第125号
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生態系サービスに向けた森林生態系管理:現状、挑戦、展望(その2)

2017年 2月21日

劉世栄:中国林業科学研究院森林生態環境・保護研究所,国家林業局森林生態環境重点実験室

代力民:中国科学院瀋陽応用生態研究所,森林土壤生態国家重点実験室

温遠光:広西大学林学院,亜熱帯農業生物資源保護・利用国家重点実験室

王 暉:中国林業科学研究院森林生態環境・保護研究所,国家林業局森林生態環境重点実験室

その1よりつづき)

3 森林生態系管理の直面する挑戦

 20世紀半ば以降、人類活動の影響を受け、大気中の二酸化炭素濃度は徐々に高まり、地球はすでに、これまで例を見なかった気候変動の時代に入っている[27]。ラージスケールにおける未来の気候変動(世界の平均温度上昇など)について、人々はまだ自信を持っているが、地方や地域のスケールにおいては、我々は気候変動の方向(降水が増加するか減少するかなど)さえも予測し難い状況にある[28]。つまり気候変動は今後、異なる地区において大きな不確定性を持つと考えられる[29]。気候変動は、森林生態系の構造と樹種組成を改変する可能性がある。例えば温度の上昇は、温暖地を好む品種の競争力を高め、温暖地を好む品種の更新と遷移に有利に働き、寒冷地を好む品種の生長は抑制されることとなる。土壤水分条件の変化も植物の生長を抑制し、落葉や立ち枯れなどの現象と死亡を引き起こし、耐乾性品種の繁殖と侵入に有利に働く可能性がある。気候変動も、植物季節の変化をもたらし、品種間の相互依存または競争の関係に影響を与え、品種の繁殖と生存を左右する可能性がある。気候変動はさらに、樹木の生理・生態特性(気孔の大きさ・密度、葉面積指数など)や生物地球化学的循環の改変などを通じて、さまざまな品種に影響を与えることとなる。各種の品種の耐性や繁殖能力、遷移能力も、新系統の形成において重要な役割を果たす。総体的に言って、気候変動は、一部の品種を既存の森林生態系から淘汰し、一部の新たな品種をこの生態系に侵入させ、既存の森林生態系の構造と品種組成を改変するものとなる[30]。生態系管理においてはさらに、気候変動によって、樹種の適切な空間分布状況の改変がもたらされる可能性があることも考慮する必要がある。例えば時間の推移に従い、バビショウの分布地区は次第に北へと遷移する可能性があり、潜在分布地区の面積は将来的に増加していくと考えられる[31]。良種の育成によって、陽性・温暖型の耐乾樹種を作るなどの措置は、今後の森林経営過程において積極的な役割を果たすものと見られる[32]。気候変動(温暖化や降水状況の変化、極端な気候現象などを含む)の不確定性によってもたらされる影響にいかに対応するかが、森林生態系管理の直面する重大な挑戦となっている。

 大気中の窒素降下は地球の窒素循環の重要な一部であり、産業革命の開始以降、大幅に増加した。中国においても改革開放以降、生産活動と大気汚染によって引き起こされる窒素降下が増加を続け、21世紀に入ってからの10年間、乾性・湿性窒素降下量は年間平均21.1kg/hm2に達し、1980年代(年間平均窒素降下量13.2kg/hm2)から約8kg/hm2増え、増加幅は60%に達した[33-34]。窒素降下の増加は、森林生態系の生産力と炭素固定能力に影響を与える可能性がある。森林生態系の応答方向は、生態系の初期窒素状態(窒素制限または窒素飽和)と植生、土壤の特徴によって決まる。窒素降下はさらに、森林植物の多様性と群集構造に影響を与える可能性があるほか、二酸化炭素濃度の上昇と相乗効果を持つことから、森林生態系に対する影響はより深刻なものとなる[35-36]。森林生態系管理は、大気中の窒素降下の増加の時空的な状況とそれに対する森林生態系の応答をいかに評価・予測し、適切な森林経営対応措置を制定するかという課題に直面している。

