【07-07】中国における高成長が続くハイテク産業の現状及び動向(中)~多彩な現場の例示を通じて~
2007年7月20日
1.はじめに
2007年7月7日午前10時前、筆者は上海浦東空港から成田空港への飛行機に乗った。上海にて開催された「2007バイオテクノチャイナ」など幾つかのイベントでの活動を順調に終えて機内で一休みしようと思ったところ、「東方早報」という上海で発行される新聞に接し、以下のニュースが目に留まった。
中国国家発展と改革委員会は7月6日に「中国ハイテク産業第十一次五ヵ年計画」を発表し、はじめて同期間において重点的に発展させていく「八つのハイテク産業」を明文化した。すなわち、①電子情報産業、②バイオ産業、③航空宇宙産業、④新材料産業、⑤ハイテクサービス産業、⑥新エネルギー産業、⑦海洋産業及び⑧ハイテクを用いた伝統的な産業の改造等の産業である。
筆者は近年、日本国内の業務に従事するとともに日中関連の業務にも携わり続けてきた。その関係でたとえば北京、上海、深センは勿論、ハルピン、大連、済南、南京、杭州、広州、南昌、武漢、重慶、西安、ウルムチなどの、ハイテク産業開発ゾーンや大学サイエンスパーク、またソフトウェアパークや国家重点実験室、そして知財実証パークや特色産業基地、国家インキュベーターなどにも足を運び、日本関係者の観点から見たそれぞれの特徴、日中間の産業的補完性や進出先に期待しうる波及効果などについてデータベースの構築を続けている。
本稿では、業務契約で定められている守秘義務や当方のノウハウな部分について紹介できないのはいうまでもなく、またある程度知られている北京、上海、深センといった地域は別にし、前記した重点的な発展産業とも関連しながら、西安国家ハイテク産業開発ゾーン、広州国家ハイテク産業開発ゾーン、ウルムチ国家ハイテク産業開発ゾーンの一角を紹介したい。
2.中国初の「データセンター基地の建設」を宣言する西安
西省西安市は中国西部への入り口であり、秦の始皇帝の陵墓、またその陵墓を守る埋葬物として世界中に知られる兵馬俑の所在地である。古代の雄姿と現代の先端科学技術を渾然一体になることが願われているかのように、2007年6月13日、西安ハイテク産業開発ゾーンにおいて、業界大手である万国データグループ等が1.5億米ドルを投じて、中国初の「データセンター基地」に中国国内最大のデータセンターを建設する計画が発表された。筆者が訪ねたのは調印式の翌日であったが、開発ゾーン担当の方々は顔に自信が溢れていた。
西安国家ハイテク産業開発ゾーンは1991年に中国国務院の批准により設立され、とくに電子情報産業、精密機器製造産業、バイオ医薬産業、新材料産業といった分野に力を入れている。現在、同開発ゾーンは54の国家ハイテク産業開発ゾーンから指定された重点モデルゾーンの一つとなり、総合評価は北京、上海、深センに続く4位となっている。また西省の富裕層の8割が同開発ゾーンに住んでいるといわれている。
西安国家ハイテク産業開発ゾーンの一部を構成する西安ソフトウェアパークは1999年に中国科学技術省より「国家重点計画ソフトウェア産業基地」に認定され、01年に国家計画委員会、情報産業省より「国家ソフトウェア産業基地」の認定を受け、03年に国家発展と改革委員会、情報産業省、商務省より四つの「国家ソフトウェア輸出基地」のうちの一つに認定された。また、西安国家ハイテク産業開発ゾーンは05年に国家知的財産局より「国家知財実証パーク」の一つに認定されている。そして、西安市は06年に国家商務省より「国家サービスアウトソーシング基地都市」の認定を受けた。
2007年6月5日、北京にて開催された「2007中国データセンター戦略フォーラム」において、関連の研究報告が発表され、西安市はデータセンター構築における地域特性、環境、技術力、安定性、交通、人材などの観点から総合的に評価され、北京、上海、広州、成都を抜いて1位に輝いた。これにより、西安ハイテク産業開発ゾーンは中国初の「データセンター基地を建設する」ことを宣言し、国内外のデータセンター関連事業者への誘致を始めている。
現在、データセンター関連ではないが、西安国家ハイテク産業開発ゾーンには米国、日本、ドイツ、シンカポール、香港、台湾など29の国と地域の729社が進出しており、そのうち、世界トップ500社や有名なグローバル企業に名を連ねる40数社も含まれている。米国のインテル、IBMはもちろん、東芝、富士通、brother、NEC、ダイキン工業なども入っている。
ハイテク「事業所」ではなく、ハイテク「新都市」という発想で建設された西安国家ハイテク産業開発ゾーンはその夜も明るい灯火に映されており、西安ハイテク産業の新たな夜明けを語り続けている。
3.中国「国家バイオ産業基地」の一つとなっている広州
