ナノ材料による細胞の構造及び機能への影響に関する研究
2011年11月 8日
梁 偉(Liang Wei):中国科学院生物物理研究所 研究員
1966年2月、河南省新蔡県生まれ。2000年9月、上海医薬工業研究院卒(薬剤学博士)。2000年~2004年、米国ミネソタ大学、ハーバード大学医学部、北京大学で博士研究員。現在はタンパク質・ポリペプチド医薬品実験室副主任、中国生物物理学会第9期理事会理事、中国生物物理学会分子イメージング学専門委員会副主任委員、中国薬学会薬剤専門委員会委員、「ナノ科学及び技術」叢書・編集委員会委員等を兼任。発明特許9件。国際的に重要な学術誌で論文30本以上を発表。
共著者:王 静
1 はじめに
ナノ材料の研究及び実用はここ10年で急速に発展した。将来性のある新型ナノ材料が大量に開発されて頭角を現し、多くのナノ材料アセンブリもさまざまな分野で広く実用化されている。研究と実用の広まりにつれ、ナノ材料の生物学的安全性及び実用面での特異性がますます注目を集めている。ナノ材料による細胞の構造及び機能への影響に関する基礎研究は、安全性の解明と実用性の指南に必要とされる前提条件である。国内外の関連する研究成果を総括することで、本稿では一部の有機及び無機ナノ材料による細胞膜、細胞骨格及び細胞核等の亜細胞の構造ならびに細胞死、生長と分化、接着・転移及びシグナル伝達等の細胞の機能への影響を概観する。
2 ナノ材料による細胞の構造への影響
2.1 細胞膜
細胞膜は細胞の主な防御壁であるばかりでなく、細胞・環境間の物質・情報交換を担う大きなプラットフォームでもある。ナノ材料が細胞と作用する第一の段階はまさに細胞膜への作用であり、これには膜脂質及び膜タンパク質がある。
2.1.1 膜脂質
リン脂質二重層は細胞構造の境界を構成し、細胞の完全性と内部環境の安定性を維持する。細胞膜表面の脂質にはゲル相と流動相の2つの相が存在する。ナノ材料は細胞膜と接触する際に一定の圧力を生じ、膜脂質に相転移を生じさせる可能性がある。Wang Bらは、蛍光共鳴エネルギー移動及び等温滴定微量熱技術により、20nmの帯電したポリスチレンナノ粒子はリポソームに非特異的に吸着した後、リポソームに接触点で相転移が生じたことを観察した。リン脂質膜における相転移の発生はナノ粒子の表面電荷と関係があり、リン脂質の種類及びナノ粒子の大きさとは関係しない。負電荷を持つナノ粒子はリン脂質膜を流動相からゲル相に相転移させ、正電荷を持つナノ粒子はゲル相から流動相に相転移させる。ナノ材料は膜脂質の相転移を誘導する以外に、リン脂質二重層を「貫通」するものもある。Roiter Yらは原子間力顕微鏡技術を用いて、ジミリストイルホスファチジルコリン(DMPC)膜には1.2~22nmのシリコンナノ粒子の作用により穿孔が形成されることを観察した。無機材料のほか、一部の有機ナノ材料も同様に膜に穿孔を導く。Leroueil PRらは陽イオンの有機ナノ粒子が人工膜と細胞膜を「貫通」する現象について報告した。ナノ粒子の大きさ、電荷及び表面修飾は、細胞膜の「貫通」作用に影響を及ぼす。
2.1.2 膜タンパク質
膜タンパク質は種類が非常に多く、膜を越えた物質の輸送や細胞表面におけるシグナル伝達の主な担当者である。膜タンパク質は、作用メカニズムの違いにより、イオンチャネル、キャリアタンパク質及び受容体タンパク質の3つに大きく分類される。
(1)イオンチャネル
イオンチャネルは選択的にある種の、またはいくつかの種類のイオンを移動させて膜内のイオン強度を維持し、膜電位を安定させる。Park KHらは、カーボンナノ材料はカリウムイオンチャネルを抑制するが、この種の抑制作用はカーボンナノ材料の形状、粒子径及びカリウムイオンチャネルの種類と密接な関係がある上に可逆性があることを報告した。筆者が3種類のカーボンナノ材料を比較した結果、0.72nmの球形フラーレンのカリウムイオンチャネルに対する閉塞作用は直径1-10nmの単層カーボンナノチューブの2-3倍であり、直径10-15nmの多層カーボンナノチューブには閉塞作用はないことがわかった。