定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その7)
2019年4月15日 辻野 照久(元宇宙航空研究開発機構国際部参事)
2019年第1四半期の中国の宇宙活動状況
今回は、定点観測シリーズの第7回目として、2019年1月1日から3月31日までの3か月間の中国の宇宙開発動向をお伝えする。
この期間のロケット打上げ回数は、中国が5回(うち1回は初期失敗)、米国も5回、欧州が3回、ロシアが2回、イランが2回(2回とも打上げ失敗)、インド・日本・ニュージーランド(NZ)が各1回で、世界計で20回となっている。表1に2019年第1四半期別の全世界のロケット打上げ回数を示す。
*米国の[]内はスペースX社の打上げ回数の内訳 | |||||||||
期間 | 中国 | 米国* | ロシア | 欧州 | 日本 | インド | NZ | イラン | 世界計 |
1月-3月 | 5(★1) | 5[3] | 2 | 3 | 1 | 1 | 1 | 2(★2) | 20(★3) |
中国の動向で最も注目を集めたのは、昨年12月7日に打ち上げた月着陸機「嫦娥(Chang'e)4号」が1月3日に月の裏側着陸に世界で初めて成功したことである。昨年5月に打ち上げられたデータ中継衛星「鵲橋(Queqiao)」(月の外側約6万キロの場所で月と同じ周期で地球を周回)を経由して、地球から直接見えない月の裏側での着陸の様子や「玉兎(Yutu)2号」の放出の様子が鮮明な画像で伝えられ、各種科学観測により取得した大量のデータも順調に送信されている。
地球の約半月間続く長い月の夜を乗り切るため、「嫦娥4号」は1月12日から初の休眠モードに入り、30日に復帰した[1]。2月と3月も順調に休眠→復帰を繰り返し、3月末現在で月での4日目の活動に入っている。「玉兎2号」は3日目までに約171m走行した[2]。
1月30日には、米国NASAの月探査機「LRO(Lunar Reconnaissance Orbiter)」が上空を通過した際に「嫦娥4号」を撮影した[3]。「嫦娥4号」着陸直前にも「LRO」が同じ地点を撮影していた。
ロケット・衛星打上げ状況
この期間に中国は5回の打上げ(うち1回は打上げ失敗)で自国衛星8機(うち1機は打上げ失敗)を打ち上げた。軌道に投入された中国衛星7機のうち、地球観測衛星は2機、通信放送衛星は3機、技術試験衛星は2機である。
打上げに失敗したのは、民間企業の零壹空間公司(One Space)社による「OS-M1」型(補助ブースタなし)ロケット[4]で、北京零重空間技術公司(ZeroG Lab)が開発した「霊鵲(Lingque)1B」衛星の軌道投入に失敗した(宇宙ミッション6参照)。同社は大型の「OS-M2」型(補助ブースタ2基)及び「OS-M4」型(補助ブースタ4基)ロケットも開発中で、それぞれ2019年にも初打上げが行われる見込み。
衛星名 | 国際標識番号 | 打上げ年月日 | 打上げロケット | 射場 | 衛星保有者 | ミッション | 軌道 | |
Zhongxing 2D | 中星 | 2019-001A | 2019/1/10 | 長征3B/G3 | 西昌 | PLA | 通信放送 | GEO |
Jilin HS 01 | 吉林 | 2019-005B | 2019/1/21 | 長征11 | 酒泉 | 長光衛星 技術公司 |
地球観測 | SSO |
Jilin HS 02 | 吉林 | 2019-005E | ||||||
Lingque 1A | 霊鵲 | 2019-005A | 北京零重空間 技術公司 |
技術試験 (地球観測) |
SSO | |||
Xiaoxiang 1-03 | 瀟湘 | 2019-005C | 天儀研究院公司 | 技術試験 (地球観測) |
SSO | |||
Zhongxing 6C | 中星 | 2019-012A | 2019/3/9 | 長征3B/G2 | 西昌 | 中国衛通 | 通信放送 | GEO |
Lingque 1B★ | 霊鵲 | 2019-F03 | 2019/3/27 | OS-M1 | 酒泉 | 北京零重空間 技術公司 |
技術試験 (地球観測) |
打上げ 失敗 |
Tianlian 2A | 天鏈 | 2019-018A | 2019/3/31 | 長征3B/G2 | 西昌 | 国防部 | データ中継 | GEO |