広東省広州市は中国華南地方最大の貿易都市であり、日系製造系企業が最も多く集まっている広東省の省都所在地である。「食在広州」(食は広州にあり)と昔からいわれているのはいうまでもない。広州市と福岡市は、古くから通商港として栄えてきた都市として、1979年に友好都市協定を締結したのである。過去20数年の交流では、広州からパンダを借りたお礼に、福岡市はジェットコースターを広州に贈っており、百貨店やテレビ局、大学同士の交流も盛んに行われた。
広州国家ハイテク産業開発ゾーンも1991年に中国国務院の批准により設立されたが、他の国家ハイテク産業開発ゾーンと違って、国務院の批准により設立された広州経済技術開発ゾーン、広州保税ゾーン、広州輸出加工ゾーンといった合計四つのエリア/看板は、同一の「開発ゾーン管理委員会」によって統括・運営されている。また、広州は四つの中国「国家バイオ産業基地」の一つとして、香港の「漢方港」と呼応する構想で、バイオハイテク産業開発プロジェクト「広州国際生物島(バイオ島)」の開発が本格的に進められている。
国家計画委員会の批准により設立された広州国際生物島は、広州経済技術開発ゾーン、広州ハイテク産業開発ゾーン、広州輸出加工ゾーンの協働の下で営まれている。広州国際生物島では、広州ハイテク産業の多角化を加速させる戦略の一環として、製薬、医療、食品、保健、環境等の関連産業の新たな集積を牽引する構想により、広州を中心とした香港、深セン、珠江デルタ地域の一体化を進めている。具体的には研究・開発&生産エリア、技術や生活のサービスエリア、居住エリアといったエリアにより構成されている。それを聞いて筆者はなぜか、「人と自然と響きあう」というサントリーの企業理念を連想する。
2005年現在、広州におけるバイオ産業の総生産高は既に182.70億元に上り、そのうち、バイオテクノロジー製品は163.08億元となっている。だから広州バイオ産業の規模は中国の上位にあるといえる。また、2005年現在広州における各種のバイオ企業は300社余りにまで増加し、そのうちの75%が医薬業界に分布し、50%が民間企業である。
特記しておかなければならないのは広州に設けられている中国科学院南海海洋研究所、生物医薬と健康研究院、南海海洋生物技術国家工程研究センター、広東微生物研究所技術産業化基地等も広州ハイテク産業開発ゾーンの高成長を支えているという実績であり、また、著名な大学発ベンチャー企業として知られている「中山達安基因公司」の技術総監が開発に成功した、蛍光定量PCR法を内容とする発明特許が中国発明大賞で金メダルを授与されたという栄光である。
ちなみに、JETROでは現在、今年9月に広州で開催される「第4回中国国際中小企業博覧会」に合わせて実施する「JAPANフェアin広州」への出展希望者の募集を始めている。広州国家ハイテク産業開発ゾーンも開発ゾーンにある企業に出展を呼びかけている。どこかで日中協奏の幕が開かれるであろう。
4.新エネルギーの開発や活用に取り組むウルムチ
新疆ウィグル自治区の省都、ウルムチ市は中国天山山脈の南にある西部最大の都市であり、世界で最も海に遠い都市である。漢族の他、ウィグル、カザフ、キルギスなど10以上の民族が居住し、漢語とウィグル語がともにこの地域の標準語となっていることから、市街地にあるお店の看板も必ず漢語とウィグル語の両方が表記されている。
ウルムチ国家ハイテク産業開発ゾーンは1992年に中国国務院の批准により設立されたが、その後ダイヤモンド中央商務エリア、タイマツイノベーションエリア、工業パークエリア、ハイテク工業パークエリアなどを順次形成し、新エネルギー、新材料、石油化学工業、特色資源の付加価値加工等六つの産業を形成させるように展開し、光、熱、風から得るエネルギーが他のどの地域よりも豊富である地域性を生かした取り組みが続けられている。
もともとウルムチには多様なエネルギーが存在している。ウルムチは「煤田上的城市(石炭上の都市)」ともいわれれば、「油海上的煤船(石油の海の上にある石炭の船)」とも言われている。ウルムチハイテク産業開発ゾーンはそこに50平方キロのエリアをもつ新たな工業パークを建設し、石炭から電気へ、ガスへ、石油へと変化させるプロジェクトを発足し、地域大手とともに風力エネルギー工業パークを建設し、米国のBPグループと一緒に太陽能発電事業を推進し、天然ガスの開発や付加価値加工も含む新エネルギーの開発に飽きなく注力し続けている。その結果、風力発電は06年現在でアジア最大の規模となった。