カリウムイオンチャネルのタンパク質とカーボンナノ材料の相互作用についてシミュレーション計算した結果、カーボンナノ材料は物理的にカリウムイオンチャネルの「入り口」を閉塞し、カリウムイオンを細胞から正常に流出入できないようにしている。物理的な閉塞作用のほか、ある種のナノ材料は細胞に酸化圧力を生じさせ、ある種のイオンチャネルの構造と機能に変化をもたらす。例えばCdSe量子ドットのもたらす酸化圧力はN型カルシウムイオンチャネルを活性化させ、電圧によりナトリウムイオンチャネルのゲートを制御し、細胞外のカルシウムを大量に流入させることで細胞内のカルシウムイオン濃度が急速に上がるが、L型・T型カルシウムイオンチャネルとカリウムイオンチャネルでは顕著な変化はない。
(2)キャリアタンパク質
キャリアタンパク質は立体配座の変化を通じて、ある特定の分子に膜を越えて移動させる、もう一つの大きなタンパク質の分類であり、多剤耐性タンパク質Pgp、グルコース輸送担体、コリン輸送担体、チアミン輸送担体等がある。多剤耐性タンパク質Pgpは多くの低分子抗がん剤のポンプ排出を促すため、細胞内の薬剤有効濃度が低下し化学療法を失敗に導く。Dong XWらは、界面活性剤Brij78を含む中空ナノ粒子は、CMCをはるかに下回る濃度下で細胞内ATPを当初レベルの80%まで引き下げることによりATP依存性Pgpタンパク質の活性を抑制し、ドキソルビシンやパクリタキセル等の低分子薬剤の抗腫瘍効果を大幅に引き上げることを発表した。キャリアタンパク質は多剤耐性タンパク質に加え、グルコース、アミノ酸、コリン等、多数の基本栄養素の輸送担体でもある。血液脳関門の高さがある種の栄養素の輸送担体を表すことを考慮すれば、これらキャリアタンパク質は常に薬剤を脳のターゲットに送り込み血液脳関門の阻害作用を克服している。Dufes Cらは重要な機能を有する神経ペプチドをパルミトイルグルコサミンで構成されるナノ粒子でコーティングすることにより、神経ペプチドは加水分解により効力を失いやすいという欠点を解決しただけでなく、GLUT1の標的化により薬剤の脳内滞留量を58%増加させた。Fenart Lらはマルトデキストリンナノ粒子表面にレシチンをコーティングしたところ、コーティングされたナノ粒子は大脳皮質の単層細胞を透過する速度がコーティングされていないナノ粒子の3-4倍であることを発見した。Lockman PRらはチアミンリガンドで修飾されたナノ粒子は、大脳内での滞留量が2倍増加することを発見した。
(3) 受容体タンパク質
受容体タンパク質は特異的なリガンドと結合した後に、シグナル伝達に誘導され川下の生物学的効果を生じる。Dobrovolskaia MA及びMcneil SEは、ナノ材料がマクロファージに貪食されると生じる免疫反応の法則をまとめた。~90nmのマンノースにコーティングされたナノラテックス、~130nmマンノース-キトサンナノ粒子及び~200nmのグルコース-マンナン粒子はマンノース受容体ルートを通じてマクロファージに貪食され、20nm、50nm及び100nmの脂質ナノ粒子は補体受容体ルートを通じて貪食される。フラーレン誘導体はFcγ受容体ルートを通じて貪食される。これら3つのルートはいずれもマクロファージに免疫反応を生じさせ、炎症因子を放出する。ナノ粒子はスカベンジャー受容体という典型的なルートを通じてマクロファージに貪食された場合には細胞が刺激されず炎症因子を生じない。例としては、10-20nmの超常磁性酸化鉄ナノ粒子及び~35nmのコロイド金ナノ粒子がある。
2.2 細胞骨格
細胞骨格は細胞の形態を維持するだけでなく、細胞の内部構造の秩序を保つうえ、多くの重要な生命活動と関係する。例として、腫瘍細胞の接着・転移や神経細胞のシグナル伝達等がある。近年、ある種のナノ材料は細胞骨格の秩序ある構造を破壊して細胞の機能に一定の影響をもたらす事が発見された。Huang XLらは、長い棒状の単分散・メソポア・カーボンナノチューブはA375メラノーマの細胞骨格を破壊してマイクロフィラメントを無秩序に断裂して細胞膜付近を収縮させ、細胞骨格構造の破壊に伴い腫瘍細胞の一部機能も影響を受け、細胞のタンパク質接着パフォーマンスが不調となり、転移能力も低下することを発見した。Pisanic II TRらは、神経細胞上で低濃度のFe2O3ナノ粒子はPC12神経細胞内のマイクロフィラメントの数を減少させ、濃度の高まりに伴い、シナプスまで伸びていた微小管もほとんどすべてが消失することを見出した。神経細胞の細胞骨格が損傷を受けた結果、細胞の神経生長因子等の生化学的刺激に対する応答能力は低下した。
