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第139回中国研究会「コロナ後の中国経済の行方と日本企業~2035年のGDP倍増目標と双循環政策を読む~」(2021年01月20日開催)

「コロナ後の中国経済の行方と日本企業~2035年のGDP倍増目標と双循環政策を読む~」

開催日時: 2021年01月20日(水)15:00~16:15

言   語: 日本語

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

講   師: 金堅敏(Jin Jianmin) 氏
富士通 グローバル戦略企画部門チーフデジタルエコノミスト

講演資料:「 第139回中国研究会講演資料」( PDFファイル 1.43MB )

講演詳報:「 第139回中国研究会講演詳報」( PDFファイル 4.91MB )

YouTube[JST Channel]:「第139回中国研究会動画

「アジア市場にらんだネットワーク経営を 金堅敏氏日本企業に提言」

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 中国の経済政策に詳しい富士通グローバル戦略企画部門チーフデジタルエコノミストの金堅敏氏が1月20日、科学技術振興機構中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演、バイデン米新政権による米中関係の変化や日本企業の対中国戦略の見通しなどについて語った。中国が新しい開放型の経済体制を目指していることを強調するとともに、日本企業がこのチャンスをとらえ、アジア市場をにらんだネットワーク経営を目指すよう提言した。

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金堅敏富士通グローバル戦略企画部門チーフデジタルエコノミスト

戦略的デカップリングに時代に

 米中関係について金氏は、米中貿易戦争は次第に終焉(しゅうえん)に向かうという見方を示した。理由に挙げたのは、資金供給国となった中国と金融・資本市場でデカップリング(切り離し)する利点が米国にはあまりない、という現実。米国の新興企業(ベンチャー)向け株式市場「ナスダック」とニューヨーク証券取引場に上場する中国企業の数が増え続け、昨年1~9月に上場した数が30社と前年を5社回った。米国資本の中国金融市場への参入も増え続けている。バイデン新政権の対中政策で、通商政策の優先順位は高くない。こうした事実を金氏は、米国にデカップリングする利点があまりない理由に挙げた。

 バイデン新政権の経済チームと外交安全保障チームが、いずれも名門大学出身者が多く、ルールや競争と協力のバランスを重視するとみられる。トランプ政権が古い産業を重視したのに対し、新政権にベンチャー投資など将来志向が感じられる。このような見方も示し、米中の貿易交渉では、安定性と予見可能性が増すという見通しを明らかにした。ただし、技術リーダーの地位を維持したいとする米政権の政策は1980年代から続いており、80年代は日本とドイツが競争相手だったのが今は中国。日本とドイツの場合は競争対象が在来技術だったのが、中国に対してはエマージングテクノロジー(実用化が期待される先端技術)が対象となっており、ICチップなどを標的とする「戦略的デカップリング」の時代になっていることも指摘した。

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(金堅敏氏講演資料から)

「デジタル一帯一路」の形成も

 米中の新たな技術覇権争いが予測される中で、中国の新しい中長期成長戦略はいかにあるべきか。金氏が着目しているのは、在来産業のグローバル化という先進国が進めてきた戦略ではなく、中国が主導する新しいグローバル化。昨年10月の中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(五中全会)で、国内市場中心の成長パターン「双循環」への転換とイノベーション駆動の「技術自立」を最優先課題とする中長期戦略が打ち出されたことを、金氏は重視する。

 市場、技術、材料のいずれも海外に依存するこれまでの輸出主導型国家から、高付加価値産業構造への転換を狙った戦略だとし、デジタル化、ネットワーク化、スマートシティ化によって経済効率の向上と新たな価値創造が十分可能との見通しを示した。米国とのある程度のデカップリングは想定の上で、一帯一路地域との経済関係強化により、デジタル技術とリアル技術を融合した新興国・途上国にもふさわしい中国発技術の普及が図れるとみている。

 一方、新型コロナウイルス感染拡大による欧米先進国の特需で、「双循環」と裏腹の外需主導に戻ってしまう可能性があることにも注意を促している。少子高齢化が最も速く進む日本を追う形で中国の高齢化が進んでいることも、大きな構造的リスクに挙げた。65歳以上の全人口に占める割合が14%以上になる「高齢社会」には2022年に、さらに2034年前後には65歳以上が21%以上になる「超高齢社会」に入るという予測グラフも示し、「日本より迅速な人口政策が重要」と指摘した。

