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第134回中国研究会「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」(2020年9月29日開催)

「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」

開催日時: 2020年9月29日(火)15:00~16:00

言   語: 日本語

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

講   師: 周 牧之: 東京経済大学教授 経済学博士

講演資料:「 第134回中国研究会講演資料」( PDFファイル 3.64MB )

講演詳報:「 第134回中国研究会講演詳報」( PDFファイル 1.35MB )

YouTube[JST Channel]:「第134回中国研究会動画

「ITの力で中国の都市はさらなる変化を 周牧之氏が新型コロナ後の中国経済予測」

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 環境、社会、経済という三つの軸で都市を評価する「中国都市総合発展指標」の開発を主導した周牧之東京経済大学教授が9月29日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演し、新型コロナウイルス感染拡大と米中対立という試練に中国社会経済がどのように対応し、変化しつつあるかを詳しく語った。今後の見通しとして、この20年間の急速な経済成長をもたらす原動力となった製造業がモデルチェンジを迫られている中で、中国の都市はIT(情報技術)の活用によりさらなる変化を遂げるだろう、と強い期待感を示した。

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周牧之東京経済大学教授

 中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が協力して開発した「中国都市総合発展指標」は、都市を環境、社会、経済という三つの軸で包括的に評価することで、中国をさまざまな角度から分析することを可能にした。全部で3大項目、9中項目、27小項目から成る指標システムで四つの直轄都市を含む298の都市が評価され、2016年以来、日本でも『中国都市ランキング』として毎年出版されている。三冊目の『中国都市ランキング2018 - 大都市圏発展戦略』はこの10月に、NTT出版から刊行される。

 周氏は、まず「中国都市総合発展指標」を使い、新型コロナウイルス感染拡大に武漢市および中国全土がどのように対応したかを詳しく紹介した。

 中国都市総合発展指標の中に「輻射力」という指標がある。都市のある産業の、外に移出・輸出できる力を指す。輻射力が低い場合、その都市は同産業において外部からモノやサービスを購入する必要がある、とされる。

 最初に新型コロナウイルス感染拡大が起きた武漢市は人口約1,400万人で、東京とほぼ同規模の人口を擁する大都市だ。武漢市の人口1,000人当たり医師数は4.9人で、東京都の3.3人とニューヨーク州の4.6人を上回る。人口1,000人当たりの病床数も武漢は8.6床で、東京の9.2床と大きな差はない。2019年の「医療輻射力」も、中国298都市中、6番目に高い。豊かな医療資源を誇る都市であったといえる。

豊かな医療資源でも医療崩壊

 にもかかわらず、武漢市が医療崩壊を来し大混乱に陥った最大の理由はなにか。周氏は、「医療現場がパニックに陥った」ことと、「医療従事者の大幅な減員」、「病床の不足」という三つの要因を挙げた。大量の感染者が医療機関に駆け込み、医療現場が混乱、医療資源を重症患者に振り向けられなくなり、さらに院内感染という深刻な事態に発展した。その結果、中国全土の新型コロナウイルスによる死者数の83.3%にも達する甚大な被害を生んだ、と周氏は解説した。

 一方、2003年に起きた重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験から、相応の対応ができたことも紹介している。1月23日に厳しい行動制限を課したロックダウンを武漢市で実施、77日間も続けたほか、1月24日には湖北省全域、その後他の地域も相次いで「公衆衛生上の緊急事態対応レベル」を1級に引き上げる措置を取り、1月29日にはそれが中国全土に及んだ。「公衆衛生上の緊急事態対応レベル」はSARSの経験を基に設けられたもので、1級とは「人の移動を極力抑え、人の接触を極力遮断する」措置が取られるレベル。こうした措置が功を奏して中国では新規感染者数が急激に抑えられた。

 武漢の医療従事者の大幅減員に鑑み、中国は全国から大勢の医療従事者を救援部隊として武漢へ素早く送り込んだ。武漢への救援医療従事者は最終的に4万2,000人に達した。この措置が武漢の医療崩壊の食い止めに繋がった。病床不足に対して武漢市は、中央政府の支援で二つの重症患者専門病院をわずか10日間で建設し、合計2,600の病床を確保し、さらに体育館を改装した軽症者収容病院を16カ所つくり、1万3,000床を確保したことを周氏は紹介した。

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(周牧之教授講演資料から)

オゾンが院内感染対策に効果

 このほか周氏が強調したのは、低濃度のオゾンを感染拡大防止策に取り入れたこと。周氏は1月中旬から新型コロナウイルス対策の打つ手となるオゾン研究に取り組んだ。2月18日に論文を発表し、オゾンの謎を解き明かして疫病流行の収束メカニズムを探り、新型コロナウイルス対策にオゾンを利用するよう提唱した。自然界に存在する低濃度のオゾンが細菌やウイルスの過度な繁殖と拡散を防ぐ役割を果たしてきたとし、低濃度のオゾンは新型コロナウイルスに対しても不活化する効果がある、との仮説に基づく対策だ。周氏と親交のある世界的に著名な中国企業「遠大科技集団」が、オゾン発生機能付き空気清浄機を急遽建設された武漢の専門病院をはじめとする多くの病院に寄付した。「院内感染をかなり防いだという報告がある」と、周氏は語っている。

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(周牧之教授講演資料から)

