経済・社会
トップ  > コラム&リポート 経済・社会 >  File No.24-22

【24-22】人民元為替レートの動向

2024年05月01日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行と国家外貨管理局は2024年4月18日の記者説明会において第1四半期の金融状況と外為収支の状況についての説明を行った。その中で述べられた人民元為替レートと人民元の動向に関する発言について検討することとしたい。

人民元為替レートの位置づけ

 今回の記者説明会は、国務院新聞弁公室が主催したもので、国家外貨管理局長を兼ねる中国人民銀行の朱鶴新副総裁、国家外貨管理局の王春英副局長、中国人民銀行の鄒瀾金融政策司長などが参加して行われた。

 まず、朱副総裁兼外貨管理局長が人民銀行と外貨管理局が最近行った5つの政策手段について説明した。①2月5日に実施された預金準備率の0.5%引き下げ、②1月25日に実施した農業、小企業向け再貸出金利の0.25%引き下げと2月20日のLPR5年以上物の0.25%の引き下げ、③格安の住宅建設など特定の分野への銀行貸出に対して人民銀行が優遇金利で資金を供与するPSL(担保付補完貸出)を昨年末から開始し5千億元の枠を消化したこと、④4月初めに5千億元の科学技術イノベーションと技術改造再貸出を創設したこと、⑤総合的な政策を実施し人民元為替レートの基本的安定を保持したことである。2023年10月のコラム でも指摘したが今回の記者会見でも、中国人民銀行にとって、人民元為替レートが政策手段の一つであることが明確に示されている。

人民元為替レートは上昇している

 最近の人民元の為替レートの実際の動きを見ると、対米ドル為替レートについては2023年11月下旬から12月末にかけて低下を示したが、その後2024年の年初からほぼ横ばい状態となっている(図1)。

図1 人民元対米ドル基準為替レートの推移(1ドルあたり人民元)

image

(出所)中国外貨交易センター

 一方、2023年9月のコラム で述べた通り、人民銀行が管理する対象の人民元の為替レートの変動はバスケット通貨に対する変動である。バスケット通貨に対する変動の状況を示す外貨交易センター指数(CFETS指数)は2023年7月まで低下傾向にあったが、それ以降上昇に転じ、最近まで上昇を続けている(図2)。

図2 人民元CFETS指数の推移

image

(出所)中国外貨交易センター

 2024年初からユーロや円など主要通貨は米ドルに対して大幅に低下している。ユーロは年初の1ユーロ=1.10ドル程度から4月24日には1ユーロ=1.07ドルのユーロ安へ、円は年初の1米ドル=141円程度から4月24日には155円台の円安となった。人民元のバスケット通貨に対する価値をフラットに維持するとすれば、人民元の対米ドル為替レートもユーロや円の低下に追随して人民元安にならなければいけない。主要通貨の価値が対米ドルで低下している中で人民元の対米ドル為替レートがほぼ横ばいで維持されているため、人民元のバスケット通貨に対する変動を示すCFETS指数は上昇している。

当局の説明

 今回の記者会見で、記者からの「人民元為替レートは依然として人民元安圧力を受けており、海外の要因の影響も受けている。第2四半期の見通しはどのようなものか」という質問に対して、朱副総裁兼外貨管理局長は概要以下のように回答した。

「このところ、人民元の為替レートは総体的に安定を保持している。市場で繰り返し米国の金融政策転換の見方が出ては消え、米ドル指数は上昇した。円、ユーロ、英ポンドなどの主要通貨だけでなく新興市場通貨の一部も変動が大きくなっている。海外からのショックの影響で人民元の対米ドル為替レートに波動が出現しているが、バスケット通貨に対して事実上安定を保持し、さらには一定の上昇を示している。3月末の中国外貨交易センター人民元為替レート指数(CFETS指数)は99.78で、前年末と比べて2.4%上昇した。人民元為替レートの基本的安定を保持するという人民銀行と外貨管理局の目標と決心は変わらない。人民元為替レートの基本的安定はマクロ的にもミクロ的にもしっかりとした基盤を有している。人民銀行と外貨管理局は、市場の需給を基礎にバスケット通貨を参考に調整する管理された変動相場制度を堅持している。市場の為替レートを形成する機能を重視するとともに、総合的な施策により、市場の期待を安定させ、変動を増幅する動きに対しては偏向を正すよう対応する。市場の行き過ぎを防ぎ、人民元為替レートの合理的均衡水準における安定を保持する」

人民元為替レートコントロールの手法

 人民元為替レートの変動は、人民銀行にとって金融政策の手法の一つであり、当然のことながら人民銀行が十分コントロールしている。筆者は2015年8月に行われた人民元のSDR構成通貨入りのための人民元為替制度の改革(2015年8月のコラム 参照)以来、人民元の為替レートは、その時々の状況に応じた変動を示しつつも大枠ではバスケット通貨に対してフラットな変動を維持しているとみている。そうした中で、2021年から2022年の春までは、輸入原材料の価格上昇が国内価格を押し上げることを抑制するため、バスケット通貨に対して人民元高方向とし、2022年春以降は経済成長の鈍化に対応するため、人民元安方向としてきた。そして2023年7月以降は経済状況が比較的落ち着いてきたことから、それまでの引き下げを修正して大枠としてのフラットな変動に戻すため、バスケット通貨に対して上昇させていると見ている。

 為替レート管理の具体的な手法としては毎日朝公表される人民元の基準為替レートを誘導することが主であるが、必要に応じて資本移動を規制したり、外貨預金準備率を操作したりすることも行われている。さらに人民銀行の潘功勝総裁は、2024年3月6日の全人代期間中に行った記者会見において、「一連のマクロプルーデンス管理措置を採用し、人民元為替レートの安定を維持した」と説明した。マクロプルーデンス管理措置とは、銀行が市場の安定や金融システムの安定に反する行為を行った際に、差別的預金準備率などで不利に扱うことを意味している。

 人民銀行はこのように外資系も含め中国国内に存在する銀行に対して厳しい監督を行うことによって、人民元為替レートを管理しているものと見られる。

(了)


露口洋介氏記事バックナンバー

 

上へ戻る