中国の法律事情
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【13-012】外国企業による中国企業の買収(その6)

2013年 6月27日

康 石

康 石(Kang Shi):
中国律師(中国弁護士)、米ニューヨーク州弁護士

上海国策律師事務所所属。1997年から日中間の投資案件を中心に扱ってきた。
2005年から4年間、ニューヨークで企業買収、証券発行、プライベート・エ クイティ・ファンドの設立と投資案件等の企業法務を経験した。
2009年からアジアに拠点を移し、中国との国際取引案件を取り扱っている。

(六)資金難に陥っている企業の買収(以下、「Distressed M&A」といいます)

一、Distressed M&Aとは

 債務超過又は期限到来の債務の返済ができない状態に面している企業、或いは近い将来債務返済に困難が生じる可能性のある企業を資金難に陥っている企業といいます。ミクロ的に見れば、原価・コストの増加、PL訴訟などの重大な訴訟に伴う巨額の損害賠償、売上の落ち込み等、様々な要素が企業の資金難の原因になります。マクロ的に見れば、マクロ経済政策の調整(例えば、中国で現在行われている、不動産価格の上昇を防ぐための不動産購入抑制政策は、不動産開発会社の財務体質に直接影響を与えています。)、融資手段の欠如(例えば、中国の多くの民営企業は、銀行からの借入、株式公開、債券発行等による資金調達が難しいため、自己資金に問題が生じれば、外部資金にアクセスできないため、資金難に陥りやすい傾向があります。)、世界規模の金融危機(金融危機の影響で、取引先からの受注が落ち込み、資金回収も難しいため、多くの企業が資金難に面しています)等も、企業の資金難の原因になります。

 資金難に陥った企業が採り得る対応策としては、①債権者との交渉により、債権者からの権利行使の猶予をもらうこと、②債務の変更又は免除を受けること(返済額の減免及び返済期間の延長を含みます)、③追加融資(デット又はエクイティ)、④デット・エクイティ・スワップ、⑤資産・事業又は会社の売却、他の企業との合併、⑥破産過程におけるM&A取引、⑦破産又は清算等が考えられますが、これらの全ては広義の意味でのDistressed M&A取引に該当し、狭義の意味でのDistressed M&Aは、上記の③から⑥番の取引を指します。

二、Distressed M&Aの特徴

1.取引が成立しやすい

 財務上問題のない企業は、売却の意思を持っていないことが一般的で、仮に、売却の意思を持っていたとしても希望売却価格が比較的に高いことに対して、Distressed M&Aの場合は、資金難を解決するためには、取引を行わなければならないため、M&A取引が成立しやすい側面があります。また、買収者の観点から見れば、比較的に安い値段で比較的に高価値のアセットを入手できるメリットがあります。

2.独禁クリアランスを得やすい

 法令上明確な根拠規定があるわけではありませんが、対象会社を破産から救うようなM&A取引は、大量の従業員の失業を防ぐ積極的な面があるため、中国当局の認可を得やすい可能性があります。また、独禁法上の事業者集中審査の観点からも、中国法上、欧米や日本のような破産企業抗弁制度や審査待機期間を短縮できる等の規定はありませんが、破産企業がかかわるか否かは、事業者集中の競争に対する影響を分析する際に考慮しなければならない要素の一つに含まれています(「事業者集中の競争に対する影響評価に関する暫定規定」(商務部、2011年9月5日施行)第12条において、「事業者集中を評価する際、上記要素を考慮する以外に、公共利益に対する影響、経済効率に対する影響、事業者集中に参加する事業者が破産に瀕する企業であるか否か…等の要素も総合的に考慮しなければならない」と規定しています。)。破産企業を買収する場合、競争に対するプラス影響(事業者が市場から撤退することにより、競合者の数が減り、市場集中度が更に高まることを防止でき、また市場からの撤退に伴う技術の流出を防止し、最終的には消費者の利益につながる)や社会公共の利益(破産を防ぐことで、雇用確保につながる等)を証明できる場合は、本来は、競争制限効果がある取引も、独禁クリアランスを取る可能性があるとの学説もあります。

3.資金提供や資金繰りのリスクが重要

 他にも、Distressed M&Aは、対象企業の破産を防ぐために、資金繰りに問題が生じる前にクロージングして、新しい資金を投入する必要があることから、比較的短い時間内に取引を成功させるか、又は、取引クロージング前に、過渡的な措置として、ブリッジローンを提供するなどの手当てを行う必要が出てきます。また、一般的なM&A取引と異なり、大量の債務を抱えている企業を買収するため、それなりのリスクが高まり、買収後の企業の資金繰りや財務状況を念頭において、取引ストラクチャーを設計する必要があります。

三、実務上の留意点

1.詐害行為の可能性

 Distressed M&Aにおいて、対象会社から一部の資産、事業を買収する場合、その後対象会社が破産になった場合でも、かかる取引が詐害行為として否認されないように留意する必要があります。中国法上、破産申立の受理前の1年以内に、債務者の財産に関して、明らかに不当な価格で取引を行った場合、かかる行為は取消の対象になりえます(「企業破産法」第31条)。「明らかに不当な価格」とは何かについては、企業破産法上は明確な基準を示していませんが、「『契約法』適用の若干問題に関する解釈(二)」の第19条で規定する基準(すなわち、市場取引価格の70%に達しない場合は、通常明らかに不合理な低価格と見なすことができる)が一つの判断基準になろうかと思います。

2.債権者保護手続

 なお、資金難に陥っている企業が会社の重要な部分を売却する場合は、中国法上の債権者保護手続を取る必要はありませんが、資金難に陥っている企業を合併の方法により買収する場合は、債権者保護手続を取る必要があります。但し、旧会社法184条の「債務弁済ができないか、しかるべき担保を提供しない場合は、会社は合併を行うことができない」との規定が、会社法の改正により削除されていることから(「会社法」第174条)、債権者保護手続に違反することがあっても、合併は成立してしまうとの学説があることを念頭に置く必要があります。

3.DES取引の留意点

 デット・エクイティ・スワップ(DES)取引を行う場合、中国会社法上の30%ルール(すなわち、現金による出資が全体の出資の30%を下回ってはならないとの規制)に従い、債権者がDES後の会社の最大70%の持分しか取得できず、既存株主を完全にワイプアウトすることができない点に留意が必要です。

4.私的整理の問題点

 破産手続に入らず、法廷外での再生を図るいわゆる私的整理は、中国における実務上、地元政府と主な債権者である銀行の支持を得る前提で、成功した前例が幾つか存在しています。しかし、私的整理に関する正式なガイドラインはまだ存在しておらず、地元政府や債権者の支持を獲得できていない債務者の場合、私的整理を成功させることにはかなり高いハードルがあります。