 森林生態系管理は、ますます多様化する社会に即時的な物質とサービスを提供すると同時に、後の世代のために生態系の完全性(生態系の機能と組成、構造の完全性)を維持することをねらいとしている[18]。だが自然・人為撹乱によってもたらされる森林の退行と破壊、土地利用の改変(天然林から人工林への転換、林地から非林地への転換などを含む)、土地被覆の変化、林地開墾、濫伐などの各種の現象は森林景観の断片化をもたらしている。このほか短周期の速生豊産林(生長が速く生産量の多い林地)の大規模建設、人工林の単純樹種の連続栽培、超短期の輪伐期での作業などは、土壤の肥沃度の低下や土地生産力の減退、土壤生物環境の退行をもたらすと同時に、人工林における深刻な病虫害や生物多様性・生態安定性の低下などの問題を頻繁に出現させ、森林生態系の健全性に影響を与え、生態系の元来の組成と構造を破壊し、生態過程と生態系機能に影響を与えている。森林生態系の完全性と適応性をいかに回復・維持するかは、森林生態系管理が直面するもう一つの重大な課題となる。

4 生態系サービスに向けた森林生態系管理

 生態系サービス機能の研究は、ここ数年で急速に盛んとなった生態学研究分野の一つである。生態系サービス機能とは、生態系と生態過程とが形成・維持し、人類が生存の拠り所とする環境の条件と働きを指す。この機能は、食糧や医薬品、その他の工業・農業生産の原料を人類に提供するだけでなく、人類が生存と発展の拠り所とする生命維持システムを保つものともなる[37]。森林生態系の産物は市場によってはかることができる。この種の産物は一般的に有形産物であり、市場における取引を通じてその経済価値を実現することができる。一方、森林生態系機能が持つのは間接的な価値であり、その無形産物の価値を通貨によって直接はかることは困難である。森林生態系の間接的価値は、人類と社会、環境にとって有益なすべての利益とサービス機能によるものであり、森林生態系における生命系統の利益、環境系統の利益、生命系統と環境系統の一体化した全体としての総合利益である。森林生態系サービスに関する研究は主に、水源の涵養、土壌流出の防止、野生動植物の保護、CO2の固定、酸素の放出、大気の浄化、防風・防砂などの面に体現されている。

 近年、自然災害の激化と人類の需要の増大は生態と環境の破壊や退行をもたらし、人類がまだ完全には理解していない生態系サービス機能には損害と弱体化がもたらされている。持続可能発展戦略の実施に伴い、人類は徐々に、生態系機能の維持と保護・育成が人類の生存と現代文明の土台であると同時に、持続可能発展実現の前提であり、科学技術の発展も自然生態系のサービス機能をすべて代替することはできないと認識し始めている。このため生態系サービスの内実とサービス形成のメカニズムの探求、生態系のサービス価値の評価、経済・社会の持続可能発展の促進などの研究は、生態学や生態経済学、環境経済学の研究の先端分野となりつつある。

 欧陽志雲ら[38]は、中国の陸地生態系サービス機能に対して、評価と生態経済価値の分析を行った。中国国内の研究者らはその後、各地・各種の生態系サービス機能に対して評価と価値の定量化を行うようになった。李文華ら[37]は、中国の生態系サービスの研究は、現在の概算式研究からより深いレベルの研究に転換されるべきだとし、とりわけ生態系機能の基礎理論研究や評価指標・方法の標凖化、生態サービス価値の動的評価モデルの研究、政策決定過程における評価結果の応用の研究、生態系サービスの市場化メカニズムの研究を重点とした取り組みを進めるべきだと論じた。欧陽志雲と鄭華[39]は、生態系サービス機能の物質的基礎(生息地、生態系構造、生態系過程)について、現在の生態系サービスの生態学メカニズム研究は主に、(1)生物多様性と生態系サービスの間の関係、(2)生態系サービスの時空スケールの特徴とその動的変化法則、(3)生態系サービスに対する気候変動と土地利用変化の影響メカニズム――の3つの面に集中すると論じた。中国林業科学研究院は、中国の第7次(2004-2008年)と第8次(2009-2013年)の森林資源調査結果と森林生態定位モニタリング結果に基づき、中国の森林生態系の炭素貯留量と生態サービス、その価値を系統的に推算した。両期の評価結果は以下の通りである。森林植生総炭素貯留量はそれぞれ78.11億tと84.27億t。森林生態系の年間水源涵養量はそれぞれ4947.66億m3と5807.09億m3。年間土壌保護・育成量はそれぞれ70.35億tと81.91億t。年間肥料保全量はそれぞれ3.64億tと4.30億t。年間大気汚染物吸収量はそれぞれ0.32億tと0.38億t。年間保塵量はそれぞれ50.01億tと58.45億tだった。第7次森林資源調査期間と比べると、第8次森林資源調査期間の全国の森林生態サービスの物質量は際立って増加した。このうち年間水源涵養量は17.37%増加し、年間土壤保護・育成量は16.43%増加し、年間マイナスイオン供給量は20.83%増加し、年間保塵量は16.87%増加した。全国の森林生態サービスの年間価値額は10.01兆元から12.68兆元となり、27.0%増加した。森林生態系サービスは継続して成長の傾向を保っている。

