害の判断などを行った。以上の成果をもとに「黒龍江省水稲冷害早期警戒システム」をインターネット上に構築した。

(2) 生産変動リスクの評価と市場安定化方策

 黒龍江省稲作農家の経営安定化に向けた農業生産誘導を可能とするモデルを作成し、シミュレーション結果を提示した。現地調査から、稲作栽培経験が少ない農村ほど、リスク選好型の経営を望んでいることなどを明らかし、リスク情報の提供方策を示した。

 農業社会化服務体系の整備、米等の穀物の広域流通、農業組織化と市場安定化に関する政策的提言を著作にとりまとめた。中国の農業保険、農民専業合作社等の実態を明らかにした。

 中国東北部を主要な産地とするジャポニカ米の需給について中国コメ需給モデルを作成して分析し、生産者価格の変動に対する反応などを明らかにするとともに、黒龍江省からのコメの移出量のシミュレーション予測を行った。

5. 今後の展開方向

 中国農業は、現在、三農(農業、農村、農民)問題とよばれる基本的な課題を抱えている。これらの問題に対して、中国政府は、政策による解決策のほか、科学技術による解決を重視しており、多くの研究資源が投入されている。農業の生産性に関する研究においては、水や土壌の保全などの生産資源管理と農業が及ぼす環境負荷の軽減が重要なテーマとなりつつあり、特に、脆弱な農業環境をもつ内陸乾燥地などでの持続生産技術の導入、定着が急がれており、将来の気候変動の緩和・適応のための技術も注目されている。今後の科学技術の交流においては、特に、これらの分野での技術開発が重要となろう。農村の活性化や農民の所得改善に関しても、これまでわが国が経済成長の過程で蓄積した技術・制度の経験を土台に、東アジア共通の研究成果を国際的に発信していくことが期待されている。このほか、日中間では、鳥インフルエンザなどの家畜伝染病や食品の安全性確保のための研究も極めて重要であり、さらに、東アジア地域全体の食料安全保障のための共通備蓄制度や情報ネットワークに関する制度的な研究も重要である。

 わが国と中国は、農産物の貿易等を通じて関係を緊密化させており、より一層の協力関係が求められている。JIRCASは、これまで築いてきた日中農業科学技術交流の長い歴史と人的ネットワークをさらに発展させ、新たな日中共同研究プロジェクトを開始し、共同して東アジアに共通する農業問題を解決し、世界に発信していく。

参考文献:

  1. Koyama, O. (Ed.) (2005) Development of Sustainable Production and Utilization of Major Food Resources in China, JIRCAS Working Report, 42, 1-138
  2. Uchida, O. and O. Koyama (Ed.) (2006) Development of Early-Warning System for Mitigating the Risk Caused by Climate Disasters through Technological Enhancement of Resource Monitoring and crop-Model Simulation, Proceedings of the Workshop on Japan-China Collaborative Research Project, JIRCAS Working Report, 50, 1-101
  3. 銭小平編著 (2008) 「黒龍江省における稲作の持続的発展とその課題」,JIRCAS Working Report, 59, 1-121
  4. 石郷岡康史,鳥谷均,許吟隆,嬌江,許顕濱 (2008)「メッシュ気候・気象値を用いた農業気象災害評価手法の開発」,中日合作研究『中国農産品穏定生産与市場変動研究』項目総結会論文集,99-102