第125号
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生態系サービスに向けた森林生態系管理:現状、挑戦、展望(その1)

2017年 2月20日

劉世栄:中国林業科学研究院森林生態環境・保護研究所,国家林業局森林生態環境重点実験室

代力民:中国科学院瀋陽応用生態研究所,森林土壤生態国家重点実験室

温遠光:広西大学林学院,亜熱帯農業生物資源保護・利用国家重点実験室

王 暉:中国林業科学研究院森林生態環境・保護研究所,国家林業局森林生態環境重点実験室

概要:

 森林生態系は、地球の陸地生態系の主体であり、高い生物生産力と生物量、豊富な生物多様性を備え、地球生態系と人類の経済・社会の発展に極めて重要で代替不可能な役割を果たしている。人 口の絶え間ない増加と経済・社会の急速な発展に伴い、森林資源と森林生態系サービスに対する需要は高まり続けており、森林資源の価値に対する人類の認識にも大きな変化が現れている。森 林資源の持続可能な運用を推進し、森林総量を増加させ、森林の質を向上させ、生態機能を増強することは、中国林業の持続可能な発展と中国の生態(エコ)文明建設、「美しい中国」建 設に向けた戦略的な任務となっている。本稿は、森林生態系管理の発展の歩みを全面的に論じ、森林生態系管理の現状と課題を分析し、これを土台として、森 林に対する現代人類の福祉の多重的な需要を生態系管理に基づいて管理し満足させる新たな森林生態系管理理念を提起するものである。生態系サービスに向けた森林生態系管理の理念は、未来の発展の趨勢と言える。森 林経営の発展戦略は次のような形を取る。1)単純な森林面積の数量の拡張を単位面積当たりの森林生産力と森林の質の向上へと転換する。2)木材生産の単一的な追求を多目標経営へと漸進的に転換し、林 産物の単一的な森林経営目標を生態・経済・社会などのより広範な多目標経営へと転換する。3)森林経営の重点を林分レベルの経営から森林景観の経営へと転換し、森林景観の時空的異質性と動的変化を際立たせ、多 種の生態系のサービス機能を考量し協調させ、森林景観の多様性と連結性への注視を唱導し、森林とその他の土地利用モデルのモザイクによって構成される複合景観の持続可能性と安定性を高め、気 候変動の影響に対する森林生態系の適応能力を増強する。4)森林生態系管理の政策決定を、過去の経験に基づく主観的なものから、情報化・数値化・スマート化されたものへと転換し、森 林生態系管理政策決定サポートシステムと森林景観回復・空間経営計画システムを発展させる。

キーワード:森林経営;気候変動;多目標経営;生態系管理;景観管理;生態系サービス;空間計画

 森林生態系は、地球の陸地生態系の主体であり、高い生物生産力と生物量、豊富な生物多様性を備え、地球生態系と人類の経済・社会の発展に極めて重要でかけがえのない役割を果たしている。地 球の陸地面積に占める森林面積の割合は26%にすぎないが、世界の森林の植生と土壤は1146Pgの炭素を貯留しており [1] 、世界の植生と土壤の炭素貯留量のそれぞれ86% [2] と73% [3] を占めている。さらに森林の年間の炭素固定量は陸地全体の生物炭素固定量の約2/3を占めており [4] 、森林は世界の炭素均衡の維持において重大な役割を果たしていると言える [5] 。森林はさらに、人類社会の生産活動と人類の生活に、木材・非木材産物や食物など豊富な物質産物を提供している。森林は、地域気候の維持や地域生態環境の保護(土壌流失防止など)、地 球生命系統の均衡の維持などの面でも代替不可能な役割を果たしている。森林と気候との間には密切な関係が存在するため、気候の変動は、森林の構造と機能にさまざまな程度の影響を必然的に与えることとなる。逆に、地 球の森林生態系は巨大な炭素保管庫(リザーバー)であり、気候変動の影響の下、大気中のCO2に対して排出源と吸収源という二重の働きを持ち、気候変動をさらに激化させる、もしくは緩和させる効果を持っている。 

 人口の絶え間ない増加と経済・社会の急速な発展に伴い、森林資源と森林生態系サービスに対する需要は高まり続けている。中国は、世界のわずか5%の森林面積とわずか3%の森林蓄積で、世界の23%を 占める人口の生態産物と林産物に対する巨大な需要を支えなければならず [6] 、中国の一人当たりおよび総量のエコロジカル・フットプリントはいずれも環境収容力を超えている [7-8] 。これは、中国の森林資源と森林生態系が直面する圧力をますます高めている。このため、森林資源の持続可能経営を推進し、森林総量を増加させ、森林の質を向上させ、生態機能を増強することは、中 国林業の持続可能な発展と中国の生態(エコ)文明建設、「美しい中国」建設に向けた戦略的な任務となっている [6]