ウルムチハイテク産業開発ゾーンは前述の位置づけと同時に、アジア大陸の中心とも言われ、中国西部の対外開放の重要な窓口でもある。05年、ウルムチハイテク産業開発ゾーンはある会議で「中央アジア市場を発展させる戦略連盟」の発足を呼びかけたところ、参加者から大きな支持を得た。ウルムチハイテク産業開発ゾーンは、国内だけでなく、中央アジアを中心とした国外向けの輸出や国際的な連携をも積極的に進めている。まさに「産業開発」の視点である。
昨年夏、ウルムチから北京に戻る飛行機の中で、隣にフランスへ留学に行く若い子がいた。ウルムチ生まれでウルムチ育ちだが、大学4年間は天津で過したという。北京空港のロビーで、自分の体よりも大きな荷物を背負って歩くあの子の後ろ姿を見て、そのエネルギーはどこからかと、筆者は思わず考えてしまった・・・。
5.おわりに
上記の通り、西安、広州、ウルムチといった三つの地域における国家ハイテク産業開発ゾーンの一角を紹介した。しかし、いうまでもなく、西安は電子情報産業に、広州はバイオ産業に、ウルムチは新エネルギー産業にだけ取り組んでいるわけではないし、西安、広州、ウルムチの国家ハイテク産業開発ゾーンだけが電子情報産業、バイオ産業、新エネルギー産業に取り組んでいるわけでもない。
現在54の国家ハイテク産業開発ゾーンはそれぞれの地域において多様なサブパークを内包しまたは密接に関係しながら、ソフトウェアパークや大学サイエンスパークはもちろん、米国のシリコン「バレー(=谷)」をもじった「中国光谷」(中国の光バレー)、「中国薬谷」(中国の薬バレー)、「中国医谷」(中国の医療機器バレー)や、「中国ソフトウェア城」、「中国新材料産業基地」、「虚擬大学園」(バーチャル大学サイエンスパーク)、「国際バイオ島」、「宇宙産業特色ステージ」などを建設し、光、IT、バイオ、環境などの国際ハイテク博覧会を開催し、技術また外資の導入や国際市場への参入などに全力を挙げている。
また、日本では、消費者購買力という観点から見た中国を四つの世界に区分した説が存在している。北京、上海、深センを第一の世界とし、その他の沿海地域を第二の世界、中部地域を第三の世界、西部地域を第四の世界といった内容である。しかし、この区分をそのまま中国におけるハイテク産業開発ゾーンの地域的実力や波及力にあてはまるかといえば答えはノーである。第四世界といってもそこにある国家ハイテク産業開発ゾーンの総合力が低いとは限らない。
そこで、中国における国家ハイテク産業開発ゾーンはハイテク事業所の集積だけであろうか、国家ハイテク産業開発ゾーンの波及効果または及ぼす多面的な影響の本質は何であろうか、国家ハイテク産業開発ゾーンは現在どのような課題に直面し海外の力を必要としているか、日本における現代的な中国政策研究には何が欠けているか、日中間の「戦略的互恵関係」の具現化に必要な科学技術交流には何が不可欠かなど、次回、ささやかな私見を述べる予定である。
なお、本稿と関連しながら別の観点で下記テーマの分科会を開催する予定になっているので、ご関心のある方は直接分科会事務局までお問い合わせ下さい。
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張 輝 (Zhang Hui):
株式会社技術経営創研社長、経営コンサルタント、博士
略歴
1961年中国上海生まれ。88年留学に来日。
95年立教大学博士(国際的な技術ライセンス規制の研究)。体系的、実証的、比較的な中国ハイテク産業論の提唱者。
95年以降、科学技術政策シンクタンク主席研究員、経営戦略コンサルティング・グループMOT統括マネージャ、中国管理科学研究院総合研究誌国際編集委員、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科( MBA/MOT)兼任講師、NPOビジネスモデル学会運営委員、日中テクノビジネスフォーラム代表などを務め、DND「イノベーション25戦略会議」への提言連載コラム中国版編訳責任者、情報サイト「 中国ハイテク産業の窓」「東京博客」(中国語)等を主宰。
日本総務省、国土交通省、文部科学省関連機関(宇宙航空研究開発機構、産業技術総合研究所)、本田技研工業、NTT、富士通、朝日航洋などからの委託市場調査、事業開発、戦略策定、比較研究、日 中交流等に取り組む。
2003年から現職。
著書・論文
『中国知的財産権ハンドブック』(東京布井出版、共編著)1997年
『図解入門 テクノビジネス・ストラテジー』(LexisNexis&東京布井出版)2003年
『中国におけるハイテク・スタートアップス調査研究報告書』(産業技術総合研究所、共編著、非売品)2007年
米日中の科学技術政策の比較検討や知財ビジネス、テクノビジネスなどに関する論文多数発表。
受賞暦
1986年高品質新製品賞(前中国電子工業省、現中国情報産業省
1994年改革提言賞(中国管理現代化研究会等)
2006年世界傑出華人賞(中国外務省世界傑出華人大会組織委員会)