★は失敗(ロケットは内訳、衛星は外訳) | ||||
ロケット種別 | 長征3B | 長征11 | OS-M1 | 計 |
打上げ回数 | 3 | 1 | ★1 | 5(★1) |
衛星数 | 3 | 4 | ★1 | 7+★1 |
2019年には、中国航天科技集団有限公司(CASC)だけで30回以上のロケット打上げにより50機以上の衛星の軌道投入を行う予定[5]。この中には「長征11」型ロケットの初の洋上打上げや、商業打上げ用小型固体ロケット「捷龍(Jielong)1号」の初打上げも含まれる。中国航天科工集団有限公司(CASIC)も「快舟」、「開拓」などの小型ロケットの打上げを予定している。民間企業の小型ロケットは2社の初打上げが昨年来2回続けて失敗に終わったが、より性能の高いロケットの開発も進めており、新規参加の企業も含めさまざまな小型ロケットで打上げ成功を競うことになるであろう。
なお、脚注5の「蓝皮书」は「青書(Blue book)」を意味し、CASCは今回初めて2018年の業績と2019年の活動計画をまとめた「宇宙活動青書」を発行した。
宇宙ミッション1 地球観測分野
第1四半期に打ち上げられた中国の地球観測衛星は2機で、いずれも吉林省の長光衛星技術公司が開発したハイパースペクトラル(光譜)撮像装置搭載の地球観測衛星「吉林光譜(Jilin Guangpu)」衛星である。「吉林光譜01」は別称として「吉林林草(Jilin Lincao)」、「吉林光譜02」は「文昌起算(Wenchamg Qisuan)」と名付けられている。同公司はこれまでにビデオ撮像など10機の「吉林」衛星を打ち上げており、年内にさらに5機の「吉林」衛星を打ち上げる予定。
気象衛星関係では、1月10日に静止軌道の「風雲2H」と極軌道の「風雲3D」の運用開始が国防科技工業局(SASTIND)から発表された[6]。
地上施設としては、福建省の海絲(Haisi)核心区に地球観測データセンターが設置された[7]。海絲とは海のシルクロードという意味で、福建省では福州・泉州・厦門の3市の港湾が海絲の重要な拠点となっている。
CASCによる地球観測衛星の打上げ予定は、「高分(Gaofen)7」、ブラジルと共同の「CBERS 4A」などがある。
宇宙ミッション2 通信放送分野
本期間に打ち上げられた中国の通信放送衛星は3機で、民生用の「中星(Zhongxing)6C」、軍事用の「中星2D(別称:神通(Shentong)2D)」、性能向上型のデータ中継衛星「天鏈 (Tianlian)2A」である。
2017年に長征5型ロケットによる打上げに失敗した通信技術試験衛星「実践18号」の代替となる「実践(Shijian)20号」が7月頃に打ち上げられる予定。
宇宙ミッション3 航行測位分野
本期間に航行測位衛星「北斗(Beidou)」の打上げはなかった。4月以降に7回の打上げで10機の打上げが予定されている。
宇宙ミッション4 有人宇宙活動分野
3月5日から15日まで開催されていた全国人民代表大会(全人代)には、中国有人宇宙プログラム室(CMSEO)から中国の宇宙ステーション(CSS)「天宮」のコアモジュールなどの開発について発言があった。また3月3日から13日まで開催されていた政治協商会議(政協)では、CMSEO主任の楊利偉や総設計師の張柏楠などが政協委員として国連宇宙部(UNOOSA)との共同プログラムや有人宇宙船生産体制などについて発言した。発言要旨は3月15日にCMSEOより発表された[8]。
第3回目の宇宙飛行士の選抜は最終段階に近づいており、人民解放軍の空軍パイロット以外の科学者や技術者なども選抜される見込み。
宇宙ミッション5 宇宙科学分野
1月19日に中国科学院(CAS)において量子科学実験衛星「墨子(Mozi)」及び暗黒物質粒子探査機「悟空(Wukong)」の運用期間延長に関する審議が行われ、衛星の状況や科学的成果の期待などを考慮して運用期間を延長することが決定された[9]。
3月21日、中欧共同宇宙科学ミッション「SMILE(中国名:微笑)」が正式に開始された[10]。欧州宇宙機関(ESA)における会議に中国からは中国科学院国家空間科学中心(NSSC)などが参加した。2023年末に打上げの予定。