 これと同時に、21世紀に入って以降の世界の人口や資源、環境の変化に伴い、森林資源の価値に対する人類の認識にも大きな変化が発生している [9] 。第一に、森林は依然として、人類の基本的な生理的需要や生活需要を満たさなければならず、森林の提供する一連の物質とサービスに対する需要は、経済・社会の発展に伴ってますます拡張している。人々は、森 林の持つレジャー・観光・水資源の量や質、環境美化に対する価値、野生生物・生物多様性保護の機能を、森林の木材生産と同様に重要な機能とみなすようになっている [10-11] 。第二に、森林の各種産物とサービス機能に対する人々の認識が高まり、酸素の生産や炭素の固定・貯留、水文学的循環の調節、水質改善などは、地方の森林・流域の範囲をはるかに超え、国家政策や地域、さ らには国際的な事務のレベルにまで引き上げられている [9] 。第三に、現地の住民とコミュニティにとって森林は重要な価値を持っている。地方における価値を国家と世界における価値と整合させ、これらの森林のより良い分配と経営をはかる必要がある [12-13]

 人類の需要と森林資源の供給との間に巨大な差がある中、また人類の需要が変化し、地球環境が変化する中で、これまでの森林経営の理念と計画を改変し、人と自然の調和的な共存を実現し、現 代人の需要を満足すると同時に、未来世代の需要の満足も損なわない森林の持続可能経営の体制・メカニズム・技術体系を探求することは、急務と言える。本稿は、森林生態系管理の歩みをまず振り返り、森 林生態系管理の現状と課題を分析し、これを土台として、森林に対する現代人類の福祉の多重的な需要を生態系管理に基づいて管理し満足させる新たな森林生態系管理理念、す なわち生態系サービスに向けた森林生態系管理理念を提起し、その未来の発展方向と趨勢を検討したものである。

1 森林生態系管理の概念と発展の歩み

 森林生態系管理は、森林資源経営のエコロジカルな道である。これは、森林生態系の複雑な過程や経路、相互依存関係の維持をはかり、森林の健康と機能の十全性を長期的に保持し、短 期的な圧力または干渉に対する自己調節メカニズムと回復能力を提供し、長期的な変化に適応した森林の持続可能経営と森林生態系管理を提供するものとなる [14] 。保全生物学の分野では、生態系管理は、「複雑な社会・政治と価値の枠組みの下、生態系の長期的な保全を総体目標とした生態に関する科学知識の統合」と定義されている [15] 。生物学者らは、生物の保護を中心として、生態の完全性の維持がほかのあらゆる目標に優先すると考え(人類への物質・サービスの提供など)、生態系の安定性の維持を最終的な総体目標とする傾向にある。米 国生態学会生態系管理特別委員会は生態系管理を「生態系の組成や構造、機能の維持に必要な生態相互作用の十分な理解を土台として、明確な目的志向に基づき、政策や協議、実践を通じて履行し、モ ニタリングと研究を通じて適応性を創造する的管理手段」と定義している [16] 。米国林野局は、「環境の質を維持・改善し、現在と未来の必要性を最大限に満たすための生態・経済・社会の要素の統合」と定義し [17] 、生態系管理は「期待する資源価値や有用性、産物、サービスを生産し、生態系の多様性と生産力を維持する方法」を意味しているとしている [18] 。林業または森林資源の管理にとっては、生態系管理の内容を加えることは、森林を生態系として経営・管理することを意味し、理論と実践の両面において画期的で重要な意義を持っている。

 世界の林業の発展史を振り返ると、森林資源の管理はおおよそ、(1)単純な伐採利用段階、(2)永続利用段階、(3)森林マルチベネフィット永続利用段階、(4)森林生態系管理段階――の 4つの段階を経てきたと考えられる[19]。これら4つの発展段階は、森林資源管理理念の進歩と発展を体現するものとなった。総体的に見て、森林生態系管理は、一種の新たな自然資源管理の理念と発想となり、そ の研究と応用の分野はますます広がっている。生態系管理の概念は、1930年代から50年代にかけて、自然生態系の保護研究の中でまず生まれ、保全生物学の分野で大きく重視されるようになった [15,20-21] 。1992年には、米国農務省林野局(USDA Forest Service)が、生態系管理の概念を国有林の管理に応用することを宣言した [22] 。米国ではその後、少なくとも18の連邦政府機関と多くの州立機関で生態系管理が採用され [23] 、カナダやオーストラリア、ロシア、トルコなどの国も生態系管理を採用し始めた [24-55] 。1990年代後期には、森林生態系管理の概念が中国に導入され [26] 、ますます幅広く重視されるようになり、伝統的な森林資源管理から森林の持続可能経営への転換が促され、林業の持続可能発展の保障がはかられるようになった。森林経営理論の発展の歩みからは、新たな林業経営理論が生み出されるたびに、人類の自然生態系に対する理解と認識が高まってきたことがわかる。森林と人類の原始における調和的な関係から、森林の過度の利用、森林の保護・回復、さ らには森林の持続可能発展に至るまでの歴史的な変転は、森林に対する人類の認識が、実践・認識・再実践・再認識の漸進的な深化の過程であったことを示している。森林経営理念も、木材生産の経済利益の単純な追求から、永続的な森林利用、自然状態に近い森林の育成、さらには森林持続可能経営に至るまでの歩みを経てきた。

