【21-05】成長期待も米中対立や雇用が不安材料 梶谷懐氏が中国の経済見通し
2021年02月08日 小岩井忠道(アジア総合研究センター準備・承継事業推進室)
5G(第五世代移動通信システム)を中心とした新型インフラ建設と、土地、労働力、資本といった生産要素の効率的な配置転換で、引き続き経済成長が見込まれる。梶谷懐神戸大学大学院経済学研究科教授が、このような中国の経済見通しを明らかにした。主流派の経済学に忠実な戦略で新型コロナウイルス感染拡大にうまく対応している、と評価する一方、米中対立や雇用など不安材料を抱える現状も指摘している。
ビデオ会議システムを利用して記者会見する梶谷懐神戸大学大学院経済学研究科教授(日本記者クラブ「YouTube会見動画」から)
大きかった供給面での打撃
梶谷氏は1月29日、日本記者クラブ主催の記者会見で、中国経済の現状と課題について詳しく解説した。武漢市の封鎖、隔離病院の建設、全国からの医療スタッフの動員、スマートフォンで集めた個人情報を活用した徹底的な検疫・隔離。こうした強制・集中的対策で中国政府が新型コロナウイルス感染拡大を抑え込むことができた理由として、農村‐都市の二重構造など中国特有の社会構造を挙げた。
新型コロナ感染拡大による経済への影響では、需要面よりも供給面での打撃が大きかったとみている。春節のため農村に帰郷した労働者が都市に戻らず、各地で人手不足が起きた影響が大きい。湖北省などで操業開始が遅れたことによる自動車産業をはじめとした部品の供給不足で、2020年2月期の輸出は急激に落ち込む。沿海部の比較的豊かな農村でも、感染対策で故郷に帰った労働者が戻ってこず、栽培している商品作物の生産が落ち込んだ。2020年1~2月の輸出は前年同時期に比べマイナス17.2%、工業生産額マイナス13.5%、小売販売額マイナス20.5%、固定資産投資マイナス24.5%という数字に表れている。
(梶谷懐氏記者会見資料から)
個人の所得補償より産業への投資重視
世界のほとんどの国が2020年にマイナスの経済成長を記録した中で、中国が実質GDP(国内総生産)成長率で2.3%とプラス成長を遂げた理由は何か。梶谷氏はまず、個人の所得補償よりも企業への低金利融資や社会保険費減免を重視した中国政府の対応を挙げた。さらに財政出動による景気刺激策では、効率性に配慮したインフラ投資を重視したことによる効果を指摘した。
供給面の打撃が大きく現れた局面で、総需要を刺激する政策を控える対応をとったことも、経済のV字回復を可能にした理由に挙げた。「一人10万円の一律支給や『Go Toキャンペーン』といった日本政府のような取り組みはやっていない。個人の所得補償は極めて抑制的で、供給側である産業への投資を重視した」。梶谷氏は一連の中国政府の対応をこのように語り、「主流派の経済学に忠実な対策」とも表現している。
国際通貨基金(IMF)は、中国の2021年の実質GDP(国内総生産)成長率を7.9%と予測している。「中国の対応をIMFも評価している」と梶谷氏はみており、中国が5Gを中心とした新型インフラ建設と、これまでの「供給側の改革」を特に土地、労働、資本、技術、データの五大生産要素について市場メカニズムに従い、効率性の高い配置を実現する「国内大循環」を成長戦略に据えて、V字回復後も経済成長を図る、との見通しを示した。
米中対立、雇用など不安材料も
一方、梶谷氏は米中対立をはじめ四つの大きな課題を中国が抱えていることに注意を促している。一つは中国政府による民間プラットフォーム企業への締め付け。中国アリババ集団傘下の金融会社、アント・グループの新規株式公開(IPO)が突如延期になったことでも明らかになった。これまで中国IT関連産業の活発なイノベーションを支えていたのは、試行錯誤を許容する規制緩和政策。この仕組みがなくなることによるIT関連産業への影響を、梶谷氏は懸念している。
もう一つの課題は、コロナ危機への対応から企業の債務残高が再び拡大する可能性。昨年11月には、政府系半導体大手「紫光集団」の資金繰り難が表面化した。ただし、梶谷氏は債務問題の再燃よりも、さらにもう一つの課題として挙げる「雇用をめぐる問題」をより重視している。新型コロナで需要が落ち込んだ産業では、昨年3月時点で失業者が2,600万人に上ったことを中国政府は明らかにしている。しかし、中国政府の発表には在職未就業者や農民工が含まれていない。実際には3月期の失業者数は7,000万~8,000万人(失業率約20%)に上り、その70%以上は最も社会保障制度の恩恵が乏しい農民工、と梶谷氏は指摘した。こうした周辺労働者に負担を押し付ける中国の労働市場の問題も、氏は注視している。
中央・地方政府による産業補助金や政府引導基金に対する米国の批判など、根本的な解決が難しい米中対立も含め、これら四つの課題が不安材料となっている、と梶谷氏は指摘した。
日本の主流派経済学者も産業構造改革提言
新型コロナウイルス感染拡大に対する経済政策の在り方については、2020年3月に東京財団政策研究所が公表した「【経済学者による緊急提言】新型コロナウイルス対策をどのように進めるか? ―株価対策、生活支援の給付・融資、社会のオンライン化による感染抑止―」にも、さまざまな提言が盛り込まれている。その中に次のような記述がある。
「大きく急速な産業構造変化が起きると予想されるが、それには企業の退出(廃業、倒産)と新規参入による新陳代謝が不可欠である。いま新型コロナ問題で急激な業績悪化に苦しむ中小企業を支援すべきことは言うまでもないが、それとともに適正なスピードでの企業の新陳代謝を促す政策も組み合わせることが必要である」
梶谷氏の記者会見に先立つ1月20日、同じ日本記者クラブ主催の記者会見で小林慶一郎・東京財団政策研究所研究主幹が「コロナ危機下の経済・財政政策のあり方」について考えを明らかにしている。小林氏は、政府の諮問機関である新型コロナウイルス感染症対策分科会の委員も務める経済学者だ。梶谷氏が「主流派の経済学」に属する学者とみなしている一人で、東京財団政策研究所の「【経済学者による緊急提言】新型コロナウイルス対策をどのように進めるか? ―株価対策、生活支援の給付・融資、社会のオンライン化による感染抑止―」の起草者でもある。小林氏はこの日の記者会見で、緊急提言の一部を重ねて紹介し、次のように述べていた。
「新型コロナが数カ月で終息するなら『Go Toキャンペーン』のような需要喚起策もよい。しかし、半永久的(2年以上)に続く可能性が高いとみられる現在、飲食、観光、宿泊、交通といった接触型産業の縮小と、非接触型産業の成長促進という産業構造改革で雇用創出を進めるべきだ」
小林慶一郎・東京財団政策研究所研究主幹(1月20日日本記者クラブ)=日本記者クラブ「YouTube会見動画」から
関連サイト
日本記者クラブ会見リポート「『2021年経済見通し』中国経済の行方 梶谷懐・神戸大学大学院教授」
同「YouTube会見動画」
日本記者クラブ会見リポート「『2021年経済見通し』 コロナ危機下の経済・財政政策のあり方 小林慶一郎・東京財団政策研究所研究主幹」
同「YouTube会見動画」
東京財団政策研究所「【経済学者による緊急提言】新型コロナウイルス対策をどのように進めるか? ―株価対策、生活支援の給付・融資、社会のオンライン化による感染抑止―」
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