2.3 細胞核
細胞核は遺伝物質のストレージとして細胞で最も重要な「心臓」部分であり、細胞のすべての生命活動をコントロールする。ナノ材料の亜細胞毒性の研究の進展に伴い、細胞死を引き起こさない前提下では、ナノ材料は細胞核に染色体断裂、DNA鎖の破壊、点変異等の一連の変化を生じさせ、細胞の発がんを導いたり遺伝の安定性に影響を及ぼしたりすることが明らかになった。これらの現象は遺伝毒性(genetoxicity)と定義づけられる。ナノ材料によるDNAの損傷は直接作用と間接作用に分類される。直接作用とは、ナノ材料が細胞膜と核膜を貫通して細胞核に達し、DNAまたは核タンパク質に直接作用して損傷をもたらすことをいう。一部のナノ材料は通常の状況下では細胞核に侵入できないものの、生殖細胞の減数分裂の過程で核膜が消失する際にDNAと接触して損傷をもたらす。間接作用とは、ナノ材料が細胞の酸化圧力、炎症反応またはDNAの修復異常等を通じてDNAに損傷を与えることをいう。一部のナノ材料は遷移金属イオンを放出し、細胞内の酸素を強い酸化能力を持つ活性酸素種ROS(reactive oxygen species)に転化して細胞核内のDNAやタンパク質等の高分子を酸化させ、DNA断裂は水平方向に結合され、塩基が修飾される可能性がある。酸化圧力の蓄積と増長により、MAPK及びNF-kB等のシグナル伝達経路が活性化されて炎症因子の放出が促され、細胞に炎症反応が生じる。炎症はDNAの損傷を激化させて染色体を断裂させ、点変異を生じさせ、DNA付加物を形成する一方で、DNAの修復を抑制し、塩基の異常なメチル基化を導き、遺伝子の正常なパフォーマンスに変化をもたらす。DNAの損傷はDNA修復を活性化させ、より深刻な細胞周期停止または細胞のアポトーシスの発生を回避する。DNAの修復は細胞が遺伝の完全性と細胞の存続を確保する上で重要な要素である。修復プロセスにおいては、p53タンパク質が最初に応答し、一連のDNA修復の調節に関係する遺伝子の転写と伝達を起動させる。DNAの修復プロセスが妨害されると、細胞は発がんし、または細胞死が生じる。
3 ナノ材料による細胞の機能への影響
3.1 細胞のアポトーシス及びオートファジー
アポトーシス(apoptosis)及びオートファジー(autophagy)はプログラム細胞死の2つの方式である。アポトーシスとは、細胞が細胞内外のシグナルを受け取って行われるプログラムされた死であり、最終的にアポトーシス小胞が形成されるプロセスである。オートファジーとは、細胞内で形成されたオートファジー泡沫とリソソームが融合し、細胞内の破損した高分子又は細胞小器官を分解するプロセスである。通常レベルのオートファジーは細胞の自己防衛の一つの方法であるが、過度のオートファジーは細胞死を引き起こす。ナノ材料により導かれる細胞のアポトーシスに対する主な見方は、ナノ材料のミトコンドリアにおける蓄積、ROS生成の誘導、酸化圧力の発生、アポトーシス誘導シグナルの起動である。プロテオミクス及びゲノミクスの研究によれば、細胞の酸化圧力は低い方から高い方まで3つの段階に分けることができる。第1段階は、細胞がNrf-2タンパク質の活性化を通じて抗酸化酵素により自己防衛を行う。第2段階は、細胞がMAPK及びNF-kBのカスケード反応を活性化させて炎症因子を放出し、炎症反応を生じさせる。第3段階は、ミトコンドリアで膜穿孔が生じ、呼吸鎖が破壊され、膜電位が低下する等の変化により細胞核のDNAが損傷され、細胞がアポトーシスに向かう。銀でコーティングされた金ナノ粒子、フラーレン,ブロック共重合体ミセル及びカーボンナノチューブ等は、いずれもこのメカニズムにより細胞のアポトーシスを導くことが報告されている。理化学的性質の異なるナノ材料により選択されるアポトーシスのルートには違いがある。