2 森林生態系管理の現状と直面する問題

 長期のたゆまぬ努力を経て、中国の森林資源状况は大きく改善し、森林率は中華人民共和国建国初期の12.5%から2013年の21.63%にまで上昇した。現在、全国の森林面積は2.08億hm2、森 林蓄積は151.37億m3である。天然林面積は12184万hm2、天然林蓄積は122.96億m3である。人工林保存面積は6933万hm2,蓄積は24.83億m3で、人 工林面積は引き続き世界一を維持している。だが中国の森林率は世界平均水準の31%に遠く及ばず、一人当たりの森林面積は世界水準の1/4、一人当たりの森林蓄積は世界水準の1/7にすぎず、森 林資源の総量が相対的に不足し、質が低く、分布が不均衡であるという状况は根本からは変わっておらず、林業の発展は巨大な圧力と挑戦に直面している。第一に、2020年の森林成長目標の実現の任務は重大で困難である。第二に、林業の生態レッドラインの遵守は巨大な圧力に直面している。第三に、森林経営強化の要求は非常に急迫している。第四に、森林の有効供給と日増しに高まる社会需要との矛盾が依然として際立っている[6]

 総体的に見ると、森林資源の数的・質的な拡大は依然として、林業の多様化に対する社会の需要の絶え間ない増加を満たせておらず、生態問題は依然として、中 国の持続可能発展を制約する最も際立った問題の一つである。生態サービス製品は依然として、現代社会に最も欠けた産物の一つであり、森林資源の質と生態サービス供給能力における格差は依然として、中 国と先進国との間の最も主要な格差の一つである。中国の森林経営の粗放管理や技術水準の相対的後進性が直面する主な問題は次のいくつかにまとめられる。

1)森林経営の対策が硬直化し、時代の変化に適応できていない。森林は、商品林と公益林に単純に分類され、森林の経営目標や投資方向、経営措置の計画において、森林構造・組成や生物多様性の変化、更新・遷 移、健康状態、自然撹乱の特徴などの森林生態系の自然的属性が体現されていない。

2)森林経営と森林利用の最終目標または生産物の現実とのギャップ。例えば現在建設されている多くの人工林は、明確な経営目標または利用される最終生産物を欠いている。森 林機能に対する人々の認識の高まりに伴い、伝統的な森林経営理念は打撃を受けている。森林生態系の産物に対する人々の需要は木材のみには限られない。多様化した生産物需要は、木 材供給を確保するものであると同時に、森林生態系の生態サービス機能(生物多様性、土壌流出、水源涵養、渇水・洪水災害、環境汚染、野生動物生息地、流域健全性、炭素固定など)により着目したものとなる。 

3)有効な森林健全性管理の欠如。多くの現存する森林は、過去の長期的かつ大規模な撹乱によって、断片化または二次退行遷移の状態にあり、これに加えて大面積の人工単純林の建設によって、有 効な森林健全性管理を欠いた状況においては、深刻な森林病虫災害や森林火災、地力減退などの問題が出現している。

4)総合的な森林景観管理の欠如。森林経営管理においては、森林生態系そのものに目を向けるだけでなく、渓流や河流の水系や生物多様性、居住環境に対する森林経営管理の影響も考慮しなければならず、各 種の関連利益集団の需要や農業・林業・牧畜業の複合景観構造の特徴、景観生物と水・土壌資源の有効性、土地利用政策などを含む森林景観の総合的な要素から考慮し、総合的な森林景観管理計画を制定し、景 観資源の最適配置と景観環境の持続可能性を実現する必要がある。

5)自然資源総合計画管理の国土・水利・農業・林業・環境保護などの各部門の産業管理において、社会・経済・環境の複数の面での利益の有効な協調と配慮ができていない。生態プロジェクトの建設においては、そ れぞれが異なる目標と重点を持ち、異なる部門や機関によって実施・管理されていることから、異なる部門のプロジェクトの間での有効な協同と整合が欠け、持続可能な土地利用モデルの下での総合生態系(森林・草地・農 地・流域など)管理という目標の実現は困難となっている。

その2へつづく)

参考文献

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※本稿は劉世栄,代力民,温遠光,王暉「面向生態系統服務的森林生態系統経営: 現状、挑戦与 展望」(『生態学報』第35巻第1期,2015年1月、pp.1-9)を『生態学報』編 集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司