周回中の「天宮2号」に搭載されている「ガンマ線バースト観測装置」(天極望遠鏡、POLAR)は太陽フレアの高感度偏光観測に成功した[11]。
宇宙ミッション6 新技術実証分野
本期間に打ち上げられた技術試験衛星は3機(うち1機は打上げ失敗)であった。
1つは北京零重空間技術有限公司の「霊鵲1A」で、ビデオ撮影・高速データ伝送・衛星間通信などの技術実証を行う。「霊鵲1B」は前述の通り「OS-M1」ロケットの打上げ失敗で軌道投入できなかった。なお、霊鵲衛星群は132機(将来的に378機)で構成される計画[12]。もう1つは長沙天儀研究院有限公司の「瀟湘(Xiaoxiang)1-03」で、別称として共同開発者の青騰大学にちなみ「青騰之星(Qingteng zhi Xing)」と名付けられている。小型カメラと軌道離脱装置を搭載している。天儀研究院の衛星はこれまでに多数打ち上げられており、それぞれパートナーにちなむ別称が付けられている。
国際協力の動向
本期間にエジプト・イタリア・フランスとの国際協力の協定締結等が行われた。
エジプトとは、1月21日に地球観測衛星「エジプトサット2A」プロジェクトへの助成に関する政府間協定を締結した[13]。中国は、本衛星プロジェクトに7200万ドルを助成する計画。
イタリアとは、3月21日から24日の期間に中国の習近平国家主席がイタリアの大統領及び首相と会談し、宇宙協力についての協議も行われた[14]。主な協力としては、地震電磁波観測衛星「張衡(Zangheng)」(CSES)の2号機の共同開発や、中国宇宙ステーションのモジュールの開発にイタリアが参加することなどがある。
フランスとは3月25日に月探査での協力に関する協定を締結した[15]。2023年頃に打上げ予定の「嫦娥6号」(月の南極に着陸しサンプルリターン)にフランスの実験機器を搭載する。
以上
[1] 2019年2月1日、新華網、"嫦娥""玉兔"醒了 将开展第二月昼工作
http://www.xinhuanet.com/politics/2019-02/01/c_1124072656.htm
[2] 2019年4月8日、CCTV、玉兔二号开展第四月昼工作 已累计行走170.92米
http://news.cctv.com/2019/04/09/ARTIpgZsIL75tsw5jku3xEtP190409.shtml
[3] 2019年2月9日、NASA、Chang'e 4 Rover Comes into View
https://www.nasa.gov/feature/goddard/2019/chang-e-4-rover-comes-into-view
[4] One Space、OS-M Series Rocket
http://www.onespacechina.com/en/os-m/
[5] 2019年1月29日、CASC、中国航天科技集团发布首个航天活动蓝皮书
http://www.spacechina.com/n25/n2014789/n2014804/c2474572/content.html
[6] 2019年1月10日、SASTIND)、风云二号H星、风云三号D星正式投入业务运行
http://www.sastind.gov.cn/n112/n117/c6805134/content.html
[7] 2019年1月14日、SATIND、海丝卫星数据服务中心在福州开通 数据覆盖海丝沿线
http://www.sastind.gov.cn/n112/n117/c6805201/content.html
[8] 2019年3月15日、CMSEO、载人航天"两会"好声音
http://www.cmse.gov.cn/art/2019/3/15/art_19_33032.html
[9] 2019年1月19日、CAS、量子科学实验卫星和暗物质粒子探测卫星延寿论证评审会在京召开 http://www.nssc.cas.cn/xwdt2015/xwsd2015/201901/t20190107_5225647.html
[10] 2019年3月22日、NSSC、地球空间"微笑"计划正式启动工程研制
http://www.nssc.cas.cn/xwdt2015/xwsd2015/201903/t20190322_5259954.html
[11] 2019年1月15日、CMSEO、天宫二号完成高精度伽马射线暴偏振探测