TiO2はcaspase-8/Bid及びミトコンドリアを活性化させるルートでアポトーシスを導くが、量子ドットはFas及び脂質の過酸化を増長させることによりアポトーシスを導く。近年、研究の進展に伴い、一部のナノ材料は細胞のオートファジーを引き起こしうることが徐々に発見されている。Wen LPらのグループは酸化ネオジム、フラーレン・ナノ結晶及び多数のレアメタル酸化物のナノ結晶は、いずれも腫瘍細胞にオートファジー性の細胞死をもたらしうることを発見したうえに、特殊なナノ材料により細胞のオートファジーを導き、抗がん剤による腫瘍治療を補助する可能性を提案した。このほか、Li CGらは、ポリアミドアミン(PAMAM)デンドリマーはAkt-TSC2-mTORルートの抑制によりオートファジー性の細胞死を促進しうることを見出した。Stern STらの研究でも2種類の異なるコアを持つ量子ドットは、いずれもブタの腎臓細胞にオートファジーを生じさせうることが示され、かつ、細胞のオートファジーを引き起こしたのはある種のナノ材料の共性であるだろうことが報告された。
3.2 幹細胞の生長及び分化
幹細胞とは、自己複製能を持つ多分化能細胞であり、一定の条件下で多種の機能細胞への分化が導かれるものをいう。生物学的適合性を有するナノ材料により体内細胞の生長環境をシミュレートすることができ、幹細胞を支持するプラットフォームが提供できるばかりでなく、幹細胞の生長と指向的分化の制御に関与できる。広く研究対象とされる間質性幹細胞MSC(mesenchymal stem cell)は、骨髄に由来する多元的な分化能を持つ非造血幹細胞であり、誘導によって神経細胞、造骨細胞、肝細胞、線維芽細胞及び脂肪細胞等に指向的に分化しうる。神経誘導因子の作用下では、MSCは、直径230nmのPLCL/Collナノファイバー状フレーム上のほうが、直径620nmのPLCLフレーム上より生長が80%加速し、かつ、神経様細胞が現れた。ナノ材料は、特異的な誘導因子の作用下でMSCの分化に影響するだけでなく、自ら誘導因子となってMSCの指向的分化を促進できるものもある。Oh Sらは、造骨誘導因子のない状況下で、TiO2ナノチューブはヒトのMSCの造骨細胞への分化をコントロールできる上に一定のサイズ効果があることを観察した。直径30nmのTiO2ナノチューブは細胞の接着性を促進するも分化は誘導せず、直径70-100nmのTiO2ナノチューブは細胞の接着性を低下させたものの細胞の伸長を10倍促進させ、かつ、最終的に造骨細胞に分化した。もう一つの考え方としては、インテグリンの凝集と接着斑の形成によるMSCの生長と分化に対する影響を考慮するなら、直径の小さいTiO2ナノチューブのほうがMSCの生長と分化により有利なはずである。Park Jらは、直径15nmのTiO2ナノチューブがラットのMSC接着、生長、転移及び造骨細胞への分化を最も強力に誘導し、直径70-100nmのナノ粒子によるMSCの指向的分化能力は明らかに低下することを観察した。材料の調製方法の違いやその他未知の要素による干渉を考慮するなら、これらの議論にはさらなる検討が必要となろう。
3.3 腫瘍細胞の接着及び移動
転移は悪性腫瘍のバロメータであると当時に、腫瘍患者の高い死亡率の主な原因である。腫瘍転移の大まかなプロセスは、原発巣腫瘍細胞が基底膜を襲撃し、血管又はリンパ管に侵入して免疫の監視を逃れて行き来し、最終的には血管内皮細胞に接着して貫通し、増殖して転移巣を形成する。細胞の接着及び移動能力は腫瘍転移の效率を決定づける。ナノ材料は輸送担体としてさまざまな薬剤を搭載し、さまざまなリガンドと連結して定点的かつ効率的に腫瘍部に到達し、腫瘍細胞の生長、接着及び転移を抑制することができる。多くの腫瘍細胞のMAPKシグナル伝達経路の活性化レベルは高いことを考慮し、Basu Sらはシスプラチンを搭載したPLGAナノ粒子表面にMAPKシグナル伝達経路に特異的な抑制剤を連結させたところ、B16/F10腫瘍の生長に対する抑制作用か明らかに高まった。最近、Veiseh Oらは薬剤を搭載したナノ材料による腫瘍転移の抑制研究において成果を挙げた。高い転移性を有するC6グリオーマ細胞は、マトリックスメタロプロテアーゼMMP-2の分泌により細胞外基質を分解して転移を促し、MMP-2と特異的に結合するリガンドは36個の残基で構成されるポリペプチドである。筆者はFe2O3ナノ粒子表面にも当該ポリペプチドを連結させてそのPEG化を保護し、腫瘍の転移を特異的に抑制する薬物担体ナノ粒子を調製した。この種のポリペプチドとカップリングされたナノ粒子と遊離ポリペプチドを比較すると、細胞内の滞留量が増加しただけでなく、腫瘍細胞の移動を抑制する能力も大幅に強化された。