 こうした取り組みによって「中国国内は現在、ほぼ普通の生活ができるようになっている」というのが周氏の見方だ

メガロポリス時代の到来

 中国の製造業とグローバルサプライチェーンはどう変わるか。新型コロナウイルスが経済に与える影響の中でも、特に周氏が重視していることだ。多国間にまたがる生産・流通のネットワーク形成によって輸出を拡大してきた中国では、都市のクラスター化が進み、北京・天津・河北省の京津冀メガロポリス、上海・江蘇省・浙江省の長江デルタメガロポリス、広州・香港・深圳・東莞・マカオの珠江デルタメガロポリスが形成される。周氏は2001年に中国においてこのような三大メガロポリスの時代を予測した。

 2019年の「製造業輻射力」ランキングトップの深圳以下、上位10都市が、ほとんど周氏の予測した三つのメガロポリスに入っており、10都市を合わせた貨物輸出額は全国の48.2%のシェアを占める。  

 一方、2000年に比べて現在は平均賃金が深圳で4.8倍に増えているのをはじめ、その他の9都市も平均賃金が5~9倍に急増した。さらに、これら10都市の今年1~6月の税収は、前年同期に比べ軒並み減っている。10%以上減った都市も三つある。新型コロナウイルスショックと米中対立激化によって、グローバルサプライチェーンの再構築を迫られている現状についても周氏は指摘した。

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(周牧之教授講演資料から)

 グローバルサプライチェーンの再構築とともに、迫られていることとして周氏は「製造業のモデルチェンジ」を挙げている。

 周氏はまた現在、アメリカで渦中にある中国発アプリTikTok、WeChatはこれまでのような輸出品とは異なることに着目し、「IT産業輻射力」の分析も展開した。「製造業輻射力」の上位10都市と「IT産業輻射力」の上位10都市を並べた図を示し、顔触れがだいぶ異なることを明らかにした。「製造業輻射力」の上位10都市の中で「IT産業輻射力」の上位10都市にも同時に入っているのは、深圳、上海、広州、成都の4都市のみ。

 製造業の従来の発展モデルは新型コロナウイルス感染拡大がなかったとしても、そろそろ限界に達しつつあった、との見方を周氏は示した。

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(周牧之教授講演資料から)

 「IT産業輻射力」上位10都市の中で特に目を引くのは、「製造業輻射力」トップの深圳が、2位につけていること。最近米国から制裁の標的とされたZTE、ファーウェイ、テンセント、DJIなど代表的な4社はいずれも深圳のIT企業。そのうえで周氏は、深圳が「世界の工場」から世界のITシティへと変貌している現状を捉え、「中国の都市はITの力を借りてさらなる変化を遂げられるのではないか」との期待感を示して講演を終えた。

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(周牧之教授講演資料から)

(写真 CRSC編集部)

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周牧之

周 牧之(シュウ ボクシ)氏  東京経済大学教授 経済学博士

<略歴>

1963年中国湖南省長沙市生まれ。1985年中国湖南大学卒業、工学学士(オートメーション専攻)。1995年東京経済大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士号取得。
(財)日本開発構想研究所研究員、(財)国際開発センター主任研究員、東京経済大学助教授を経て、2007年より現職。財務省財務総合政策研究所客員研究員、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員教授、ハーバード大学客員研究員、中国科学院特任教授を歴任。(中国)対外経済貿易大学客員教授、City University of Macau 特任教授、一般財団法人日本環境衛生センター客員研究員などを兼任。
著書:
『歩入雲時代 (Entering The Cloud Computing Era)』(人民出版社(中国)、2010年)、『中国経済論-崛起的机制与課題 (The Chinese Economy: Mechanism of its rapid growth)』(人民出版社(中国)、2008年)、『中国経済論-高度成長のメカニズムと課題』(日本経済評論社、2007年)、『鼎―托起中国的大城市群(Megalopolis in China)』(世界知識出版社(中国)2004年) 、『メカトロニクス革命と新国際分業―現代世界経済におけるアジア工業化』(ミネルヴァ書房、1997年、第13回日本テレコム社会科学賞奨励賞を受賞)
主編:
『中国都市ランキング2018―大都市圏発展戦略』(NTT出版、2020年、陳亜軍と共編著)、Zhou Muzhi, Chen Yajun, Xu Lin (2020.6) China Integrated City Index ー Megalopolis Development Strategy, Development Strategy of Core City, Pace University Press.『中国城市総合発展指標2018(China Integrated City Index 2018)』(人民出版社(中国)、2019年、陳亜軍と共編著)、『中国都市ランキング2017―中心都市発展戦略』(NTT出版、2018年、陳亜軍、徐林と共編著)、『中国都市ランキング―中国都市総合発展指標』(NTT出版、2018年、徐林と共編著)、『中国城市総合発展指標2017(China Integrated City Index 2017)』(人民出版社(中国)、2017年、陳亜軍、徐林と共編著)、『中国城市総合発展指標2016(China Integrated City Index 2016)』(人民出版社(中国)、2016年、徐林と共編著)、『中国未来三十年(The Third Thirty Years for China)』(三聯書店(香港)、2011年、楊偉民と共編著)、『第三個三十年―再度大転型的中国(The Third Thirty Years: A New Direction for China)』(人民出版社(中国)、2010年、楊偉民と共編著)、『大転折―解読城市化与中国経済発展模式(The Transformation of Economic Development Model in China)』(世界知識出版社(中国)、2005年)、『城市化:中国現代化的主旋律 (Urbanization: Theme of China's Modernization)』(湖南人民出版社(中国)、2001年)