http://www.cmse.gov.cn/art/2019/1/15/art_19_32846.html
2019年1月17日、SASTIND、天宫二号搭载的"天极"望远镜实现预定科学目标
http://www.sastind.gov.cn/n112/n117/c6805243/content.html
[12] 泰伯網、零重空间宣布打造由132颗卫星组成的商业遥感卫星星座
http://www.3snews.net/column/252000051614.html
[13] 2019年1月22日、CNSA、中埃签署埃及二号卫星实施协议
http://www.cnsa.gov.cn/n6758823/n6758840/c6805309/content.html
[14] 2019年3月26日、イタリア宇宙機関(ASI)、Continua la collaborazione Italia-Cina sui satelliti cinesi della serie CSES
https://www.asi.it/it/news/continua-la-collaborazione-italia-cina-sui-satelliti-cinesi-della-serie-cses
[15] 2019年3月25日、フランス国立宇宙研究センター(CNES)、State visit to France of President Xi Jinping, France set to fly to the Moon with China、https://presse.cnes.fr/en/state-visit-france-president-xi-jinping-france-set-fly-moon-china
参考資料 アジア太平洋宇宙協力機構(APSCO)の年次シンポジウム開催記録(2009-2018)
APSCOはこれまでに9回の年次シンポジウムを開催した。開催国は未加入のインドネシアを含め7カ国で、モンゴルとイランは未開催である。
回 | 年 | 月 日 | 開催国 | テーマ |
1 | 2009 | 7月20-24日 | タイ | 第1回:「国際協力と宇宙技術利用」 |
2 | 2010 | 9月13-17日 | パキスタン | 第2回:「衛星による食の安全及び農業監視システム」 |
3 | 2011 | 9月13-15日 | 中国 | 第3回:「宇宙技術を利用した地震監視及び早期警戒」 |
4 | 2012 | 11月 5- 8日 | インドネシア | 第4回:「衛星通信技術及びその利用」 |
5 | 2013 | 10月 8-11日 | トルコ | 第5回:「衛星リモセン及びGIS開発」 |
6 | 2014 | 11月11-13日 | バングラデシュ | 第6回:「GNSS技術及びその利用」 |
7 | 2015 | 11月12-14日 | 中国 | 第7回:「アジア・太平洋地域における遠隔医療」 |
8 | 2016 | 10月 3- 6日 | ペルー | 第8回:「衛星データ共有及び小型衛星技術」 |
9 | 2018 | 11月15-17日 | 中国 | 第9回:「宇宙協力を通じた次世代宇宙航空のイノベーティブな人材の育成」 |
定点観測シリーズバックナンバー:
- 2016年10月12日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その1)」
- 2017年04月21日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その2)」
- 2017年10月26日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その3)」
- 2018年04月13日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その4)」
- 2018年10月18日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その5)」
- 2019年01月10日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その6)」