3.4 神経細胞のシグナル伝達
神経細胞はニューロンとも呼ばれており、細胞体とシナプスにより構成され、情報の接收、統合、伝達及び出力により細胞間の情報交換を実現する。良い生物学的適合性を有するカーボンナノチューブは神経細胞のシグナル伝達を促進しうることが多くの実験により証明されている。Cellot Gらは、カーボンナノチューブ表面とガラス表面で生長した神経細胞が電流パルスを受信した後に生じた活動電位を比較したところ、前者の後脱分極が大幅に強化されたことを発見した。この種の効果は、例えば酸化すずのようにカーボンナノチューブと相似する特性を持つ伝導性物質、又は非伝導性物質のいずれの表面にも現れないことから、カーボンナノチューブの神経細胞に対する作用には特異性があることが説明される。Mazzatenta Aらも電気刺激信号は単層カーボンナノチューブを通じて神経細胞表面に伝達され、かつ、細胞の応答を強化することを発見した。Keefer EWらは、カーボンナノチューブを用いて電極表面を修飾したところ、神経細胞の電気刺激と応答シグナルのいずれも強化されたことを見出した。カーボンナノチューブが神経細胞のシグナル伝達を促進するメカニズムについては、目下2つの見方がある。一つは神経細胞とカーボンナノチューブの間で形成される緊密な接触により神経細胞の電気生理活性が高まるという見方で、もう一つは、カーボンナノチューブは細胞体とシナプスの構造を改えることにより脱分極を強化するという見方である。
4 まとめと考察
ナノ材料と細胞の相互作用は複雑な生物学的プロセスである。ナノ材料は細胞により摂取、代謝及び分解される一方、細胞の構造及び機能もナノ材料の影響を受ける。現在、ナノ材料による細胞の構造及び機能への影響に関する研究は依然としてスタート段階にあり、まだ十分に重視されていない。ナノ材料の細胞に対する作用に関する基礎研究は、材料の生物学的安全性を検討し、ナノ材料アセンブリの合理的な設計及び最適化の上で重要な指導的意義を持つ。本稿では、近年のナノ材料及び細胞の相互作用に関する研究の進展を総括し、次の結論を得た。
(1)ナノ材料は細胞膜、細胞骨格及び細胞核等の亜細胞の構造に影響を及ぼす。細胞膜の脂質二重層はナノ材料と接触後、物理的性質に変化が生じ、安定性及び完全性が破壊される。ナノ材料はある種の膜表面ルートのタンパク質を選択的に活性化又は閉塞し、リガンドに連結した後に細胞膜表面の受容体又はキャリアタンパク質と特異的に結合してさまざまな細胞の応答を導く。ナノ材料は細胞骨格の秩序ある構造を破壊することで細胞骨格が関与するいくつかの生命活動に影響を及ぼす。ナノ材料が細胞核内の高分子と直接的又は間接的に作用して一連のDNA損傷をもたらすことを「遺伝毒性」と定義する。
(2)ナノ材料は細胞のいくつかの重要な生理的機能に影響を及ぼす。ナノ材料はアポトーシス又はオートファジーによりプログラム細胞死を引き起こす。ある種のナノ材料は幹細胞の指向的分化を促進し、又は自ら導くことができる。抗腫瘍薬を搭載したナノ材料は、ある種のリガンドと結合した後に腫瘍細胞の増殖、接着及び移動を特異的に抑制することができる。カーボンナノチューブは、神経細胞の電気生理活性を特異的に抑制し、シグナル伝達を促進できる。
ナノ材料の形状、大きさ、構成及び表面性質等の理化学的要素は、先に述べた細胞の生物学的効果において非常に重要な役割を果たす。今後の研究において、われわれは単体のナノ材料による細胞への特異的作用について深く分析するだけでなく、細胞に対するナノ材料の影響について、共通性を持つ普遍的作用を総括する必要がある。