 森林生態系サービス機能の価値はますます人々の注目を集めている。多くの研究者が積極的な探索と研究を行い、大きな成果を上げている。森林生態系管理と生態系サービスは、人類社会の認識のメインストリームとなりつつある。同時に森林生態系の科学的な経営・管理、変化する地球環境の下での森林生態系の構造や機能、健全性の維持は依然として、厳しい試練に直面している。このためには、森林生態系管理の理念や考え方、技術措置を絶え間なく革新し、森林生態系サービスに対してますます高まる地球の変化や人類の経済・社会の発展の需要に適応する必要がある。生態系サービスに向けた森林生態系の管理理念を打ち立て、両者を有機的に結合することは、地球の変化に適応し、森林のさまざまな機能に対する急増する人口の需要を満たすための、まったく新しい森林経営の道となる。

その3へつづく)

参考文献

[27] Stocker T F, Dahe Q, Plattner G K. Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Working Group I Contribution to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change Summary for Policymakers (IPCC, 2013) , 2013.

[28] Millar C I, Stephenson N L, Stephens S L. Climate change and forests of the future: managing in the face of uncertainty. Ecological Applications, 2007, 17(8) : 2145-2151.

[29] Walther G R, Post E, Convey P, Menzel A, Parmesan C, Beebee T J C, Fromentin J M, Hoegh-Guldberg O, Bairlein F. Ecological responses to recent climate change. Nature, 2002, 416(6879) : 389-395.

[30] 劉国華, 傅伯傑. 全球気候変化対森林生態系統的影響. 自然資源学報, 2001, 16(1) : 71-78.

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[32] 李克譲, 陳育峰, 劉世栄, 郭泉水, 袁嘉祖. 減緩及適応全球気候変化的中国林業対策. 地理学報, 1996, 51(増刊) : 109-119.

[33] Liu X J, Zhang Y, Han W X, Tang A, Shen J L, Cui Z L, Vitousek P, Erisman J W, Goulding K, Christie P, Fangmeier A, Zhang F S. Enhanced nitrogen deposition over China. Nature, 2013, 494(7438) : 459-462.

[34] Richter A, Burrows J P, Nusz H, Granier C, Niemeie U. Increase in tropospheric nitrogen dioxide over China observed from space. Nature, 2005, 437(7055) : 129-132.

[35] 李克譲, 陳育峰, 劉世栄, 郭泉水, 袁嘉祖. 減緩及適応全球気候変化的中国林業対策. 地理学報, 1996, 51(増刊) : 109-119

[36] 李徳軍, 莫江明, 方運霆, 彭少麟, Gundersen P. 氮沈降対森林植物的影響. 生態学報, 2003, 23(9) : 1891-1900.

[37] 李文華, 張彪, 謝高地. 中国生態系統服務研究的回顧與展望. 自然資源学報, 2009, 24(1) : 1-10.

[38] 欧陽志雲, 王效科, 苗鴻. 中国陸地生態系統服務功能及其生態経済価値的初歩研究. 生態学報, 1999, 19(5) : 607-613.

[39] 欧陽志雲, 鄭華. 生態系統服務的生態学機制研究進展. 生態学報, 2009, 29(11) : 6183-6188.

※本稿は劉世栄,代力民,温遠光,王暉「面向生態系統服務的森林生態系統経営: 現状、挑戦与 展望」(『生態学報』第35巻第1期,2015年1月、pp.1-9)を『生態学報』編 集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司