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(金堅敏氏講演資料から)

TPP加入、ユーラシア経済圏推進へ

 中国、日本両国にとって大きな出来事として昨年11月に15カ国が署名した「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」がある。署名国は東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国とオーストラリア、中国、日本、韓国、ニュージーランド。これにより市場開放度合いに関する日中の溝が埋まり、RCEPを共同で推進する誘因が生まれた、と金氏は評価している。RCEPには、ソースコードの移転・アクセス要求の禁止についてはルール化しないといった、議論を先送りした課題もある。しかし、米国をはじめとする外部圧力も加わって市場開放の流れは速まっている。むしろ外部圧力を国内改革のエンジンにしようとする発想も中国に出てきている、と金氏はみている。

 さらに金氏が重視しているのが、中央アジア・欧州21カ国97都市と中国を結ぶ列車輸送路「中欧班列」の役割。一帯一路構想が始動して以降、増え続けてきた開通本数は2020年に1万2,000本を超し、前年から50%増となった。中国から中央アジア・欧州へは携帯、ノートパソコンなどのIT製品、自動車部品、アパレル・靴・帽子、皮革、灯具、食品、家電、一方、中央アジア・欧州から中国へは自動車、食料、ワイン、コーヒー豆、木材、機械設備、医療器具、化粧品など多様な物資が輸送されている。まだ赤字経営を脱していないものの、日米欧の多国籍企業の活用も増えている実態に金氏は注意を促した。

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(金堅敏氏講演資料から)

中国市場開放日本企業にもチャンス

 RCEPや一帯一路戦略の先に中国が見据えるのが「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定」(TPP11)。一帯一路構想やRCEPに比べると開発協力の度合いは弱い一方、制度統合の度合いが強いところが、中国が関心を強める理由だ。元の「環太平洋パートナーシップ協定」(TPP12)が発効直前にトランプ米政権が誕生し、協定から離脱してしまったため、日本、ベトナム、シンガポール、ブルネイ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、メキシコなど残り11カ国が参加国となっている。欧州、中央アジア、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)からなるユーラシア経済圏構想を推進するのと併せて「TPP11」にも加入し、より高度な自由貿易圏を構築するというのが中国の長期的な狙い、と金氏は解説した。

 こうした中国で進む市場開放の流れに日本企業がうまく乗ってきたことも、金氏は注視している。主要国・地域別に見た日系現地企業の売り上げは、新型コロナウイルス感染が拡大し始めた2020年に入ってそろって低下したが、中国の現地企業だけは唯一、第二四半期の4~6月には早々と上昇に転じた。第三四半期(7~9月)には新型コロナウイルス感染が始まる前の前年(2019年)同期に比べプラス15%という急回復ぶりを示し、売上高も約650億ドルと米国を追い抜いてトップに浮上している。日系企業の拠点数でも、2019年に3万3,050と2位米国の8,929を引き離して1位。電気自動車、小売りを含む流通系、部品・素材など在来産業の中国進出が進む。こうしたデータを示し、日本企業は10数年前から構造改革をうまくやり中国ビジネスに対応してきた、と金氏は評価した。

 そのうえで、米中紛争の狭間に立たされる日本企業は、米中双方の規制にどう対応するか、法令を順守するきちんとした説明が必要になる、と助言した。自己完結的なビジネスモデルを構築して、中国の市場開放のチャンスを活用し、併せてリスク管理もきちんと行う。さらに新興国・途上国経済圏を重視した新しいグローバル化の潮流に乗り、アジア市場をにらんだネットワーク経営を目指すよう提言した。

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(金堅敏氏講演資料から)

(写真 CRSC編集部)

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金堅敏

金堅敏(Jin Jianmin) 氏
富士通 グローバル戦略企画部門チーフデジタルエコノミスト

<略歴>

富士通 グローバル戦略企画部門チーフデジタルエコノミスト・博士。専門は、通商政策、ニューエコノミー/デジタルイノベーション、企業経営戦略論。中国浙江大学大学院修了/横浜国立大学社会科学研究科修了。主な著作に『図解でわかる中国有力企業と主要業界』、 『中国 創造大国への道 ビジネス最前線に迫る』(共著)、『米中貿易紛争と日本経済の突破口』(共著)、『日本版シリコンバレー創出に向けて:深圳から学ぶエコシステム型イノベーション』、ほか