書籍紹介:『中国は「力」をどう使うのか-支配と発展の持続と増大するパワー』(一藝社、2023年1月)
書籍名:
中国は「力」をどう使うのか-支配と発展の持続と増大するパワー
- 編著者: 加茂具樹
- 発 行: 一藝社
- ISBN: 978-4-86359-257-5
- 定 価: 2,970円(税込)
- 頁 数: 234
- 判 型: A5判
- 発行日: 2023年1月20日
書評:『中国は「力」をどう使うのか-支配と発展の持続と増大するパワー』
白尾隆行(アジア・太平洋総合研究センター元副センター長)
米中間の経済摩擦が激化を極めたここ数年であるが、ロシアのウクライナ侵攻を経て、この両国の対立は一層の複雑化と、さらなる世界の分断につながる予感をもたらしている。すでに米中間の外交、経済、軍事等の分野における激しいやり取りを見てきた者として多くのことを知っているつもりになっているが、その歴史的、根源的な原因や問題の深さを示す背景など、必ずしも詳らかにするものではない。
本書は、中国が「なぜ支配を持続してきたのか」、「なぜ発展してきたのか」、そして「『力』をどう使うのか」という3つの「問い」から、編著者を含む12名の研究者が問題を根本から整理をし、そして読者の知識を最新化してくれる。内容は、中国共産党の統治能力、毛沢東以来の社会の変化、国有企業の帰趨、人民解放軍、メディア、司法など基本的問題から、米中対立、とくに中国の南シナ海進出の動きを巡る激しい対立など今日的な緊迫した問題にまで及んでいる。
これらの問題を通底する基本的な重要概念は、編者が冒頭に提起する「制度に埋め込まれたディスコース・パワー」である。これは「制度性話語権」とも訳される専門用語であり、なかなか理解することは難しい。中国の科学技術イノベーションのシステムや今日的成果を追跡してきた立場から見ても、この重要概念を基軸としてこの轍を跡付けることはなかなか困難である。拙い理解ではあるが、改革開放以来、いわゆる西側世界が構築してきた国際的な制度的インフラ、例えばWTOやIMFなどに依存して経済発展を成し遂げてきた中国としては、その実利的な利用価値に事実上立脚しながらも、米国を中心とする世界に対して何らかの自ら主導する「価値観」を提示し、それに依拠した具体的な勢力圏を構築する必要に迫られてきた、という背景があるのであろう。
しかも本書でも述べられているように、なんとしても大国たらんとする中国は、一方、常にすべての方途を共産党一党支配の正統性につなげなければならないという桎梏の中にある以上、あらゆる局面において米国をはじめとするいわゆる西側の制度的なインフラに対置する概念を構築し、その地平を広げ、国内外に何重にも橋頭堡を作り上げなければならないという運命にある。
本書は、中国がその「力」をどう使うのかという問題設定の下、主に軍民融合政策の側面から「科学技術大国・中国」を論じており、改めて中国の科学技術イノベーションのシステムを眺め直す機会ともなる。制度的話語権から見たここでの問題の広がりは、関連する国際機関、国際会議、国際プロジェクト、国際ジャーナルなどを含み、かなり広範かつ時間をかけた挑戦となる。今後さらなる議論の深化が必要になるであろう。
この問題はしかし、経済安全保障の視点から政策的関心が高まっている重要新興技術を巡るかなり派手な制度的応酬とは異なり、極めて地味な政策領域ではあるが、習近平政権時代になって強化された、そして「密かな」取り組みといえる。対する日米欧が同志国として、長きにわたって持続的に観察し、意図を読み込み、強かに対案を講じ、自らの価値観を体現した仕組みを堅持できるか、制度的なレジリエンスが問われるであろう。
本書は、中国の科学技術イノベーションの調査研究を行う者にも、ひたすらその発展に注意を注ぐだけではなく、以上のような問題意識や思考を向けることの重要性を示唆している。