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【20-09】2021年の中国経済の展望

2020年12月23日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 2021年の中国経済を展望する前に、2020年の中国経済を振り返らなければならない。もともと中国政府が設定した2020年の経済目標は貧困を完全に撲滅することだった。年末になって、習近平国家主席は脱貧困の目標が達成できたと宣言。一人当たりGDPが1万ドル超えた中国は格差が小さければ、そもそも貧困は問題にならなかった。脱貧困の目標が達成できたとすれば、どのようにして所得格差を縮小したのかを明らかにする必要がある。

 一方、年初から新型コロナウイルスの感染が拡大し、武漢市を中心にパンデミック(爆発的感染拡大)が起きた。その後、ウイルスの感染を抑制するため、すべての主要都市が封鎖されてしまった。結果的に第1四半期の実質GDP伸び率は-6.8%と大きく落ち込んだ。

 先進国と違って、中国が取った対策は短期集中型の厳格な隔離政策だった。PCR検査は集団的に実施し、クラスターが発生した地域は強制的に封鎖される。工場が再稼働したあとも、従業員の感染が確認されれば、強制的に2週間以上操業停止しなければならない。しかも、衛生局(日本の保健所に相当)の監督のもと、徹底的に消毒を行う。

 中国では、マスクの着用が義務付けられているが、手の消毒が徹底されていない。もっとも特徴的なのはスマホの専用アプリですべての個人が感染者との接触の有無が徹底的に追跡される。このような厳格な隔離措置によって、感染抑制に成功し、経済活動も再開した。その結果、第2四半期の経済成長率は3.2%とプラスに転じた。中国経済が回復する背景にはコロナ感染対策が奏功したこと以外に、内需が強くけん引していることがある。

 中国で内需を支えているのは家計の高い貯蓄率である。2019年現在、家計の貯蓄率は30%に達している。それゆえ、習近平政権は「内循環経済モデル」を打ち出した。「内循環経済モデル」とは内需依存の経済である。先進国を中心に新型コロナウイルスの感染が抑制されていないため、中国にとっての外需は大きなリスクを孕んでいる。内需ならば、政府の経済政策によって喚起することができると思われる。

 2019年、1億5,000万人の中国人は海外旅行したといわれている。2020年、これらの中国人は海外旅行ができなかった。その代わりに、彼らは国内で旅行し消費している。その一例をあげれば、2020年10月1日の国慶節はたまたま中秋節と重なり、中国政府は急遽8日間の大型連休にすることを決めた。この8日間、合計6億人が国内旅行に出かけたといわれている。ちなみに、中国政府は日本のGo Toトラベルのような呼びかけをほとんど行っていない。

 むろん、内需についてまったく不安がないわけではない。短期的に高い貯蓄率を背景に、個人消費の意欲は旺盛だが、中長期的にみて、経済成長が持続していかなければ、いずれ消費が萎縮してしまう心配がある。もともと中国経済は外向型と表現され、すなわち、輸出と外資に依存する経済である。すでに米中貿易戦争によって工業製品の対米輸出は制裁関税などによって難しくなっており、輸出製造企業の下請けの中小企業は経営難に陥っている。アップル社の事例はその典型である。アップル社はiPhoneの部品調達をすでに中国(大陸)から台湾やベトナムなどへシフトしている。中国としてもっとも心配するのは多国籍企業の脱中国の動きである。

 専門家の一部は、米中のデカップリングは不可能であると主張するが、ハイテク分野において米中のデカップリングがすでに始まっているとみるべきである。習近平国家主席は国内に向けて自力更生による経済発展の実現を呼び掛けている。すなわち、デカップリングに備えるということである。

 こうしたなかで、2021年、中小企業の経営難問題は雇用情勢を悪化させる可能性がある。中小企業は雇用創出において重要な役割を果たすものだが、輸出がうまくいかなければ、大企業はリストラに踏み切る。それを受けて、中小企業の一部は倒産してしまう。2020年10月に開かれた共産党中央委員会五中全会で習近平総書記は演説を行った。そのなかで、もっとも多く言及された言葉は「安全」(22回)だった。ここでいう中国の「安全」の意味は日本語の「安定」に近い。すなわち、経済と社会の安定をいかに維持するかということである。2021年、不安定となる大きな要因の一つは雇用である。2020年5月末に開かれた全国人民代表大会で李克強首相は政府活動報告のなかで39回も「就業」を言及した。「就業」とはまさに雇用のことである。

 習近平政権にとって2021年は2022年の党大会に向けた種々の政策の実りの一年である。すなわち、何があっても、経済成長を押し上げなければならない。そのために、国内の不安要因を取り除かなければならない。

 むろん、不安要因は国内に限ることではない。中国を取り巻く国際環境は決して安定したものではない。そのなかでなんといっても米中対立は、中国の経済成長を妨げる最大の不安要因であろう。これまでの2年間で、トランプ政権によって仕掛けられた貿易摩擦はハイテク技術の覇権争いなど、全面的な対立へと発展してしまった。大統領選挙でトランプ政権は敗北したが、中国にとって民主党バイデン政権は決して付き合いやすい相手ではない。バイデン大統領は中国に商習慣を改めさせるとすでにはっきり述べている。短期的に米中関係が和解するとは望めない。

 おそらく習近平政権はバイデン政権との和解を模索しながら、軸足を東アジアに置くことになるだろう。2020年11月に、中国が地域的な包括的経済連携協定(RCEP)に合意したのはその兆候といえる。すなわち、北京はアジア諸国との関係強化をもってアメリカとバランスを取ろうとしている。中国の強みといえば、国内の巨大な市場である。それは諸外国にとって無視できない存在になっている。すなわち、中国市場に進出したければ中国と良好な関係を構築しなければならない、というのが北京の考えである。現在、中国とトラブルになっているアメリカ、カナダ、オーストラリアなどの国々はいずれも中国に対して苦慮している。中国と本気で喧嘩すれば、中国市場を失うことになる。

 実は、日本にとっても2021年は中国とどのように向き合ったらいいか、悩む1年になる。もともと2020年4月初旬、安倍政権(当時)は習近平国家主席を国賓として日本に招聘する予定だった。新型コロナウイルスの感染拡大により、それが延期された。その後、香港に適用される国家安全維持法の施行などにより日本の世論は一気に悪化し、習近平国家主席を国賓として招聘することに反対する声が噴出した。菅政権は中国との関係構築を模索しようとしているが、習近平国家主席を国賓として招聘するかどうかについて明確な態度を表明していない。しかし、日本は経済的に中国に依存している。おそらく菅政権はバイデン政権の対中姿勢を見極めてから、中国にどのように向き合うか、対中政策を定めようとしているのだろう。

 結論的に、2021年の中国経済はコロナ禍を克服しながらも、不安要因が満ちる一年になり、経済成長が不安定な展開になると思われる。